03 迫り来る夜
「その……、ヴォルク様と契りを結ぶことについては、少々問題がありまして……」
「なんだよ、問題って」
ヴォルクは粗野な話し方をするが、低くかさついた声が甘いからか、シュカには優しい響きに聞こえる。
眉を寄せて怪訝そうに聞いてくるヴォルクに、シュカは「えっと」と言いよどむ。
まさか「もうすぐ魔物の姿になってしまうので、初夜はできないです」なんて言えるはずもない。
シュカは考えた結果、神妙な表情でヴォルクを見やった。
「ヴォルク様はわたしと初夜を迎えることに問題はないんですか?」
「ない」
「え! じゃ、じゃあヴォルク様はわたしのことをす、好き……?」
「昨日今日会ったばっかの女にどうこう思うか。オレは男だ。契りに関しちゃ問題ない」
「好きではないんですね……」
「好きも嫌いもあるかよ。あんた、オレの質問に答えてねェぞ。初夜を迎えられない『問題』ってのはなんだ? オレのことが嫌いだから初夜は迎えたくねェってことか?」
「それは」とシュカは再び言いよどむ。
シュカとヴォルクの結婚は王命によって急遽決まったことだ。
それまでシュカは次期公爵であるレオンハルト・ワイズと婚約していた。
婚約者のいる身分で望遠鏡でヴォルクを毎日眺めていたなんて知られたら、眺められていた本人はどう思うだろうか。
胸の前で手をもじもじさせるシュカにヴォルクはため息をついて、ベッドにごろんと転がった。
新居であるためまだ寝たことはないが、それはシュカのベッドだ。
ヴォルクのにおいがついたのではないかと想像すると、心が苦しいくらいに熱くなった。
「なにか言えない理由でオレに近付いたのか?」
「へ?」
「王命による結婚にしても婚約して一ヶ月で結婚なんて、いくらなんでも早すぎる。しかもあんたには婚約者がいたはずだ。それを破棄してまでオレのとこに来たのは地位目当てか? それとも妻になってオレを殺してこいとでも王に命令でもされたのか?」
「え? え、違います」
「じゃあ、なんの問題があって初夜を断ってんだ」
ヴォルクが上半身を軽く起こした。
そう思ったときにはシュカはもうベッドに転がる彼の胸に頬をくっつけていた。
抱きしめられている。
そのことを認識した瞬間、すべての思考が停止する。
抵抗しないままでいると、ヴォルクの手がシュカの身体のラインをなぞり始めていた。
「もうあんたにオレを殺すよう依頼した奴に聞いてるかもしれねェが、男が一番無防備になるのは女に夢中になってるときだ。でも、そんなうっすい寝間着じゃ武器を隠す場所なんて限られる」
するりとヴォルクの手がシュカの腿を撫でる。
びくっと肩を跳ねさせたシュカは首をふるふる横に振った。
「ひ、や、やめてください。殺す気なんてないですっ」
「腰も、ないか。じゃあ、ベッドマットの隙間にでも隠してあるのか? それともオレが油断した瞬間にドアから誰か突撃してくるのか?」
煽るように言うヴォルクの大きな掌がシュカの腰を撫でる。
ゾクッとした痺れが走った瞬間、シュカは窓の外を見た。夜まで本当に時間がない。
「違うんです! わたしは以前からヴォルク様のファンだったので傍にいるだけで緊張するんです! それが初夜を迎えるにあたっての『問題』です!」
ヴォルクの胸をぐっと押して上体を僅かに起こす。
「は?」とこぼしたヴォルクは驚いた子どものような表情をしていた。
対してシュカの顔は見る見る内に真っ赤に染まっていく。
顔を隠したくてもヴォルクの胸に手をついていなければ、上体を起こしていられない。
葛藤の末、仕方なくヴォルクの胸に顔を埋めて真っ赤な顔は隠すことにした。
「オレの、ファン? マジで言ってんのか?」
「……もう二年ほど前から大好きです」
「会ったことないだろ。というか、あんた婚約者いたよな?」
「わたしが一方的に知っていただけです。騎士団の訓練場でヴォルク様を見てから、ずーっとファンです。婚約者には秘密でした」
「訓練場であんたを見たことなんかないぞ」
「婚約者に悪いので、望遠鏡で城の列柱廊から観察していました……」
まるで犯罪者の取り調べのようだが、シュカはヴォルクにだけは魔物であることを知られたくない。
正体を隠せるならば自身のストーカー行為など恥ずかしくてもいくらでも暴露する。
「マジか……」
掠れた声が頭上でする。
ヴォルクの胸板にのせていた頭をそっと上げる。
シュカが彼の顔色を窺おうとすると「見るな」と胸板に頬を押しつけられてしまった。
「じゃあ、あんたを抱いてもいいだろ」
「えっ? いやっ、その、無理です」
「契りを交わさないとあんたも後ろ指指されんぞ」
「では交わしたということにしましょうよ。ヴォルク様はそーっと寝室に帰ってください。それで明日の朝は、契りを無事終えましたよという雰囲気で過ごしましょう!」
「おっまえ、オレのファンなのになんで拒否るんだよ」
シュカだって受け入れたい気持ちはある。
だが本来の自分の姿をヴォルクが受け入れてくれるとは到底思えなかった。
窓の外はだんだん暗くなってきている。
朝飲んだ薬の効果がもう切れる頃だ。
もうすぐ魔物の姿に戻ってしまう。
焦ったシュカはいきなり上体を持ち上げると、ヴォルクの手をとり自慢のまな板な胸に押し当てた。
「は!?」
「わ、わたし、男なんです! ヴォルク様も男相手では覚悟が必要でしょう!」