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34 ペンダント


「何が入ってるの?」


 シュカがヴォルクに体を寄せて覗き込むと、ヴォルクはペンダントを開けて見せてくれる。

 そこには小さな姿絵が入っていた。


 ヴォルクそっくりのちょっと強気な顔の美人はプレマ。

 そしてプレマが大切そうに抱えている幼子がヴォルクなのだろう。


「それはプレマ様の形見です。今まで黙っていて申し訳ありませんでした。

プレマ様はヴォルク様が命を奪い合う王族にならないことを望んでいました。それはヴォルク様に生きていてもらいたかったからです。あなたが森から帰ってきたとき、わたくしは家庭教師になることを決めました。

王冠の奪い合いはシルト家の勝利ということで一端落ち着いてはいましたが、いつあなたを新興貴族が担ぎ上げようとするかわかりませんでしたから、あなたを守るためには傍にいる家庭教師になる必要があったんです」


「先生は、ずっとオレを守ってくれてたんですか……?」


 茫然と姿絵を見ていたヴォルクが顔をあげてエルザを見る。

 エルザは母のように微笑みながらうなずいた。


「プレマとわたくしはメイドと薬師だった時代の友人でした。平民同士がんばっていこうと手を取り合っていた中です。あなたが生まれたとき、わたくしは自分の子が生まれたときのように嬉しかったのですよ」


「そうか……。そうか」


 何度も小さくうなずいたヴォルクはペンダントを握りしめてうなだれる。

 エルザはヴォルクを見ていた視線をシュカへと向けた。


「さあ、お話しはこれでおしまいです。わたくしは幼き頃のヴォルク様に毒を盛っておりました。騎士に突き出されても文句は言えません。あなた方のお好きなように」


「ヴォルク様を『母から愛されていなかったのではないか』という孤独から救ってくださったことで罪は償われたんじゃないでしょうか? それにヴォルク様を守るために盛った毒で罪になんか問われませんよ。教えてくださってありがとうございました」


 シュカが感謝を述べると、ヴォルクも小さな声でエルザに礼を言う。

 眉を下げたエルザは困ったように小さく首をかしげた。


「感謝されるようなことではありませんよ。わたくしはずっとヴォルク様の孤独を知っていて黙っていたのですから。ヴォルク様を守るためとはいえ、かわいそうなことをしてしまいました。今回打ち明ける機会を与えてくれたシュカ様には感謝しかありません」


「そんな。わたしはただ、ヴォルク様のことが知りたかっただけで……」


 照れて頬を掻くシュカにエルザはクスクス笑う。


「ヴォルク様は良い妻をめとられましたね」


「……ああ。悪くはないです」


「まあ。またそんなひねくれたことを言って。愛想を尽かされてしまいますよ」


 ぴしゃりと言われたヴォルクは拗ねた様子でシュカを見る。


「……尽かさねェよな?」


「はい。愛想を尽かせと言われても尽きない気がします。ヴォルク様はかっこいい上に強くて優しいので」


「あらあら」


 楽しそうに笑ったエルザはソファーから立ち上がる。


「新興貴族たちはヴォルク様が帰ってきたときに、王位継承争いにヴォルク様を担ぎ上げようとしておられました。魔物王子と呼ばれるヴォルク様を見て、一時は諦めていたようです。

ですが、いつヴォルク様をまた争いに持ち出そうとするかはわかりません。そして、その事態を警戒しているのは、現在王位継承権を握っているホーク様のご実家であるシルト家の方も同様です。ふたりとも充分に気をつけなければなりませんよ」


 家庭教師らしくふたりに忠告をしてくれるエルザは義母のようだ。

 シュカがヴォルクと共に「はい」と返事をすると、エルザは満足した様子で「そろそろ本当に子ども達を迎えに行かねばなりません」と言い、別れの挨拶をしてから部屋を出て行った。


 残されたシュカはヴォルクがしばらく黙り込んでいたので、共に口を開かずにいた。

 個室にはガーデンパーティーではしゃぐ子どもたちの笑い声が聞こえてきている。 

 部屋には呼吸の音すら聞こえるような沈黙が満ちていたが、それは不快な沈黙ではなかった。


 小さな姿絵をじっと見つめるヴォルクの親指がペンダントの縁をなぞっている。

 自分を捨てたと思っていた母が、衰弱して自殺してしまうほどに自分を案じ、愛してくれていたことを知ったときの人間はどんな想いがするのだろう。


 幼い頃のことなんて覚えていないほど長生きしてしまった魔物であるシュカは、ヴォルクの気持ちを懸命に想像したが、「切ないのだろう」というところまでしか想像力は及ばなかった。


「ヴォル、帰ろう」


 ここに居ると、ガーデンパーティーに参加している他の人間や城の使用人に見つけられてしまう可能性がある。弱っている今の姿をヴォルクは見られたくないだろう。


 シュカの提案にヴォルクは喉の奥が張り付いたような掠れた声で「ああ」と言って、ゆらりと立ち上がった。

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