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状態異常の亥城さん  作者: 栗尾りお
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状態異常の亥城さん 4―2

 私は休日が大好きだ。一日中好きなことをやっていられるし、誰かに迷惑をかける事もない。基本的に1人で部屋で過ごすけど、定期的に外にも出たくなる。人混みはあまり得意じゃないけど、時期や時間帯をずらせば簡単に人混みを避けられる。

 この映画だってわざわざ上映期間ギリギリで見に来た。そうすれば、あんまり人もいないし、周りを気にせず泣ける。そう、思っていたのに――


 私が買ったはずの座席に誰か座っている。しかも、男の人。どうしよ、声かけるの怖いな。でも、私が間違っている可能性もあるし……


 臆病な私は一旦その席の列を通過し、少し後ろの列まで行った。そしてポッポコーンを近くの座席に置き、指で数えながらチケットに書かれてある席を探す。


 ……ダメだ。書かれてあるアルファベットと数字を何度確認しても、私の座席はあの男の人が座っている所だ。見渡した感じ空いている席も多そうだし適当に座ろうかな? でも、座ってからや映画が始まってから、その座席の人が来たら嫌だし……よし! ここは勇気を出して座席を間違えていることを伝えよう。大丈夫。怖いのは一瞬だけ……怖いのは一瞬だけ……


 自分にそう言い聞かせてから、慎重にその人のもとへ向かった。


 「あ、あの……ざ、座席間違っていませんか?」


 やった! 言えた!

 知らない男の人に声をかけることが出来た喜びと、何も気にすることなく映画を見ることができる喜びが沸き上がった。しかし、その喜びもほんの数秒で消えてしまった。


 「い、亥城さん?」


 「へ?」


 驚きのあまり間抜けな声が出てしまう。


 どうして、横を通り過ぎた時に気が付かなかったんだろう。分かっていたなら声を掛けなかったのに。クラスメイト、しかもよりによって状態異常でいつも迷惑をかけている夜舞くんに出会うなんて。もし、運が悪かったら休日の日まで状態異常にさせてしまう。そうなったら私はこの映画諦めて家に帰らないと行けないのかな。

 ……でも、それは最悪の場合の話で、何も起こらなければ普通に映画が見られる。それに仮に状態異常が発動したとしても、夜舞くんの本当の座席が私の座席から十分離れていれば、状態異常は解除される。うん、まだ希望はある。


 「あっ、本当だ。俺の席1つ隣だ」


 チケットを見て座席を間違えた事に気付いた夜舞くんは慌てて荷物を移動させた。


 ……そっか。1つ隣か。夜舞くんが嫌いなわけじゃないけど、もう少し離れた場所であってほしかった。それに、私の左隣の座席って。学校と何も変わらないじゃん。

 どうしよ。このまま状態異常にならなければいいけど。わざわざ上映期間ギリギリに来ているということは夜舞くんもずっとこの映画を見るのを我慢していたんだと思う。そんな夜舞くんを上映中に状態異常にさせてしまったら――

 実はここ最近、夜舞くんは状態異常になっていない。発動周期はランダムだから予測はできないけど、今日発動する可能性は十分にある。


 一番簡単で安心なのは私がこの場で帰る事。でも、私も夜舞くんに負けないくらいこの映画を楽しみにしていたし、人の顔を見るなり帰るのは失礼だと思う。


 「――さん? 亥城さん?」


 「は、はい!」


 「座らないの?」


 「……えっと」


 「あっ、亥城さん左利きだったよね。ごめん、これも移動させるよ」


 そう言うと夜舞くんはポップコーンを自分の左側に持って行った。その優しさは嬉しいんだけど……はぁ、こうなったら座るしかないか。

 夜舞くんの様子を見ながら慎重に座る。見た感じ夜舞くんに変化は見られない。良かった。今日は大丈夫みたい。映画が終わるまで、この状態が続けば良いけど。


 「……」


 「……」


 お互い何も話すことなく沈黙が流れる。しばらくじっとしていたけど、遂に沈黙に耐えられなくなりジュースを手に取り一口飲む。


 どうしよ。何か話した方が良いよね。でも何話したら良いんだろ? 共通の話題があれば良いんだけど。うーん、共通の話題、共通の話題……特にないかな。共通の趣味があれば少しは盛り上がったかもしれないけど、趣味どころかそもそも夜舞くんの事をあまり知らない。あー、もう! 私のバカ! こうなるんだったら会話デッキ用意しておくんだった。


 「あ、あのさっ!」


 しばらく、続いた沈黙を先に破ったのは夜舞くんの方だった。でも、映画館の中にしてはボリュームが大きめの声で、数人のお客さんたちが振り向いた。それに気がついた夜舞くんは慌てて口を塞ぎ、恥ずかしそうにうつむく。


 「ご、ごめん」


 うつむいたまま夜舞くんは私に謝る。今度はボリュームが調節されていた。振り向いたお客さんたちも特に怒った様子はなく、クスクス笑い声が聞こえるだけだった。


 「いえ、私は別に。それで、どうしたんですか?」


 私が話の続きを聞くと夜舞くんは顔をあげて話し出した。


 「その、今日本当は凌平と圭吾と一緒に映画来てて」


 凌平くんと圭吾くん?……あー、夜舞くんと一緒にいるクラスの男の子だ。確か名字は成瀬と犬飼だっけ? もしかして、男の子3人で恋愛映画見に来たのかな。別に否定はしないけど。普段のイメージとのギャップが……ちょっと待って。もしかして今日私、男の子3人と一緒に見るの? どうしよ。私夜舞くんとしか話せないのに。


 「本当は3人で別の映画見るつもりだったんだけど、俺だけチケット買い間違えちゃてさ。別に見るつもりじゃなかったけど、勿体ないし。それで仕方なく……だから、このことは誰にも言わないでほしい」


 よかった。男の子3人と見るわけじゃないんだ。それが分かっただけでも、ちょっとだけほっとした。にしても映画のチケットって買い間違える事ってあるんだ。あの機械そこまで難しくはないと思うけど……いや、もしかしてこれは嘘? 本当は1人で恋愛映画見に来たけど、私とばったり出会ってしまったから慌ててそれっぽい嘘をついたとかも。だって、よほど別の事に気を取られていないかぎりチケットを買い間違えるなんてない。

 わざわざ否定したってことは、夜舞くんにとって秘密にしておきたいのかな。恋愛映画が好きな男の子だっていても良いと思うけど。でも、夜舞くんが秘密にしたいなら、私も気付いていないふりをしよう。


 「分かりました。今日の事は秘密ですね」


 私が人差し指を口にあてて、そう言うとなぜか夜舞くんは目をそらした。


 どうしたんだろ? 私何か変な事言ったかな?


 そう思った瞬間、あたりがすっと暗くなり映画の宣伝が流れ始めた。


 やった。あと少しで楽しみにしていた映画が始まる。これまで、ずっと我慢していたし、スマホいじっている時もずっとネタバレに怯えていた。そんな日々も今日で解放される。

 想定外ではあったけど、私と同じくらい映画を楽しみにしていた人と一緒に見れるなんて考え方によってはラッキーかも知れない。映画が終わった後に、カフェとか行ってお互い感想とか話したりできるのかな? いや、流石にそれはないかな。夜舞くんにも都合があるだろうし。でも、誘ってくれたら嬉しいな。


 そんな事を考えながら、さりげなく隣を見ると――


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