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20 オオガラスと魔物王子

 森を掻き分けてきたのか、騎士服はだいぶ汚れている。魔物と戦いながら進んできたようで、抜き身の剣を片手に握ったヴォルクは泉のほとりにオオガラスの姿を見つけて固まった。


 同時にシュカも固まっていた。

 なぜヴォルクが来たのかがわからない。


 ヴォルクはシュカを好きではなかったはずだ。

 夜の森は好きでもない人間のために飛び込むには危険すぎる。


 剣を構えたヴォルクが、アイスブルーの瞳を細め、狙いをつけるようにこちらを睨む。

 向けられた殺気は背中がゾクリとするほどに鋭いものだった。

 まだヴォルクの長い足で走っても十歩以上はかかる距離にいるにもかかわらず、ヴォルクが放つ圧はすさまじい。


 このままではヴォルクに殺されてしまうかもしれない。

 それもいいかと一瞬思ったが、羽の下にいるリエルが悲しむことを思うと、その選択はできなかった。


 リエルを羽の下に隠したまま、シュカは微動だにしない。

 敵意がないことを伝える方法がわからなかった。


 動かす度にわずかな風が起こるほどの長いまつげを揺らして、ヴォルクをじっと見ているとその意思は伝わったようだ。

 ヴォルクは剣をおろしてくれた。


「あんたが噂のオオガラスか。森にいるらしいって噂は聞いてたが、マジでいるとはな」


 狼の魔物に育てられたヴォルクはごく自然にシュカに話しかけてくる。

 どう返事をしていいか迷った末にゆっくりと首を縦に振ることで「そうです。森にいました」と伝えておく。


 サクサクと草を踏んでこちらに歩み寄ってきたヴォルクはシュカを見上げる。

 いつもは下から見上げていたヴォルクだが、上から見下ろしてもやはりかっこいい。

 月光を受けて輝く透けるような青い瞳は泉の水面のように美しかった。


「戦う意思がないなら教えてくれ。ここに女の子が来なかったか?」


『女の子……じゃ、と?』


 普通の声で話そうとしてしまって、慌てて低い声で普段とは違う話し方に軌道を変える。

 声色でバレることはないだろうが、ヴォルクは勘が鋭い方であるため、彼の中でオオガラスとシュカが結びつかないようにシュカは必死だった。


 ヴォルクは女の子を探しにきたらしい。

 たぶんシュカではない女の子だろう。

 ヴォルクはシュカのことを好きではなかったのだから。


(騎士団の任務で迷子を捜してるのかな?)


シュカがゆるく首を傾げると、「あー」と少し悩んだ様子だったヴォルクは手のひらを地面と水平にして自分の肩より少し下に出した。


「このくらいの身長で、髪はつやつやしてる黒。目は赤なんだが……なんつったらいいんだ? ルビーとかガーネットとか、そんな感じの宝石みたいな目をした女の子だ」


 シュカは思わず怪訝な表情をしてしまう。


 瞳を宝石に例えるのは相当なほめ言葉だ。

 ヴォルクがシュカをそんな風に見ていたとは到底思えないのだが、黒髪に赤い目はシュカの人間のときの姿とあまりに共通点が多い。


 驚いているとヴォルクは伝わっていないと思ったのか、「えーと」と腕を組んで更に考え込む。


「かわいい顔した女だ。よく笑うし、ちょっと世間知らずな感じ。オレの嫁なんだが、逃げられちまってな」


 苦笑をこぼすヴォルクにシュカは思わず、ぐっと顔を寄せてしまった。

 いきなり大きな嘴を寄せられたヴォルクが「おお!」と慌てた様子でバックステップを踏む。


 シュカは人間だったら今頃小躍りしていたくらいには喜んでいた。

 ヴォルクはシュカを「かわいい顔」だと思ってくれていたのだ。

 それに「オレの嫁」という呼び名もなかなか殺傷能力が高い。


 ヴォルクの傍に寄せた目を睫毛を揺らしてぱちぱちしていると、ヴォルクは怒られた子どものような表情でうつむいた。


「オレはあいつを大事にしてなかった。好きだって言葉も半分くらいしかし信じてやらなかった。そのツケが回って、あいつはこんな森に逃げちまった。夜の森は危険だ。一刻も早く連れて帰ってやりたい」


 魔物相手だからだろう。

 本音を言ってくれている様子のヴォルクは耳まで赤くなりながら言った。


「オレの嫁は嘘つきで、勝手にいなくなるとんでもねェ女だ。でもいなくなられたら、困る。あいつがいなきゃ、なんでかわからねェがすげェ困る。だから見つけてやりたいんだ。頼む。見かけたなら教えてくれ」


 必死に頼んでくるヴォルクにシュカの胸中は忙しい。

 心配をかけて申し訳ないという気持ちと、探しに来てくれたんだという喜び、そして「あいつがいなきゃ困る」という発言への歓喜。


 今すぐ変身薬を飲んでシュカとして姿を現してやりたいところだったのだが、変身薬は一日に一本以上の量を飲んでしまうと大きく体調を崩してしまうのだ。

 それに何より今ここで変身すると、シュカはオオガラスなのだとヴォルクに気付かれてしまう。

 それだけは避けたかった。


 シュカは首を横に振る。

 それから羽を一本嘴で抜いて、ヴォルクの上着の胸ポケットに挿してやった。


 この羽にはオオガラスのにおいがたっぷりついている。

 ヴォルクがこのままシュカを探し続けてくれたとしても、オオガラスのにおいを避けて魔物は襲ってこないだろう。


「知らないからお詫びってことか? 律儀な鳥だな」


 ふっと口角をあげて笑ったヴォルクは羽を挿した胸ポケットをトントンとたたいた。


 危険な夜の森にヴォルクはシュカを探してまた飛びこもうとしている。

 シュカは思わずその背に声をかけてしまった。


『いつまで探す気なのじゃ? その娘はもう帰らんかもしれんぞ』


 シュカはヴォルクに迎えに来られても、「帰る」という決断ができなかった。


 これからもヴォルクに魔物だとバレてしまうかもしれない機会は何度も訪れるだろう。

 その度にシュカはヴォルクを騙すことになる。


『そなたの妻は嘘つきなのじゃろう? そんな者は森の魔物に食わしておけばよいのではないか?』


 振り返ったヴォルクは、迷うことなくシュカを見上げて答えた。


「オレはシュカを大事にする。そう決めた。それは嘘をつかれていようがいまいが、オレが決めたことだ。だから、シュカは連れて帰って大事にする。すがりつくような情けねェ説得が必要であったとしてもだ」


 決意を口にしたヴォルクは歩き出す前にふっと力の抜けた笑みを見せた。


「オオガラスが案外良い奴で助かった。妻を見かけたら教えてくれると助かる」


 「じゃあな」と軽く手をあげてヴォルクが去ったあと、シュカは首をもたげて熱くなった頬を床にくっつけた。


『鳥でも赤面ってするんだ』


 ヴォルクに褒められて火照った頬は地に生える草にくっつけると、冷たくて気持ちがよかった。

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