状態異常の亥城さん 5―1
映画の主題歌とともにエンドロールが流れ始める。私が長い間ずっと楽しみにしていた映画はあっという間に終わってしまった。
でも、こういう映画は1人で見た方が良い気がする。
夜舞くんの手首を掴んでいたせいかずっとドキドキしていたし、他に別の状態異常が発動していないか心配で全然映画に集中できなかった。おまけに映画の記憶が曖昧で、後半に「誰だっけ?」っていう人が出てきて、泣けるはずのシーンなのに、その人が気になりすぎて泣けなかった。これはこの映画の小説版を買わなきゃダメみたいだ。けど、何度も確認したけど夜舞くんは寝ていなかったし、状態異常から守るという点については大成功だった。
さてと、これ以上夜舞くんの近くにいるのは良くないと思うし、早く帰――
劇場内が明るくなり、他のお客さんが席を立ち始めた。少し残念な気持ちになりながらも、荷物をまとめて帰る準備を始めた。その時だった。ある疑問が頭の中に浮かび荷物をまとめる手が止まった。
これ私が手を離したら大変な事になるんじゃないかな? 今回の状態異常は『睡眠』。ここで手を離したら夜舞くんを夢の中に引きずり込んでしまう。
でも、今回の状態異常には解除方法が3つある。1つ目は、さっきからやっているように夜舞くんに触れる方法。2つ目は普段からやっているみたいに夜舞くんから距離を置く方法。そして3つ目は――これ方法は今じゃないかな。
簡単なのは夜舞くんから距離を置く方法だけど、状態異常の種類によって解除される距離はバラバラだ。私自身歩くのが遅いし、休日の映画館はそれなりに人が多い。もしかしたら、解除される距離に辿り着いた時には、次の映画が始まってる可能性だってある。こんな所に一人ぼっちで置いて帰るのはかわいそうだ。そうなると残された選択肢は……恥ずかしいけど、1つめの方法しかないよね。お願いだから誰にも見られませんように。
「あ、あの……亥城さん」
ある程度考えがまとまったところで夜舞くんに声をかけられた。夜舞くんの方を見ると硬い表情をして少しうつむいていた。
何だろ? 分からないけど、ただ事じゃない気がする。
「どうかしましたか?」
「本当にごめんなさい。俺寝ぼけてて正直何も覚えてないけど、本当にわざとじゃなくて」
目を固く閉じ必死に謝る。こんなに表情初めて見る。ものすごく反省しているのは分かるけど、何を謝っているのか分からない。
「えっと……何の話ですか?」
「多分、俺寝ている間に変な事したよね」
「へ、変な事?!」
夜舞くんの言葉に驚き、思わず大きい声が出てしまう。我に返った私は口を押さえるが、すでに遅く辺りを見渡すとほとんどの人と目が合った。慌ててうずくまって座席の陰に隠れる。でも、視線から逃げられてもクスクスという小さな笑い声からは逃げられなかった。ほんの数人の小さな笑い声なのに、意識すればするほど恥ずかしさで顔が赤くなる。
「亥城さん大丈夫?」
うずくまる私を夜舞くんは心配そうにのぞき込んだ。
「はい。大丈夫です。ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって」
これ以上心配されないように、まだ赤いままの顔をあげる。横目で劇場内の人数を確認すると、もうほとんどいなくなっていた。
良かった。これでちょっとは安心できる。
「あの、それでさっきの話なんだけど」
「あ、はい。別に何もしてませんよ」
「そうなんだ。良かったー」
夜舞くんはほっとした様子で胸をなで下ろした。表情も柔らかくなりいつも通りの夜舞くんに戻った。
よく分からないけど、夜舞くんの誤解が解けたなら良かった。でも、何でそんな風に思っちゃったんだろ。
「あれ? だっだら、どうして手首掴んでいるの?」
「……」
そうだった。映画始まった辺りからずっと握って、いや掴んでいたんだった。確かにこれじゃ夜舞くんも不安になるよね。私が手を握っていたら誤魔化せたかも知れないけど、手と手首じゃ意味が変わってくる。
そういえばさっきまで、この後どうすうべきか考えていたんだった。結局さっきから何一つ変わっていない。状態異常の事を話すのも1つの手だけど、話長くなりそうだし、そもそも信じてもらえるかどうか。あー! こうなるんだったら、もっと考えて行動すれば良かった! 私のバカ!
「ま、まあいいや。とりあえず、ここ出ようか」
「……はい」
しばらく無言の間が続き最終的に夜舞くんの方から口を開いた。ここで全てを説明しようか少し迷ったけど、それには場所と私の心の準備ができていなかった。いい誤魔化し方が見つからないまま私は夜舞くんの手首を掴んだ状態で映画館を出た。