早田くんにいちごオレは似合わない。
初投稿です。
俺の名前は、早田遊佐。ゆさ、と下の名前で呼ぶ友達はおらず、なぜかみんな俺の事を早田と呼ぶ。一応前述しておくが、結構モテる方だ。自慢したいわけじゃないぞ。
そんな俺には、最近悩みというか、気になっていることがある。それはクラスメイトのあかりが、何かにつけて俺にはいちごオレを飲ませようとしてくるのだ。
別にあかりの事は嫌いじゃない。むしろ、好ましい方だ。ぶっちゃけタイプでもある。
だが問題はいちごオレなのだ。俺は正直、甘いものが好きじゃない。母が誕生日に買ってきてくれるイチゴのケーキも、上のイチゴだけ貰って中学生の妹にあげるようにしている。カレーだっていつも中辛である。CoCo壱で妹に1口貰った3甘すら、水なしには食べられない。
それにしてもなぜいちごオレなのだ?
気になって妹にきいてみたことがある。いちごオレとはどんなものなのか、おいしいのか、甘いのか、と。妹は顔をあげ、ニヤリと笑って答えた。甘くて苦くて泣ける人生みたいなものだよ、と。
なんじゃそりゃ。俺の妹はkcalが多いものほど美味しいと勘違いしているんじゃないか。現に今も板チョコをかじりながらスマホをいじる妹の将来と語彙力のなさを案ずると同時に、いちごオレの奥深さを少し覗いてしまった気がした。
いったいあの淡く濁ったピンク色の中に、何が隠されているのだろう。
あかりは2日に1度位のペースでいちごオレのネタで俺をいじる。その度にみんなは笑うが、ほんの少し、ほんの少しだけ俺は動揺している。なぜこいつはいちごオレに執着するんだ?俺にそんなに飲んでほしいのか?
そんな日が続いた、ある夜。夢をみた。変哲のない自分の部屋と机の上に置いてあるいちごオレ。
椅子に座っているのに体が謎の浮遊感に包まれ、すぐに夢だと分かった。
「よう、いちごオレ。」
面白半分で声をかけてみる。無論、返事はない。いちごオレとの意思疎通ができると思ったんだができないようだ。部屋の外に出ようとしても足が上手く動かない。
「おまえを飲めばいいのか?」
返事はなく、部屋は静寂に包まれる。
「俺は何をすればいいんだ?」
自分の荒い呼吸音が部屋に響く。徐々に冷や汗が流れてきた。
ここまでくると、もはや学校でネタとして笑い飛ばす域をこえている。
何度頬をつねっても、奇声をあげても、なんの変化もない。
次第にTシャツに汗の染みがじわじわと広がっていく。
本来動くはずの時計は止まったまま。
そのまま数分とも数時間ともとれる時間が過ぎた。
もはや行動する選択肢は1つに限られている。
恐怖と不安で小刻みに震えながら机の上にあるいちごオレにゆっくりと手を伸ばす。いちごオレに手が触れた時、それでいいのだというようにいちごオレが妖しく光ったーー
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ 夢、だよな」
フトンから上半身を起こす。
カーテンから漏れる光で、朝になったと気づく。
焦燥感に駆られて机の上を見るが、もちろんいちごオレはない。時計の針も正常に動き、時刻は7時を回ろうとしていた。唯一夢と同じなのは汗で濡れたTシャツと部屋の家具だけ。
大きく、ため息とも深呼吸とも取れる何かを繰り替えす。カーテンを開け陽の光を浴びながら呟く。
「最悪だぁ」
今日から待ちに待った光り輝く夏休みだというのに。友達と遊ぶスケジュール、バイト、彼女との予定。たくさん詰めた青春を謳歌するはずだったのに。こんなに薄気味悪い夢を見せられてもなお浮かれるほど切り替えがうまいわけじゃない。
だが今日はしっかり8時からファミマのバイトが入っている。待って、てことは時間ヤバくね?
