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39 君がいい

「シュカの秘密なんて知ってた! 早く部屋に入れるぞ。リエルも手を貸せ」


「え……」


「早く! オレ以外に見られるぞ!」


「は、はい!」


 驚いているリエルと共にシュカも驚いていた。


 知っていた?

 なぜ?

 いつから、どうして?


 混乱しながらも自室にどうにかたどり着いたところで、ヴォルクはリエルに「解毒薬は所長ならつくれるか」とたずねる。

 うなずいたリエルに、ヴォルクはすぐに温室内の研究所へ向かうように命じた。


 リエルが走り出ていき、ドアが閉まるとオオガラスになったシュカとヴォルクのふたりきりになる。

 黒い羽毛の舞う部屋の中、ぐったりと床に頭をつけるシュカの額にヴォルクが触れた。


「……熱とかわかんねェな、これ」


『どうして……、どうして知ってたの? わたしが、オオガラスだって』


 正体がバレてもヴォルクの態度が変わらない未来なんて、シュカは予想していなかった。

 動揺した声でたずねると、ヴォルクは落ちていたシュカの羽を一枚拾い上げた。


「こないだこの部屋に来たときに羽を拾ったろ。シュカが羽ペンにするとか言ってたやつ。あれと、森で会ったオオガラスの羽が同じだった」


 ヴォルクはふっと笑みを浮かべる。

 それは想像していた嘲るようなものではなく、困ったような優しい笑みだった。


「夜には声も出せない姿も見せない。まさか夜ごとオオガラスに変身してるんじゃないかと思ってたのが本当だったってだけだ」


 ヴォルクの勘はシュカが想像していたよりもずっとずっと鋭かった。


 完敗だ。

 シュカはこの屋敷でヴォルクが老いるまで傍にいたいと願っていた。

 どうやらその願いはここで潰えたようだ。


『今まで騙していてごめんなさい……。お兄様に挨拶をしたら、もう――』


「離縁するか?」


 ヴォルクの言葉が胸に突き刺さったような感覚がする。

 返事ができずに涙をこぼすと、ヴォルクはシュカの首に腕を回してきた。


『ヴォル……?』


 シュカの大きな身体をヴォルクは抱きしめてくれる。

 羽毛越しに彼のあたたかさが感じられて、シュカは長い睫をまたたかせた。


「知ってたっつったろ。今までそれで離縁するなんて言わなかったんだから察しろ。オレはシュカがオオガラスだろうが大蛇だろうが、もう手放すなんて無理だ」


 ヴォルクがシュカの羽毛を愛しげに撫でてくれる。

 こんな幸福な夢をシュカは見たことがなかった。


『いいの……? 本物の魔物のわたしが奥さんでもいいの?』


「シュカがいい。……好きだ。だから絶対、離れるな」


 黒い羽毛が舞い散る部屋でヴォルクはシュカを精一杯抱きしめてくれる。

 シュカもヴォルクをその翼で包み込むと、オオガラスの体は簡単にヴォルクを覆い隠してしまった。


 自身の体の大きさに、種族の違いをまざまざと感じさせられる。

 それでもヴォルクが強く抱きしめることで伝えてくれる愛情が、シュカを包み込んでいるかのように心地よかった。


「ありがとう、ヴォル。大好き……」


 やがて到着したクラースにより、シュカには解毒剤が投与された。

 シュカの正体にヴォルクが気づいていたこと、そしてそれでもこのまま夫婦でいることをクラースとリエルに伝えると、ふたりは改めてシュカとヴォルクの結婚を祝福してくれた。


 「これでやぁっとふたりは、真の夫婦となったわけだ」とクラースが言った言葉にオオガラスのままのシュカと共にヴォルクは赤面していた。


 それから数日が経った。

 シュカに毒を盛った犯人はすぐに見つかり、使用人のうちのひとりであることが判明した。


 毒はシュカのカップからだけではなく、ヴォルクのカップからも発見されたことから、犯人は夫婦を狙っての犯行だということを自供したらしい。

 そしてその使用人がシルト家の派閥のものだということも判明した。


 シルト家はホークの母の家系だ。

 ヴォルクがいずれ王冠に手を伸ばすのではないかと危惧しての犯行だったということは明白であり、ホーク自ら犯人を地下牢へ投獄したという話をヴォルクから聞いた。


 ヴォルクは王になることに欠片の興味もない。

 だがその身に流れる血がヴォルクを常に危険に晒している。


 その事実を改めて感じたシュカは、毒に倒れたのは自分だというのに朝の見送りの際にヴォルクにしつこいくらいに気をつけるように言い含めるようになった。


「ヴォル! お水を飲むときはぐいっといっちゃダメだよ! ひとくちペロッとして、おかしいなと思ったら飲んじゃダメ!」


「はいはい」


「あと訓練場は列柱廊から丸見えだから、そこから矢が飛んでくるかもしれないって昨夜気がついたの。気をつけてね」


「はいはい」


「それからね」


「まだあんのか」


 騎士服に身を包み、城に出勤しようとするヴォルクにぶらさがるようについて回って心配を口にするシュカは、「だって」と眉をさげる。


「心配なんだもん」


「大丈夫だっつの。幸い、乳飲み子の頃から毒飲まされてるんでね」


 くいっとグラスを傾ける仕草を指で現しておどけるヴォルクに、シュカはくすくす笑ってしまう。


「お母様からの愛がヴォルを守ってくれてるんだね」


「ほら、もう行ってくるぞ」


「うんっ。今日も訓練場行ってもいい?」


「好きにしろ」


 ぶっきらぼうに言いながらも、その声がイヤそうではないことに、シュカはにまにましてしまう。


 馬車に乗って出発したヴォルクを外まで見送ってから、シュカは自室に戻ってリエルと城に出向く準備をはじめた。


「今日は個人訓練かな? それとも集団戦かな? 楽しみだなぁ」


「シュカ様は最近調子がよさそうですね」


「下手な嘘を考えなくてよくなったからね~」


「確かに。おひいさまは酷い嘘でした」


 おかしそうに笑いながら髪を結ってくれるリエルに「一生懸命だったの!」と子どものように言い訳をしていると、ノックが鳴る。


 「はーい」とのんきな返事をすると、廊下から使用人の戸惑ったような声が聞こえた。


「奥様、ホーク様がいらっしゃっておられます」

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