さて、活劇からの~ ピンチです!
「結構あっさりわかりましたね」
「ねー」
知らないとか、わからないとばかり言われると想像していた、どら息子の詳細な情報は、彼の父親のお店の両隣への聞き込みによって、あっさりと手に入った。
どうやら、ここら辺のお店は上階が居住スペースになっているらしい。
つまり、両隣の女将さんにしてみれば、どら息子は隣の坊っちゃんというわけで、小さい頃からよく見かけていたというわけだ。
「青髪碧眼までは知ってたんだけど」
「事件の映像で見れましたしね」
アン。身も蓋もない感想ありがとう。
「勉強ができて、特に数字に強い」
「うー。数字ですか・・・」
アンとは逆ね。
アンは字は綺麗だけど、計算はちょっと苦手。
「水の加護があるせいか、十歳までよくシーツを干していた」
「・・・ノーコメントです」
魔法の才能を、属性の加護と呼んだりするのはよくある。
・・・そして、おねしょを水の加護と呼んだりする事も。
「学園に入るまでは、近所の悪ガキどものリーダーだった」
「・・・それ。間違いみたいです」
ん?
何でそんな事が?
と。
指折り数えていた拳から顔を上げた私の目に、道幅全体を使って、こちらへとゆっくりと歩いてくる集団が飛び込んできた。
◎ー ◎ー ◎ー
「なるほど、“今も” だった、と」
振り向けば、背後にも同じような集団。
考えながら歩いてはダメね。
気がつけばここは、窓も人通りも少ない、建物の間の路地だった。
「どどどど、どうしましょう」
「任せて」
我に、一計あり。
「お前らかぁ? こそこそと坊っちゃんの事を嗅ぎ回ってたってヤローは?」
でかい図体を前屈みに。
下からコッチの顔を、掬い上げるようにねめつけるのは、威嚇の基本なんだろうか?
ずいぶんと場馴れしているようで、代表のセリフが終わるのにかぶせて、まわりから「へっへっへ」と、あまりお上品ではない笑い声が起こった。
「失礼な。まだ嗅いでませんよ」
犬人族であるアンには、“嗅ぎ” に関して、一家言あるようだが、ここは私の計画を優先させていただこう。
「そのお坊ちゃんとやらが、ジョンドゥの事なら、その通りよ!」
題して作戦名、人違いです! 発動。
「ジョンドゥ? 誰だそれ?」×五人。
「うぉっ?! こいつら女だぞ!」×二人。
「・・・坊っちゃん違いなら、通してもらうわよ」
うまい嘘を作る方法は、真実を混ぜる事。
うまい使い方は、バレないうちに去る事。
ポン! と、にらみつけてきた男の肩を叩いて・・・。
「あれ? ジョンドゥって、外国語で、名無しの権米って意味じゃねーか?」
おおっと?! あっさりバレた?!
え、その風体で? まさか!
・・・読書家なの?
「走るわよ! アン!」
「はい!」
◎ー ◎ー ◎ー
「はぁ、はぁ。ぜぃぜぃ・・・」
ち、血糊。じゃない。
地の利は彼らにあるようね。
「お嬢様。体力無さすぎです」
いやいや、アン。
その気になれば、どこまででも駆けていける貴女と一緒にしないで。
これでも、普通の令嬢よりかは走れるのよ。
中には「走る? ってなんですの?」って人もいるんだから。
「そもそも、ジョンドゥってなんですか。ジョンドゥって」
「わ、私の。あふれでる、ち、知性が・・・」
「適当な名前で良かったのに。格好つけたんですね」
「し、正直。バレないと、お、思いました」
そして、彼らがボスに報告した時、「それは誰でもないって意味だ、このバカ野郎!」って、なったらなーとか思ってました。
「お嬢様は、昔からムダに格好つけますよね」
「む、ムダ、言わ、ない」
「そんな息も絶え絶えで言わなくても」
貴女が言わせてるんでしょ!
はーっとか、ため息までつけるアンは。
「む、むっ。むぅー」
「はい。はい。無理して喋らなくて、いいですよー」
ムダに心肺が丈夫ね、って言ってやりたいのにー!
◎ー ◎ー ◎ー
「もう逃げられないぜぇ」
一生懸命走ったけど、やっぱり彼らの手の内だった。
壁壁壁。
三方を囲まれた、この空間を人は行き止まりと呼ぶ。
「仕方ありませんね。お嬢様は休んでいて下さい!」
バッ!
アンが左右の何かをたくしあげるように腕を振った後、素早く自分の太ももに手を滑らせる!
バッ! バッ! バッっ!!
「えーと? そろそろいいか?」
なにしてんだコイツ? と顔に書きながら、さっき私に話しかけてきたリーダーっぽい男が、こめかみを掻いている。
奇遇ね。私も今、そう思ってたわ。
「あー! スカートじゃない!」
そうね。アン。
余裕の無いズボンに、物を隠すのは難しいわよね・・・。
◎ー ◎ー ◎ー
「取っ捕まえろ!」
「そうはいくか!」
いつものナイフ。ナックルガード付きで、殴るのにも使える───と、いうか殴られる時は横に刃があるから、下手によけた方が危ない───愛用品がなくても、アンの実力は確かだ。
口元に握った拳の親指をそろえる構えは、元々体の小さいアンをさらに小さくまとめて、相手に捕まえる隙を与えない。
「アゴぅ!」と言いながら本当の狙いは鼻。
ちょっと、あざとい。
ごすっ! といつもより鼻血の発生音がにぶいのは、金属製ナックルガードがないので、掌底を使っているせいだろう。
そして、時折混ざるハイキック。
今日はスカートじゃないので、大盤振る舞いだ。
後ろから、そっと近づいてもダメ。
くるくると、向きを変えるいぬ耳が相手を確実に・・・ってあれ?。
「アン! 後ろ、後ろ~」
「へっ? あー!」
そう。いぬ耳は山高坊の中なのよ。
・・・マジックバッグ機能付きの。
「会話は普通にできてたから、油断しましたっ!」
元の聴覚が優れているのも考えものね。
さて。アンが羽交い締めにされてしまったわ。
これは、いわゆる、ピンチ。 かしらね?




