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13/41

13 亀裂

「あんた、なんで温室に通ってるんだ? 栄養剤もらいに来たとか言ってたが、マジで身体が弱いとかなのか?」


「いえ、身体は丈夫です。栄養剤は……えっと、兄が心配して私に毎朝飲むように言うんです」


 「人間の姿に変身するために毎朝薬を飲んでいます」とは言えない。


 ぎこちない笑顔で嘘をつくと、ヴォルクは「ふーん」と半眼になった。

 あの目は恐らく、絶対シュカの話を信じていない。


「……わかった。あんた面喰いなんだな?」


「メンクイ?」


「あんたは栄養剤を言い訳に温室にかよって、列柱廊からオレを覗いていた。オレもレオンハルトも顔は整ってる方だ。あんた実は顔が綺麗な男が好きなんだろ?」


「はあ、レオンは綺麗な顔だと思います」


「だろ? 温室に通ってるだけなら兄貴に会いに行ってるブラコンか、元婚約者に未練がましく会いに行ってるのかのどっちかだ。だがオレを観察してたってのもマジらしい。首からさげてる望遠鏡は安くねェ」


 ヴォルクは得意げな顔でシュカが首から提げている望遠鏡を指差す。


 これは誕生日プレゼントにオルクス夫妻が買ってくれたヴォルク観察用の望遠鏡だ。

 ヴォルクが言うように、決して安いものではない。


「あんたはマジでオレを観察してる。そんで温室にも通ってる。オレはわかったぞ。あんたはレオンハルトとオレの綺麗な顔を拝みたくて、城に通うための口実として兄貴に栄養剤をつくらせてんだ」


 犯人でも見つけたかのようなドヤ顔でヴォルクがシュカを指さす。


 確かにシュカは栄養剤をもらいに来る度にヴォルクを観察していた。

 ついでに、この間まで婚約者だったレオンハルトの顔を見に行くという目的があったことも事実だ。


 だがヴォルクの推理は微妙にズレている。

 シュカはレオンハルトの顔が見たいと思ったことはあるが、綺麗なご尊顔を拝みたいと思ったことは一度も無い。


「う、うーん。レオンは綺麗な顔だと思いますが、私はヴォルク様の顔が一番かっこいいと思います。レオンは友達なので会いたいとは思いますが、望遠鏡で観察したいとは思いません」


「……そうかよ」


 自分自身を顔が綺麗な男に分類したくせに褒められると恥ずかしいらしい。

 唇を僅かに尖らせて視線をついとそらしたヴォルクは、シュカの胸の中に小爆発を起こすほど可愛かった。


「本当に意味がわからねェ。初夜は拒否。でも昼ならいいとか言う。お日様の神、おひい様の信者で、オレを望遠鏡使ってまで観察する。オレの部下に喧嘩売るし、オレが好きとか言って訓練場まで来るくせに、元婚約者のいる温室には通い続けるらしい」


 シュカとしては『ヴォルクが好きだが、正体が魔物なので制約が多い』というだけの話だ。

 だがシュカの正体を知らないヴォルクとしてはわからないことだらけだろう。


 とりあえずシュカがヴォルクのことを好きだということだけは百パーセント信じてはもらえないだろうかと、シュカもヴォルクと同じく「うーん」と腕を組んで悩む。


 しばらくしてヴォルクは組んでいた腕をほどいて眉間を揉んだ。


「とにかく、もう訓練場には来るな。温室にも行くな。そもそも城に来るな」


「えっ、な、どうしてですか!?」


 温室に行けなくなることは当然困るのだが、訓練場に行けなくなることもたいへん困る。

 それどころか城に入れないとなると、望遠鏡で訓練場を覗き見することすらできない。

 この世の楽しみをすべて奪われた絶望の表情を見せるシュカに、ヴォルクは何故か苛立った様子を見せた。


「なんだよ。そんなに温室に行きたいかよ」


「温室には行かなければいけないんです。三日に一回……せめて週に一回は行きたいんです」


 変身薬は新鮮な方が効果が安定する。

 週に一度は新しいものをもらいに来なければ、シュカは人の姿を保っていられない。

 縋るように言うシュカにヴォルクは舌打ちをした。


「身体は丈夫なんだろ? その栄養剤ってのを飲まなきゃあんたは死ぬってのか?」


「死には……しませんけど」


 人の姿を保てないのなら魔物の姿に戻るだけだ。

 別に命に支障はない。


 もじもじと答えるシュカにヴォルクは苛立ちを隠さずに立ち上がった。


「もういい。アンタはどうしてもレオンハルトに会いたいんだろ? 会えばいい。行けばいい。もう勝手にしろ。だがもうオレのことは見るな。訓練場にも来るな」


 言いながら歩み寄ってきたヴォルクはシュカの前に手を差し出す。

 望遠鏡を指差して、「寄越せ」と手で示してくるヴォルクにシュカはためらった。

 望遠鏡を握りしめる手が震える。


「わたしは、ヴォルク様の戦う姿が見たいです」


「オレは見られたくない。訓練場には絶対に来るな。あんたが来ると、恥ずかしいんだよ」


 胸にズドンと穴を開けられたような心地がした。


 シュカは精一杯おしゃれをしてきたつもりだった。

 ヴォルクの妻として恥ずかしくないようにと、リエルと一緒にふさわしいドレスと髪型を選んだつもりだったのだ。

 それでもヴォルクにとってシュカは恥ずかしい存在だったらしい。


(そりゃそうだよね。部下に喧嘩売りに行くような妻は恥ずかしいよね)


 シュカは革紐で首にかけていた望遠鏡をそっと外してヴォルクの手に渡した。


「預かっとく。もう帰れ」


 短く言ったヴォルクはシュカを置いてドアの鍵を開けてとっとと出て行く。

 入れ替わりで飛び込んできたリエルがシュカに駆け寄った。


「シュカ様大丈夫でしたか? 物音は聞こえませんでしたのでドアは蹴破りませんでしたが……。お怪我はございませんか?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるリエルに、シュカはふにゃりと下手な笑顔を見せる。

 かろうじて笑みの形に細めることに成功した眦からは涙の粒が転がってしまった。


「怪我はないよ。胸がすっごく痛いだけ」


 ぐすっと鼻を鳴らすと、リエルはハンカチを差し出してくれる。

 拭っても拭ってもこぼれる涙が止まってから、シュカはリエルと共に城を後にした。

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