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15 魔物令嬢の決意

 リエルの淡々とした声にシュカは、「リエルはどう思う?」と聞いてみる。


 リエルは訓練場でずっとシュカと行動を共にしていた。

 なにか恥ずかしいと思われるような言動や行動があれば教えてくれるはずだ。


 リエルは黒い猫目を優しく細めた。


「ヴォルク様はシュカ様が言ってくださった言葉を聞いて、きっと嬉しかったと思いますよ。侮辱されていた言葉をすべて否定して、シュカ様はヴォルク様を守ろうとしていました。それがちょっと気恥ずかしかったのかもしれません」


「えー、そうかな?」


 言いながらシュカは、騎士と口論になったことについては責められなかったことを思い出す。


「いや、そうかも」


 ヴォルクはシュカが想像している以上に照れ屋さんなのかもしれない。

 あんなぶっきらぼうな態度で照れ屋さんなんてギャップを持たれたら、かわいすぎてしまう。

 眼を輝かせるシュカに、リエルはクスッと小さく笑った。


「きっとそうですよ。愛を素直に受け入れることができないのが捨てられっ子なのです。私もそうでしたよね?」


 栗色のポニーテールを柔らかく揺らしてリエルが笑う。


 シュカは口角をあげて少しだけ大人びた笑みを見せた。


「そうだねぇ。リエルは大変だった」


 リエルもまたヴォルクと同じで森に捨てられた子どもだった。

 ヴォルクと違ったのはリエルは物心ついた後に森に捨てられたということだ。


 リエルは自分が娼婦の娘であることもわかっていた。

 母親に新しくできた男の邪魔になるから捨てられたということも、森は人間を襲う魔物が大勢いる場所であることも、全部わかってしまっていた。


 そんなリエルをシュカが見つけたのは偶然のことだ。

 巨大な鳥の姿でひょこひょこと森を歩き、大好きな赤い実を食べに行ったところ、リエルが口の周りを真っ赤にしてその実をすべて食べてしまっていた。


 逃げようとするリエルをくちばしの先で捕まえて「どうしたの、こんなとこに!」とたずねると、「捨てられたんだ!」とリエルは大声で答えた。

 森の中で人間の子どもがひとりで生きていけるはずはない。


 シュカはその体の大きさから森の魔物たちからも恐れられていた。

 この子どもにできることは、自分が傍にいて他の魔物を牽制することしかない。

 哀れな人間の子どものために、シュカは提案した。


『わたしはこーんなに身体を大きいから、鳥の魔物の仲間にも入れてもらえないの。リエルは人間の仲間に入れてもらえなかったんでしょ? ひとりぼっち同士、この森で暮らしていこうよ』


 ツンとそっぽを向いたリエルは冷たい声で返事をくれた。


『いいわ。でもあなたが私に攻撃してくるようなら、その羽むしってやるんだからね』


 今の落ち着いた姿からは想像もできないくらいツンケンしていたリエルを、シュカは当時「ハリネズミみたいだな」と思っていた。

 眠るとシュカの羽毛の中で「おかあさん、おかあさん」と泣くリエルは、弱い自分を守るためにツンツンとした鎧を心に着ていた。


 ヴォルクも捨てられっ子だ。

 もしかしたらリエルと同じでハリネズミのような鎧を着ているのかもしれない。

 そう考えると傷ついていた心も癒えた。


「ヴォルク様が心を開いてくれるまで、リエルのときみたいに傍にいられれば良いんだけど、いつかきっとわたしの正体はバレちゃうよね」


 広々とした庭園を眺めながらシュカは不安をこぼす。


 リエルは黙る。

 それは無言の肯定だ。


 レオンハルトと婚約していた頃、シュカは結婚後はレオンハルトに正体がバレる前に森に姿を消すつもりでいた。


 シュカを人間にしてくれたオルクス夫妻がワイズ家の一人息子であるレオンハルトとシュカを婚約させたのは、ワイズ家が婚約を申し込んできたからである。

 オルクス夫妻はシュカの正体を隠すために最初は断ろうとしていた。

 それを受け入れると言ったのはシュカだ。


 当時は王位継承争いが苛烈を極め、貴族たちも派閥に分かれてギスギスしていた。

 公爵家であるワイズ家はどの過激派にも属さないために、温厚な薬師の一族であるオルクス伯爵家が迎えた養子のシュカに目をつけ、婚約を申し込んできたのだ。


 オルクス夫妻に恩義を感じていたシュカは婚約を受け入れることで、王位継承争いによる貴族たちの争いからオルクス家を守った。

 その代わり結婚して正体がバレる前に人間の世界からは去り、森に戻ることを十三年前にレオンハルトと婚約したときから決めていた。


 結婚相手はレオンハルトではなくヴォルクになったが、それでも正体がバレてしまう前に森に帰ることは自分のためでもあり、兄のクラースのためでもある。

 オルクス家が魔物を変身させて養子にしていたなんてバレたら、現当主であるクラースはどうなるかわからない。


「お兄様に迷惑をかけるわけにもいかないよね。温室にも来るなって言われちゃったし、ヴォルク様が嫌がるなら城にも行きたくない」


「これからどうされるのですか?」


「レオンはわたしのこと信じてくれてたから、もう少し長く結婚生活を楽しめたかもしれないんだけどね。ヴォルク様はわたしのことずーっと警戒してるから、バレるのも時間の問題だと思う。……お兄様に挨拶をしたら、森に帰ろうかな」


 リエルは「そうですか」と落ち着いた返事をくれる。

 シュカはにゅっと唇をとがらせた。


「なに? リエルは寂しがってくれないの?」


「寂しくないですよ。私も一緒に行きますから」


「へ?」


 リエルは五歳で森に捨てられ、シュカが病で倒れたときにオルクス夫妻に助けを求めに行ってくれたのは彼女が七歳のときだ。

 彼女は現在二十歳。

 人間界で過ごした時は十三年間に及ぶ。

 シュカの中で綺麗に分類される顔立ちを持つリエルは、このまま人間の世界で番いを見つけてここに残るものだとばかり思っていた。


「ダメだよ、リエル付いて来ちゃ。せっかく侍女として教養も身につけたんだし、このままここに残って。わたしはひとりでも大丈夫だから」


 慌ててリエルに両手を振るシュカに、リエルは「いいえ」ときっぱりと首を横に振った。


「どこまでもついていきます。シュカ様はさみしがり屋ですから、ひとりぼっちで暮らさせることはできません。人間の短い寿命の間だけでも、私はシュカ様に孤独を感じさせない存在でいたいんです」


 リエルがシュカをじっと見る。

 本当は別れを寂しいと思っている心の奥底まで見られてしまいそうな眼光に、シュカは「もうわかったよぉ」と淑女らしからぬ態度でティーテーブルに伏した。


「それじゃ一緒に行こ、リエル」


「ありがとうございます」


 冷たさを感じる美貌をたたえた顔にリエルは嬉しそうな笑みを浮かべた。


 シュカはヴォルクが嫌がることはしたくない。

 だから城に来るなと言われたら行きたくはなかった。


 そのため変身薬が切れる前に余裕を持って森に帰ることを決意した結果、二日後には兄に挨拶をするために実家に帰った。

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