状態異常の亥城さん 3―4
「さっきの警官デカかったよねー」
「うん、でもあの男子もかわいそうだよね。あんなのに捕まったら絶対逃げれないじゃん」
自転車で私の隣を通り過ぎる人たちの声が聞こえた。そういえば担任の先生が「不審者が出たから気をつけろ」みたいなことを言っていた気がする。私は地味だから大丈夫かも知れないけど、チビだから持ち運びのしやすさは抜群だ。一応帰ったら防犯ブザーを探しておこうかな。あ、でも、さっきの人たちの話からすると捕まったのかな?
少し気になり後ろを振り返る。すると少し離れたところに警察の人が立っているのが見える。多分さっきの人たちが言っていたのは、あの人の事だろう。確かにこれだけ離れているのにすぐに分かるくらい大きい。あ、警察の人背中であんまり見えないけど奥に男の子がいる。警察の人が大きすぎるせいか男の子が小学生くらいに見える。でも制服は着ているから、多分中学生かな?
普段の私なら、ここで振り返りそのまま家へ帰る。でも、振り返らず真っ直ぐ進んだのは、その男の子に見覚えがあったからだろう。
「……やっぱり」
2人がしっかり見えるくらいの距離まで近づき、電柱の陰からこっそり覗く。最初は背が小さいし勘違いかなと思っていたけど、やっぱりあの男の子は夜舞くんだ。
でも、どうしたんだろ? まさか夜舞くん悪い事したのかな? 何だか言い争っているように見えるけど。いや、正しくは夜舞くんが一方的に言っているけど相手にされていない感じだ。
これからどうしよう。一応近づいてみたけど、ここから何をするか考えていなかった。今ならまだ気付かれてないし、このまま帰ろうかな。
そう思った瞬間、突然警察の人が夜舞くんの腕を掴んだ。夜舞くんは焦りながらも腕を振りほどこうとした。でも、大柄な警察の人に掴まれた腕がそんな簡単に振りほどけるはずがない。
よく分からないけどこのままだと夜舞くんが連れて行かれる!
そう思ったときには、すでに電柱の陰から飛び出していた。
「あ、あの!」
「ん? どうした?」
慌てて駆け寄った私は警察の人に声をかける。すると警察の人はゆっくり振り返り、私と目線を合わせるため腰をかがめた。警察の人にとってはごく普通の行動を取ったのだろう。でも、近くで見るその人の迫力に圧倒され、すぐに地面へと視線を移し半歩下がる。
私は普段から夜舞くんに迷惑をかけている。多分そのお詫びのつもりで夜舞くんを助けようとしたんだと思う。けど、とっさに飛び出てきたせいで何か策があるわけでもないし、あまりの迫力にびっくりしてしまい脳が動かなくなる。
「あ、いや……その」
結局、何も言えないまま一歩二歩と後ずさりする。
本当に私はバカだ。これじゃ何のために飛び出してきたの?! 意味ないじゃん!
「もしかして君、この子の前を歩いていた子?」
「え? えっと……多分?」
「君、この子につけられていたけど大丈夫?」
「え?」
思わず夜舞くんの方を見る。すると夜舞くんはあからさまに目をそらした。
って事は本当なんだ。でも、どうして? もしかして私の家を調べに? いくらいつも迷惑かけているとはいえ、流石にそれは気持ち悪――じゃなくて! 夜舞くんのことだからきっと何か理由があるはず。それに家が同じ方向って可能性もあるし……そうだよね。うん。多分そう。
「だ、大丈夫です」
「そう。そしたら、この子は君の知り合いなんだね?」
「は、はい。この人は――」
私たちの関係って、どういう関係なんだろ? 知り合い? ただのクラスメイト? そんな薄っぺらい言葉よりもっと上な気がする。ここで「友達です」って即答できれば良いんだけど、夜舞くんに友達と思われていなかったら後ですごく傷つくし。もっと、的確な表現があるはず。
「この人は、こんな私にも普通に接してくれる、私の大切な人です!」
『亥城もみじに告白すると呪われる』夜舞くんはそんな噂が流れていたとしても私に話しかけてくれる数少ない存在だ。この言葉に嘘はない。
「……なるほど。疑って申し訳ない。それでは気をつけて帰るように」
そう言い残すと警察の人は自転車に乗ってパトロールを再開した。
良かった。無事夜舞くんが連れて行かれるのを阻止できた。ぐだぐだで自身を持って言えることじゃないけど、少しはいつものお詫びができたかな?
そう思いながら、すがすがしい気持ちで夜舞くんの方を見た。
すると目が合うと夜舞くんはすぐに目をそらした。その耳はびっくりするほど真っ赤だった。
え、どうして真っ赤なの? もしかして状態異常? でも、さっきまで普通だったじゃん。他に考えられるのは――あっ!
さっきの発言を思い出す。流石に『大切な人』は少し大げさ表現だったかも知れない。警察の人を納得させるのに必死で少々熱くなってしまった。今思い出すとかなり恥ずかしい。
「あっ、そうだ。亥城さんに返したい物があって……」
2人とも真っ赤になって黙ってしまったところで夜舞くんが話を切り出した。そして非常にゆっくりとした動きで鞄を開けた。
渡したい物って何だろ? いや、それより夜舞くんの動きが妙に遅い気がする。まるで夜舞くんだけがスロー再生されているみたいだ。もしかして、こっちが状態異常?
「ごめん、なんか体重くて。さっき警察官が亥城さんの事をつけてたって言ってたじゃん。実は掃除終わってからずっとこんな感じで。亥城さんに近づきたくても近づけなくてさ。それで返すのが遅くなった」
そう言って鞄から取り出したのはハンカチだった。確か、前に『炎症』の状態異常が起こったときに貸したやつだ。それを返すために私の後を付けていたんだ。そうだよね。夜舞くんが私の家を知るためだけに後を付けるわけがない。変に疑ってごめんなさい。
心の中でひっそり謝りながら差し出されたハンカチを受け取る。
「一応、保冷剤も持ってきたけどどうする?」
「あ、あの、保冷剤は家にいっぱいあるので大丈夫です! とりあえず私は帰ります! それではまた明日!」
再び鞄の中を探し出す夜舞くんに別れを告げ、真っ赤になった顔を隠すようにその場を逃げた。
さっきの夜舞くんのゆっくりな動きが状態異常なのか。それだったらどのタイミングで発動していたか。距離によって威力が変わることに気付かれたか。そんな疑問も頭の中にはあった。でも、それより頭の中にあるのは――
あああああー!!! 警察の人に納得してもらおうと、思わず『大切な人』って言っちゃった! 変に思われたかな?! いや絶対思われたよね! 私のバカ!
早く家に帰りたい。そして枕に顔をうずめ発狂したい。そう思えば思うほど自然と歩くスピードが速くなる。
さすがに突然出てきてあのセリフは気持ち悪いよね。どうしよう。明日から話しかけてもらえなくなったら……あれ? でも私に近づいたら状態異常は発動するかもしれない。そう考えたら、あの行動は正解だったはず。だったら、このモヤモヤは――
「!」
頭をブンブン横に振り慌てて思考を止める。そして、違うことを考えさっきまでの内容をぐちゃぐちゃにする。
でも、ちょっとだけ遅かったみたいだ。気付きたくないことに気付いた私は顔を夕焼けに染めたまま家へと足を進めた。