状態異常の亥城さん 5―3
私、亥城もみじは能力者である。
能力は状態異常。私に告白してきた異性に近づく事で何らかの状態異常を相手に発動させる事ができる。ただし、私の意思で発動したり解除することはできない。また発動する周期や状態異常の種類は完全にランダムだ。
私の意思で解除はできないけど解除方法は今分かっているだけで3つある。
1つ目は距離を取ること。状態異常によって解除に必要な距離が違うけど、これまでの状態異常は全てこの方法で解除できた。
2つ目は何かしらの行動を取ること。今回の『睡眠』で偶然見つけた解決方法だけど、状態異常によっては何かしらの行動を取る事で解除出来るみたいだ。これに関しては分からないことが多いけど、多分全部の状態異常に当てはまるという訳ではないと思う。
今回は触れる事で解除出来たけど、基本的には状態異常は近づくと威力が強くなるので、今回のケースは特別だったと思う。実際『麻痺』の時は触れることで状況が悪くなった。
これまではこの2つの方法を使ってきた。それだけで十分だったし、それから先は私自身が考えないようにしていた。
でも、その罰が今日の状態異常だ。『睡眠』の状態異常は触れている間は解除できる。でも、逆に言えばずっと触れていないといけない。手を離した瞬間すぐに寝てしまうほど強力な状態異常。どれくらい距離を取れば解除出来るかも分からない。
手を離すにしても、ちゃんとした場所でしないと事件に巻き込まれる可能性だってある。それに、眠りから覚めた時にできるだけ違和感がなく落ち着きのある場所で寝させてあげたかった。だから、映画館を出てからずっと解除する場所を考えて、ようやく最適な場所を見つけた。寝ている夜舞くんを放置して帰るのは心苦しいけど、ここなら人通りもあるし、気持ち良く目覚められるはず。
そう思って来たのに、ベンチに座って状態異常を解除しようとした途端動きが止まった。
本当にこれでいいのかな? 状態異常が来るたび解除して、その繰り返しでいいの? いっそのこと、ここで3つ目の解除方法を行っても良いんじゃないかな?
3つ目の解除方法。これが最も効果的で、これをすれば今後状態異常になることは決してない。
それは、私に「嫌い」と言うこと。
そもそも、状態異常が発動する最初の条件が私に告白することだから、普通に考えてその逆の行動をすれば解除できる。
ただ、1つデメリットがあるとすれば状態異常を解除した途端、私への好意はもちろん、告白してから今までの私と状態異常に関する記憶が書き換えられてしまう。しかも、その人と関わりがある人たちの記憶も一緒に書き換えられてしまう。つまり、状態異常を知っているのは私1人だけになり、人間関係も状態異常が始まる前に、もっと言えば私に好意を持つ前に戻る。
私1人がちょっと寂しい思いをするだけで全て丸く収まる本当に素晴らしい方法だ。
ずっと頭の中にこの方法はあったけど出来なかった。ううん、やらなかった。夜舞くんに甘えていたかったから。呪われるって噂を知っていながらも、普通に接してくれる夜舞くんに。
……でも、いつまでも迷惑をかけてちゃダメだよね。
どうせ今から言うことも、解除されたら夜舞くんの記憶に残らない。だったら、たくさん悪口を言って精一杯嫌われてやろう。思っている事も思ったことない事も全部まとめて夜舞くんに言おう。そうすればきっと「嫌い」って言ってくれるはず。
「私、夜舞くんの事嫌いです」
「……」
「会話も下手だし、ずっと歩かせるし、それに……」
こんな事言いたくない。私なんかが夜舞くんを悪く言う資格なんてないのに。少ししか悪口を言っていないのに、口にするたび心が締め付けられる。早く私の事を嫌いって言ってくれれば良いのに。
「それに、私呪いかけるんですよ。夜舞くんだって知ってるでしょ? 熱っぽくなったり、体が痺れたり……それだけじゃなくて、私暗いし、人と目を合わせられないし、すぐ落ち込むし、前髪幽霊みたいだし、背だって低いし、空気読めないし、頑張っても空回りばっかりだし。私はこんな人間なんです! 最悪で最低で。ほんとダメ人間で……」
夜舞くんの悪口を言うつもりが、いつの間にか自分を責める事ばかり言っていた。人の悪口言うより自分を責めた方が楽だと感じたから。せっかく嫌われる覚悟したのに。どこまでいっても自分の事しか考えていない。本当に私って最低だ。
「……こんな私嫌いですよね」
これで、夜舞くんが嫌いって言ってくれれば、全員の記憶が消えて、私が告白を聞く前の関係になる。あとは私が自然にこの場から離れて、明日から何事もなかった様に過ごせば完璧だ。
これは正しいやり方じゃない。それは分かっている。多分、他に良い方法はあった。私じゃなきゃ、その良い方法をやっていた。でも、これしか私には出来なかった。
「……そっか。亥城さんの気持ちが聞けて良かった……うん、良かった」
長い沈黙の後、夜舞くんはようやく口を開いた。静かで落ち着きがあって、でも優しさは感じられる声。顔を見なくても声だけでどんな顔をしているか容易に想像がついた。あんなに酷いこといった後にまだそんな風に接してくれるなんて夜舞くんは本当に優しい人だ。
「まさか、告白する前にフラれるなんて。実はちょっと自信あったんだけどね。あはは」
夜舞くんなりに気を利かせて言ってくれたんだろう。でも、その冗談も無理矢理出した笑い声も今は聞きたくなかった。
「でも、これだけは覚えて置いて。亥城さんは自分が思っているほど最低じゃないよ。亥城さんが否定した事くらい俺が全部肯定して全部受け入れる。……だって俺は」
ダメ、その先は言わないで。その言葉は私なんかに言って良い言葉じゃない。
「……俺は亥城さんのことが好――」
「隙ありぃぃぃ!」
夜舞くんの告白を元気で明るい女の人の声がかき消した。
突然の出来事に思わず振り返ると、夜舞くんのすぐ後ろに得意げな顔をした女の人が立っていた。艶のある栗色のセミロングに大人っぽい綺麗な顔立ち。それなのに全体的に柔らかい印象を感じる。身長は多分160センチぐらいかな。姿勢も良くどこかオーラを感じる。まさに私の憧れの女性像だ。
それなのに。
「……」
なぜかその女の人の手には虫取り網が握られており、その網は夜舞くんを捉えていた。
「よしっ、完璧!」
得意そうにそう言うと、後ろの方から子供たちが数人駆け寄ってきた。
「ねーねー。何捕まえたのー?」
「何これ? 人間じゃん」
「何でこの人捕まえたのー? 変なのー」
「変なのー」
あっという間に子供たちはベンチの周りを取り囲んだ。私は子供は嫌いじゃないけど、こう大人数で囲まれると緊張してどうして良いか分からなくなる。
「はーい、ちびっ子たちー!」
女の人がそう言うと子供たちは一斉に黙り女の人の方を見た。あんなに自由に喋っていた子供たちを一瞬で静かにさせるなんて。この人すごいのは容姿だけじゃないみたいだ。
「これはねアサヒ虫って言うんだよ。身長は130センチで鳴き声は『でゅふふ』。脇腹を突くと鳴き声で威嚇してくるよ。特性は逆立ちでしか進めないことかな。あ、ちなみにバッタの一種だよ」
すごい。1ミリも合っていない。それなのに、子供たちは疑う様子もなく目をキラキラ輝かせている。この女の人何者なんだろう?