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21 はじめて聞いた言葉

 泉に映っていた星空が消え、夜が朝に変わる頃。

 シュカの翼の下でリエルが目覚めた。


 白んできた空の下でシュカは昨夜ヴォルクがここに訪れたことを話す。

 リエルは驚いていたが、すぐに腕を組んで考えはじめた。


「ヴォルク様はわかりにくい方ですね。シュカ様のことを疑ってばかりの方かと思っていたら、わざわざ夜の森に探しに来るだなんて」


『まだわたしのことを探してくれてるかもしれない。旅に出るにしても、ヴォルク様の安全を確認してからじゃないと落ち着かないし、探しに行こ!』


 泉の水で顔を洗うリエルに早口で言ったシュカは変身薬を飲む。

 オオガラスに変身したときにたたんで鞄に入れていたワンピースを取りだして身にまとったシュカは、リエルの前で一回転した。


「どこも変じゃない?」


「はい。ですがシュカ様。ヴォルク様を見つけたら、どうされるおつもりですか?」


 手紙を残して突然いなくなったシュカをヴォルクは探しに来てくれた。

 ヴォルクが言うには、シュカがいなくなると困るらしい。


 昨夜シュカは一睡もできずにリエルを翼の下で暖めながら、なぜヴォルクが困るのかを考えた。

 その結果、ヴォルクは『妻に逃げられた哀れな男』になってしまうために困っているのだという考えに至った。


「ヴォルク様は昨日わたしがいなくなると困るって言ってたの。大事にするとも言ってたから、ヴォルク様には『妻』が必要なんだと思うの」


「なるほど。確かに貴族は結婚して一人前というところがありますよね。パーティーはパートナーがいないと参加資格がないものもありますし、仕事にも影響があるのかもしれません」


「貴族にはきっと離縁するにも段階が必要なんだよ。ヴォルク様が望むなら、わたしがイヤ~な嫁を演じて、『あの嫁なら離縁しても仕方がない』って周囲に納得させてから離縁してもらわなきゃいけなかったんだ。だからヴォルク様が良いって言ってくれるなら、一度屋敷に戻る。ヴォルク様はたぶん『妻に逃げられた哀れな男』になっちゃいそうだから、わたしを探してくれてるんだと思うの」


「うーん、そうでしょうか? ヴォルク様は他人からの評価は気にしない方だと思っていたのですが……」


 眉根を寄せて少しリエルは考える。

 リエルの頭に浮かんだのは「もしかしてヴォルク様もシュカ様を憎からず思っている?」という疑問だった。


 だが確定されていない情報でシュカをぬか喜びさせてはいけない。

 黙ってリエルは頷いた。


「ではお供させていただきます。まずはヴォルク様の足跡を探しましょう」


 夜の森は湿気が多く、地面にはヴォルクの足跡が残っている。

 リエルは脳がスポンジのようになんでも吸収する五歳から七歳の時期をシュカと共に森で過ごした。


 森で獣の痕跡を追い、罠を仕掛けるときと同じ要領で人の足跡を見つけ出したリエルが「こちらです」と先導してくれる。

 シュカは雑食の魔物だが、好んで肉は食べないためリエルのように罠を仕掛けたことはない。

 シュカはリエルの後を考え事をしながら付いて行くだけだ。


(ヴォルク様に会ったらなんて言えばいいんだろう。勝手に出て行ったこと、きっと怒ってるよね……。でもヴォルク様は秘密を抱えた妻と同じ屋根の下で生活するなんて苦痛だろうし。でもでもヴォルク様はわたしがこのまま逃げちゃったら『妻に逃げられた哀れな男』になっちゃうし……)


 「うーん」と時折唸りながら歩くこと数分。

 リエルが「この辺りの足跡は新しいですね」と言った瞬間に緊張は限界に達した。


 もうすぐヴォルクと対面する。

 家出してしまった手前、どういう顔をすればいいのかわからない。


 リエルの後ろでにこっと笑ったり、しょんぼりしたりとシュカは様々な表情を試す。

 そうこうしている内に獣道が突然開けた。


 朝の柔らかな木漏れ日が差し込む広場の中心にオオガラスが小さく見えるほどの大木が立っている。

 どっしりと構える幹の上で葉がそよそよと揺れる度に、木漏れ日が揺れた。


 大木の幹によりかかるようにして、ヴォルクは剣を抱えて眠っていた。

 黄金色の髪を優しい風が揺らしている。

 ヴォルクの肌荒れを知らない頬を木漏れ日が優しく撫でる光景は神秘的なほどに美しい。


 シュカがヴォルクの伏せられた睫の長さに驚いていると、その睫は瞼の上昇と共にぱちりと上を向いた。

 魔物が現れたと思ったのだろう。


 剣を引き抜く構えを見せたヴォルクのその勘は間違っていない。

 シュカは人間に化けた魔物なのだから「魔物が来た」という勘は大当たりだ。


「シュカ……?」


(はじめて名前読んでもらった!)


 ヴォルクに会ったときのための表情を考えていたのに、嬉しくて瞬時に緩んだ笑顔を見せてしまった。


 ヴォルクは茫然とした様子で、剣の柄にかけていた手を草花が咲き誇る地面について立ち上がる。

 迷うことなくまっすぐにこちらに歩いてくるヴォルクにシュカは慌てた。


 絶対に勝手に家を出たことを怒られる。


 シュカは人間のルールを詳しくは知らない。

 シュカが勝手に出て行ったことでヴォルクが『妻に逃げられた哀れな男』になるかもしれないということにも、一晩考えてやっと気づいたくらいなのだ。


 鈍感なことを怒られる覚悟で、シュカは両肩をぴえっと持ち上げる。

 だが、予想外なことにヴォルクは何も言うことはなく黙ってシュカに両手を伸ばした。


 なんだろうと思っている内に、シュカはヴォルクに抱きしめられていた。

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