さて、変装です
「これも食べて良いわよ」
料理人に仕事をしてもらった以上、まったく手をつけないわけにはいかない。
私は申し訳程度に二つほどつまんだ残りを、向かいへと押しやった。
今日の昼食は玉子のサンドイッチ。
固さの偏りによって、具がはみ出さないよう皮を切り落とされた一品は、あまり大口を開けないですむよう、一口サイズ。
だが。
さっきのおやつの一番下の段も、サンドイッチだったのよね。
具はきゅうりだったけど、マヨネーズを使っているのは同じ。
聖女または女勇者様のレシピで作成されたという由来の淡い黄色のソースは、その控えめな色に似合わず、アレである。
今日の昼食、というか、ここ最近の食事はどれも軽めに、と注文を伝えているのだが。
学園の寮生活の食事が、朝、昼、晩。
間食はたまに付き合いで。
それに比べて、今の食事は、朝、おやつ、昼、おやつ、晩。
・・・メイド服はお着せで、サイズ別。
アンはちょうどオーバーサイズになってたけど、どのぐらい余裕が、あるのかしら?
◎ー ◎ー ◎ー
「このままだと」
「まずいわね」
と、いうのは。服がきつくなった反省の弁では無い。
今はまだ、ね。
現在の服装は、アンがメイド服(午前中用)、私がドレス(日中用)。
そして、金貸しのどら息子の親の───なんか、ややこしい?───店があるのは壁の三つ向こう側。
今、私達がいる一番内側の壁の中はお城。
もちろん、ドレスとメイド服でも違和感は無い。
というか、それ以外の服だと逆に目立つ。
二番目は貴族街。
ここでも違和感はそう無い。
メイド服も、ドレスも普段着。
そして、三番目は貴族と、成功した人たちの町。
メイドさんはいるだろうが、そこにアンを混ぜようとしても上手くいかないに違いない。
公爵家のメイドさんであるアンが、着ているメイド服はそれなりに高級品なのだ。
当然、私のドレスなんて浮きまくり。
やっとここで、登場するのが、今から行くお店のある四番目。
下級貴族と、裕福な庶民の町。
下級と言っちゃうと言葉が悪いか。
主に騎士と魔術師とお金持ちが住んでる町だ。
壁はまだ、いくつかあるが、迅速に配置につけるからといって、一番外側の壁際に守備担当の家族を住まわせたりはできない。
そんな事をすれば、いざという時、後ろが気になって仕方ないだろうし。
もちろん、騎士や魔術師の家にも使用人はいるが、服まで支給してはいない。
ドレスも普段着では無いだろう。
「つまり、メイド服もドレスも」
「目立ちまくりでしょうね」
たぶん、馬車から降りる前に人だかりができるに違いない。
「遠巻きに囲まれるぐらいで、済めば良いですけど」
「そうね」
学園で仲良くなった、身分違いの友達の家に行ったら、途中、すれ違う人に髪をそれとなく引き抜かれた。なんて、よく聞く話だ。
「ここは着替えていかなきゃですね!」
アンが張り切って、私の着替えをしまってある部屋の扉を開くが・・・。
そこ、ドレスしか入ってないわよ?
◎ー ◎- ◎ー
結局、一旦お城の公爵用の部屋から自宅へ。
あそこでは、ドレスやメイド服以外だと、制服ぐらいしか手に入らない。
「何が役に立つかわかりませんね」
「その通りね」
アンがこそこそっと、合わせ目に、紙がベタベタと貼られた、禍々しいオーラを発する衣装ケースを持ってきた。
中身は・・・。
茶色の方が、鹿猟の時にかぶる帽子に、雨天時楽器を守れるように、袖の部分がケープになったコート。
濃い灰色の方は、帽子が山高帽になっている。
〈H&Wの冒険〉では、W氏は普通の男性服なのだが、それじゃつまらないので、お揃いでと仕立てたのだ。
「着て見せ合いっこしたまでは、良かったんですけどね」
「画家を・・・ってところが、逆鱗だったのよね」
逆鱗っていうのは竜の弱点だ。
身体中に生えている鱗の中に、逆向きに生えている一枚で、そこに触れてしまうと烈火の如く怒り出すという。
「凄かったですよねー」
「ねー」
お母様とアンナのダブルブレス。
「公爵家の令嬢が男装姿を晒すのに加えて、それを後世に残すですって!!!」
「アンもアンです! あなたは何のために近くに控えているのですか!! お嬢様の暴走を止める為でしょう!」
から始まったお小言───中~大言?───は、もう、思い出したくもない。
かくして、この服は開けたらわかるよう、封印されたケースに入れられたのだった。
「とはいえ、糊が小麦粉糊ですからねー」
「濡らせば破らず剥がせるのよねー」
「「でも」」
はーっとそろってため息をはく。
〈淑女のたしなみ〉
〈恥をしれ〉
〈着るなら出るな〉
〈鏡を見なさい〉
なんというか、封印用の紙に書かれた文字から、お母様と、アンナの幻が。
〈必ずバレます〉
〈影に目あり〉
〈ほら、後ろにも〉
そーっと振り向いた先には。
床まで届く、巻かれたカーテンが・・・。
〈おやつぬき〉
〈ごはんもぬき〉
〈他にも、・・・抜くわよ?〉
私もだけど、一枚封印を剥がすたび、アンもしおしおと萎れていく。
まだまだ、私達は、親に勝てそうにない。




