運命のいたずら
主人公の幸恵は両親を殺した犯人を友人と共に捜し始めるが、以外な事実も分かってくる。看護師を目指して日々実習に励む中、小児病棟で小さな女の子と出会う。看護師の勉強も頑張る中で、犯人がわかって驚愕する幸恵だが、友人と家族に支えられ前へと進みだす。
私は看護師になるため日々大学とコンビニのアルバイトに励んでいる。国立の大学に行けるほど成績がいいわけでもなく、奨学金を申請して私立の大学に入って早三年が経った。最初の頃は何度も私には向いてないとか、できそうにないとか、愚痴ばかりだった。勉強は難しいし、実習では吐きそうになったり、めまいがしたりの連続だった。でもそんな困難を乗り越えて来れたのは、友人の太田麻美のお陰だ。麻美は医者の娘だが、私と一緒で成績がいまいち。だから医者じゃなくて看護師を選んだ。両親は相当ガッカリしていたらしいが、長男がしっかりと医者の道を歩んでいた。「看護師あっての医者だ」といつも麻美は言っている。もちろん私もそう思う。麻美はとにかく明るい性格で、私を楽しませてくれる。お金持ちでおまけに美人だ。ただ一つの悩みを覗けば麻美はバラ色の人生に見える。私とは比べものにならないくらいの幸せな人生だと思う。麻美の悩みとは、異性を好きになれないことだった。といっても私達は恋愛関係ではない。麻美は一つ上の先輩で、新井百合という物静かな女性にあこがれていた。私達みたいなガサツな性格とはまるで正反対の、優しそうなまるで聖母のような存在。まさしく白衣の天使になれそうだ。麻美はその先輩を、遠くから見ているだけで幸せなのだと言っていた。私は恋をしたことがなかった。恋とはそういうものかと麻美を見ていて思うだけだ。この年まで恋をしない女って他にもいるのだろうか。
「今日の実習は長かったね。いい加減にしろーって言いそうになった」
「それ言ったらチョーやばいから!それにしても立ちっぱなしは辛いね」
「お腹もすいてきてさ、隣の人からぐーって聞こえてきて、吹き出しそうになったし」
「隣は恵美でしょ?」恵美は無表情の子だ。
「そう、平気な顔してた」
「でも先生達も凄いよね。関心してる場合じゃないんだけどさ、集中力が違うんだね」
「私達と一緒な訳ないでしょ」(笑い)
「幸恵はこれからバイト?」
「そう、麻美は帰るの?」
「まさか、あんな家にまだ帰らないよ。一人カラオケにでも行ってから帰る」
「いいなーカラオケ、私も歌いたい!」しかし私は稼がねば!
私達は校門の前で別れた。麻美の両親はそれぞれ浮気をしているらしい。それでも両親がいるだけ私よりずーとまし。そう私はおばあちゃんと二人で暮らしている。両親は私が小六の時に死んだ。殺されたのだ。しかも犯人は捕まっていない。
思い出したくない過去。急にどうしたんだろう、考えてる途中コンビニに着いた。忘れよう。
いつも通りにバイトを終え帰ろうとした時、
「お疲れ様です。一緒に帰りませんか」
「お疲れ、方向一緒だった?」
「そうですよ。途中までですけど」
同じアルバイトの関君だったかな、私より一つ年下だ。同じ大学で同じ看護科。
「関君だよね、今日は帰るの早いね」
「そうなんです。ちょっと野暮用があって」
野暮用って何だよ。別に聞かなくてもいいけど。どうせ大したことなさそうだし。
少し沈黙になった。彼は背が高くて痩せている。ぱっと見はイケメンそうに見えるが、いたって普通だ。どこにでもいそうなタイプ。そういう私もどこにでもいるような女かもしれない。これと言って何の特技も魅力もない。
