状態異常の亥城さん 2―3
今日の状態異常はなんとなく分かった。
机をくっつける前は手足に痺れを感じていたみたいで、机をくっつけた途端痛そうに体を動かしていた。この症状は中学の時にも見たことがある。この状態異常は『麻痺』だ。
私の状態異常のせいで頻繁に夜舞くんを苦しめている。その度、申し訳なくなる。
だからこうして椅子をずらして距離を取った。少しでも症状がマシになるように、冷静に解決策を考えた。
夜舞くんの苦しむ姿を見たくないという私のために。それなのに、それなのに――
手が! 私と夜舞くんが繋いでいる!
ペンを渡そうとしただけなのに指を掴まれてしまった。さっきまでの冷静な私はどこかに行ってしまい、代わりに焦るだけの役立たずな私が来た。
本当に私のバカな脳みそにはイライラする。でもそれ以上にイライラするのは事故だとしても手を繋いだことにドキドキしている浮かれた心だ。
しっかりしろ、私。夜舞くんと手を繋いでいるんじゃなくて指を握られているだけ。それに今握られて いるのは私の状態異常でいつも迷惑をかけている夜舞くん。そして私がしなくちゃいけないのはドキドキすることじゃなくて距離を取ること。
そう自分に言い聞かせ手を引っ張る。しかし、夜舞くんの掴まれている指は簡単には抜けない。
あ、あれ? おかしいな。
何度か引っ張ってみるがやはり抜けない。というよりあまり力を入れると指が曲がらない方向に折れそうで怖い。ここは夜舞くんに頼んで離してもらおう。
でも、私の知っている夜舞くんだったら、頼まなくてもすぐに離してくれそうなのに。もしかして私の存在が薄すぎて握っていることに気付かないとか? そんなことはないよね……うん、それくらいの存在感はあってほしい。
「……や、夜舞くん」
そう信じながら恐る恐る声をかける。私から男の子に話しかけることはほとんどない。まして授業中なんかに。そのせいか、声が異常に震えて余計に恥ずかしくなる。
「そ、その……指が」
「指?」
不思議そうな顔をしながら夜舞くんはゆっくり手の方に目をやる。
やっぱり、私の影が薄すぎて気が付かなかったみたいだ。触れられていても気づかないなんて私も成長したな……うん、成長した。
自分に言い聞かせ傷つかないふりをした。
「……どうして亥城さんの指を?」
「……指が抜けなくて……は、離して」
「ご、ごめん! あれ? 動かない」
夜舞くんのその言葉で血の気がサッと引いた。
嘘でしょ? 夜舞くん動かないって言った? この状態異常は『麻痺』のはず。痺れるだけで動かなくなるなんて知らない。一体どうすれば。
私の力じゃ指は抜けない。そして、掴んでいる夜舞くんは状態異常で手を動かすことができない。
どうしよう。状態異常を解除するには相手と距離を置かないといけない。けど、この状態じゃ一生手を繋いだままなんてこともあり得る。それだと夜舞くんに迷惑がかかる。本当にどうしたら――
落ち着け、私! 焦ってもいい事はない。
深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。
離れられなくても必ず解除できる方法はあるはず。そうだ! 目には目を歯には歯を。ビリビリにはビリビリを。
人間の体には電気が流れてるって聞いた事がある。保険の授業でも心臓が止まったとしても電気ショックで動き出すって習った。
あー、こんな事になるんだったらスタンガン買っておけばよかった! 前に調べた事はあったけど、その時はお金とか親に見つかったらとか気にして結局諦めたんだっけ? よし、決めた! この状態異常から解放されたら絶対スタンガン買う!
ナチュラルに死亡フラグみたいなのを立てつつ次の作戦を考える。
今、手元にスタンガンはない。だったら似たものを作るか誰かに借りるしかない。このクラスで今スタンガン持っている人はーーっているわけないか。私でさえ購入を諦めたんだ。身近に持っていられたら怖いし、私が負けたみたいな感じがして嫌だ。
だったら違う方法で電気を流した方がいい。何か電気流す方法――あ、静電気とかどうかな? 下敷きなら今ちょうど机の上にあるし。擦るだけで電気を溜められるなら先生にも気付かれないと思うし。
右手でノートの間に挟まってある下敷きを取り出した。そして音が出ないように気をつけながら膝の上で下敷きを擦り始めた。
うん、多分これなら先生にも見えない。あとは静電気が溜まるのを待つだけだ。でも大丈夫かな? 利き手じゃないからものすごく動かしづらいし、動きがゆっくりになる。これじゃ全然静電気が溜まっている感じがしない。
「……い、亥城さん。何してるの?」
隣にいる夜舞くんに小声で尋ねられる。横を見ると不思議そうな顔をして私を見ていた。
「電気流したら動くかなって……それで静電気を溜めてて」
「……そうなんだ」
夜舞くんはそう言うと何事もなかったように前を向いた。
……何だろ? 何だか急に恥ずかしくなってきた。もしかして、今私すごく変なことしてるのかな?やっぱり動かなくなったからって電気を流す発想はダメだった? どうしよ、夜舞くんに変な子って思われたかな?
最初、思いついた時はすごく名案だと思っていたのに、夜舞くんに聞かれてから不安が大きくなってきた。
ダメだ。これ以上は恥ずかしい。もうやめよう。
ついに恥ずかしさの限界を迎えた私は、下敷きを擦るのをやめた。そして一応溜まったか溜まっていないか分からない静電気を流すため、下敷きをチョンと夜舞くんの手に当てる。
「……ど、どうですか?」
「え? あ、えっと……特に何も変わらないかな? ごめん」
申し訳なくなるから謝らないでほしい。むしろ謝らないといけないのは私の方だ。状態異常にさせておいて、それを静電気で解決しようとした私が悪かった。あーもう! こうしているうちに時間はどんどん進んでいく。こうなったら、誰かに手伝ってもらうしかないのかな? けど、なんて説明したらいいんだろ?
『授業中に手を繋いでいたら離れなくなっちゃった』とか? 私のバカ! そんな事言ったところで信じてもらえるわけがない。
仮に信じてもらえたとしても後で変な噂が流れて夜舞くんに恥ずかしい思いをさせてしまう。
結局どっちを選んでも迷惑をかけてしまうみたいだ。だったら、せめて少しでも迷惑がかからない方を――
「Mr.夜舞。どうかしましたか?」
私たちの異変に気がついたのか先生は夜舞くんの名前を呼んだ。それに反応して周りのクラスメイトも一斉にこっちを向いた。
これは不慮の事故だ。別に授業中にイチャついて訳じゃない。そう分かっているのに、悪いことをしているのがバレたみたいな感情になり、反射的にプリントに目を落とす。いきなりみんながこっちを向いたことに焦った私にはそれが精一杯だった。
でも夜舞くんは違う。名前を呼ばれたのとほぼ同時に、私の左手をみんなから見えない位置にグイッと引っ張った。
「あ、いえ……ペ、ペンを落としてしまって……」
「そうですか……じゃあ授業に戻ります。この文章は――」
夜舞くんがついた嘘に怪しむようもなく、そのまま授業が再開された。周りのクラスメイトも前を向いて先生の話を聞きだした。
さすが夜舞くんだ。上手に嘘をつきつつ、誰にもバレないように手を隠した。とっさの判断でここまでできるのは本当にすごいと思う。
私の手を両手で握っていること以外は