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極夜街に花束を  作者: 春夏冬中
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3_残りの3ヶ月

 クロノがこの世界にやってきてからもう2週間になる。


 卒業まで後3ヶ月程しかないため、それくらいならキトゥンの家で過ごしてもらおうと図書室で話し合っていたところ、居合わせたヴィンフリートが「年頃の男女が同じ家に住んでるのはよくないよ。僕の家なら客室が空いてるから来ると良い」と言ってくれたのだ。かなり気が引けたがヴィンフリートがかたくなに譲らなかったのでお言葉に甘えることにした。なんと書庫まで貸してもらっているらしい。この世界の知識をどんどん吸収している。


 そういうわけでクロノは現在ヴィンフリートの家……というかお屋敷から通っている。長かった前髪も多少(本当に多少!)切りそろえたようで、睫毛が長くて、黒くて丸い瞳が良く見える。思ったより中性的な顔立ちをしていてなんともいえない儚さがある。が、あの愛想の悪さでは中々近寄りがたいらしい。けれども異世界の物語や文化の話は皆の興味を強く引いたようで、そこそこクラスには馴染んでいるようだ。


「あと3ヶ月で卒業か~。皆でどっか行かね?」

「どっかって、どこ?」

「今が秋だったらベリー(マルヤ)摘みに行きたかったなあ」

ベリー(マルヤ)摘みはオレにとって労働なんよ」


 召喚試験も終わり、卒業式の日まで殆ど授業は午前中しかない。

 現在、学校近くの大衆食堂にキトゥンとクロノ、それからハルスとソフィアの4人で昼食を食べに来ていた。

 元々ソフィアとはそこそこに話す程度だったが、クロノの席の隣だったことで話す機会が増え、ここ2週間で距離が縮まった。卒業間近に仲が深まるのというのはなんともいえない奇縁だ。


「キトゥン、これ何」


 クロノがメニュー表を指さす。メニュー名だけではクロノには想像が及ばないのだろう。


「これは(ロヒ)って言って、身が赤い白身魚だよ」

「その説明悪意じゃね?」

「わかった。じゃあこれは」

「わかるんだ……」

グリラットゥ・ロヒ(オーブンで焼いたロヒ)。だよ。ロヒ・ラーティッコとも言うかな」

「ふうん。じゃあペルナラーティッコもオーブン料理か?」

 

 そう言って隣の行に書かれたメニューを指さした。


「そうそう。ジャガイモ(ペルナ)っていう、この国で主食の芋のオーブン料理」

「じゃあこれ」

「これは鮭のスープ(ロヒケイット)。ロヒとペルナのスープだよ」

「ロヒケイットは温まるから、ほぼ毎日おうちで作るんだよ。このあたりはすっごく寒いし、あんまりお野菜も育たないから寒さに強いペルナをたくさん作って保存食にするの」


 ソフィアが淡い水色の髪を揺らして指先を合わせる。先程ベリー摘みを提案していたところも鑑みると、料理が好きなのだろう。


「寒くて作物が育ちにくいけど魚はよく獲れるってことか」

「しょーじきオレは食べ飽きたね。でも目の前にあると気づいたら口の中にあるんだよな」

「ごはん大好きなだけじゃん」

「ご注文は?」


 雑談に興じていると、気が付けば食堂の女将がテーブルの前に立っている。ものすごい威圧感のある顔で。ハルスがひっと声を上げた。


「この忙しい昼時にメニューも決めずにくっちゃべってんじゃないよ」

「は、はい!」

「ご注文は?」


「「「鮭のスープ(ロヒケイット)で」」」

「俺もそれで」


 ほかほかと湯気をたてるスープが4人分、テーブルに置かれる。外はとても寒かったので魅力的に見える。たっぷりとした身の魚はとても柔らかそうだ。


「外食に来てまで家とおんなじもん食ってるのめちゃめちゃ面白くない?」

「ハルス、しーっ」

「でもおうちの味付けと違ってちょっと新鮮かも」

「それはそーかも。バターの風味がしてんまい」


 ソフィアが匙を掬うのを見て自分もスープを口にする。確かに、と思った。家で作るのとは見た目も味も少し違う。キトゥンの家ではバターも魚の皮も入れない。この食堂のものは皮がついているだけではなく、焼き目がしっかりとつけてあって香ばしい匂いがするし、ぱりぱりとした触感が楽しい。女将の物言いの割にこの店が繁盛しているのは、この味が理由だろう。こくりと飲み込むと、あたたかくまろやかなスープが喉を伝って胃をじんわりとあたためる。


