表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/41

41 飛行


 シュカが到着した会場では既に夜会がはじまっていた。

 両開きの扉が開いて登場したシュカに気づいた人々はその美しさに眼を奪われる。

 その視線を追った人もまたシュカから目が離せなくなり、会場へと続く階段をシュカが下りきった頃には、全員が凜とした足取りで歩くシュカを見つめていた。


 夜会会場のテラス前で警備をしていたヴォルクが驚いた様子でこちらを見ている。


 ドレスの裾がシュカが一歩歩く度に尾を引くようにふわりと舞った。

 リエルと共にヴォルクの前に立ったシュカは、そっとヴォルクへ手を差し出した。


「ヴォルク様、選んでください」


 楽団すらもシュカの美しさに演奏を止めた会場にシュカの声が響く。

 グラスを持ったホークだけが、会場の中で「なるほど」とほほえんでいた。


「わたしと飛んでいくか、王子としての生涯を過ごすか、選んでください」


 まっすぐな赤い瞳をヴォルクが見つめ返す。

 ため息をこぼしたヴォルクは、差し出されたシュカの手を迷わず握った。


「わけわかんねェけど、飛ぶ。どこにでも行ってやるよ。どんなことも、あんたと離れるよりはましだ」


「へへ、大好き、ヴォル!」


 少女のような笑みを浮かべたシュカは、そのままヴォルクの手を握ってテラスの欄干へと軽やかに飛び乗る。


 周囲が悲鳴をあげる中、シュカはヴォルクと共に欄干の上から人々へと一礼した。


「それではみなさんごきげんよう。人間の世界は刺激的で楽しかったです。この国の宝であるヴォルク様を奪っていくことを、どうかお許しくださいませ」


 笑顔のままシュカは後ろに倒れ、手を繋いでいたヴォルクも共にテラスの下へと落下する。


 人々が慌ててテラスへと駆けていく中、ホークは白ワインに口をつけていた。


「そうだね。『好きな男ができたことにして出て行け』と言ったのは間違いだったよ」


 ホークは自身の間違いに苦笑する。

 シュカにとって『好きな男』なんてヴォルクしかありえなかったのだ。


 テラスの欄干から身を乗り出し、落ちたふたりの安否を確認しようとした人々が見たのは上空へと飛来するオオガラスだった。

 背にヴォルクとリエルを乗せたオオガラスの翼が巻き起こす風に悲鳴があがる。

オオガラスはそのまま月に向かって飛んでいってしまった。


 人間に化けていた不吉の象徴とされるオオガラスが第二王子を誘拐していったという現実に気がついた人々がパニック状態になる中、ゆるりと月を見上げたホークが呟いた。


「おめでとう、ふたりとも。きみ達の幸福を願っているよ」


 月に向かってオオガラスが飛んでいく。

 その姿は神々しいほどに美しく、人々の目に焼き付いた。


 *


 去年から王都で流行になっている歌劇は『オオガラスと魔物王子』だ。


 姫に化けた魔物と魔物王子と呼ばれるほどに強い王子が結ばれる物語だ。

 歌劇はそれぞれの演出が加えられているが、最後は必ず王子を背に乗せたオオガラスが月に向かって飛んでいく美しい姿が描かれる。

 クラースはその物語が大嫌いだった。


 新聞に書かれた歌劇の広告をぴんっと指で弾いて折りたたむ。

 大事な妹の恋物語を人々がおもしろおかしく語っていることが面白いわけがなかった。

 レオンハルトなんて歌劇を見に行っては「シュカはもっと美しいです」と文句ばかり垂れる厄介な客と化している。


 そんな不快な広告を朝から見たというのにクラースの機嫌が良いのは、その大事な妹から手紙が届いたからだ。


 『お兄様、今までお世話になりました。最後にご挨拶に行けずにごめんね。本当に大好き。またいつか会える日が来るのを楽しみにしてます』という手紙を最後に、シュカは月に向かって愛する男と飛んで行ってしまった。

 それ以来初の手紙だ。


 あの逃亡劇からは一年弱が経っている。

 元気にしているかと心配していたため、手紙が送られてきたと聞いたときは飛び上がって喜んでしまった。


 出勤前に見ておこうと、ペーパーナイフで封筒を開き、手紙を読む。


◇◇◇


 お兄様。いかがお過ごしでしょうか?

 今ずいぶん北の国にいます。


 こちらは冬でもないのにたいへん寒く、私の羽毛でお布団を作ってみたところ、ヴォルもリエルもたいへん喜んでくれました。

 お兄様が遊びに来る際には同じお布団を用意するので、早めにご連絡くださいね。


◇◇◇


 そこまで読んでからクラースは窓の外を見る。


 王都は今は夏真っ盛り。

 元々温暖な気候であるため、夏は暑い。


 シュカはずいぶん遠くまで行ってしまったなぁと感慨深く思いながら追伸に眼を滑らせたクラースは、ぴしりと動きを止めて自室のドアをたたき開ける。


 びっくりして肩をすくめている通りがかりの使用人に、クラースは興奮気味に言いつけた。


「長期休暇をとる! 北国に行くからコートを用意してくれる!?」


「え!? あ、はい!」


 クラースからの突然の指示に驚いた様子の使用人を見送って、クラースは身支度をはじめる。

 テーブルの上に置き去りにされた手紙には、こう書かれていた。


 追伸 母になりました。ヴォルと私の赤ちゃんは今のところ羽毛は生えていません。


《了》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最初から一気に読みましたー! 最後は結ばれて良かったです! 楽しく読めました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