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31 義兄


「うん。やっぱりヴォルクの妻がきみでよかった。父上がヴォルクを結婚させようとしたときにきみを候補に上げたのはぼくなんだよ」


「そうだったのですか?」


 「うん」と笑みを深めるホークには感謝しかない。

 シュカがヴォルクの妻となることができたのはホークのお陰だったようだ。


 「ありがとうございます」とシュカも笑みを返すと、ホークは笑みを苦笑に変えた。


「感謝されるとは思わなかったな。ヴォルクは評判も悪いだろ? きみは嫌がるかと思ったんだけど、どうしても結婚させておきたいと父上が言ってね。ご両親を亡くし、後ろ盾をなくしたばかりのきみの隙につけこむように結婚させてしまった。だから嫌われてしまうかと思ったのだけれど」


「ヴォルク様と結婚できたことは、わたしにとって人生最大の幸運です。ヴォルク様は不器用ですが優しい方ですし、思っていたよりもずっと照れ屋さんなところも大好きです。ホーク様が罪悪感を抱かなければならない相手がいるとしたら、それはレオンハルト様かと」


「ああ、彼か。シュカさんとレオンハルトは幼なじみだったんだよね。申し訳ないことをしてしまったな。でも、シュカさんを花嫁候補に推したのは理由があるんだよ」


「理由、ですか?」


 シュカを養子にしてくれた両親が馬車の滑落事故によって亡くなってすぐに、シュカはレオンハルトから婚約破棄され、ヴォルクと婚約をした。

 タイミング的にちょうどよかったという理由だけで選ばれたものだと思っていたシュカは、他に理由が思い当たらず首を捻る。


 ホークはくすくす笑って、シュカの胸元を指差した。


「きみが城の列柱廊で今宝石が輝いている胸元に望遠鏡を提げていたからだよ。ヴォルクのことを見ていたんだろう? 僕はときどきあの辺りを通るんだ」


 見られていたのかと思うとカッと頬が熱くなる。


 あの列柱廊は人通りも訓練場までの障害物も少ない、ヴォルクの観察に都合のいい場所だったのだ。

 ヴォルクに夢中で「今の見た!? やっぱりヴォルク様はかっこいいな~」とリエル相手にうっとりとした表情をしていたところを、ヴォルクの兄であるホークに見られていたとなると恥ずかしすぎる。


 「うう」と呻くような声をあげて俯くと、ホークはくっくと喉を鳴らして笑う。


「レオンハルトには申し訳ないけどよかったよ、ヴォルクを好きになってくれる子と結婚させることができて。ヴォルクには幸せになって欲しかったからね」


「はい。絶対に幸せにします」


 ヴォルクは今はまだ評価が低く、シュカは哀れな花嫁から抜け出せていない。

 だがいつの日か国中で噂になるくらいに幸福な夫婦になるつもりだ。

 ヴォルクが森に迎えに来てくれてからシュカはその覚悟を決めた。


 シュカの真摯な瞳に「よろしくね」とホークが柔和に言う。


「僕のきょうだいは王冠の奪い合いの中で、その多くが命を落とした。生き残った者たちにはみんな幸せになってもらいたいと思っているよ。このガーデンパーティーも王族同士の親好を深めることで、二度と愚かな争いを起こさないようにという願いがあって執り行っていることなんだ。ヴォルクもシュカさんも、ずっと僕の『大切な家族』のままでいてくれることを願うよ」


 ホークの表情に切なさが顔を出す。

 王位継承争いの末、屍の山の上に立ったホークは王冠をほぼ手に入れているようなものだ。

 第二王子であるヴォルクがその王冠に手を伸ばさない限りは、王族は平和なときを過ごすことができるだろう。


 『大切な家族』というのはホークにとって、きっと命を奪い合わないで済む家族のことだ。


「ヴォルク様とわたしは、ずっとホーク様の『大切な家族』であり続けますよ。ヴォルク様はきっと王冠に興味はありません」


「そうだろうね」


 ふっとホークが笑って、視線を横に移す。

 そこには皿に料理を盛って帰ってきたヴォルクがいた。


「兄様。オレの妻になにか?」


「挨拶をしていただけだよ。邪魔にならないようにそろそろ退散しようかな。ではシュカさん。ヴォルクをよろしくお願いします」


 ホークの言葉に元気に「はい!」とシュカが返事をすると、ヴォルクは面白くなさそうにシュカを睨む。


「楽しそうだったじゃねェか」


「うん。ホーク様は良い人だね。家族を大切にしたいんだなぁって思ったよ」


「身内でいる間は大事にしてくれるだろうよ。でも一歩でも身内から外に出りゃあ、あいつは容赦なく攻撃してくる。あいつは王の器だ。情を切り捨てることのできる奴じゃなきゃ王にはなれねェ」


 また誰かと話しをはじめたホークの背を見るヴォルクの眼は、言葉の割には鋭いものではない。

 憧憬に似たヴォルクのまなざしは敵意のあるものではなかったが、警戒心がゼロという眼でもなかった。


「兄様は敵になると容赦は一切してくれねェ。敵に回さないようにしろよ」


 この国の王子はホークとヴォルク以外はみんな何者かに殺されている。

 ヴォルクが少しでも王冠に手を伸ばそうものなら、また誰かが死ぬことになるだろう。

 ヴォルクが社交界にあまり顔を出さないのは面倒という理由以外にも、交友関係を広げることによってホークに対抗する力を手に入れようとしていると勘違いされないためもあるはずだ。


 ホークに敵と見なされてしまえば、きっとヴォルクもシュカも助からない。

 シュカの魔物としての野生の勘がそう告げていた。


 緊張しながら「うん」とうなずくと、ヴォルクは「これ食ったら、さっさと帰っちまおう」と投げやりに言う。

 もらったいちごのジャムが入ったパンをもぐもぐ食べていると、背後から「こんにちは」と声がかかった。


 女性の声だ。

 何者だろうと振り返ると、そこには全身を黒い衣装で覆った女性が立っていた。

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