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さて、出会いましては

「お帰りなっ・・・」

 わかってる。

 出迎えてくれたメイドの口をふさぐのは、よくないって。


「シーッ! 静かに! ・・・お母様はお戻りかしら?」

「メイド長もです!」

 目を白黒させていたメイドも、この質問で、私達の奇行理由が理解できたようだ。


 ぶんぶん。


 ・・・うん。口をふさいでおいて質問するのはよくないわね。

 ああ、と。

 ()におちた様子で首を振ってくれた。


「『帰ってないって言うように』とか、命令もされてないわよね?」

「お、お嬢様の部屋に、こっそり隠れてるとかも無しですよ!」

 自分の望み通りの答えが返ってきても油断はできない。

 なにしろ、相手はお母様とアンナなのだ。


「大丈夫です。心配いりませんよ」

 ふむ。この苦笑いはさすがに演技では無いだろう。


「あ、この事はくれぐれも」

「わかってますよ」

 そして、この生暖かい眼差しも。


 こうして、私達は屋敷の自室へと返り着いたのだった。


 ◎ー ◎ー ◎ー


「では、ちゃちゃっと洗ってきますねー」

 着替え完了。

 いつもの服装に戻ったアンが、目撃者を増やさないよう白い布を被せた洗濯かごを手に、部屋を出ていった。


 メイドが共犯だと、何かと便利だ。


「あの分だと、どら息子を狙ったわけでも無さそうね」

 ぼふっっとベッドに倒れ込んで、今日の出来事を振り返る。

 

 わざわざ口止めしにきた理由があれ(・・)なら、それ以上の悪事に手を染めているとは考えづらいからだ。

 となりの女将さん情報だと、父親に(なら)って、学園で少額の金貸し(小遣い稼ぎ)はしているようだが、王子の存在を上手に利用しているようで、今のところトラブルは無いようだ。

 実際に行われるかは定かではないにしても、誰だって王子の耳に「あいつ金返さないんですよ」と吹き込まれたりはしたくないだろう。


 学園の卒業生の就職先は基本お城。

 王子は将来的に、そこのトップなのだ。




「お嬢様、夕飯はどうなさいます?」

「一緒に食べましょう」


 ちょうどアンも戻ったし、今後の調べ方を考えよう。


 ◎ー ◎ー ◎ー


「どら息子にも狙われる理由が無いなら、もう動機の線はたどるものがないですね」

 アンが網目模様に飾られたアップルパイにナイフを入れた。

 当然だが、断ち切られた細いパイ生地はどこにも繋がらなくなった。


 確かに。アンのいう通り。

 彼に多額の借金があって、にっちもさっちもなんて人がいれば、話が簡単だったのだけれど。

 卒業パーティーでのあの攻撃によって、何らかの被害を受けた人物に、恨み持つ人はいないようだ。

 

「そうなると、トリックの方からでしょうけど」

 こちらも手詰まりだ。

 なにしろ魔法の種類もわからない。

 こういう場合は、まず属性や魔法の難易度から実行できる人を確定し、人数を絞り込んでいくものだが、肝心の使われた魔法がわからない以上、どうにもならない。


「手がかりは」

「事件発生時の映像だけね」

 詠唱している姿でも映っていれば、話は簡単なのだが。

 歓談中ならともかく、あの(・・)王子達の寸劇に注目していた卒業生は、ほぼ後ろ頭しか映っていない。

 まあ、映っているならわざわざ、私に命じられもしないか。


「お話だと、こういう時、第二第三の事件が起こるんですけどねぇ」

 え? アン。私の分はあげるって言ったけど。

 それ、ワンホールのアップルパイ、最後の一口じゃなくて?


 ・・・ここでアップルパイ行方不明という第三の事件が起こっているが、さすがに新しい手がかりになりそうにない。


 昼間、一件落着した第二の事件もだ。

 派手な立ち回りだったけど、手がかりが増えるどころか、動機の線が減ってしまった。



「う~ん。となると。やっぱり、目標は王子。おうじかー」

「ですね」

 そういえば、あいつどうなったんだろ?


 気を失ったけど、怪我は無い。

 までは聞いてたけど。


 ・・・、・・・、・・・。


 ・・・気は進まないけど。

 一回、会わなきゃだめかぁ。


 ◎ー ◎ー ◎ー


 はーっ


「十回目」

 私のため息をアンが律儀にカウントしている。

 それでも、馬車の閉鎖空間をどんよりとした空気で満たそうとしている私に「やめて下さいよ」と言わず、窓もあけないのは、私の心情を(おもんぱか)ってくれているんだろう。


 なんといったって。


 破局済みなのだ。

 婚約破棄なのだ。

 元婚約者なのだ。


 御家同士が決めた政略結婚だとしても、顔を合わせづらい事、この上無い。

 事件によって、手続きが止まっていても、だ。


 アンもそれを近くでずっと見ていてくれた。

 彼女も彼女なりに、思うところがあるんだろう。


「この馬車、窓の建て付け悪いんですよねぇ」


 ・・・って。それだけかーい!




「王子はあれから、まだ目をお覚ましになっておられません」

 お城の案内人は、訪問先の状況も把握している。

 案内した後、ノックして「あ、すいません。お留守でした」なんて事態は起こらない。


「よっ」

「よっ?」


「いえ。ではまた日を改めて」

 あぶない、あぶない。よっしゃー! は不味いわね。人として、令嬢として。

 オホホホホホホホ(笑ってごまかすの)も、不謹慎、と無言で(きびす)をかえそうとした私達だった。


 が。


「あ、シャーロット様も御見舞いですか?」


 あー。くるわよね、もちろん。

 振り返った先にいたのは、ピンク髪の可愛らしい少女だった。

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