「えー野暮用聞いてくれないんですか?」
「聞いてほしいの?」
「今から飲み会なんす」
何だよ、飲み会かよ。やけに嬉しそうだし。
「今から?女子も来るわけね」
「はい、吉沢さんは彼氏いるんですか?」
いきなりなんだよ!ホントのこと言うのもしゃくだけど、
「今はいない。勉強とバイトで忙しいもの」
「僕もいないんですよ。今夜いい出会いがあると信じて行ってきます!」
「あるといいね、いい出会いが」
関君はスキップでもするように、私に片手をあげて走って行った。あるのかな、いい出会いが…そんなに簡単に恋人ってみつかるものなの?まぁ明日のバイトで明らかになるね。
家に帰るとおばあちゃんが、いつものようにテレビを観ながら私を待っていた。時間は九時を過ぎている。
「おかえり、お疲れ様」
「ただいま、いつもありがとうね」
それから軽く夕飯を食べて、お風呂に入り眠りに就く。毎日同じことの繰り返し。他の人ってどんな生活を送っているんだろう。私が社会人になったら少しは変わるのかな。
今日も朝から実習だった。そして午後からは、病院から医師が来て講義があるらしい。
「午後は昼寝のチャンスだね」
麻美が悪ガキがするような顔して言っていた。
「いびきかかないようにね」
しかしその講義の内容にくぎ付けになり、昼寝どころではなくなった。内容は「心の病」だった。近頃自殺する人が増えているからだろう。心療内科のその先生は穏やかな口調で話を続ける。普通なら眠くなるところだが、一度死のうと思った私には心に響く内容だった。
隣で麻美は夢の中だったが。まさか私よりも熱心に聞いている生徒が他にもいることに気がつきもしなかった。今日は全校生徒がこの講義を聞いていた。
「よく寝た。あれ?幸恵、起きてたの?」
「なかなかいい内容だったよ。だから眠れなかった」
「真面目だなーバイトもしてるんだから、こういう時に寝ておかないと、体もたないよ」
「大丈夫だよ。ありがとう」
それって優しいのか不真面目なのか分かんないや。麻美とは中学の時からの友人だ。親友と言ってもいいかもしれない。麻美の家はお父さんが大学病院の医師、お母さんは専業主婦。そしてイケメンの兄がいる。麻美も美人だが両親はさほど美男美女でもないのに、隔世遺伝ってやつ?大きな家は洋風でドラマにでも出てきそうな素敵な家だ。その反対に私の家はおばあちゃんの家で、昔ながらの古い二階建ての家。庭には小さな畑があり、犬と猫を飼っている。私は兄妹がいないから、犬のスワンと猫のポヨが私の妹みたいなものだ。この家は私の母が育った家。私は両親が亡くなるまで隣の町に住んでいた。
ここよりも少し大きな町だった。父は役所に勤めていて、母は化学製品の工場に勤めていた。私達家族は仲良しだったと思う。兄妹がいなくても私は寂しくなかった。近所に住んでいた幼なじみの工藤麻衣とは、ずっと一緒だと思っていたのに。あの子今どうしているだろう。
「ねぇ、ぼーとしてどうした?」
ホントだ、ぼーとあほずらしてたみたいだ。
「ごめん、考え事してた」
「何考えてたの?まさか好きな人でもできた?」
「そんなわけないでしょ!できたら麻美に打ち明けてるよ」
「それならいいけど。あっ、先輩!」
百合先輩が通りかかった。麻美の目はもうハート型になってる。
「あ~今日も素敵。ドキドキしちゃった」
あれ、あれは同じバイトの関君?やばいな、かなりぼーとしてる。まるで死人のようだ。
昨日の飲み会で好きな子できたか?それとも瞬時にふられたか?
