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え、誰が暗殺犯ですか?

「どうして。どうして、エスコートしていただけ無かったのですか? 殿下?!」

 階下から投げかけられた、悲痛な叫びを合図に、会場は沈黙に支配された。


 中央の階段はさながら舞台。


 突然のクライマックスに観客は息をのみ、次の展開に期待が高まる。


 階上から冷たい眼差しを降らせる王子。

 少し怯えたように寄り添う少女。


 階下からすがるように見上げ肩をふるわせる令嬢。


「自分の胸に聞いてみたらどうだ?」

 王子の口から発せられた言葉は。

 婚約者に向けられる温かさも、柔らかさも無かった。


 ビクリ。


 まるで、氷柱に触れたかのよう。

 思いもしなかった先端の鋭さに令嬢が震える。


「わ、わたくしが何をしたというのでしょうか?」

 ようやく、絞り出したかのような細い声は。

 それでも、静まりかえった広間で消えずに届く。


「とぼけるな」

 ここで、告発者が代わる。

 目配せを受け、王子と少女を庇うように一歩前に出たのは、宰相の息子。


「貴女には失望させられたよ。シャーロット」

 もはや、敬称すら省かれた名前に続いたのは、証言を交えた令嬢の罪の数々だった。

 制服をインクで汚したという可愛らしい嫉妬に、浮かべていた観客の笑みも。

 悪人を使った殺人計画が語られる頃には蒼白消え失せる。。


「何か、申し開きはあるか?」

「・・・」

 さっきとは別の理由で肩を震わせる令嬢が、力尽きたかのように、うつむいて膝を折った。


 証言者が名だたる面々。

 呪詛を防いだのは宮廷魔術師の一番弟子。

 襲撃を防いだのは騎士団団長の嫡男。

 少女の家の借金からくりを見破ったのは、在学中に商会を立ち上げた努力家。


 どう手段を講じても、令嬢が今から状況を逆転できそうに無い。


「では、お前との婚約は破棄とする! その女を牢へ! 公爵令嬢といえども罪は免れぬと知れ!」


 これにて一件落着、ハッピーエンド。


 人々が拍手喝采を送ろうと叩く手のひらの隙間に、それは忍び込んだ。


「ふ・・フ。 不・負・腐・Hu・・・」

 それは含み笑いだった。

 どこから? と疑問に思う間もなく。


 地の底から湧き出すかのように令嬢の口から怨嗟がの叫びが吹き上がった。


「またダメだった! またダメだった! またダメだった!」

 頭上で輝くシャンデリアの光は届かない。

 虚ろで空虚な眼科に収まった目が真っ赤に染まり、あふれた深紅がポタリポタリと絨毯に新たな模様を刻む。


「殺される! 拷問される! 追放先でヤられる!」

 何を言っているのか?

 誰にも向けられぬ言葉を、理解できる人物はこの場にいない。


「ころ、コロコロ、殺されるなら、なら。ならば!」

 ニターっと顔に浮かんだ三日月は笑みでは無いだろう。

 カタカタと揺れる傾いた仮面がピタリ、と一点で止まる。


「っ! 殿下、お嬢!」

 紛れも無い異変。

 宰相の息子と入れ替わりに前に出た、騎士団長の嫡男が剣に手を添え、宮廷魔術師の一番弟子が呪いに備え杖を構える。


 バツ! 


 令嬢が。

 令嬢だったモノ(・・・・・・・)がうずくまる。


 それは、颯爽と存在を示した二人の姿に。

 力尽きたようにも、観念したかようにも見えるが・・・。


「階段に、絨毯なんか敷いてるんじゃ無いわよ!!」


 もちろん、そんな事は無かった。


 隠し持ったナイフや、命を代償とした呪詛には備えられた、が。

 その足元が物理的に揺らぐとは、誰も思っていなかった。


「うっ!」「あっ!」「えっ?」

 文字通り掬われた、足。


 ごつっ。

 波打つ布越しに、固いものが硬いものの角にぶつかる音が響く。


 どさどさ、どさっ。

 転がり落ちた人影は誰一人動かない。


「あーっはっは! やったわ! やってやったわ!! これなら納得できるのよ! これならねぇ!」

 後頭部からゆっくりと広がる赤い池の縁が。

 歪んだ厚手の織物をさらに染め始める。

 こちらもゆがんだ姿を横たえる男女の真ん中で

 ゆらりと立ち上がった令嬢の笑いもまた歪んで。


 いつまでも、壮麗な大広間にこだましていた。


――Fin――




「・・・なんじゃこりゃ?」

 パタン!