「で、どっか行くって?あたしあんまり遠出はできないよ。お金ないもん」

「俺も居候の身だ」

「じゃあじゃあ、無難に釣りかなあ?」

「特別感ないじゃーん」

「じゃあ特別な釣り」

「特別な釣りって何?」

「卒業間近に行く釣り」

「ただの釣りじゃねーか!」

「ふふ」


 キトゥンとハルスの戯れにソフィアが笑みを漏らす。クロノは我関せずといった様子でスープを口に運んでいる。その様子を見て、ね、とソフィアが口を開く。


「クロノくんの世界だと、こういうときどうしてた?」

「こういうとき?」

「皆で遊びに行きたいけど、お金をあんまり使えない時?」

「……旅行に行くような友人はいなかったし、自分で使える金は殆ど本に費やしてた」

「ほーん。つくづく、同い年とは思えねーな。じゃあ周囲の人がどうしてたとかない?」

「そうだな……祭りに行ったり、肝試しをしたり………………か?」

「他の世界にはそんな遊びがあるんだねえ……面白いんだ?きもだめしって」

「大体の人が怖がるような……怪談話がありそうな場所に行って度胸試しをすること。大体深夜の廃墟とか、墓場とか。……まあここが暗くなることはないか」

「ピンとこないや。怪談話って、どういうの?」


 このハルスの何気ない一言で、この後3人は魑魅魍魎渦巻くありとあらゆる怪談話を聞く羽目になる。


「いや~コワかった~!今日一人で風呂入れなさそうなんだけど」

「今日は自分ちのじゃなくて風呂屋行けば?」

「行き帰り一人になるからやだ」

「とんだワガママボーイじゃん」

「でもめっちゃ面白かった!クロノは筋立て話すのがうまいっつーか、なんつーか……大丈夫?ソフィア」

「だ、大丈夫。すごい怖かったのはそうなんだけど……もっと聞きたくなっちゃって……なんていうのかな、不味い!もう一杯!みたいな……」

「わかる!それそれ」


 食堂からの帰り道、二人ずつ横に並んで歩く。キトゥン自身も異国の怪談話に興味をそそられ、恐怖をかきたてられたものの、隣を歩くクロノの様子が気にかかった。彼が発端の話題で盛り上がっているのに、当の本人は他人事のように口を閉じている。


「ねえクロノ、もしかしてだけど、元の世界では物書きだった?」

「………………………………いや」

「ちょっと、そんなわかりやすく顔背ける?」

「……わかるか?」

「こっちに来てから、おとぎ話の本や叙事詩ばっかり読んでたでしょ。さっきの話もすごく上手だったし。あと、なんていうか……すごく好きでしょ、お話とか」


 すごく好き、と柔らかい表現をしたが、実際は執着だと思った。物語だとか、彼の言うフィクションだとか、魂だとか、形のないものにクロノは執着していると思う。以前、魔力が魂の生命力だと言われている、という話をしたところ尋常じゃなく取り乱していた。

 キトゥンはどちらかというと他人の心や人間関係に疎いほうだ。遊びに誘った友人2人が喧嘩中だったことに気づかずに気まずい雰囲気になってしまったり、自分に想いを寄せてくれていた人に「その恋絶対叶うよ!」なんて抜かしてしまったり。とにかく人の気持ちの機微に疎い。そんな自分でも感じ入るなにかがあるのは、クロノの執着が相当なものだからか、それとも自分と彼が契約関係にあるからか。


「物書きか。中らずと雖も遠からずだな。元々、俺は、ある詩家に師事していた」

「すごいけどなんか納得。じゃあ曲書けるんだ」

「……いや、詩曲じゃなくて、詩だけ。曲はつかなかった。でも韻を踏んだり、口に出したときの音を意識はする。先人の有名な言葉に、詩は言葉以上の言葉だと、何より音楽でなければならないというものがあった。先生も同じことを言っていた。ことばを口に出したときの歯ざわりは、感覚でしかはかれないが、最もよいものを選べと。その感覚こそ詩人の如何だと」