麻美と校門で別れバイト先に向かっていると、関君が歩いていた。
「関君!昨日どうだった?」
「吉沢さん、昨日?あっ、飲み会のことですか。別に何もなかったです」
「それは残念だったね。でもどうしたの?さっきから心ここにあらずって感じだけど」
「吉沢さん、僕の話聞いてくれますか?」
何?突然、告白?まさかね。
「私で良ければどうぞ」
バイトまでまだ時間があったので、二人は公園のベンチに腰掛けた。
「僕には四つ下の妹がいたんです。僕と違って素直でかわいいい妹がいたんです。ある日学校の帰り、近所に住む男に包丁で胸を刺されました。そいつは俺より一つ上の男で、高校に入ってからずっと引きこもりで、その日母親と口論になり、包丁を握って外に飛び出した。そこへ妹が通りかかり襲われた。驚いた母親が救急車を呼んでくれましたが、即死だったみたいです。痛みはあったのか、恐怖心はあったのか、それは分からない。ただ分かっているのは、妹が死んだことと、その男は無罪になったことだけ。精神異常者って何ですか?何をやってもいいんですか?それが殺人でも罪にならないっておかしいですよね?僕は問いかけた。もちろん両親も。今日その診断を下した先生に久しぶりに会いましたよ。あの時みたいに穏やかな口調で淡々と話していた。心を病んで苦しんでる人の気持ちは少しわかる。可哀そうだとも思うよ。だけど人殺しは罪だ。ちゃんと償うべきだろう?もう妹は帰ってこないけど、僕たち家族の幸せまで奪われる権利はない。だから僕は看護師になって、あの先生のことを調べていくつもりなんです。本当にあいつは精神異常者だったのかということも」
私は驚いた。そして体が氷ついたように動けなかった。あんなに明るい笑顔で話ていた関君に、こんな辛い過去があったとは。そうだったんだね。今日のあの死んだような姿は講義の先生が、殺人者を無罪にした張本人だったからなんだね。そして私は自分が今まで眠っていたのだと気づいた。両親が殺されたと知った時、犯人を捜そうとした。でもおばあちゃんが「犯人がわかったところで、娘は帰ってこない、お前のお母さんは生き返らないんだよ」って、
娘を失った母親はそう言った。私は何も言えなかった。おばあちゃんの目から大量の涙が流れ出していたから。あの日から私は眠っていたんだ。そして号泣した。
「大丈夫ですか?」
「関君も辛い想いをしていたんだね。かわいい妹を殺されて。私はね、両親を殺されてるの。しかも今も犯人は捕まっていない。ずっと目をつぶっていたの。犯人がわかっても両親は生き返らないって、でも今目が覚めたよ。これでいいわけないよね。関君、起こしてくれてありがとう」
「ありがとうって、僕何にもしてないですよ。そうだったんですか、吉沢さんもそんな辛い過去があったんですね。今は誰と暮らしてるんですか?」
「おばあちゃんと暮らしてる。私は兄妹いないから、ずっとおばあちゃんと二人で、あと、犬と猫も一緒に」
「僕は兄が二人いるんですよ。だから僕の名前は三郎なんです。今時こんな名前古臭いですよね。結構からかわれました」
「じゃあ、さんちゃんって呼んでいいかな?」(笑い)
「さんちゃん?サブちゃんよりはいいけど。じゃあ、ゆきちゃんって呼びますか?」
二人で笑いながらうなずいた。そうだ、昔私はゆきちゃんって呼ばれていたんだ。
「それで、今目覚めたってこれからどうするんですか?」
「犯人捜し。休みの日に出来る限りのことをしてみようと思うの」
「危険じゃないですか?僕も手伝いますよ」
「えっ?さんちゃんが手伝ってくれるの?」その一言でイケメンに見えてきた。
「同じ痛みを持ってる同士ってことで、力になれるかはわかりませんよ」
私は嬉しかった。あの日以来ずっとこんなに嬉しい気持ちになってなかった。絶対諦めない。娘を失ったおばあちゃんの為にも。捜して見せる犯人を。憎い憎い犯人捜しの幕が開いた。
「いっけね、時間やばいですよ」
「うわー走るよ」
私達は急いで公園を抜け出し、走ってバイト先のコンビニヘ向かった。焦ってるけど二人は笑顔だった。
それからの私は毎晩、これからすることの予定を立てた。学校が休みの日しかあの町には行けない。できれば休みの間に捜せないだろうか。あーだめだ、バイトがあった。しょうがない、少しバイトの日数を減らすしかない。なんとか切り詰めていかないと。
