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30 妻です

 シュカの部屋に手紙を届け、子どもについての話をした後。

 自室に戻ったヴォルクはベッドに転がり、天井を見上げながら考えた。


(シュカは一体何者なんだ? 夜になるとしゃべれなくなるし、人前には出られなくなる……。なんでだ?)


 シュカの部屋から聞こえてきたのは侍女のリエルの声だけだ。

 だが、ヴォルクはあの部屋の中にはシュカも居たことを確信していた。


 シュカの声は聞こえなかったが、ガーデンパーティーの招待状への返事を求めたときにリエルは「お返事は明日書くそうです」と言った。

 シュカ本人から返事をもらったような間が、あの返事にはあった。


 それに何よりヴォルクの勘がシュカはあの部屋に居たと告げている。


「シュカは夜になると、何かに変身でもしちまうのか?」


 ぽっかりと浮かんできた突拍子もない考えを口にする。

 「まさかな」と半笑いでヴォルクは自分の発言をすぐに否定して、目を閉じた。


(シュカはきっと初夜が怖いだけだ)


 自分の中でそういうことにして考えに決着をつけたのは、シュカを大事にするためだ。


 シュカが秘密の内容を明かしたくないのであれば、無理に明かす必要はない。

 いつの日か、シュカが自らその秘密を打ち明けてくれるまで待つだけだ。


(誰かを大事にするってのは、忍耐がいるもんだな)



