状態異常の亥城さん 1―4
今日の亥城さんは元気だ。
下敷きで扇ぎだしたと思ったら、急にスマホを触りだして。そう思ったら、慌ててスマホを触るのをやめて鞄の中を探しだした。何が出てくるのかなと思ってバレないように見ていたら結局何も出てこず、ペンでそこら中を叩き始めた。
いつもは誰も聞いていないSHRでもしっかり聞く人なのに、今日はちょっと珍しい。でも、こういう少し変わった行動ですら可愛いと思ってしまう。俺ってやっぱり病気なのかな。
ってか、俺ずっと亥城さん見ていたじゃん。キモっ。改めて振り返ると自分の行動がキモく思えてきた。亥城さんにバレたら絶対ひかれる。……ヤバい、バレた時のことを想像しただけでまた体調が悪くなってきた気がする。少し落ち着こう。
少し冷静になるため、俺は目線を窓の外へと移した。
窓の外からは少し雑に整備されたグラウンドとその奥に広がる住宅街。少し上を見ると澄み渡るような青空が広がっている。前まで何も感じなかった景色なのに、こうして見ていると体調のことなんてどうでもいいと思えるほどすごく綺麗だ。
でも、そんな景色を目の前にしていても、数秒後には頭の中に亥城さんが現れる。本当に気持ち悪いと思う。それでも、考えは止まらない。
亥城さんって好きな人いるのかなとか、好きな男のタイプとか、亥城さんの趣味とか。聞く勇気もないのに、ずっとそんなことを考えている。
でも、いつかこの気持ちも――
「……告白できたらな」
気持ちが声に出てしまったことに気付き慌てて口を押さえる。だが、出てしまった言葉はしまうことはできない。
あ、ヤバい。声に出してしまった。けどそんなに大きい声じゃないし。誰も聞いていないだろう。
誰かに聞かれてないかドキドキしながら、ゆっくり前を向く。そして目を左右に動かし、俺の方を向いている人を探した。
……よし。セーフ
しばらく見回したが幸い誰も見ていない。よかった。誰もさっきの発言を聞いていなかったみたいだ。
ここの学校の生徒は全体的そうだが、特にうちのクラスメイトは噂話が好きだ。亥城さんの噂がすぐに広がったように、さっきのような発言もすぐ広まってしまう。
そうすれば、別のクラスの人にも笑われるし、何より涼平に一か月くらい、からかわれてしまう。そうなる前に止めることができて本当によかった。
安心した俺は他のことを考えながら1限の準備を始めた。しかし、しばらくして異変に気が付き手が止まる。
隣からすごく視線を感じる。
なんだろう。顔に何かついているのかな? あっ、もしかして、さっきの聞かれてた?! いや、周りの誰も聞こえてなかったみたいだし。それに「誰に」とは言っていなかったはず……あれ? 言ってないよね。どっちだっけ? そもそも、どこから口に出していた?
しばらく記憶を辿っていたが、ついに覚悟を決めて亥城さんの方を向いた。
すると、ずっとこっちを見ていた亥城さんは振り向いた途端、恥ずかしそうに俯いた。
この反応は……聞こえていたみたいだ。
え? もしかして、今ので亥城さんに対する気持ち伝わってしまった? これから少しずつ話しかけて、もう少し仲良くなってから告白しようと思っていたのに……最悪。いや、気持ちが伝わったのならいいけど。場所とか雰囲気とかセリフとかしっかり考えてからしたかった。
でも、伝わってしまったなら仕方がない。
自分でも予期せぬ告白で実感が湧かないが、亥城さんを見つめる目に力が入る。そして見つめれば見つめるほど、鼓動が速くなっていき、顔が熱くなっていくのを感じる。
はたして返事はどっちだろう。
しばらくして、俯いていた亥城さんが顔をあげる。ほんの5秒程度だったかもしれないが、体感的には何倍も長く感じた。
そして、結果を待つ俺に対しYESでもNOでもなく、ただゆっくりと右手を上げた。頭より少し高い位置まで上げられた手には、布のような物が握られている。
え? どういう意味?
頭の中に疑問が浮かんだその瞬間、亥城さんは手に持っているものを俺に向かって投げた。しかし、力を入れすぎたのか物体は俺ではなく、開いている窓へと真っ直ぐ向かっていく。
やばい!このままだと外に出る。
反射的に少し立ち上がって手を伸ばした。運良く窓の外へ出るギリギリでキャッチできた。
キャッチした物を手で包みながら音を立てないように静かに席に座る。誰かに見られていないか軽く周りを確認してから手を開ける。
手の中には淡いオレンジ色のハンカチがあった。少し濡れているのか冷たい気がするし、しかもハンカチに何か包まれている。
何が入っているんだろう? 少し怖くなってきた。
にしても、席隣だったら普通に手渡しすればいいのに。どうして投げたんだろう。しかもアンダーじゃなくてオーバーで。
そういえば、決闘の時に手袋投げるって聞いたことある。もしかして、これもその一種?
そんなことを考えながらハンカチを開いていく。すると中には小さな保冷剤が入っていた。
あー、だから冷たかったのか。でも、何でこんな物を? もしかして俺が隣で暑そうにしてたから? でも、これ亥城さんのハンカチだけど。本当に使っていいんだろうか?
少し気になってチラッと亥城さんの方を見ると、こっちを見てコクコクと首を縦に振っていた。
「ありがとう」
出来るだけ普通の顔のまま小声でそう伝えて、すぐに窓の方を向いた。そして、少し緊張しながら保冷剤を包んだハンカチを頬に当てる。
思ってたより冷たいが気持ちいい。それにしてもそんなに暑そうにしてたのか。もしかして、今日の亥城さんの一連の行動も俺のために――ってのは考えすぎか。
結局、告白の返ことは聞けなかったし、伝わったかどうかも分からない。
でも、これからしばらく隣の席だ。今はまだ無理かもしれないが、少しずつ距離を縮めていって、いつか告白しよう。そして、その時は場所とか雰囲気とかセリフとかしっかり考えてしよう。
きっと亥城さんは驚くだろう。どんな結果になるか分からないが、せめて迷惑だと思われないように頑張ろう。
そう一人決心し、外の景色を眺め続けた。
冷やしているにもかかわらず、顔は熱いままだった。だが、その熱はなぜか少し心地よく感じた。