状態異常の亥城さん 4―1
「はぁ……帰りたい」
ため息交じりに1人つぶやく。今日は日曜日。友達の成瀬遼平が見たい映画があると急に言いだし凌平と俺と友達の犬飼圭吾の3人で映画館に来ている。さっきまで、映画の後ご飯食べて、その後行けたらカラオケかボーリングに移行と話していた。それなのに――
遡ること30分。
「凌平それはおかしいって! それはセンスない」
「いや、センスとか意味分からないし。強いて言うならこっちの方が王道じゃね?」
「は? 王道って何? 誰が決めた? 何時何分、地球が何回回ったとき?」
「黙れ。そんなの知るか。とにかくポップコーンは塩だ」
「頭バグってんのか? キャラメル以外あり得ない」
「……2人ともうるさい」
映画のチケットを買いながら、後ろで小学生みたいな喧嘩をする2人を呆れた顔でなだめる。俺たち3人は小学生の時からよく一緒にいて、昔から凌平と圭吾の喧嘩を止めるのが俺の役割だ。まったく、高校生になったんだからもう少し大人になっても良いのに。ってか「地球が何回回ったとき?」ってフレーズ久しぶりに聞いた。
「別に味なんてどっちでも良いじゃん。どうせ、1人1つ買うんだから」
「どっちでも良くないし。視界に塩があるとテンション下がる」
「いや、別に視界に入れるくらいは良いだろ」
「まあまあ2人とも落ち着けって。ほら、俺チケット買ったから。次、凌平の番」
これ以上この場所にいたら他の人に迷惑がかかってしまう。そう判断した俺は凌平を券売機へと誘導する。すると呼んでもいない圭吾まで一緒に来て、2人でパネル操作を始めた。
こいつら言い合いばかりしてるけど、なぜか一緒に行動するんだよな。正直他の人に迷惑かけなければどっちでも良いけど。
楽しそうな2人を後にして俺はそっと券売機から離れポップコーン売り場の近くに行った。さて、映画の開始時間まであともう少しだ。売り場の近くで味について語っていればすぐに劇場内に入れるだろう。順調にいけば映画終わってご飯食べてから、もう1カ所行けそうだ。でも、それは2人に合わせよう。
「おまたせ」
振り返るとチケットを持った凌平と圭吾がこっちに来た。予想より早くチケット買ったことに驚いている。てっきり圭吾が「俺はこっち側の席が良い」みたいなことを言って時間がかかると思っていた。杞憂だったのなら良いけど。凌平はともかく圭吾は子供っぽいから気をつけなければならない。今日は映画を見に来たという心持ちではなく圭吾のサポートをしに来たと思っていても構わないだろう。
「よし。じゃあ、先に飯に行くか」
「だな。何か食いたい物ある?」
あれ? 先ご飯に行くの? 映画は? ポップコーンは?
頭の中に様々な疑問が湧き上がる。口に出したいが、楽しそうに会話をしているのを割って入るのも抵抗がある。
「……映画ってもうすぐ始まるよな?」
「え? あと、1時間半あるぞ」
「……じ、冗談はやめろよ。チケットにも時間が書かれて――」
笑いながら自分の買ったチケットを取り出す。するとそこには俺たちが見に来た映画とは違うタイトルが表記されていた。
そして今に至る。
友達来たはずなのに、1人で映画を見ることになるなんて。しかも、この映画少し前にクラスの女子たちが話していた恋愛映画だ。そろそろ上映期間が終わるのか、劇場内の客の数は少ない。しかし、そのほとんどが女性客で、男性はいても彼女と一緒だ。俺みたいに男1人で来ている人はいない。
大丈夫かな? 俺変に目立ってないかな? せめて、あともう1人俺と同じ境遇の人がいれば。そうすれば、少しは気が楽になったのに。
少し希望を抱きながら、さりげなく周りを見る。だが、そんな都合の良い状況があるはずがない。諦めた俺は長いため息をついた。
にしても、買う前に気づけよ。よほど、2人の会話に気を取られていたのか。けど、間違えて買ったチケットが上映期間ギリギリのやつでよかった。俺の近くには誰もいないし、周りの人に気を使う必要はない。
男1人で恋愛映画なんてクラスの誰かに見られたら恥ずかしい。でも、こんな上映期間ギリギリの映画じゃ誰かと鉢合わせする可能性なんてほぼゼ――あれ? 俺今フラグ立てた?
「あ、あの……ざ、座席間違っていませんか?」
フラグを立てた事に気がついた次の瞬間、聞き覚えのある声で話しかけられた。パッと顔を上げると、そこにはある意味一番会いたくない人が立っていた。
艶のある黒色のショートヘアに小柄な体。長い前髪と、その間からたまに見える二重で優しい目。間違いない。亥城さんだ。
普段の制服姿も可愛いが、私服姿もすごく可愛く思わずガッツポーズを取りたくなる。この場所でなければもっと喜べたのに。今は喜びと焦りが入り混じって大変な事になっている。
――というか、フラグの回収早すぎだろ。