階段を転がるように下りて急いで用意された卵焼きと鮭を納豆に混ぜ、ご飯にのせる。母さんに行儀が悪いと愚痴を言われるが、知ったことか。俺の朝はこうしないと始まらない。この最強の朝ごはんがあるからこそ、今の自分のアイデンティティが確立されているのだ。朝からチョコレートがふんだんにかかったドーナツを優雅に食べる妹を見ながら、卵焼き+鮭の塩焼き+納豆丼をかきこむ。俺の妹は朝から低血糖になりたいのか?脳が溶けそうだ。その割に成績は俺よりもほんの少しばかり良い。
「ごち、行ってきまさま!」
ふたつの挨拶を足して2で割ってアレンジを加えたものを叫びながら玄関を出る。あ、髪の毛整えんの忘れた。
「うえぇ〜いおつかれ〜」
8時から19時という地味にキツイ11時間労働を終え、達成感に満ち溢れながら帰路に着く。
「お?」
11時間ぶりに開いたLINEに、不在着信がたくさん溜まっている。全て付き合ってもうすぐ3ヶ月たつ彼女からだった。トーク画面を歩きながら開いてみると、「〇〇がメッセージの送信を取り消しました」という文字が羅列されている。そして唯一残されている最新のメッセージは30分前の、別れようという4文字の言葉。
「はぁ?」
事の異変さに気づき、近くの公園のベンチに腰掛ける。幸い、夕暮れのチャイムがなった後の公園は、誰もいない。うるさいほどカラスが鳴いているだけだ。
正直別れ話に至った原因を俺はつくったのかまったく自覚がない。先週も水族館に行ったばかりである。
「俺やらかした?」
こういう時は直接的に問う方が良さそうだ。秒で既読がついた。
「違う。1人で悩んでた私が馬鹿みたいで」
「ごめん別れさせて欲しい」
「1回距離おきたい」
連続で重めの返信がくる。
どうする自分。
「わかった。お前がそういうなら」
バカぁぁぁぁ自分。何も分かってないのに変なこと打つなぁぁ自分。
頭の中はパニック。だが画面を返信するために動く指は、自分の意志とは無関係ですと言わんばかりに好き勝手する。こうやって物分りのいいようなキャラを演じることもこうなった原因なのかもしれない。
返信は返ってこない。
公園のベンチに腰掛けてからここまでで、5分。
たったの5分で3ヶ月の関係が区切りを迎えた。
あいつはどれだけ悩んだのだろう。
それすら俺には分からなかった。
どうでもいいと思った。
あの夢を見てから、彼女に振られるまでの間が短すぎて、なにか関係があるのではないかと疑ってしまう。
いつの間にか夜の暗闇に支配された世界を、公園の電灯が仄かに照らしていた。
何をする気力もなく、俯きながらベンチに座っていたその時、
「あれ? そこにいる負のオーラが溢れ出てるサラリーマンみたいな君はもしかして早田かい?」
声のした方を向くと、そこには自転車に乗ったあかりがいた。昨日の終業式ぶりだ。
「あかりは何してるんだ」
掠れた声で問う。
「ん〜友達と遊んだ帰りだよ〜」
「てか早田は何してんのもう8時だよ?」
気がつけばベンチに座って小1時間経過していたらしい。
「見りゃ分かるだろ、落ち込んでんだよ」
「それは分かるよ。私はなんで落ち込んでるのかきいてんの」
「いや、彼女に振られてさぁ」
「おっとそんな感じか。で、原因は?」
「それがよく分からねぇんだ」
ため息を1つつき、彼女(元)とのトーク履歴を見せる。
「ねぇ、てか早田付き合ってた時LINE全然返信してあげてないじゃん」
「そうか? 俺は直接会って伝えたい派だから」
「そのことちゃんと彼女に伝えた?」
「いや、伝える程でもないだろ」
「愚か者め。それが多分原因のひとつだぞ。多分それは価値観の違いなんじゃないかな。1回話し合った方がいいと思うけど」
「でも向こうは俺と絶対話したくないって思ってる」
「そうやって逃げるだけじゃ現状維持だって。自分から行動起こさんと絶対後悔するよ」
諭すようにあかりが言う。
「なんであかりはそんな前向きに考えれるんだ?」
「私だって後悔したこと沢山あるに決まってんじゃん。でも、その思い出が今の私を作ってるから」
大人びた考えだ。一体あかりはどんな人生を歩んできたのだろう。
「なんかかっこいいな、俺もそんなふうになれんのかな」
小さく笑い、あかりが立ち上がる。戻ってきたあかりは2本のいちごオレを手に握っていた。
「1本あげるよ」
「あ、ありがと。な、なぁ……」
「どーした?」
今ならあの夢の事を話せると思った。昨日の夜の夢を。
「ふふっ不思議なゆめだね。夏休みハメ外しすぎるなよっていう神様からの忠告かもよ?」
あかりがいちごオレを吹き出しそうになりながら笑う。
「1回飲んでみなよ。大丈夫、人が飲むように作られた商品だから」
そう促され、恐る恐るいちごオレを口に含む。
仄かに香るイチゴの匂いに押され、飲み込む。
糖分の波が押し寄せるように口の中に広がる。
なんだこの味は。
まるで、ブルーライトを浴びながらゲーム、アニメ三昧の時間を謳歌し、気がついたら夜が明けていた時のような感覚だ。
「どう?」
「甘い」
「だよね」
「でも苦い」
妹の、言っていた通りだ。
「私もこれ飲むと悩み事とかどうでもよくなるの」
あかりが呟く。
なぜか、しらないうちに涙が頬をつたった。それを誤魔化すために、さらにもう一口飲み込む。少し酸味があり、それでいて甘ったるい。まるで恋愛漫画のような味だ。正直恋愛漫画はあまり読んだことがないが。
いつの間にか飲み干した空のペットボトルを見つめる。空っぽの頭。空を見上げる。
「はぁぁ」
ため息が甘い。
徐々に頭が冷え、新たな思考が頭を巡る。
俺はどうして振られたんだ……?
まだ理由をきいていない。
「ちょっときいてこようかな」
何言ってんだ俺。いつの間にか声に出した言葉に、自分のことながら驚愕する。
「答えはそれなんじゃない?」
あかりが笑って答える。
「 思考が停止した後、思いつくのは1番大事な事らしいよ」
俺がやりたかったこと、今まで悩んでいたことの答えはこれだったのか?そうだ、理由をまだ聞いていないんだ。復縁したいとかじゃなくて、自分でこの終わり方に納得できない。一つ、決意した。
「俺、今から〇〇の家凸ってくる!」
「え? 今から? 9時過ぎだよ?」
「あかりが背中押してくれたからな、ありがとう」
「はぁぁ、頑張ってね」
ため息と嬉しさの混じった笑い声が小さく響く。
軽快な足取りで、約4キロ先の彼女の家に向かう。足取りだけではなく、心も軽い気がした。
TheEND*:.。..。.:+・゜・✽:.。..。.:+・゜・✽:.。..