さて、おやつです
うん。
目下、王子と最大の個人トラブルを抱えている人物は判明した。最重要容疑者といってもいいだろう。
それは、なんと、私。
うん。そうかー。わたしかー。
知ってたけど!
「こうやって考えると、私ってあやしい?」
「はい」
おーい。
ここは気をつかって、「そうでも無いですよ」とかいう場面では?
まあ、気の使われ過ぎは、目が曇るから、常々アンには、あんまり使わなくていいわよ、って言ってるんだけど。
・・・そんなにあやしいかな?
王子をヤる理由、理由。
「まずは嫉妬ですかね」
何よ! その女! キーっ!
私を捨てるなんてヒドイ!
「次にメンツ」
私をエスコートしないなんてあり得ない!
婚約破棄なんて、認めてたまるもんですか!
「次に逆恨み」
嫌がらせ? 教育の範囲ですわ! かばうなんて!
刺客? バレてしまっては仕方ありませんわ!
「無さそうだけど、陰謀」
「クックック。お腹のこの子がいれば、もう貴方は必要ありませんわ! 私は国母となって、この国を牛耳るのです! オーホッホッホ!」
「お、お嬢様・・・」
いやいや、アンよ。なぜ私の腹を見る?
「冗談に決まってるでしょ」
「ですよねー」
意外と殺す理由があってビックリしたけど、私は犯人ではない。
怨恨、金銭トラブル、愛憎? が原因ではないなら、他に王子が狙われた理由はなんだろう?
・・・ああ。
何か参考になるものはと、部屋の中をぐるりと見渡した私の目が、アンに内緒で買ってきてもらった本に吸い寄せられた。
不敬になるからと、表だって売られてはいないが、少々裏に潜れば、貴族を題材にした書籍も、ある。
そこで起きる事件の原因は、継承問題。
兄、兄さえいなければ!
弟が俺を狙ってる。
息子、息子を当主にするためには!
お、お義母様何を。
てな感じである。
・・・とりあえず、令嬢で良かった。
ちなみに、私にはちゃんと兄がいる。
「継承問題」
ポツリとつぶやいたした私の言葉に、アンの耳がピクリと動いた。
「今の、王位継承権の一位って、だれでしたっけ?」
聞かれてはいけない。
あくまでも、これは推論。
おそれ多くて、とても、口には・・・。
そんな空気を醸し出しながら、アンが私に顔を寄せる。
密談っぽい、すごく密談っぽいけど。
アン。
それは・・・。
「王子に決まってるでしょ」
あんまりでは?
別に廃嫡されてないわよ?
「あっ、そうか! そうですよね」
皮肉が過ぎるって思ったけど、素だったか。
「あれ? あれあれ?」
「二位は王弟殿下よ」
聞きたかったのはこちらだろう。
「三位は王弟殿下の御子息」
どちらにもお目にかかった事がある。
「そのお二人が・・・」
アンが肝心な部分を言いよどんだ。
ここにはわたしとアンの二人しかいないが、念のため。肝心なところをハッキリと言わないのが貴族社会の常識。
「う~ん。それは」
お話だといっつも、年がら年中、あっちでもこっちでも御家騒動が勃発してそうだが、実際に「邪魔者を始末して、ゲヘヘ」とまでなっているんだろうか?
そもそも、兄やら、父やらを殺してまで当主になって何がやりたいんだろう?
人一人、もしくは複数人の命と引き換えにしても、実現したい崇高な理想があるんだろうか?
「お嬢様?」
「あ、うん。王弟殿下とそのご子息だったわね。無いと思うわ」
王弟殿下は今の王様の執務を支えつつ、未開の地の開墾事業をしている。
まあ、開墾といっても、彼が実際に鍬を振るうわけではないが。
計画にお金を投じられて長いので、もう立派な町もできていたはず。
たぶん、王様の引退に合わせて、新しい公爵が誕生するのだろう。
ご子息はその二代目。
無謀とも言える賭け事のチップにしては大きすぎないか。
昔、会った時の印象は──。
俺が俺がと主張するどころか、「兄、(というかその息子)がいつも、本当にいつもお世話になっております」って私に頭を下げそうなぐらい好い人だし。
◎ー ◎ー ◎ー
「そうすると、四位以下の方が?」
「それも、無いでしょ」
「だれでしたっけ?」
「四位は先代の王様の弟。五位はそのまた弟」
どちらも今さら、王座を目指して頑張るでー、というお歳ではない。
「六位・・・」
「いやいや、そこまでいくと。何人コレするのよ」
首を横切って親指を下に向ける。
最低、五人は殺る必要がある。
そこまでいくと、もう手段は暗殺では無く、反乱だろう。
◎ー ◎ー ◎ー
さて、こちらの動機も、誰も欲しがらなかったようだ。
カリカリ、もぐもぐ、ずー。
しばらく、部屋に響くのは、アンがお茶菓子と、紅茶を楽しむ音だけ。
一言も言葉を発しないが、口と同時に頭の中も世話しなく──。
──動いて無いわね。あれは。
お菓子美味しいーっとしか考えてなさそうだ。
かくいう私も、新しい、王子が狙われた理由は思い浮かばない。
怨恨無し。金銭トラブル無し。御家騒動でも無ければ。後、考えられるのは・・・。
アンと私の手が、同時にケーキスタンドに伸びた。
ちょっと! そのアップルパイは譲れないわよ!
・・・淑女ならざるスピードを右手にのせてしまったが。
きょとんとした顔で、アンが後からとったのは、クリームの上にジャムと、イチゴをのせたクッキーだったから焦る必要はなかったのに。
あれ? これって・・・。




