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14 理由

「なんっなんだ、あの女は!」


 シュカといた部屋を出てかなり歩いたところで、周りに人目がないことを確認してからヴォルクは叫んだ。


 シュカはヴォルクを好きだと言う。

 その言葉に嘘はないように感じられる。


 だがシュカは温室にも訓練場にも行くなと言ったときに、真っ先に「温室には行かなければならない」と口にした。

 シュカはヴォルクのいる訓練場ではなく、レオンハルトのいる温室に行けなくなることをまず第一に案じたのだ。


 シュカの簡単な情報は結婚する前に入手している。

 シュカは五歳のときに七歳のレオンハルトと婚約をしたそうだ。

 幼なじみのように育ったふたりは仲がよかったと聞く。


 シュカにその様子はなかったため彼女はうまく隠したのかもしれないが、レオンハルトはシュカへの好意をヴォルクの前でも剥き出しにしていた。

 研究所でもシュカの背後からレオンハルトはずっとヴォルクを敵視するような目でこちらを見ていたのだ。


 シュカとレオンハルトは政略結婚という形だけの絆で繋がっている間柄ではないだろうとヴォルクは予想していた。

 きっとふたりは裏で今も結ばれているに違いない。


「クソっ。なんでオレがこんなにムカつかなきゃならねェんだ」


 呻くような声が空気に溶ける。


 ヴォルクにとってシュカは押しつけられた先だ。

 シュカから愛されていなくても文句なんて言えない。

 しかも元々あった婚約の間に割って入るようにして無理矢理結婚をしたのだから、レオンハルトに恨まれても仕方がない。

 シュカのヴォルクに対する『好き』という感情がファンとしてのものであっても、シュカとレオンハルトが裏で結ばれていたとしても、ヴォルクは何も言えないのだ。


 わかっている。

 わかっているのに、なぜ自分は「もう城に来るな」なんて言ってしまったのだろうか。


「あああ、クソッ!」


 唸ったヴォルクは、黄金色の髪をくしゃくしゃに掻き乱した。


 *


 屋敷へと戻ったシュカにリエルは庭でお茶を入れてくれた。

 シュカの大好きな甘みのあるストロベリーティーだ。


 赤みがかった紅茶の水面に映るシュカの表情はいつになく暗い。

 帰りの馬車でもシュカは一緒に乗ったリエルに一言も話すことができなかった。


 顔をあげるとティーポットを置いたリエルが心配そうにシュカを見ている。

 これ以上なにも言わずに心配をかけ続けていることは嫌で、シュカはぽつりと言葉を落とした。


「ヴォルク様はね、わたしが恥ずかしいんだって」


「シュカ様がですか?」


 リエルが形のいい眉を片方ピクリと持ち上げる。

 シュカはしょんぼりしたままうなずいた。


「訓練を見られるのもイヤだって。温室にも、訓練場にも……城自体にもう来るなって言われちゃった」


 シュカは作った笑みを浮かべる。

 へたくそな笑みはふにゃっとしたものだ。


「ほら。わたし、空気読めないとこあるでしょ? 騎士様たちにヴォルク様の隠したかったことを言いそうになっちゃったのもいけなかったのかも。……ううん。もしかしたら、わたしがかわいくない顔してるのがいけないのかもしれない」


 シュカには人間の美醜があまりよくわかっていない。

 シュカの中で人間の顔のレベルは上からヴォルク、綺麗な顔、凡庸な顔の三種類のみだ。

 そんなざっくりとした区分しかできないため、シュカは自分の顔がどの位置にあるのかわかっていない。

 涙をこらえて微笑む表情は、見る者の胸を切なくさせるほどの美しさがあるというのにだ。


「シュカ様。僭越ながら、一応人間である私からひとつアドバイスさせてください」


「はいっ」


 シュカは背筋をぴんっと正す。

 シュカに向き直ったリエルは真面目な顔をした。


「シュカ様はびっくりするほどの美人です。その顔で『わたしはかわいくない』なんて言ったら、嫌味にしか捉えられません。その発言は私以外の前では控えた方が良いかと」


「えっ!? そうなの!? へへ、嬉しい」


 褒められて素直に照れたシュカは少しだけ元気を取り戻す。

 元気が出ると、疑問が湧いた。


「あれ? じゃあなんでヴォルク様はわたしが恥ずかしいんだろ?」


 ふむ、と考えてみる。


 恥ずかしいと言われたから、シュカはてっきりシュカが妻であることをヴォルクが恥ずかしがっているのだと思っていた。

 だがリエルが美人だと言ってくれたのだから、外に出すのが恥ずかしいほどの顔をした妻というわけではないのだろう。

 そうなると、思い当たるのは騎士に文句を言いに行った件だ。


「やっぱりヴォルク様は、わたしが悪口言ってる騎士に文句言いに行ったのが恥ずかしかったのかな……」


 カッとなった勢いとはいえ、ヴォルクが騎士たちのために傷薬を用意しているという彼の秘密も暴露しそうになってしまった。

 それをヴォルクは恥ずかしいと言ったのかもしれない。


「いえ、それはどうでしょう」



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