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32 過去の罪

 ガーデンパーティーでは、女性は淡く明るい色のドレスを着て、華やかに仕上げるのが定石だ。

 だが、この女性が身にまとっているのは喪服だ。

 被った帽子からさがるベールの下に見える顔は上品で儚げな美しさがある。


 不思議な女性にシュカが挨拶をしなければと、ジャムパンを必死に咀嚼して飲み下していると、隣に立っていたヴォルクが「先生、久しぶりですね」と声をかけた。


「今日はどうされたんですか? 子どものお迎えですか?」


「ええ、そうです。そろそろ退屈する頃かと思って迎えに参りました。ほら、あちらで元気に駆け回ってしまっているでしょう?」


 朗らかな笑みを浮かべて女性が見た視線の先では、王家の血を引く子どもたちがおいかけっこをはじめている。

 ようやく、パンをごくんと飲み下したシュカは名も知らない奥様にドレスの裾を持ち上げて礼をした。


「ご機嫌麗しく、奥様」


「ああ、そうだ。妻のシュカです。よろしくお願いします」


 シュカも「よろしくお願いします」と頭を下げてから、目線で「だれ?」とヴォルクに訴えかける。


 ガーデンパーティーに参加する前に、姿絵で大体の人物と名前は一致させてきた。

 だが、この女性はそのリストには入っていなかった。

 もしリストに入っていたのならば、こんな儚げな美人を忘れるはずがない。


「この方はオレの家庭教師をやってた――」


「エルザ・ブランドールです。よろしくお願い致します」


 エルザ。

 その名を聞いた瞬間、シュカは気がついてしまった。


 ヴォルクの母であるプレマに毒入りの栄養剤をつくって渡していた薬師は、現在は家庭教師をやっていると言っていた。

 その薬師の名はエルザで、目の前にいる家庭教師の名もエルザ。

 更にヴォルクは家庭教師がひとりだけ、プレマのことを話してくれたと言っていなかっただろうか。


 点が線になった感覚に、シュカは恐る恐る「あの……」と探るような声を出した。


「エルザさんは、プレマ様に栄養剤をつくっておられましたか?」


 エルザの眼が黒いベールの下で見開かれる。

 不快にさせてしまったかと慌てながらもシュカは疑問を吐き出す口を止めることができなかった。


「この間温室の研究所で古い帳簿を見る機会があったんです。その帳簿にエルザさんのお名前がありまして、プレマ様に薬を調合していたという記録があったものですから、その――」


 エルザの視線が慌てるシュカと驚いているヴォルクを交互に見る。

 そして観念したかのように、エルザは下を向いた。


「……はい。わたくしは元は城の薬師で、プレマ様のためにヴォルク様に飲ませる毒入りの栄養剤をつくっておりました」


「なっ……」


「やっぱり! そうですよね!」


 ショックを受けた表情をするヴォルクとは対照的ににシュカが眼を輝かせる。

 罪を白状したというのに喜んでいる様子のシュカにエルザがポカンとしていると、シュカはずいっとエルザに顔を寄せた。


「エルザさんなら知っているはずですよね。ヴォルク様の幼い頃のことも、プレマ様がヴォルク様を愛していたかどうかも!」


「……わたくしを騎士に突き出さなくてよろしいのですか?」


「騎士に突き出している場合ではないです。ヴォルク様の過去を知ることのできるチャンスなんですから!」


 「ねえ!?」と興奮気味にヴォルクを振り返るシュカに、ヴォルクは「あ、ああ?」と疑問符だらけの返事をする。


 そんなヴォルクはお構いなしに、シュカはエルザに両手を組んで祈るように願った。


「お願いします、エルザさん。ヴォルク様のことを知りたいんです」


「……どうして、知りたいのですか? プレマ様は亡くなられ、ヴォルク様は今こうして元気に生きていらっしゃる。わたくしの過去の罪を問いたいというのであればわかりますが、なぜ騎士にも突き出さずにヴォルク様の幼い頃の話をお聞きになりたいとおっしゃられるのでしょう?」


 怪訝な様子を見せているエルザに、シュカは堂々と答えた。


「ヴォルク様のことが大好きなので、彼のことはたくさん知りたいんです! それにヴォルク様はプレマ様に愛されていなかったと思っていて、今もそれを悲しく思っているんです」


「そんなこと――ッ」


「お願いします、エルザさん。プレマ様がヴォルク様を森に捨てた本当の理由を知れば、ヴォルク様の寂しさを拭えると思うんです。どうかお願いします」


 途中で否定に入ろうとしたヴォルクを無視してのお願いに、エルザは黙り込む。

 ヴォルクはシュカの隣で拗ねた様子で俯いていたが「知りたくない」とは言わなかった。


 エルザは考え込み、悩んでからうなずいた。


「では、ヴォルク様の過去のことをお話ししましょう。ですがここは場所が悪いです。どこかの個室でお話しできませんでしょうか?」


「ヴォルク様。個室ってあります?」


「……はぁ、こっちです」


 ため息交じりに返事をしながらもヴォルクはエルザを個室へと案内する。


 ヴォルクも母に捨てられた理由を知ることができるなら知りたかったのだろう。

 態度に反して、ヴォルクは足早にシュカとエルザを個室に入れた。

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