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38 晒された正体

 元気になってすぐに研究所に訪れたシュカは連続して変身薬を飲んだことを兄にしっかりと叱られてから、いつもの変身薬と共に睡眠薬を調合してもらった。

 シュカは夜ごとヴォルクに正体がバレたときの夢を見るようになってしまい、熟睡できない日々を送っていたからだ。


 オオガラスとなったシュカの姿を見たときのヴォルクの反応は夜ごとに違う。

 ある夜は失望の表情をこちらに向け、ある夜は斬りかかってきた。

 夢の中のヴォルクは一度たりともオオガラスの姿になったシュカを受け入れてはくれなかった。


「――シュカ? おい、聞いてるか?」


 寝不足によって最近ぼんやりすることが多かったシュカは、今日は睡眠薬の影響でぼんやりしていた。


 現在は休日のヴォルクと共に、屋敷の庭でティータイムだ。

 シュカのつくったジャムサンドを片手にヴォルクが心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「ごめんね、ちょっとぼーっとしてたみたい」


「最近ぼーっとしすぎだろ。研究所にも前より頻繁に顔出してんだろ?」


「なんで知ってるの?」


「レオンハルトにシュカを大事にしろって、まーた怒られた」


 「してるっつの」とぼやきながらジャムサンドを頬張るヴォルクは確かに不器用なりにシュカを大切にしてくれている。

 シュカの抱える秘密を無理にこじ開けようとしないところもヴォルクの優しさだ。


 庭の四阿にあるベンチで肩を寄せ合って座る隣のヴォルクを見る。

 少しだけ拗ねた様子で唇を尖らせるヴォルクが愛しくて、シュカはその肩に頬を寄せた。

 ヴォルクはぎこちなくシュカの頭に手を回し、そろりそろりと撫でてくれる。


 ヴォルクはシュカに気持ちを向けてくれている。

 言葉にはなかなかできないようだが、ヴォルクの態度が彼の気持ちを表してくれている。


 幸せに目を閉じると睡魔が襲ってきて、シュカはあらがうために紅茶の入ったカップへと手を伸ばした。


「ぼーっとしててごめんね。さっきはなんて言ってたの?」


「ジャムサンドうまいって言ってたんだ。あと研究所に行きすぎじゃねェかって言ってた」


「そうかな?」


 確かに体に合うように睡眠薬を調整するために研究所にはよく行っていたが、ヴォルクに責められるほど頻繁に通っているわけではない。

 今までより少し行く回数が増えたくらいだ。


 ヴォルクは「あー」とためらうように唸ってから、カップを持って小首を傾げるシュカに向き直った。


「レオンハルトに会いに行ってんのか?」


「へ?」


 想定外の質問にシュカはきょとんとしてしまう。

 「だから」と言うヴォルクの声はもう自棄になっている響きだった。


「レオンハルトに会いたくて研究所に通ってんのかって聞いてる。あんたは今こそ体調悪そうだが、体が弱いわけでもないんだろ?

それに薬がほしいなら、オレが毎朝研究所に顔出してから仕事に行くことをシュカは知ってんだから、オレか使用人にでも遣いを頼みゃいい。わざわざ自分で顔出しに行くのは……レオンハルトに会いたいからじゃねェのか?」


 こちらを疑うようなヴォルクの目はさんざん見てきたが、こわごわとシュカの心の中に入ってこようとしているような目は初めて見た。

 ヴォルクはシュカに気持ちを向けてくれているとは思っていたが、まさか嫉妬までしてくれているだなんて思わなかった。


 シュカはクスクス笑って首を横に振る。


「大丈夫だよ。レオンに会いに行ってるわけじゃない。レオンはただのお友達だから、心配しないで」


「じゃあ、今度からはオレが薬を取りに行っても良いんだな?」


「うーん……」


 クラースはヴォルクが訪ねてきて「シュカの薬をくれ」と言えば、察して薬を渡してくれるだろう。

 だが、なにかの弾みで栄養剤と偽っている変身薬に気がつくかもしれない。


 悩みながら紅茶に口をつけた瞬間、シュカは突如目を見開いて立ち上がった。


「飲まないで!」


 シュカの手が、驚いているヴォルクの手元にあったカップをはたき落とす。

 カシャンという繊細な音と共に床にたたきつけられたカップが割れると共にヴォルクが立ち上がった。


「シュカ!? チッ、毒か……! カップとティーポットを回収しとけ!」


 近くで待機していた使用人にヴォルクが叫ぶ。


 シュカは舌がしびれる感覚で毒だとわかったためすぐに吐き出すことができた。

 それにこの程度の毒でシュカは死ぬことはない。


 そんなことより、体から光の粒子が零れ始めていることの方が問題だった。


 体が光り出す毒なんて存在しないだろう。

 これは毒によって、シュカが人間の形を保てなくなっている状況だ。


 咄嗟に走り出てきたリエルに支えられるようにして、シュカが自室に戻る後ろでヴォルクが使用人たちに毒の出所の調査の指示を出している。

 その険しい声を聞きながらシュカはどうにか屋敷に入り、自室を目指した。


「シュカ様、シュカ様大丈夫ですか? しっかりしてください!」


「部屋へ、部屋へ帰らなくちゃ……」


 体中が重い。

 一歩ずつが苦しい。


 それでも前に進み続けたのはヴォルクにバレたくないという一心だった。

 オオガラスだとバレて失望されたくない。

 せっかく想いが通じ合った矢先にこんな結末は迎えたくない。


(お願い、間に合って……!)


「シュカ!」


 そんなシュカの願いもむなしく、背後からヴォルクの声がかかる。


 あと少しで自室にたどり着くというのに、シュカはもう一歩も歩くことはできなかった。


「ヴォル……」


 振り返ると、心配そうな顔をして駆け寄ってきたヴォルクが見える。


 シュカの身体から光の粒子がぶわっと舞い上がったのはそのときだった。

 光の粒はヴォルクの目の前でシュカの身体を覆っていく。


(ああ、ああどうしよう……! 終わっちゃう! わたしの幸せが、終わっちゃう……!)


 見る見る内にシュカの姿はオオガラスへと変わっていく。


 深い絶望を感じながら、シュカは自室へと這うように手を伸ばす。

 そのほっそりとした白い手が、無慈悲にも漆黒の翼へと変貌していった。


「見ないでください!」


 ぐったりと倒れ伏すオオガラスの姿になったシュカを守るように両手を広げたリエルが叫ぶ。

 シュカの大きな赤い瞳からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


(こんな、こんな惨めな終わり方、イヤだよ……)


 幸せだった日々はここで終わる。


 ヴォルクがシュカの正体を知って失望する姿を夢の中で何度も見てきた。

 今のこの状況も夢ならよかったのにと願わずにはいられない。


 ヴォルクはどんな顔をしていることだろう。

 「騙された」と怒っているだろうか。

 「信じられない」と茫然としているだろうか。


 不安でヴォルクを見ることもできずにいると、ヴォルクは想像もしていなかったことを口にした。

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