プロローグ
ブロッサム王国のお城。築、ン百年、は。
近隣諸国の平民でも知ってる有名な建物だ。
何しろ、総桜作り。
桜作りとは聞き慣れない言葉だろうが、その姿を一目見れば、意味は理解できるに違いない。王都をぐるりと囲む壁からぴょこんと飛び出した薄いピンクは、中心に近く門をくぐるのを繰り返すにつれ、その尋常では無い大きさを自ら語り始める。
そして、訪問者は知るのだ。
都方面に向かっていた道中、一番先に目に入っていた巨木が王城そのものだった事実を。
独特の艶をおびた幹の先に葉は無い。
巨木に比べればバランスが取れて無さそうな小さな可憐な花は、圧倒的物量によって天秤の傾きを防いでいる。
ハラハラと散る花びらは魔法仕様。
風に舞う姿は見せるが、途中で消えて掃除がいらないのが、地味にありがたい。
さて、ここまでが最後の壁の前。
ここから先は選ばれた人々だけの世界だ。
貴族や、役人や、御用達の看板を掲げた大商人。
彼らは壁に沿って水をたたえる堀にかけられた跳ね橋を渡って、城内の壮麗さに息を飲むだろう。
城に入れない身分の人達は目では無く、耳で楽しむ。
「あのお城かい? 元は聖女様が植えた種だったんだよ」
「いやいや、俺は勇者だって聞いたぜ」
「ちょうど聖木の実を食べてた時に、こっちの世界に来たんだよな」
「なら、聖木の実を食べてたから不思議な力が」
「いや、あっちじゃ珍しく無い木だっていうじゃあないか」
巨木が種だった時代は、人類が一番混乱していた時代の終わり頃だった。
紙も貴重品で、しばらく口伝されたお話は、その正体をおぼろにしていたが、無理やりまとめると。
魔王だか魔界だかがこの世界にきて地上大迷惑。
人々が諦めかけた時に別世界から聖女か勇者がきて。
なんとか問題解決後、帰り際に持っていた種を植えて。
込められたこの世界での記憶と能力で、世界がまた荒れないように見守っている。
というお話になる。
もちろん、お話自体はこんなに簡単ではない。
詳しく知りたいなら、劇場に行けばお芝居が、本屋に行けば分厚い書籍が、なんなら道端で耳をすませば吟遊詩人の歌声が聞こえるのでどれでも好きな物を選ぶと良いだろう。
主人公の聖女様や勇者様が、君を楽しませる事受け合いだ。
さて。そんなお城だが、今日は珍しい訪問者が多かった。
紋つきの馬車から降り立つ姿はいつもと変わらないが、その後が違う。
立ち止まり、目を見張り、後退り。
つまりは、城内に入るのが初めてなのだ。
磨き抜かれたどこまでも継ぎ目の無い木目を追って優しく輝く天井を見上げたり、どこからともなく舞い降りる花びらや、元の世界では起きなかったらしい、一輪まるごとくるくると落ちる花に目を奪われてよろけているのは卒業生。
今宵は王立学園の卒業記念パーティーなのだ。
楽団が奏でるゆったりとした曲が、頭とお尻をくっ付けて途切れない大広間では。
学んだ教科に合わせた襟の色の色ぐらいしか違わない男子生徒と異なり、女子生徒がここぞ、とドレスに主張させている。
ざわ・・・。ざわ・・・。
貴族に、役人に、大商人。
それなりの身分の人々が集まっているとはいえ、そこはまだ年若い人々の集団だ。
見知った顔を見つければ、安心するし、口もかるい。
例年ならば、卒業後の進路について語り合う場は、今年一つの話題でもちきりだった。
「今日・・・」
「王子とあの方が」
「婚約破棄・・・」
「もうきて・・・」
「いえ、見かけて・・・」
そわそわと三本ある階段を見上げる人々の瞳には、隠しきれない好奇心が輝いている。
今日卒業する王子と公爵令嬢の不仲の噂は、誰しも一度は耳にした事があった。
漠然とした噂話を決定づけたのは、最近王子の近くに存在する一人の少女だ。
令嬢が、婚約者に近づく少女に嫌がらせをして断罪される。
最近、流行りの物語であった。
物語は物語。
なのに、それが実際に見れるかもしれないのだ。
ワクワク。ソワソワ。ドキドキ。
ショーの開幕を待ちわびる人々は。
自分達が目にする演目を。
まだ知らないのだった。
初開催の〈春の推理〉参加予定作品です。
・・・完結しないとバナーから飛ばないのね。
基本毎日、零時投稿予定。
いいね! やブックマークは、作者のやる気につながります。
無理につける必要はありませんが、いいね! があると「あ、こういうお話が好きなのか」と非常に参考になるので、おもしろかったと思った時は是非とも。
では、期間内完結を目指しますので、お付き合いよろしくお願い申し上げます。