麻美にはこのことを話すべきだろうか。親友の麻美は何て言うだろう。でも巻き添えにするわけにはいかないし、そうだ、麻美は金持ちだ、お金貸してもらおうか、調べるにはお金がかかる。私のバカ!麻美は親友だよ!お金貸してもらうとか、何言ってるんだ!私は頭を振った。あせってはいけない。
他に方法があるはず。少し考えてると、そうだ、紀子伯母ちゃんがいた。母の姉。独身。
「いつでも困った時は訪ねてきてね」って言ってたよ。今がその時だ。紀子伯母ちゃんは私がここへ来るまではこの家に住んでいた。紀子伯母ちゃんはお父さんと同じ役所で働いている。もちろんお父さんは九年前に死んでるが。だから役所の近くにアパートを借りて住むと言ってこの家を出て行った。どうして今更なのかはわからなかった。私に気を使ったのだろうか。おばあちゃんも何も言わなかったのだろうか。そんなことをあれやこれや考えながら、数日経ち、土曜の朝一人で紀子伯母ちゃんが住むアパートを訪ねた。
「ゆきちゃん、久しぶり!元気だった?どうぞ」
「突然ごめんなさい。お邪魔します」
昨日電話しておいて良かった。テーブルの上にはオレンジジュースが用意されていた。私の好きなジュース憶えていてくれたのだろうか。それから冷蔵庫からパイナップルのゼリーも出してきた。
「わあー!私の好きなものばっかり!伯母ちゃん憶えていてくれたの?」
「当たり前でしょ!かわいい私の姪っ子だもの」私ったら手ぶらで来ちゃったよ。
「今日は伯母ちゃんにお願いがあって」
「お願い?何よ、遠慮しなくていいよ」
「実は、お母さんとお父さんを殺した犯人を捜そうと思ってるの」
伯母ちゃんは一瞬顔がこわばったようにみえた。そして驚いた様子で
「今更何を言ってるの?警察が見つけられないのに素人のゆきちゃんが見つけ出せるわけないでしょ」
「そう、今更なんだけど、このままでいいわけないもん」
「たとえ犯人が見つかったって、久子はもう帰ってこないのよ」
「犯人が憎くないの?今ものうのうと生きてるのに平気なの?」
「平気なわけないでしょ!」
伯母ちゃんは突然大声になっていた。こんな怖い顔初めてみたかも。私は言葉を失った。
「ごめん。ついむきになっちゃって」
私は首を振った。しばらく沈黙が流れた。妹を失った姉も辛いに決まってるのに。私は間違っているのだろうか…
「伯母ちゃん、私どうしても捜したいの。見つからないかもしれないけど、何もやらないよりはましだよ」
「世の中にはね、知らなくていいこともあるんだよ。知って不幸になることはあっても、幸せになることってあるのかな」
「どういう意味?まだ何も調べてないのに、不幸とか幸せとか、両親を亡くした以上に不幸なことって何?」
「それは…わからないけど。警察を信じてもう少し待ってみたら?」
伯母ちゃんは手伝ってくれそうになかった。やっぱり一人でやるしかない。
ジュースを一揆に飲み干した。
「ごめんなさい。もう行くね」
「待って、これ持って行きなさい。学校色々かかるんでしょ。少しだけど」
伯母ちゃんはピンク色の綺麗な封筒を私に渡した。
「これ、どうして?」
「いいのよ。ホントはお母さんの顔を見に行って渡すつもりだったの。なかなか行けなくて、しっかり勉強していい看護師になりなさい」
「ありがとう。おばあちゃんも伯母ちゃんに会いたいと思うよ。たまには来てね」
「そうだね。お母さんに宜しく言って、そのうちね」
私は伯母ちゃんのアパートを出た。取り敢えず九年前まで住んでいたあの家に行ってみよう。歩いて二十分はかかった。殺人事件があった家は当時のまま残っていた。地元の建築屋さんが建てた白とグレーのツートンの二階建て。私の部屋は二階の右側だった。庭は草が生い茂っていた。売り物件って書いてある看板が草の影から見えた。右隣の家は私の幼馴染の工藤麻衣が住んでいた。今も住んでる様子だ。麻衣ちゃんどうしてるかな…ぼーと立っていたら、誰か近寄ってきた。
「もしかしてゆきちゃん?」
「えっ」
私はその顔を見た瞬間に涙が溢れだした。
「やっぱりゆきちゃんなんだね。久し振りだねぇ。さっ、うちに入って」
左隣のおばちゃん、いつも私を可愛がってくれていた。共働きの両親はいつも帰りが遅く、一人で外で遊んでいると、家の中に入れてくれて、おやつを出してくれた。寒い日なんか本当にありがたかった。おじちゃんも優しい人で、夫婦そろって可愛がってくれていたんだ。
