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26 ただの男

 現国王の妻は四人いたが全員王位継承争いに巻き込まれて殺されている。

 苛烈な王位継承争いの中で死んでいった王族はひとりやふたりではない。

 それぞれの死因なんて覚えていられないほどの数の人が殺されたのだ。


 ヴォルクは苛烈な王位継承争いが行われていた時期を森で狼と過ごした。

 それはむしろ幸せなことだったのかもしれない。


 シュカが考えていると、ファイルをめくっていたレオンハルトが「あったあった」と言いながらシュカに手招きしてくれる。

 レオンハルトの横に立ってファイルを覗きこむと、それは薬剤の管理簿だった。


「やっぱりそうだ。プレマ様は衰弱死されたんだよ。最後は食も喉を通らなかったらしいって聞いたから、栄養剤をもらっている記録があるね」


「薬を渡した記録は全部こうやって書いてあるの?」


「そうだよ。人を殺して一番バレにくい殺し方は毒殺だからね。薬物の管理は慎重に行われてるんだ。これはプレマ様が生きていた当時の薬剤の管理簿。確かにプレマ様本人や他の人がプレマ様のために栄養剤を取りに来てる。へえ、プレマ様のために栄養剤を調合ししたり届けたりしていたのはエルザだったんだね」


「エルザって人のこと知ってるの?」


「うん。以前はこの研究所で薬師をしていたんだけど何年も前にやめて、今は王室の家庭教師を勤めてるよ。僕も薬師になるための勉強を教えてもらってた」


 レオンハルトは王家に繋がる公爵家の血筋だ。

 頼めば王室付きの家庭教師に学ぶこともできるほどの地位なのだが、長年幼なじみをやっているとそんな当たり前のことを忘れてしまう。


(そういえばレオンはヴォルより育ちはずっと王子様なんだな~)


レオンハルトの優美な横顔を見ながら考えていると、管理簿をめくっていたレオンハルトが「ん?」と眼鏡のブリッジを持ち上げた。


「どうしたの?」


「うーん。記録を間違えたのかな。確かにプレマ様が亡くなる頃には大人が必要な分量の配合で栄養剤の調合が行われてるんだけど、それより前は大人に配合する栄養剤にしては分量が少なすぎるんだ。しかも、少量だけど毒の成分が含まれてる」


「え!? じゃあ、その、エルザさんはヴォルのお母様を殺そうとしてたってこと!?」


 驚いて大きな声をあげると、周囲の薬師たちの視線が集まったことを感じた。

 「しー!」と大慌てで唇の前に指を立てるレオンハルトに「ごめん」と謝罪しながら口を押さえる。


 エルザがプレマを殺そうとしていたかもしれない。

 それはあり得ない話ではなかった。

 王位継承争いの中、金を握らされて毒を調合した薬師もいたはずだ。


「この毒の量だと、大人は重大な基礎疾患とかがなければ死ぬことはないよ。毒を混ぜてある栄養剤自体の量も少ないし、これは子どもを毒に慣らすために調合してたんじゃないかな……?」


 声量を落として呟くように話すレオンハルトに倣って、シュカも小声でたずねる。


「プレマ様のためにエルザさんはその『子どもを毒に慣らす薬』を栄養剤として調合してたんだよね? てことは、それを飲んでたのはヴォル?」


「それはわからない。もしかしたら平民で毒なんか盛られたことのないプレマ様ご自身が毒に慣れるために飲んでいた可能性もあるよ。それにこの毒を含んだ栄養剤が調合されている時期は、ヴォルク様はまだ乳飲み子だ。こんな幼い頃から毒に慣れさせる練習をしていたら、下手したら死んでしまうよ」


