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28 ふたりの子ども

「わたしも、ヴォルとわたしの子には王族になんかなってほしくないなぁ」


「ッへ?」


 弾かれたようにこちらを見るヴォルクに、シュカは真剣な表情で続ける。


「プレマ様がどういう意図で『この子を王族には絶対にさせない』って言ったのかはわかんないけど、王族ってなんだか大変そうでしょ? 平和にすくすくのびのび大きくなってくれればいいから、王族になんかなってほしくないなと思って」


「そう、かよ」


「ヴォルとわたしの子どもはどんなかなぁ? ヴォルがかっこいいから、男の子だったらきっとびっくりするくらいかっこいいだろうね。女の子でもヴォルに似るといいなぁ。きっとかわいいよ」


「シュカに似る可能性もあるだろ」


 むずがゆそうな表情をしながらも、ヴォルクはサンドイッチを咀嚼してぽそりと言う。


 自分の子がシュカに似ることをシュカは全く考慮に入れていなかった。

 ヴォルクの遺伝子がより濃く我が子に繋がれることだけを考えていたからだ。


(わたしに似ると、子どもは魔物になっちゃうのかな?)


 シュカは小さく唸って考え込む。

 シュカは森で暮らす魔物の中でも嫌われ者ランキングナンバーワンの不吉の象徴オオガラスだ。

 シュカになんか似ても子どもに良いことはないだろう。


「……子ども、欲しいのかよ」


 ぽつりと聞いてきたヴォルクと目が合う。

 瞳を動揺で游がせながらヴォルクが言った言葉に、シュカは眉を下げて首を横に振った。


「ううん。わたしに似ちゃうと困るから」


 シュカの命は人間の命よりずっとずっと長持ちする。

 ヴォルクが老衰で死んでしまったとしても、シュカはこの世で生き続けなければならない。

 そのときに子孫がいてくれれば、どれだけ心が晴れるだろう。


 そう思わずにはいられなかったが、魔物と人間の子に生まれるまだ見ぬ我が子のことを思うと、その望みは叶えてはいけないものなのではないかと思った。


「ジャムサンドおいしいよ。今度はヴォルの分もつくってくるね」


 へらりと笑って寂しさをごまかしたシュカに、ヴォルクは「ああ」と短く返事をくれる。

 ヴォルクはじっとシュカの横顔を見つめていた。



 早めの夕食を終えてシュカが自室に戻ると、間もなくして日が沈んだ。

 人間の姿からオオガラスの姿へと変貌を遂げたシュカは、翼を折り曲げて羽繕いを開始する。ほろほろと落ちる羽を掃いて掃除してくれているリエルにシュカは訊ねた。


『プレマ様は本当にヴォルを愛してなかったのかな?』


 今日の出来事をリエルに話してシュカが意見を求めると、リエルは退屈そうに肩をすくめた。


「どうでしょう。乳飲み子の頃から毒に慣れさせる訓練をするなんて、例え毒を盛られる可能性がある王族だとしてもやりすぎです。プレマ様はヴォルク様を徐々に弱らせて殺す気だったのに、存外丈夫だったので仕方が無く森の魔物たちの餌にしようとしたという線も考えられます」


 娼婦の娘であり邪魔者扱いされた結果森に捨てられたリエルの考えは、冷たいものだが否定はできない。


『プレマ様のために毒入りの栄養剤をつくってた薬師は、今はお抱え薬師はやめて王族の家庭教師になってるらしいんだよね。会える機会があれば、プレマ様の本音を聞いてみたいなぁ』


「どうしてそんなにヴォルク様の母上のことにこだわるのですか? プレマ様がヴォルク様を愛していたとしても愛していなかったとしても、現状は変わりませんよね」


 親に愛されなかったリエルはずっと寂しそうだった。

 その寂しさをシュカは埋められたと自惚れている。


 夜になると愛してくれなかった母のことを呼んで、シュカの翼の下で泣いていたリエルを思い出すからこそ、シュカは『ヴォルクは母に愛されていた』という証拠がほしかった。

 リエルの時とは違い、ヴォルクには母に愛されていた可能性が残されているのだから。


『わたしは現状が変わると思うな。ヴォルはきっとお母さんに愛されていたって知ったら、もっと自分に自信が持てると思う。受けた愛情は、生きる力になるから。リエルにはわたしがいーっぱい愛を注いであげたでしょう?』


 首を曲げてすりすりとリエルの身体に頬をくっつけると、リエルはくすぐったそうに眼を細めた。


「ヴォルク様は贅沢な方なんですね。シュカ様にも愛されているのに、母からの愛も欲しがるだなんて」


『愛情の器はそれぞれだよ。リエルの愛情の器はわたしが満たすことのできる大きさだったけど、ヴォルの愛情の器は母親に愛されていなかったっていう傷があるの。そこからわたしの注ぐ愛はこぼれちゃうんだろうね』


「戦力に似合わず、柔な愛情の器なんですね」


『そういうところも可愛くて好きだよ』


 ふふっとシュカは笑う。

 リエルは下の子ができた子どものような拗ねた表情をしていて、シュカは『リエルはかわいいね』ともっと笑った。


 平和な一時を過ごし、さて寝ましょうかとシュカは身体を丸くする。

 人間サイズのベッドに収まる大きさではないため、部屋の真ん中でシュカはできるだけ身体を小さくした。

 これがシュカの就寝スタイルだ。


「では、シュカ様おやすみなさいませ」


『また明日ね、リエル』


 今日一日は無事に終わっていく。

 そう思っていたのに、ドアが予想もしていなかったコンコンコンという音を立てた。

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