 ガーデンパーティーまでの間、シュカは忙しく過ごした。


 オルクス伯爵家は薬師の一族ということもあってか、代々インドア派だ。

 そんなオルクス伯爵家の養子であるシュカも社交界に顔を出したことなんて数えるほどしかない。


 流行の形のドレスの中から体型に合うものや肌の色に似合う色のものを探しだし、それに合う宝石や靴、そして髪に飾るものを選び抜く。

 普段はあまりこだわることのない衣装にシュカがこだわり抜いたのは、参加するガーデンパーティーが王家主催の王家だけのためのものだったからだ。

 ここでシュカがダサい恰好で行ってしまえば、ヴォルクの評価は更に落ちるだろう。


 完璧な妻となるために、ドレスの裾を持ち上げるお辞儀の練習を何度も行い、お茶会のマナーを勉強し直し、リエルと共に肌と髪を磨き上げ、ようやく本番の日を迎えた。


 城の奥にある広大な庭は王族しか立ち入ることのできない憩いの場だ。

 人生で来ることなどないだろうと思っていた庭でヴォルクの隣に立つシュカは緊張していた。


「ヴォル、変じゃない? わたし変じゃない?」


「変じゃねェって」


 ガーデンパーティーの主催者であり、現国王の代わりに政治のほぼ全てを取り仕切っているホークが挨拶をする中、シュカはヴォルクに身を寄せて小さな声で話しかける。

 馬車の中から永遠に続いているシュカからの問いに、ヴォルクはめんどくさそうに小声で答える。


 久しぶりのお茶会が王家限定のお茶会だなんて緊張しないはずがない。

 しかもヴォルクの妻として今日はあちこちで紹介されることになっている。

 シュカは体がガチガチになるほど緊張していた。


 挨拶をするホークを見つめながら、緊張で肩に力が入っているシュカにヴォルクは小さくため息を吐く。

 呆れられてしまっただろうかと更に身を固くしていると、ヴォルクがシュカの耳に唇を寄せた。


「大丈夫だ。あんたがこの中でオレには一番綺麗に見える」


 さらりととんでもないことを言ったヴォルクに勢いよく顔を向けると、彼は「なんだよ」と訝しむような眼で見返してくる。


 ヴォルクは歯の浮くような台詞を言って励ましてくるタイプではない。

 恐らく感じたことをありのままに言っただけだ。

 つまりヴォルクはシュカをこの中で一番綺麗だと本気で思ってくれているわけだ。


 照れを隠すことができずに「へへ、ありがとうございます」と緩んだ笑みを見せたと同時にシュカは体のこわばりがとれた気がした。


「堅苦しい挨拶はこの辺りで良しとしましょう。王家の繋がりを持つ者同士、親好が深められることを祈って。乾杯」


 ホークがグラスを軽く持ち上げて挨拶を済ませると、参加者たちは優雅に話をはじめる。


 季節ごとに開催される王族限定ガーデンパーティーは、身内しかいないということで、特別な催しはしないことになっている。

 楽団が優雅な音楽を奏でてくれてはいるが、踊る必要もない。


 シュカに求められるのは、ヴォルクの隣で人形のように愛らしい笑みを浮かべて、王家の嫁にふさわしい完璧なお辞儀を見せることだけだ。


「私の妻のシュカです。よろしくお願いします」


「よろしくお願い致します」


 ヴォルクがシュカを「妻です」と紹介する度に「わたし、ヴォルの妻なんだ!?」と当たり前のことに歓喜してしまい、思わず口元がほころぶ。 

 その笑みは見る者をドキリとさせるほどに美しいものであった。


 春のガーデンパーティーにふさわしいミモザ色のドレスは、流行を取り入れて胸元の下からふんわりと広がるデザインだ。

 胸に飾られた宝石は透明だが、見る角度によってヴォルクの瞳に似たアイスブルーの輝きを放つ。

 唇にはほんのりと朱がさした紅色を乗せ、誰もが眼を奪われる赤い瞳は陽の光を受けてきらめいていた。


 誰もがヴォルクの妻を美しいと感じ、同時に結婚式のときと同じように若干の哀れみを持って接してくる。

 ヴォルクも紺色に金糸の刺繍がほどこされた正装をして、ちゃんとした挨拶をしているというのに、耳のいいシュカにはどこからか「魔物王子がこのパーティーに出席するなんて珍しい」「あれが哀れな花嫁か」と噂話をする声が聞こえてくる。

 ヴォルクは気にしていない様子だが、シュカは気になって仕方がなかった。


「疲れたか?」


「へ?」


「眼が据わってきてるぞ」


 眼が据わってきているのはヴォルクへの悪口にうんざりしていたからなのだが、ヴォルクはシュカが慣れない場に疲れてきたのだと思ったらしい。


 「ううん、大丈夫」と笑みを見せると、ヴォルクは高い背を折り曲げてシュカの顔を覗き込んでくる。

 いつもはおろされている黄金の髪を整髪剤で撫でつけているため、ヴォルクの綺麗な額がよく見える。

 「ほんとか?」とシュカの体調を案じてくれているヴォルクの額を「ありがとうございます」と連呼しながらなで回したい欲求に駆られたが、シュカは小さくうなずくに留めた。


「大丈夫。疲れてな――」


 いよ。と答えようとしたところで、シュカのコルセットで締め上げたおなかからきゅるるるという可愛い音がした。

 きょとんとしているヴォルクには確実に聞こえただろう。

 恥ずかしさで両手で腹部を押さえて「うう」と唸ると、ヴォルクは噴き出してシュカの肩を軽くポンポンと叩いた。


「腹減ってんならそう言えよ。なんか取ってきてやる」


「じ、自分で行くッ」


「いいから待ってろ。後は兄様に挨拶しときゃいいだけだからな。飯食って、兄様の手が空いたら挨拶に行きゃいい」


 クツクツ笑ったヴォルクが少し離れたテーブルへと何か取りに行ってくれる。

 「ありがとう!」と慌ててその背に声をかけると、ヴォルクは軽く片手をあげて応じてくれた。


(ヴォルは背中までかっこいいなぁ)


 訓練場で戦うヴォルクの姿に心奪われてきたシュカだが、最近はヴォルクが何をしていても「かっこいいなぁ」とぼんやり思ってしまう。


 昨日よりも今日の方が、今日よりも明日の方がヴォルクのことが好きだ。

 その内自分の胸は「好き」という感情でいっぱいになって爆発してしまうかもしれない。

 そうならないためにも、落ち着いて深呼吸をしたシュカはホークの様子を窺うことにした。


 パーティーの主催者は忙しいものだ。

 あちこちに顔を出して挨拶をしているホークは、柔らかな笑みを浮かべてゲストと話しをしている。


 ヴォルクより色素の薄い透けるような金の髪は肩程までに長く、一見女性に見えるほどホークは美しい。

 輝く朝の海を思わせる青い瞳は柔和に細められ、垂れ目がちな彼の印象を更に優しく見せた。


 こんなに優しそうな人が国政をすべて取り仕切ることができるのだろうかと、失礼な疑問を抱いているとホークがこちらを向いた。

 深い海を思わせる青い眼と目が合ってしまったシュカは、慌ててお辞儀をする。


 話していた相手に別れを告げたホークは長い足を動かしてまっすぐにこちらへと向かってくる。

 ヴォルクが戻ってくる前に挨拶することになってしまったが、ここは挨拶しておくしかないだろう。


「ご機嫌麗しく。ホーク様。ヴォルク様の妻となりました、シュカでございます」


 シュカはリエルと一緒に練習した挨拶の言葉を口にする。


「緊張しなくて大丈夫だよ。顔をあげて。よく顔を見せて」


 言われるがままに顔をあげ、ホークを見上げる。

 シュカの赤い瞳をまっすぐに見下ろしたホークは、緩やかに口角をあげた。

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