家の中は当時と変わりなかった。テレビに茶箪笥、テーブルにおじちゃんの座椅子。そして黄色いカーテン。金運があがるようにねっておばちゃんが笑顔で言っていたのを思い出していた。おじちゃんの姿はなかった。
「何年ぶり?よく来たわね。元気にしてたの?」
「九年ぶりです。あの頃はお世話になりました」
「お世話だなんて、ゆきちゃんが来てくれると家の中が明るくなるって、うちの人と話してたんだよ。今は何してるの?」
「看護師を目指して、大学に通ってます」
「あらそうなの?看護師さんになるなんて、いいお仕事だよね」
おばちゃんは話ながら麦茶を注いでくれた。お皿に海苔せんべいとかりんとうをのせて、遠慮しないで食べてって差し出してくれた。
「おじちゃんは?」
「二年前に亡くなったの。癌でね」
「えっ、そうだったんですか。もっと早く来ればよかった」
私は悲しかった。冗談を言って笑わせてくれたあの面白いおじちゃんが亡くなっていたなんて。
「そうね。あの人もこんなに大きくなったゆきちゃん見たら、もう少し長生きしたかしらね」
「おばちゃんもしかして一人暮らしなの?」
「そうなのよ。もう慣れたけどね」
もともとお子さんがいなかった夫婦だった。だから私を自分たちの子供のように可愛がってくれていたんだ。私はどうしてここへ来たかを話してみた。おばちゃんは何か知っているだろうか。
「ゆきちゃん、もしかしたら憶えてないかもしれないけど、私が知っていることを今から話すね」
おばちゃんの話に衝撃を受けた。そして忘れていた過去の記憶が蘇ってきた。私の両親は共働きだったが、お父さんの方がいつも早く帰って来ていた。夕飯の支度もお父さんがしていたように思う。そのことなのかはわからないが、夫婦喧嘩が頻繁に起きていた。私は二人の言い争いを聞くのが嫌で、自分の部屋に閉じこもっていたのを思い出した。私達家族は仲良しではなかったのだ。そうだ、修学旅行のお土産は、いつも可愛がってくれてるこの家にも買ったんだ。東京の浅草で買った人形焼きと、東京タワーの置物を。その置物が茶箪笥の中に飾ってあるのを見つけた。私の家には家庭円満のお守りを買って来たけど、袋から出すことはなかった。そして事件の夜、言い争う声と物が割れる音を聞いたが、その夜は嵐のような強い風と雨で、隣の家の様子を伺うことはできなかったという。だが朝方気になって、隣の家を覗いたら、血だらけで倒れてる二人の姿があり、急いで警察へ通報したというのだ。二人は第一発見者だったのだ。何度も警察の人が訪ねてきたけど、二人は犯人の姿は見ていないし、言い争いも誰の声だったのかもよくわからない、あの夜の雨と風が全て消し去ってしまったのだ。ただ、よく訪ねてきていたのはお父さんの弟と、お母さんのお姉さんだということだった。私はあまり覚えていなかった。私の留守中に来ていたのだろうか。お父さんの弟、桐生光二。お父さんより二つ下の三十三歳だった。そう言えば何度か見たことがあった。お父さんにお金を借りにきていたのを憶えている。あのお金は返してくれたのだろうか。お母さんがおじさんの悪口を言っていた。パチンコばかりやってまたお金借りに来たって。お葬式で会って以来会ってなかった。おじさんは変わっただろうか。独身だったはずだ。それから、お母さんは夜遅くに誰かの車に乗って帰って来ていたという。何度か見ていたらしい。おそらく男の人なのではないか。子供だった私が気付くわけもなく、ただただ修学旅行を楽しみにしていた普通の小学生だった。両親が殺されるともしらずにの呑気に修学旅行を満喫していた。初めての東京にワクワクして、親友の麻衣ちゃんとウキウキ会話が弾んでいたんだ。それなのに帰ってきたら、まるで天国から地獄へ突き落とされたかのようだった。家に入ることもできなくて、そう、その時もこの家にお邪魔していたんだ。何が何だかわからないまま、おばあちゃんが迎えにきて、それっきり帰ってこれなかった。麻衣ちゃんにもちゃんとお別れ言えたのかな。もしかしたら、何も言えてないかもしれない。涙が溢れだしていた。やっぱり私は眠っていたのだ。
「おばちゃん、思い出したよ。色々ありがとう」
「思い出したくないこともあっただろうけどね」