 そこそこ分厚い本の最終ページを、重厚な裏表紙で勢いよく挟み、そのまま押し出す。


「あ、読み終わりました?」

 メイドのアンがいそいそとベッドの上から本を取って自分の椅子に戻る。

 本来なら主人付きのメイドは立っているのだが、主人が寝台でゴロゴロしてるのだから、それぐらい、いいだろう。


〈シャーロット ストーリーズ〉

 名前が一緒だから何か参考になるかもと、読んでみたお話は、王子に断罪された時点で巻き戻る設定に斬新さはあったが、ラストがアレでは何の役にも立ちそうに無い。


「お嬢様、埃がたちます」

 枕に突っ伏して、足をバタバタさせている私をアンがいさめる。

 まあ、掃除がーとか思っているだけかも知れないが。


 そんな私を無視して、メイドのアンは手に取った本のページをめくり始めた。


「それ・・・」「はい?」

 ラストがアレだわよ。と、わざわざ教える事もないか。

 決してお前も同じ目に合うのじゃ~とか思っているわけではない。

 感想を共有できる仲間を増やしたいだけだ。


 ・・・一緒か?


 ふぅー。


 ため息を吐きだした私の目は、トルソーが着っぱなしのドレスに止まった。


 ベースの生地は青みをおびた紫。

 染めを重ねるごとに深みを増す濃紺は、終盤になると虹の光沢を示し、自ら最上級と語りだす。

 丁寧に紡がれたレースは金と純白。

 アクセントに要所を飾る繊細な編み込みは、あえて純度を高めず、押さえ目の輝きと、生なりの黄色を押さえた白を強調。

 ぎゅうぎゅうに腰をコルセットで絞めるのを前提にしたデザイン。

 いつも御用達にしている名高いデザイナーの最新作は、私の魅力を最大限に見せつけるはずだった。


「今からでも着ます?」

「冗談」

 エスコート役もいないし、途中参加なんて!


 婚約者である王子との仲が冷えたのは、いつからだったろうか?

 まあ、そもそもが親の決めた政略結婚。


 子供の頃は仲もそう悪くもなかったのだが、王妃教育が進む、つまり私が成長するにつれ、子供っぽい彼との差は開いたようで。


「お前は俺が何をするのにも口を挟むな!」

 最後の方は、恋人というよりか、親子のようになってしまっていた。


 長年、誕生が待ちわびられた待望の王子ともなれば、甘やかされても仕方ないなぁと納得もできる。


 の。だが!


 ・・・納得できないのは、最近流行の物語に流されて、卒業パーティーで婚約破棄しようとする考えである。


「あんなところで、やらかしたら、どうなるかわからないのかしら」

「ですよねー」

 うちのメイドですらわかるのに。


 王子の言い出しそうな事は分かってる。

 一つ一つ、証人を立てて論破するのも、難しく無い。

 物語で言うところの、ざまぁ返しというやつだ。


 とはいえ、返してもなぁ。


 私が王子をやり込めるのは、卒業生達には見慣れた光景だろうが、会場には彼らの親もいるのだ。


 将来、自分達の上に立つ人物が、あっさりとやり返される醜態をさらすところは見せない方が良いだろう。


「お優しいですね」

「まあね」

 いくらぼんくら王子だろうと、付き合いは長い。

 婚約が解消されるだろうが、そのぐらいの配慮はしてやってもいい。


 と、いうワケで、せっかくのパーティーを欠席して私は家のベッドでゴロゴロしているのだ。


 いくらあの王子でも、いない私に婚約破棄はできないだろう。

 卒業後そのまま領地に戻る友達がいるのがちょっと寂しいが、これでいい。

 後は後日、親同士で円満に婚約を解消すれば、万事解決。


 ・・・

 ・・

 ・


 とか、考えていた時もありました。


「王子暗殺犯として逮捕する!」

 そう言って、ド・あほぅが自室のドアを蹴りつけるまでは、確かに・・・。

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