「うーん、気になる」


 シュカは腕を組んで考えるが、さっぱり分からない。


 エルザという人物が毒入り栄養剤を調合して、ヴォルクの母であるプレマに渡した。

 その毒入り栄養剤を飲んでいたのはプレマなのかヴォルクなのか。


 「うーん、うーん」と言いながら右へ左へ首を傾げているシュカにレオンハルトは苦笑した。


「管理簿を見て分かるのは『エルザなら毒の入った栄養剤が誰の口に入ったか知っているかも』ってことくらいだね。直接エルザに聞かないと、この先はわからない」


「そうだね。どこかの機会で会えたら聞いてみようかな」


 昨日馬車に乗って共に帰っていたとき。

 産みの母のことを話すヴォルクの横顔はとても寂しそうなものだった。


 もしもプレマがヴォルクの将来を思って毒に慣れさせる訓練を幼い頃からさせていたのだとしたら、プレマはヴォルクを愛もなく森に捨てたりしないだろう。


 ヴォルクには母親に愛されていた可能性が僅かにでも存在する。

 それならば母からの愛があったことを証明してヴォルクに教えてあげたかった。

 もうあんな寂しそうな顔はしなくて済むように。


「お待たせ~、シュカちゃん」


 考え込むシュカの耳に陽気な声が届く。

 研究所の奥からやってきたクラースはいつも通り変身薬を渡してくれた。


「ありがとう、お兄様」


「シュカちゃんは訓練場を見てから帰るの?」


「うん。お許しが出たので、堂々と観察してきますっ」


 ピシッと騎士の敬礼を真似ると、クラースがくつくつとおかしそうに笑った。


 クラースへの宣言通り訓練場に来たシュカはこの間のように柱の陰にはおらず、リエルを引き連れて堂々と訓練場のベンチに座ってヴォルクを見ていた。

 邪魔しないように黄色い声をあげるのは我慢したが、ヴォルクのかっこよさは時折目眩がするほど輝いて見える。


 その度に「今の見た!?」と興奮気味にリエルに話すシュカはとても目立っていた。

 立っているだけでも華やかな美貌を持つシュカは訓練場に行くことを決めていたため今日はヴォルクの妻として恥ずかしくないように、かわいらしい薄紅色のドレスを着てきたのだ。

 ヴォルクのことを悪く言う連中も突っかかってきたヴォルクの妻がすぐ傍にいるとわかれば何も言わないだろうというシュカなりの牽制だった。

 その牽制がうまくいったのか、今のところ騎士たちの中からヴォルクの悪口は聞こえてこない。


 今日はヴォルクが複数の人間に囲まれたときの対処法を自ら教えている訓練だった。

 お手本を見せるためにヴォルクがひらりと身を翻す度に、シュカはそのきらめきに圧倒される。


 ヴォルクと結婚できたことを心の中に生み出したお日様の神おひいさまに感謝していると、シュカの隣に女性が立った。

 ゆったりとした服を着たその女性は腹部が大きく膨らんでいる。

 妊娠しているのだ。


 誰かの妻だろうかとシュカが考えているのと同時に昼を報せる鐘が鳴る。

 厳しい訓練の終わりを告げる鐘の音に騎士一同が安堵の息を漏らす中、誰よりも早くこちらに駆けてきた若い騎士がいた。

 シュカの予想は当たっていたらしく、女性はこの若い騎士の妻だったようだ。


「こんなところまでどうしたんだよ。身体は大丈夫なのか?」


「お弁当。忘れていったから、おなか空くだろうなと思ったんです」


 にこっと笑う女性に騎士は照れた様子で「そっか。ごめんな」と笑っている。


 幸せを絵に描いたような光景だ。

 微笑ましくふたりの様子を見ていると、「シュカ」という鼓膜を甘く震わせる低い声が聞こえる。


 名前を呼ばれた子犬のようにバッとそちらへ顔を向ける。

 そこには木剣を肩にかついだヴォルクがいた。


「どうした? 薬はもらったんじゃなかったのか?」


「うん。でも訓練場にも来ていいよって言われたから来ちゃった」


 「そうか」と言いながらヴォルクは横目に先程の若い夫婦を見る。

 膨らんだおなかを撫で、話しながら歩いて行くふたりの姿を見送ってから、ヴォルクは「あー」と小さく声をあげた。


「訓練は終わりだ。もう帰んのか?」


「ううん。帰らない」


 にこっとシュカがいたずらっぽく笑みを深めると、ヴォルクは自嘲っぽく肩をすくめる。


「こっから先は訓練の報告書をパパッと書くだけだ。見ててもつまんねェぞ?」


「書類仕事の邪魔はしないよ」


「じゃあ何を――」


「ジャンッ!」


 かけ声と共にシュカは後ろ手に隠していた布に包まれた箱を見せる。

 驚いて目を瞬かせるヴォルクに、シュカは「へへへ」とふにゃふにゃの笑顔を見せた。


「お弁当、一緒に食べたくて持ってきたの。ダメかな?」


 眉を下げ、少しだけ機嫌を窺うような笑みを見せているシュカに、ヴォルクは一瞬喉を詰まらせた。


 「どう?」と今度はおずおずとシュカは聞いてみる。

 ヴォルクは数秒あけて、ようやく返事をくれた。


「それは料理人に作らせたのか?」


「ううん。朝、早起きしてないしょでつくったの。でも、きっとおいしいよ」


「手作り……」


 噛み締めるように呟いたヴォルクは踵を返す。


「木刀しまってくる。中庭で一緒に食ってやってもいい」


「やったー!」


 ドレスなことも忘れて、お弁当を上に掲げて大喜びするシュカに「恥ずかしいから、あんま好き好きオーラ出すな」と注意されてしまう。


 だがそれは無理な話だ。

 こんなにも好きなのだから。

 「ヴォルのお願いでもそれは無理かも」と真剣に答えると、ヴォルクは耳まで赤くして木剣をしまいに行った。


 どこかから騎士の「魔物王子もただの男なんだなぁ」という声が聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後に至ってはただの惚気話ですなあ。 この話は平和だ〜。
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