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05 魔物の食事

 シュカの部屋を出たヴォルクは、言われたとおりに誰にも見つからないように自室へと戻った。


 自室のドアを閉め、彼女の胸に触れた手をじっと見つめる。

 シュカはまな板加減に自信があったようだが、彼女の胸の感触は『女』でしかなかった。

 うっかり揉んでしまわないように、指先に全神経を集中させなければならなかった。


「何が『好き』だよ。見え透いた嘘つきやがって。ずっと窓の外気にしてたじゃねェか」


 舌を打ってヴォルクはため息をこぼす。


 シュカの部屋のテラスは無理をすれば屋根から飛び降りて侵入できる。

 シュカが窓の外を気にしていたのは刺客に合図を出すタイミングを狙っていた可能性があった。


「大体、マジで好きなら抱かれたって良いだろうが」


 ぼそりと言うヴォルクの唇は拗ねてわずかに尖っている。


 今日は結婚式や披露宴で疲れていた。

 初夜なんてなくなってよかったのかもしれない。

 シュカに折られたプライドは、そう思うことでしか立ち直らせることができなかった。


 なんにせよ、ヴォルクはシュカに隠し事があることを見抜いた。


 シュカを抱きしめたとき、彼女からは不思議な匂いがしたことも気になる。

 それは嫌な香りではなく、むしろ心地の良い香りだった。

 森の暖かな日だまりのような不思議な香りだ。


(とりあえず嫁に殺されないようにしねェとな)


 この国の王位継承争いはすさまじいものであった。

 一番王族が殺し合った時代にヴォルクは森の中にいた。


 王族にとって暗黒の時代が過ぎ去ったあとに城に戻ったヴォルクでも、危険な目に遭ったことは一度や二度ではない。

 ドアと窓の鍵をしっかりと閉めてから、ヴォルクは自身のベッドに身を沈めた。


 *


 翌朝。シュカはダイニングで呆然とすることになった。


 朝食の少し前。

 昨日のベッドの上で起きたことを冷静に思い返したシュカは、朝の支度に来たリエルを布団を被って拒絶した。


 ヴォルクの剣を握ってきたことを感じさせる堅い指先にはオスを感じた。

 その指先が、シュカの腿や脇腹を武器を探るためとはいえ撫でたのだ。

 更には血迷ったあげく胸まで触らせてしまった。


「もうヴォルク様に合わせる顔がない!」


「ですがシュカ様。日が沈めばヴォルク様には再び会えなくなります。日の出ている内に少しでも近くで眺めておいた方がよろしいのではないでしょうか?」


 朝食には行きたくないと駄々をこねていたシュカは、リエルがちょこんと首を傾げながら言った言葉にそれもそうだと渋々うなずいた。


 時折「やめとこうかな」「やっぱり寝坊したことにする?」と弱気発言をする度にリエルに励まされながら準備を済ませたシュカがダイニングに入ると、既にヴォルクは朝食をはじめたところだった。


「おう、おはようさん」


 王子とは思えない気さくすぎる挨拶にシュカも挨拶を返す。


 メイド達がシュカの分の朝食を用意するのを待たずに、ヴォルクは食事を再開した。

 その食事方法のワイルドさにシュカは瞠目する。


 椅子に片膝を立てて斜めに座り、パンを片手で掴んでがぶりとかじりつく。

 スープはスプーンも使わずにズズズと音を立ててすすり、食器を置く音もガシャンガシャンと騒がしい。


(ヴォルク様は七歳のときに城に戻ったのよね? マナー教育は受けたと思うんだけど……)


 ヴォルクの野性的な食事スタイルに圧倒されながら、シュカもパンをちぎって口に含む。


 魔物王子と呼ばれているだけのヴォルクとは違い、シュカは本物の魔物だ。


 十年前に病に冒された際にオルクス伯爵夫妻に助けられてから、シュカは変身薬を飲んで人間の姿をとるようになった。

 魔物として生きてきた年数が長いため、十年前には人間の言葉は既になんとなくわかっていた。

 言語の獲得に苦労することはなかったが、マナーや空気を読むといった人間的なルールを覚えるのには非常に時間がかかった。


 ヴォルクは現在十八歳。シュカの設定と同じ年齢だ。

 彼が七歳のときに保護されたため、そこから教育を受けたのならマナーがまだ身についていないということもある……か?


 それにしてはあまりにもな食事の態度だったが、シュカは「ハイエナよりはマシ」という理由であまり気にしなかった。

 そんなことより気になるのは、昨夜のことをヴォルクがどう思っているかだ。

 初夜を拒否するなんて妻として失格すぎる行為だった。


(昼間だったら受け入れられるんだけどなぁ……)


 悶々と悩みながら食事をとっていると、鼻で笑う声が聞こえて顔をあげる。

 ヴォルクが嘲るような表情でこちらを見ていた。


「もじもじしてねェで言ったらどうだ? 言いたいことあんだろ」


 挑戦的な表情にシュカは「えっと」と尚更もじもじしてしまう。


 周囲をちらりと見回せば、壁際には気配を消した給仕係の使用人が立っている。

 背後からはリエルがシュカを見守っている。

 こんな状況で夫婦の夜の事情について話すのは恥ずかしい。 


 ヴォルクはイラついた様子で机に肘をつき、食べかけのパンでシュカを指した。


「言えよ。オレに不満があるなら言って、とっとと離縁を申し出りゃあいい」


「じゃ、じゃあ言わせていただきます!」


 ヴォルクは「夫婦として生きていくなら言いたいことは言え」と言っているのだとシュカは解釈した。

 ピシッと背筋を正したシュカは意を決して口を開く。


「交尾については、わたしは明るいうちにならいつでも受け入れることが可能です!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後、ぶっちゃけすぎてて良かったです。
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