おばちゃんも泣いていた。それからお昼食べてってねって、うどんを作ってくれた。懐かしい味。ここで何度も御馳走になったのを思い出した。おじちゃんがうどん好きで、豪快にうどんをすする音が面白くて、ここで食べるうどんが大好きだった。
「そうそう、工藤さんちの麻衣ちゃんに会っていくでしょ?」
「麻衣ちゃん今もあの家にいるんですか?」
「いるもなにも、高校卒業してからずっと家にいるみたいよ」
どういうこと?引きこもり?まさか、麻衣ちゃんは明るい子だったもの。
私はおばちゃんにお礼を言って麻衣ちゃんの家に向かった。
呼び鈴をならして数分後、ドアが開いた。そこに立っていたのは、色白で痩せている女の人だった。私はすぐに言葉が出てこなかった。誰?頭のなかで繰り返していた。
「麻衣ちゃん?私幸恵だよ」
「ゆきちゃん?ゆきちゃんなの?」
やっぱり麻衣ちゃんだった。昔の面影がまるでなかった。そういう自分は麻衣ちゃんにどう映ってるんだろうか。私は変わっただろうか。
「麻衣ちゃん、久しぶり、元気だった?」
「ゆきちゃん、あの日から私の家族崩壊したの」
「えっ…」
どういうこと?崩壊って、両親を殺された私の家族も崩壊だけど。どうして麻衣ちゃんの家族が?麻衣ちゃんは私を家に入れてくれた。誰もいない様子だった。懐かしい麻衣ちゃんの家。麻衣ちゃんの部屋で話すことができて、嬉しかった。だが、思い出に慕っているのも束の間だった。
「ゆきちゃんの両親が殺されて、私のママが警察に事情聴取されたの。パパがゆきちゃんのお母さんのこと綺麗とか笑顔がいいとか、いつもそんなこと言ってたから、ママは嫉妬してた。一度ゆきちゃんのお母さんと口論になったことがあって、それを近所の人が警察の人に告げ口したの。でもママはやってないよ!もちろん証拠もないし、直ぐに釈放されたけどママは変わってしまったの。笑わなくなった。パパもこの家を出て行った。弟もパパと一緒に出て行って、今は笑わないママと二人で暮らしてる」
麻衣ちゃんは淡々と話した。私の家族のせいで、麻衣ちゃんがそんな辛い想いをしていたなんて、ショックだった。あまりにも残酷ではないか。
「麻衣ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」
私は泣きながら謝っていた。
「ゆきちゃんが謝ることないよ。ゆきちゃんはお父さんとお母さんを殺されて、独りぼっちになって、ゆきちゃんは何も悪くないよ。何も悪くない、悪いのは私の方なんだ。ゆきちゃんのお母さんのせいで、ママの機嫌が悪くなることが多くて、ゆきちゃんが暗くなっても外で遊んでるのを見るたび、いい気味って思ってた。ゆきちゃんが好きなのに、時々嫌いになってた。だからあの日ゆきちゃんのお父さんとお母さんが殺されたって聞いて、もうママは機嫌が悪くならないって思ったら嬉しくなって、でもバチが当たったんだね。ママはもっとひどくなったもの。ゆきちゃん、ごめんね。ごめんなさい」
麻衣ちゃんも泣きながら謝った。
「そんなことがあったんだね。私全然気が付かなかった。そういえばお母さん、麻衣ちゃんのお父さんとよく話してた。楽しそうに話してるの何度か見た。まさか麻衣ちゃんのママが嫉妬してるなんて思いもしなくて、ごめんね。でも悪いのは私の両親を殺した犯人だよ」
そいつのせいで、麻衣ちゃんの家族も崩壊した。私達が何をしたっていうの?少し沈黙が流れた。シーンとなった麻衣ちゃんの部屋はあの頃とちっとも変ってなかった。
「麻衣ちゃん、修学旅行楽しかったね」
私はあの日のことを思い出していた。家に着くまでのことを。お揃いの東京タワーのキーホルダーを買ったよね。キーホルダーを付けてるお財布を出してみた。
「それ、私も持ってる」
麻衣ちゃんは部屋から出て行った。そして家の鍵に付けてあるキーホルダーを見せてくれた。玄関においてあったらしい。私達は笑顔になっていた。
「麻衣ちゃん、私犯人を捜そうと思ってるの。だから今日ここへ来たの。麻衣ちゃんに会えて良かった」
「ゆきちゃん、私も捜したい。私達の家族を崩壊させた犯人を。私も捜す」
麻衣ちゃんの顔つきが変わっていた。早速これからどうするか思案し、先ずは警察署へ行って担当刑事に話を聞くことにした。あの刑事さんはいるだろうか。たしか富永さんって名前だった。新人刑事さんで私を心配してくれていた。優しい刑事さんだった。