 ただ、うんと返した。静かな熱を感じる。彼は続ける。


「その息子が俺と同い年で。小説家だった」

「小説家は、物語を書く人?」

「戯曲でも、詩でも、おとぎ話でもない物語を書く人間のこと。まあ大まかにいえば小説だが……曲も絵もそぎ落とした文学だと思えばいい」

「そっか。だから物語が好きなのは当たり前か」

「……そうだな」

 

 執着するほどの理由は聞けなかったが、追及はしなかった。その先生も、その息子だという人もきっと友人で、クロノの大事な人だったはずだ。


 でも、きっともう二度と会えない。


 召喚を残酷なことだと思っていたくせに結局義務だからと周囲の風潮に合わせて、自分の魔力不足のせいで最も残酷な結果になった。力の強いものに従うことが本能に定められている魔獣とはわけが違う。彼は人間だった。今の状況は、平気だと繰り返し言う彼に甘えているだけだ。


 だからこそ、彼の召喚の謎を全て解き明かして見せる。魂だけがこちらにあるのか、身体ごとこちらへ来たのか、向こうへ渡る手段はあるのか。研究院に入れば目にできる資料も増える。幸い研究院は自分たちに興味津々だ。くよくよするくらいなら前向きにできることをやらなければ。


「ね、ク――」

「な!今度の休みはクラスのやつも誘って肝試し行こうぜ!」


 口を開こうとすると、ハルスが瞳を輝かせてこちらを振り返った。早速影響されたのだろう。ソフィアも乗り気なのが少し意外だった。


「肝試しって、どこに?」

「今ソフィアと話してたんだけどさ、ジュネル森林帯の外れに魔鉱石の廃坑があるだろ?8番街の右の方」

「東のこと右って言うのやめない?」

「伝わればいいだろ!それはそれとしてあそこは廃坑だからもう誰も近寄らないじゃん?つまり中は明かりが無いんだよ。これって夜っぽくない?なあ」

「入っていい場所なのか?」

「正直グレーかな?一応街の持ち物だし。でもハルスの言うとおり廃坑になってて、理由がもう資源が取れないからなの。価値がないから警備する理由も整備する理由もない。年に1回魔獣の巣になってないかとか犯罪者が潜んでないかの調査するくらい」

「でもその調査は先月だったんだ。パパ、警備隊の人だから知ってるの」

「つまり入り放題で、もし見つかってもそんなに怒られない!金もかからない」

「はあ」


 クロノは明らかにめんどくさそうな顔をしている。


「クラスで行ったらそれこそ見つかるだろ」

「最後の思い出作りだよ!卒業したらお前らとはあんま会えなくなるじゃん」

「……うん、二人とも卒業したら王都に行っちゃうでしょ。キトゥンちゃんとクロノくんとは最近仲良くなったばっかりだけど、それでもお友達だもん」


 ソフィアがまっすぐに2人を見つめて言う。素直にこういうことを言えるのが彼女の良い所だと思う。反面クロノはというと、ばつが悪そうにそっぽを向いている。なんとなく彼の扱いがわかってきたキトゥンは、クロノの顔をのぞき込む。


「だって。嬉しい事言ってくれるじゃん。どうする?クロノ」

「……仕方ないから行く」

「よっしゃ!」

「やったね!」


 ソフィアとハルスがハイタッチを決める。続いてハルスが両手を挙げたままこちらに向かってくるのでキトゥンも軽く手を合わせる。ぱちんと軽い音がした。続いてクロノにも突撃していくが、そっぽを向かれたので高く挙げた手をそのまま水平に開いて、思いっきりハグをした。


「お前!離せ!」

「おまえが男同士の友情を拒否するからだろ!おりゃ!」

「あはは、クロノが悪いね」

「くっつくな!おい!助けろ!」

「グループハグのお誘い?」

「違う!!」


 1人の悲鳴と3人の笑い声がこだまするが、丁度鳴り響いた午後の鐘にかき消されてしまった。

 卒業前の最後の思い出が、あんな事件につながるとは思いもよらずに。

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