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状態異常の亥城さん  作者: 栗尾りお
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状態異常の亥城さん 3―3

 膝に手をついたまま今日あったことを思い出す。


 今日は比較的いつも通りに過ごしていた気がする。睡眠もちゃんととったし、ご飯もしっかり食べた。学校でも別に変わったことはしていないはず。あ、強いて言うなら、今日は亥城さんを待つため掃除を少しだけ雑にしてしまった。


 もしかしたら『掃除の神』的な存在が雑に掃除をした俺に罰を与えたとか? あれぐらいの事で罰を与えるなんて『掃除の神』心狭すぎだろ。でも、俺の体だけを重くするなんて神ぐらいの存在じゃないとできるわけがない。基本的に神とか信じない俺だが、思いつく可能性がそれしかない。


 「あ、少しマシになったかも」


 しばらく休んだお陰でかなり体が軽くなった。だが、それと同時に異常さんとの距離は離れてしまった。


 「ヤバい!」


 亥城さんの家を知らない俺にとって一度見失えばハンカチを返すことが出来なくなる。


 前方でゆっくり歩いている亥城さんを走って追いかける。かなり離れていたはずなのに意外にも早く追いつきそうだ。このまま走ってハンカチを渡そう。距離が縮まったからって歩くと、またビビって渡せなくなるかもしれない。

 そう決心して一気に距離を詰めていく。だが――


 「……またかよ」


 体全体が重たくなり徐々に失速していき、ついに立ち止まってしまった。気のせいかもしれないが、さっきより重さが増している気がする。どうして? 後もう少しで渡せそうっていう距離で毎回体が重たくなる。もしかして亥城さんとの距離に関係があるのか?


 思い返せば体に異常を感じたのも亥城さんが出てきた時からだ。そこから亥城さんに近づけば体が重くなり、離れたらもとに戻どるようになった。ということは、つまり。

 今日の起きた様々な出来事が頭の中に浮かび上がり1つの結論が導かれた。


 『掃除の神』は亥城さん推しである。


 この結論はほぼ間違いない。亥城さんは日頃から掃除をしっかりやっている。そんな亥城さんを『掃除の神』が好きになってもおかしくはない。それに対して今日の俺は急ぐあまり雑に掃除を終わらせてしまった。そんな人間が自分の推しの子に近づこうとしている。ならば神の力を使ってでも排除するということだろうか。


 にしても、俺のライバルが『掃除の神』か。これ、勝ち目なくないか? でも、姿も見せずに一方的に攻撃してくる奴になんかに負けたくない。神の妨害といっても体が重くなるだけ。本気を出せば根性で近づくこともできるかも知れない。

 甘かったな『掃除の神』この勝負、俺の勝ちだ。よし、体も徐々にもとに戻ってきた。今度こそ――


 「ちょっと良いかな?」


 気合い十分の俺に後方から誰かが声をかけてきた。


 誰だよ。今良いところなのに。


 今日一日の自分の不甲斐なさと、近づきたくても近づけないじれったさで、俺はイライラしていた。そんな時にかけられた声。メーターが振り切れそうになるのをギリギリで押さえ、全力で睨みながら振り向いた。

 しかし、その睨みもほんの数秒で解除してしまった。


 なぜなら、そこにいたのは警察官だったからだ。


 ジャリ


 無意識に半歩下がる。

 別に悪いことはしていない。それでも後ずさりしてしまったのは、その迫力に圧倒されたからだった。

 180センチはある身長に俺より一回り太い腕。綺麗な二重なのに威圧感があるのは、太くつり上がった眉毛のせいだろう。筋肉でできたその巨体からは、柔道の師範の様な貫禄が感じられる。でも、なぜかどこかで見たことがある気がするような……あ、西郷隆盛だ。歴史の教科書に載っているあの写真の人にそっくりだ。

 にても西郷さんがパトロールか。自転車に乗ってはいるが、やけに自転車が小さく見える。


 「少し様子を見させてもらったけど、君何してるの? あの子のストーカー?」


 「ち、違います! か、借りたハンカチを返そうとしてただけで」


 「でも、後をつけてるようにしか見えないけど?」


 「あ……それは、その……」


 亥城さんに近づくと体が重くなる。でも、それは俺だけの話だ。時々立ち止まりつつ一定の距離でつけている。そんな俺がストーカーと言われても無理はない。

 しかし、否定しようとして正直に「体が重くなる」と伝えても、信じてもらえる可能性は低い。だからといって強行突破しようとしても、こんな大柄の警察官相手じゃ不可能だ。

 あー、くそっ! こうしている間にも亥城さんはどんどん進んでいるのに。さすが、掃除の神。ここまで考えて妨害してきたのか。にしても、この人、本当に西郷さんにそっくりだな。掃除の神もよくこんな人連れてきたな。


 ……待てよ。もしかしてこの人が神なんじゃ?


 まず、この辺をパトロールしている警察官を見たことがない。しかも、偶然パトロールしている人が偶然西郷さんみたいな人なんて、そんな奇跡起こるはずがない。それに、俺に声をかけるタイミングをピッタリだ。まるで俺の心を読んでいたみたいに。そもそも、体が重くなる事に気を取られていたとしても、こんな人にじっと様子を見られていたら、普通気付くはずだ。


 「……明日からしっかり掃除をするので、もう解放してくれませんか?」


 「……」


 しっかり目を見て伝えるが特に反応はない。どうやら俺の推理は当たっていたようだ。


 「分かっていますよ。あなた、『掃除の神』でしょ?」


 「……何の話だ? 大丈夫か、君?」


 警察官は眉をひそめ尋ねてくる。一瞬とぼけていると思ったが、この反応は本当に何も知らないようだ。


 「え?……でも、普段この辺パトロールしてないし……」


 「不審者が出たからな。パトロール強化だ」


 そういえば、うちの担任が帰りのHRでそんな事言ってたな。


 「じゃあ、僕に声を変えるタイミングが完璧だったのは?」


 「偶然じゃないか?」


 「じゃあじゃあ、どうして西郷さんにそっくりなんですか?」


 「遺伝だ。自分の父も似たような顔をしている」


 「じゃあじゃあじゃあ、どうして僕は見られている事に気づかなかったんですか?」


 「それは知らない」


 頭の中でカンカンカンとリングが鳴る音がした。

 マジか……この人ただの一般人? じゃあ『掃除の神』はどこに? いや、そもそも『掃除の神』なんているのか?

 

 「とりあえず詳しいことは交番で聞くから」


 「あ、ちょっと! ま、待ってください」


 腕を掴まれパニックになる。腕を振りほどこうとしても西郷さんに掴まれた手は簡単にほどくことはできない。


 「あ、あの!」


 警察官の後ろから聞き覚えある女子の声がした。


 「ん?」


 警察官が振り返り、巨体で見えなかった女子の姿が見えた。その女子こそ俺が今日一日ずっと話しかけようとチャンスをうかがっていた亥城さんだった。

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