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33/41

33 真相

 用意されている応接セットの机を挟んでシュカとヴォルクはエルザの前のソファーに座る。

 同じくソファーに腰掛けたエルザは静かに話し始めた。


「わたくしは常に黒いドレスで喪に服しています。それは早くに亡くなった夫の死を悼むためのものでもありますが、自害されたプレマ様のためでもあります」


「プレマは自殺だったのか!?」


 驚いた様子でヴォルクが身を乗り出す。


 乗り出してから、「あ」と思った様子だ。

 興味ないですという態度にも限界を感じた様子のヴォルクは、諦めたように息を吐いてエルザを見やる。


「なんで自殺なんかしたんだ」


「ヴォルク様を森に置いてきたことを後悔して、ヴォルク様のことを案じ続けた結果、心を病まれて亡くなったんです。元は平民だった第四妻とはいえ、妻が自殺したとなれば王の威厳にかかわります。なので表向きには病による衰弱死ということにされていました」


「ヴォルク様を森に置いてきたことを後悔してたってことは、プレマ様はヴォルク様を森に捨てたわけではないということですか?」


 エルザは逡巡してから、僅かにだけうなずく。

 シュカがヴォルクの顔を見やると、ヴォルクは驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。


「じゃあ、オレは、なんで森に置いて行かれたんですか……?」


 抱えていた疑問を慎重に吐き出したヴォルクに、エルザは顔をあげる。

 黒いベールの下の眼は決意に満ちていた。


「プレマ様はヴォルク様が生まれた瞬間から、ヴォルク様を王族にはしないと決めていました。それは王位継承争いが激化することは誰の目から見ても明らかだったからです」


 現国王の第一子は正妻の産んだ男子であったが病弱であり、たったの二歳で亡くなった。

 その年に生まれたのがシルト家出身の第二妻が産んだホークと、ランス家出身の第三妻が産んだユエルという男児だった。

 シルト家とランス家はどちらも大きな力を持つ公爵家であり、ふたつの家はどちらの血を継ぐ者が王冠を手にするかで水面下での争いをはじめた。


 そんな中で生まれた現国王の六番目の男児が、なんの後ろ盾も持たない平民のメイドが産んだヴォルクだった。


「プレマ様が男児を出産したとわかった途端に、新興貴族たちがプレマ様にすり寄ってくるようになりました。貴族の旧い体制を良しとしていなかった彼らは、ヴォルク様に王冠を掴ませ、プレマ様とヴォルク様を操り人形にして国を乗っ取ろうと考えていたのです」


 王位継承争いはランス家の男児が全員毒殺か暗殺をされたことにより、シルト家の血を引くホークが王冠を手に入れて終結したことは周知の事実だ。

 だが、その争いに新興貴族までもが加わろうとしていたことはシュカは知らなかった。


 ヴォルクの表情窺うと、彼も何も知らなかったことらしい。

 眉間にしわを寄せて忌々しげな表情をするヴォルクの手は膝の上で強く握りしめられていた。


「それで、プレマは新興貴族に囲われないようにオレを逃がしたってことですか?」


「はい。でも、それはヴォルク様がもっと大きくなられた後の計画だったんです。プレマ様はヴォルク様がひとりでもなんとか生きていける年齢になってから王族であることを隠して、ヴォルク様を旅立たせるつもりでいました」


「なぜプレマの計画は早まったんですか?」


「ある日ヴォルク様と湖を見にでかけた帰り道に、馬車を野盗に襲われたからです。プレマ様は『ここで待っていてね』とヴォルク様に声をかけて、森の茂みに隠したとおっしゃっていました。

本当に迎えに行くつもりだったそうなのですが、なんとか野盗から逃れたあとに、このままヴォルク様は城に戻らない方が幸せなのではないかと考えられたのです。

野盗はどう考えても、シルト家かランス家の派閥の者が雇った連中でしょうから、命を狙われるくらいなら森で生き延びられないだろうかと考えたんです」


「二歳の子どもが森でひとりで生きられるかよ。オレが何度死にかけたと思ってんだ」


 吐き捨てるように言うヴォルクにエルザは「そうですね」と掠れた声を出す。


「本当にその通りです。ですがプレマ様は、ヴォルク様の離乳食の毒味係が何人も死んでいくところも、自分の紅茶を注ぐメイドの手が緊張に震えているところも、たくさん見てこられました。

自分自身とヴォルク様に向けられている殺意の強さに、プレマ様はヴォルク様を守りきれる自信がなくなっていたのです。

それでもプレマ様は一日経ってからヴォルク様を探しにでかけられたのですよ。その後もヴォルク様を思って衰弱されていきながらも、何度も何度も森にかよっていました。

よろけながらヴォルク様の名を呼び続けるプレマ様の姿は悲痛なものでした」


「プレマはオレを愛してたって言いたいんですか? オレに飲ませるための毒入り栄養剤を先生に作らせていたくせに?」


 自嘲っぽく言うヴォルクにエルザは俯いていた顔をあげた。


 まっすぐにこちらを見るベールの下の瞳は力強い。

 今までの中でもっとも響きの強い声でエルザはヴォルクの疑問を肯定した。


「はい。プレマ様はヴォルク様を間違いなく愛しておられました。毒入りの栄養剤を飲ませていたのは、毎日盛られる毒への耐性をつくるためです。

乳飲み子に飲ませるものではないとわたくしが断ると、プレマ様はどうにかして飲めるものを作ってくれとわたくしに何度も頭を下げに来ました。

『この子が生きていくために、どうかお願いします』と国王の第四妻という地位にあるお方が、毎日のように一介の薬師であるわたくしに頭を下げに来たのです。

その必死な様子を『愛』と呼ばないのであれば、わたくしは『愛』というものがなんなのかわかりません」


 はっきりと言ったエルザは胸元から何かを取り出し、握り込んだ手をヴォルクへと差し出す。

 まだ困惑している様子のヴォルクが握り込んだエルザの手から受け取ったものは、ペンダントだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母親も苦渋の決断だったということか・・。
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