さて、夕食です
「ひどいですよ。おじょうさま~」
アンがヘロヘロ~っと帰ってきたのは、もうすぐ夕食を食べようかな?、ぐらいの時間だった。
力無く伏せられた耳。ぐんにゃりと曲がった背中。普段は右カールをキープしているしっぽまで、ダランと下に垂れてしまっている。
「きょうというきょうは」
ついでに口調も。
なんとなく、知性がスポン! と抜けたような、しゃべり方だ。
「お昼は?」
「なんか、ながしかくいパンが、ちょびっとでしたぁ。えいよう? とかが、つりあいよく、はいってるらしいですけど、よんほんじゃ、たりないですぅ」
なので、話も実に逸らしやすい。
自分が、怒っていたのも忘れて、座っている私の足にすがりつくアン。
よしよしと頭を撫でている間にも、ポツリポツリとスカートに、丸い跡がついていくが気にしない。
どうせ、アンが洗うんだし。
「大変だったわね。お夕食は部屋に運んでもらいましょう」
「ゆう食!」
アンの耳がピン! と力を取り戻した。
「今日は骨付きステーキよ」
「すテーキ!」
アンが立ち上がって、ぎゅっとこぶしを握りしめた。
「骨はアンにあげるわ」
「本当ですか!」
ぶんぶんぶん、とアンのしっぽが力強く振られる。
「もう出来上がっていてもいい時間ね」
「行ってきます!」
疲れを置き去りにして、アンが勢い良く部屋から飛び出して行く。
若いっていいなぁと私の目が自然と遠くを眺めた。
確か私とアンは、一歳しか違わないはずなんだけど。
◎ー ◎ー ◎ー
「それでですね。結局どこにあったと思います?」
私が食堂に行くと、アンが給仕になってしまうので一緒に食べる事はできない。
今のように、差し向かいで食事ができるのは特別なのだ。
「・・・机の上の紙の丘の中?」
「えーっ? なんでわかるんですか!」
「ふっ。簡単な推理だよW君」
マナーモードOFF。気やすい空間の中で、ちょっとお話の登場人物になりきってみる。
「あの部屋には本の山と紙の丘があった」
「ありましたね」
「本を積んでしまう時はどんな時かね」
「読みたいけど、読む時間がない時?」
それは通称、“積ん読” と言われているが。
「それではあそこまで、高く積まれはしないだろう。ここは読む必要がないけど、捨てられもしないと考えるべきだ」
「買わなきゃいいじゃないですか!」
あ、まずい。アンが、片付ける人の身にも、とか言い始めた。
「いやいや。買ったわけではないだろう」
「?」
最近は印刷できるようになったとはいえ、まだまだ書籍は高価なものだ。
そんなお高いものを買わずにもらえる? とアンが。
疑問符までは頭の上に浮かべても、続くはずの答えは浮かばないようなので、ヒントをさりげなく示唆してみよう。
「ヒントは紙の丘」
いかん。ぜんぜん、さりげなくなかった。
「丘ですか?」
それでも、わからないようなので続けよう。
「彼の職業は何かね?」
「変な食品の開発者」
おおう。
よっぽど黒い液体と、長四角い固パンの印象が強かったのか、アンの中で、この国最高の頭脳が、コック帽をかぶりだしたようだ。
「宮廷魔術師長!」
「そうでした!」
「と、すると~」
「すると?」
ぐぐっと、アンが身を乗り出してくれる。
「本は、書く方なのよ」
「なるほど」
ストンと。話もアンのお尻も収まる所に収まった。
もちろん、読みもするだろうけど。
「研究書かレポートか。対象を近くに置いて書いてたらそっちに集中しちゃったんでしょ」
走る羽ペン。ブラインドタッチされるインク壺。
そして置き場のなくなる、文字の乾いてない紙。
何しろ、部屋中があの有り様なのだ。
ちょっとぐらいと、研究対象の上に一枚乗せれば、後は積み重なるだけだろう。
かくして、魔道具は丘の迷宮の秘宝と化しましたとさ。
「お嬢様が、もう少しいてくれたら良かったのに」
がじ、がじ、バキン!
骨を噛み割ったアンが中身を丁寧にナイフとフォークで食べ始めた。
「そうねぇ」
すぐ見つけても良かったんだけど。
「机の上は触らないでって言われなかった?」
「そうなんですよ。結局他のところに無かったんで、最後に片付けたんですけど」
やっぱり。
「これも、食べなさい」
「さっきの骨に加えて、デザートまで?! お嬢様・・・」
感動したらしいアンがそっと──
──私のおでこに手を伸ばしてくる。
「熱なんか無いわよ!」
「いえ! あるはずです!」
おいおい。言いきってくる、その力強さはなんなのよ!
「やっぱりあげない!」
「・・・」
なぜ、ホッとしているのかしら?
それでも、私が持ち上げた皿からアンが目を離さない。
上、下。右、左。
ぐる~っと回って。
「よだれ、よだれ」
皿はアンの前に、コトンと舞い降りた。




