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さて、タヌキ狩りです

 御見舞い、とな?

 御見舞い、おみまい。

 相手に攻撃を加えたり、自分で作っておきながら、味の定かではない料理を食べさせたりするのもそう表現するが、彼女の言っているのはそういう事ではないのは手に持っている花束からもわかる。


 スジャーナ嬢がお持ちなのは、自分の髪と目の色に合わせているのか、可愛らしいピンク色のブーケだ。

 全体的に控え目で、香りもあまり主張していないのが、目上の人にこっちから話しかけちゃった! と自分の失敗に今も頬を赤らめている彼女に似ていて実に愛らしい。


「あ、ち、違いましたか? 私ったらてっきり・・・」

 私が、一つうなずいたのを会話許可と判断(正確に理解)して、発する声もまた。


「違わないわよ」

 キューっと肩を寄せて縮こまる彼女が、このままでは消えてなくなりそうだ。

 元々王子の様子は見に行く予定だったし。

 ・・・寝ててくれた方が楽そうだし。


 ここでこの子に出会ったのも何かのお導きかも。



「わ、私、何か御見舞いの品でも!」

「別にいらないわよ」 

 この場から逃げようとするアンに、スジャーナ嬢には聞こえないよう小声で釘を刺し、私は案内人の後に続いた。


 元婚約者(仮)と現恋人。

 二人きりはさすがに気まずい。

 まあ、アンがいても変わらないのだけど。

 私だけ気まずいのも何なので。


 ・・・二分の一より三分一の方が絶対少ないはずなのに、気まずさの量が減った気がしないのはなぜだろう?

 

 巨大な桜の木の内部というお城の構造上、窓の無い廊下は薄暗い。

 そこを照らすのは等間隔に生えた枝に咲いた可憐な花達だ。


 コツコツコツコツ。


 磨きぬかれた鮮やかな木目に(相棒)が触れるたび、コツリと口ずさむ廊下は、歌い手が増えるほどに、輪唱の厚みを深くしていた。


 お城といえども、廊下の隅々(すみずみ)にまで絨毯が引かれているわけではない。

 今までは、単に予算の関係上無理なのかな? と考えていたのだが。

 どうやら防犯の意味合いもあったようだ。


 木目の鮮やかな廊下を、まったく足音をたてずに歩くのは難しい。 

 会話でもすれば、すぐその中にまぎれるだろうが、それは足音より、話声が大きいことに他ならない。

 耳をそばだてれば、接近してくる存在を察知できるのだろう。

 来ることさえわかっていれば、備えられるはずだ。

 招かれざる客なら手にしている長槍で道を閉ざし、普通の客なら掲げ続けるのが廊下に立つ警備騎士のお役目。


 なのだが。


 がしゃん。


 ・・・私達の足音に金属音が混ざった。


 フルフェイスの兜は感情を伝えてこない。


 が。


 今、明らかに動揺したわよね?


 まあ、顔ぶれが顔ぶれだしね・・・。


 コツコツ、がしゃん。コツコツがしゃん。


 こうして修羅場を連想させる一行は、王子の居室へと向かうのだった。



「それでは、私目はこれにて!」

 なんとも言えない沈黙から逃れられるのが嬉しいのか。

 明らかに足取りが軽くなった案内人が、風のような速度で(ぴゅーっとばかりに)遠ざかっていく。


 ぎぎーっと扉が鳴るのも実は警備上の都合なのかしらねー。

 などと考えているのは現実逃避ね。


 扉が開かれた以上、黙って突っ立てっているのも間抜けっぽいので、私はしぶしぶ室内に踏み込んだ。


 くわっ!


 私を見て目を見開く人が何人か。

 主が気を失っていても。

 いや、そのような事態だからこそ、お世話するメイドや警備の騎士はいる。


 まあ、私と王子の関係を知っていれば驚くのも無理はないね。

 でも、早いとこその目、戻さないと。

 後ろから入ってくる人物が誰かわかるともっと驚く(目尻が危ない)から。


 なんて考えながら、私は軽く部屋を見渡した。


 うん。私がいた頃とそんなに変わってない。


 扉の側にあった、軽い応接用のセットが変わってるぐらいかしら?

 あのソファー、来客が無いときは、私の定位置だったわね。


 正面に執務用の大机。

 王様の使っている物には及ばないが、彫り込みも見事な威厳のある品だ。


 が。


 机の上の書類が・・・。


 増えているどころの騒ぎじゃないわね。


 茶と白が四対六。


 もう、机の高さを、上に積み上がってる紙が上回ってしまってる。


 あれほど、仕事は溜めないで少しずつでも・・・って。


 いけないいけない。


 もう、パートナーでもないのだから、口出し無用ね。



 応接セットがある執務室から一部屋挟んだところが仮眠室。

 王子ともなれば、寝室だけでも何部屋も与えられているが、ここが選ばれた理由はパーティー会場から一番近いからか。


 仮眠? と疑問符が浮かぶ、色々話し合った末のベッドサイズも、こういう事件が起これば、先見の明があったように思えてくるから不思議だ。


 天蓋から下がる繊細なレース越しに見える彼。

 何日も起きていないようだが、血色はそう悪くないように見える。


「お花いけてきますね」

 スジャーナがそういって出ていくが、サイドテーブルにはもう生けられた花瓶がある。

 つまり、私と違い、何回も彼女はここを訪れているという事になる。


 ふぅ。


 それに比べて。


 一応、まだ(・・)婚約者の私ときたら。


 貴方にあげられるのはこのぐらい・・・。


「お嬢様?!」

 ああもう! うるさいわね、アン。


 ・・・私がレースのカーテンをくぐって。


 ベッドに膝をつき。


 長い髪をかきあげて。


 王子の顔に自分の顔を寄せたぐらいで・・・。

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