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35 もう一本

 ペンダントを握りしめたヴォルクは帰りの馬車でも何も話すことはなかった。

 全員亡くなってしまったが、現国王のかつての妻たち――つまりプレマも過ごしていた城の東にある離宮の方角を見つめて、ヴォルクは唇を引き結んでいた。


 シュカはその晩、ヴォルクの妻となって以来はじめてひとりで夕食を食べた。

 いつもの時間にリエルを引き連れて食堂に行くと、一人分の食事しか用意されておらず、どうしたのかと使用人にたずねると、ヴォルクは夕飯を断ったのだと言う。


 自室に戻ったシュカは、窓の外で山の向こうに沈みかけている夕日を見て「うーん」とうなっていた。


「リエル。やっぱりわたし、今日はもう一本変身薬を飲むよ」


「いけません。絶対に反対です」


 シュカは窓の向こうに向けていた視線をリエルへと向ける。


 眉をキュッとつり上げたリエルは、断固反対の姿勢を崩す気は無いようだ。

 このままでは、無理矢理飲もうとしたところで、リエルに変身薬を奪われてしまうだろう。


「どうしてもダメかな?」


「ダメです。変身薬はシュカ様の体に負担です。一度試しに一日に二本飲んでみて、翌日一日中寝込まれたことを覚えていらっしゃらないのですか?」


 オルクス夫妻が開発してくれた人間に変身する薬の効果は太陽が昇ってから沈むまで。


 この変身薬を日没後に飲めば、夜会とやらに出席できるのではないかという好奇心から夜に変身薬を飲んで、シュカは一度だけ夜会に潜り込んだことがある。

 結果、一晩は人間の姿を保つことができたが、陽が昇ると共に高熱を出し、立っていることもできなくなり、魔物の姿のまま翌日の朝まで寝込むことになった。


 もう二度とあんなに苦しい思いはしたくないと思っていたのだが、今回は苦しい思いをしてでも変身薬を飲みたかった。


「ヴォルはきっと動揺してるんだよ。ずっと自分を捨てたって憎んでたお母さんが、自分を愛してくれてたんだって知ったら、今までお母さんを憎んでいた自分を嫌いになっちゃうかもしれない。傷ついてるだろうし、ショックを受けてるんだと思う。ヴォルの過去を暴いちゃったのはわたしだから、責任を持ってわたしが傍にいてあげたいの」


 リエルは娼婦である母に捨てられた子どもだ。

 母は新しい男ができたからといって邪魔になったリエルを森に捨てた。

 リエルはその後幸運なことにシュカに拾われ、その二年後には病に倒れたシュカを助けて欲しいとオルクス伯爵夫妻を訪ねて、その後はオルクス伯爵家の侍女見習いとして大切に育てられた。

 リエルは母に対する未練は無いが、恨みがないとは言い切れない。


 リエルは想像した。

 自分が母に愛されていたという事実と証拠を突然突きつけられたとしたら。

 その事実と証拠を手に入れてくれることになった理由が、シュカからの純粋な愛による行動だったとしたら。


「……私だったら、シュカ様に抱えきれないほどの感謝をしているでしょうね」


「リエル?」


 リエルの発言の意図がわからず、シュカは首を傾げる。


 リエルは猫のような黒い眼を柔らかくして、静かにベッドサイドのチェストから変身薬の入った小瓶を一本取り出し、蓋を開けてシュカへと差し出した。


「いいの?」


「ヴォルク様はきっともうすぐこの部屋を訪ねてくると思います。そのときにシュカ様は今回ばかりは顔が見たいとおっしゃるはず。

それならシュカ様が今晩変身薬を飲んでヴォルク様の部屋を訪ねるのと大差ないでしょう。ヴォルク様が訪ねてきても、シュカ様は変身薬を飲みたがるでしょうから。

でも明日は決して無理をなさらないでくださいね。絶対に一日中寝込むことになるのですから」


「ありがとう、リエル!」


 リエルが何故ヴォルクが訪ねてくると推測しているのか、シュカにはわからない。

 シュカは日の出ている間だけ人間として過ごして十三年が経つが、まだ人間にしかわからない感覚というものはあるのかもしれない。


 それは寂しく感じられることであったが、シュカの魔物の勘が今晩はヴォルクの顔を見て、母に愛されていたことを祝福しなければならないと感じていた。


 リエルから受け取った変身薬を飲むと、シュカの体は光に包まれる。

 光の粒子を身にまとったシュカは、今晩は光が消え去ったあとも人間の姿を保っていた。


「明日は迷惑かけると思うけどごめんね、リエル」


「シュカ様のためにすることが迷惑だと思ったことは私は一度もありませんよ。いってらっしゃいませ。よい夜をお過ごしください」


 侍女として完璧な礼をして、リエルは部屋を出て行く。


 鏡の前で前髪の乱れを直してから、シュカは「よし」と気合いを入れて廊下に出た。

 すると、シュカの部屋のすぐそこでヴォルクがうろうろしていた。

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