状態異常の亥城さん 1-1
……熱い
俺、夜舞あさひは自分の席でだるそうに突っ伏しながら、心の中でつぶやいた。
今は5月上旬。まだそれほど気温は高くなく比較的過ごしやすい時期のはずだ。教室を見渡すが暑がっている人はいなく、みんな普通にブレザーを着ている。
何か体風邪でも引くようなことしたかな、と昨日今日のことを思い出してみる。
……びっくりするぐらい普通だ。
夜しっかり寝たし、ご飯もしっかり食べた。周りに風邪を引いている人もいない。
こう原因が分からないと少し怖くなる。
「なんか今日、暑くね?」
ダメもとで窓にもたれながらスマホをいじっている成瀬涼平に聞いてみる。暑そうなそぶりもなく、ブレザーを着ている人に聞いても答えはわかっている。だが一応確認しておきたかった。
「んー? 別にー」
スマホに夢中の凌平は俺の方を見ることなく生返ことをする。友達ならせめて目ぐらい合わせてくれても良いのに。どうせまた他校の女子と連絡でもしているのだろう。これだからイケメンは。
「なんか最近、急に体調悪くなるんだよなー。授業始まる前とか特に」
「急にか……」
暑さに耐えられなくなり、ブレザーを脱ぎ椅子にかける。すると、さっきまでスマホをいじっていた凌平がじっとこっちを見ているのに気がついた。
「な、何?」
「お前、亥城に告った?」
いきなり好きな女子の名前を言われ、反射的に机に突っ伏していた体が起き上がる。体調のせいか動揺のせいか顔がさらに熱くなる。
「っ! はぁ? そんなわけないだろ? 何で俺がそんなことしないといけないんだよ!」
「いやだって、前言ってたじゃん。放課後、圭吾とかいた時」
「あ、あれは……う、嘘だよ! ノリで言った的な? それにあんなところで言うわけがないだろ!」
「はいはい、分かった分かった。でも気をつけろよ。亥城にはいろいろ噂があるからな」
「噂?」
「ああ、『亥城に告ると呪われる』ってやつ」
「は? 何それ?」
「あくまで噂だけど、亥城に告った奴は徐々に体調が悪くなっていって最終的に死ぬらしい」
「誰だよ、そんなひどいこと言ったの。それに俺はまだ告ってないし」
「へー、『まだ』ね」
俺の方を見てニヤニヤしながらそう言う。その態度で墓穴を掘ってしまったことに気がつくが、もうすでに手遅れだ。
「あ、その……い、今のは言葉のアヤで。別にそういうつもりは――」
「はいはい、ごまかさなくても良いから。あっ、お姫様来たぞ」
「えっ!」
凌平に言われ、慌てて教室の扉の方を見る。確かに数人の生徒が入ってきたが、そこには亥城さんの影は見えない。
「どこ?」
「まぁ、嘘だけど。それより、良かったじゃん。元気になったな」
「お前、騙したな!」
「俺なりの治療してやっただけだ。じゃあ、そろそろ席に戻るわー」
「あっ、待て! あとで殺す!」
「はいはい。ま、頑張れよ」
そう言い残した凌平はフラフラとじぶんの席へと戻っていった。
「……はぁ」
1人になった俺は一番後ろの席でため息をついた。
本当に心配になるほど今日は体が熱い。鏡を見なくても触るだけで耳の先まで真っ赤なのが分かる。
登校中は別に異変はなかったのに時間が経つにつれて、少しずつ体調が悪くなってきている気がする。
そんな体調に関係なく教室のドアからは1人、また1人と入ってきて元気に挨拶を交わしている。
ふと窓の外を見ると運動部が朝練している。彼らは全く悪くないが、こう体調が悪いと元気な人間が憎く感じる。特に涼平とか涼平とか、あと涼平とか。
しかし、周りを憎んでも体調が良くなる訳もなく、なすすべのない俺は諦めて寝たフリを始めた。
凌平の話を信じるわけではないが、放課後に好きな人を言わされてから今みたいな体調が悪くなることが多くなった。
だが、亥城さんは普通の女子だ。確かにクラスの中ではあまり目立たない方だが、みんなのやりたがらないことでも積極的するし、誰も見ていないところで誰かの手助けをいている。そんな良い子が呪いなんてかけるはずがない。
呪いとか変な噂を信じようが信じまいが個人の勝手だ。でも、俺は周りの意見なんかより自分の好きな人のことを信じたい。
「おはよー、亥城さん」
騒がしいクラスメイトたちの会話のなかで彼女の名前だけがはっきり聞こえた。反射的にばっと顔を上げてドアの方を見る。
すると、朝練終わりの生徒たちに交じって黒髪のショートヘアの女の子が入ってきた。
「お、おはよ……」
恥ずかしそうにうつむきながら挨拶を交わし、その場を離れる。
艶のある黒色のショートヘアに白く綺麗な手足。長い前髪からたまにのぞく目は二重で優しい目をしている。全体的に小柄でどこか小動物を連想させるその姿は、思わず守ってあげたくなる。
無意識に目で追っていると、それに気づき彼女と目が合う。
やばっ!
慌てて窓の外に目をやる。しかし、見ていたことに気づかれたということ実は変わらない。
……最悪。じっと見ていたのバレた。キモいと思われたかな? はぁ、ほんと最悪。もう帰りたい。
目が合ってしまった恥ずかしさと後悔と動揺が混じり合い、頭がパニックになる。赤くなった顔はさらに赤くなり、おまけに心臓の鼓動まで早くなる。
落ち着け、落ち着くんだ。
胸に手をあて、外の景色を見ながらゆっくり深呼吸をする。すると少しずつだが、ハイテンションだった心臓は徐々に落ち着きを取り戻していく。
気分的には今すぐ家に帰ってベッドにダイブしたいが、今はまだホームルームすら始まっていない。それに、今は亥城さんが登校してきただけに過ぎない。本当にしんどいのはこれからだ。なぜなら――
ガラッ
「ふぅ」
俺の右隣から椅子を引く音と可愛いため息が聞こえる。
そう、亥城さんの席は俺の隣だからだ。