警察署に着くと、その刑事さんはいた。富永将司巡査部長。私達は小会議室に通された。
「いまだに犯人を逮捕できていなくて、すみません」
刑事さんはいきなり頭を下げた。九年も経っているとは思えなかった。
「それにしても二人共大人になったね。俺もおっさんになるわけだよな」
話ながら刑事さんはお茶を淹れてくれた。そして膨大な書類を出してきた。
「あれから犯人らしき人物が色々現れたんだけど、結局決め手がないんだ」
「そうなんですか?教えてもらえませんか」
「それはできないよ。捜査情報を教えるわけにはいかないんだよね」
「そんな…いつになったら犯人を逮捕できるんですか!」
麻衣ちゃんが怒った口調で言った。
「申し訳ない。時効はなくなったけど、捜査員が縮小されて、なかなか進まないんだよ」
「そんな言い訳聞きたくないです」
「そうですよ、犯人野放しにしていていいと思ってるんですか」
「状況だけでも説明するよ」
私達は頷いた。家の中はかなり荒らされていて、物取りの犯行とみていた。しかし何を盗まれたのか把握できなかった。それもそのはず、大人が二人殺されて、残ってるのは娘の小学生だ。家の中の物等把握できてはいない。そんなある日近所の人から通報があった。隣の奥さんが怪しいというのだ。早速任意同行してもらったが、指紋はもちろん何も証拠がなかった。そして嵐のせいで、外には足跡も消えていた。夫婦のことを調べていくと、妻には浮気相手がいたことが分かった。会社の同僚だった。しかし、その男にもアリバイがあった。他に怪しい人物は夫の弟が上がってきた。借金に追われていたからだ。だがこれもまたアリバイがあった。数カ月たった後、役所で働く夫への嫌がらせをしていたという人物が浮上した。やはりアリバイがあった。そしてまた浮上したのは、妻の姉だった。実は夫と姉の紀子は妹の久子と結婚する前に付き合っていた事実がわかった。それからは姉妹の仲が悪くなったという話があったが、それも決め手がなかった。それからはまるで手掛かりがなく足踏み状態で、つまり捜査は進まないまま今に至っているのだと言う。私達は黙って聞いていた。紀子伯母ちゃんがお父さんと付き合っていたって?私はびっくりして言葉を失った。どうして誰も教えてくれなかったの?伯母ちゃんの恋人をお母さんが奪ったの?でもお父さんはお母さんを選んだ。いったい三人に何があったんだろう。あとは話に出てきた隣の奥さんは麻衣ちゃんのママだ。通報したのはいったい誰?
「アリバイは本当に信じられるものだったんですか?」
「ちゃんと確かめているよ」
私は納得がいかなかった。そんなにはっきりしたアリバイって何?みんな怪しい!麻衣ちゃんのママは別だけど。麻衣ちゃんは黙ったままだった。
「申し訳ないんだけど、これから会議なんだ。役に立てなくてごめんね」
刑事さんは申し訳なさそうに頭を下げた。それから名刺を渡してくれた。私達は仕方なく帰ることにした。
近くのファミレスに入って、ドリンクバーを頼んだ。
「さっきの話紙に書いてみようよ」
麻衣ちゃんはそう言って鞄からノートを出した。犯人らしき人物を一人づつ書いてみることにした。お父さんの弟桐生光二、お母さんの姉吉沢紀子、お母さんの浮気相手宮本啓介、
お父さんに嫌がらせをしていた人物、それと、泥棒と言う線もありだ。
「うん、でも本当にこれだけなのかな」
「えっ、他にもいるの」
「だって、麻衣ちゃんのママを通報した近所の人って誰なの?怪しくない?」
「そうだよね、誰なんだろう、その人が通報しなかったらママは連行されなかったよね」
「そいつが一番怪しいよね、どうやって捜す?」
その前にジュースを飲まないと、六杯はいけるな。あれやこれや考えてるうちに二時間が過ぎて、外はすっかり暗くなっていた。
「ゆきちゃん明日は?」
「明日はバイト、学校もあるからまた来週にならないと来れないんだ」
「私は何にもしてないから後は私に任せて!」
「ダメだよ、一緒じゃなきゃ!お願いだから一人で動かないでね」
「わかった。一人であの当時のこと思い出してみるよ」
「麻衣ちゃんがいてくれてホントに良かった。私一人では心細いもの。また来週ね」
麻衣ちゃんは駅まで見送ってくれた。途中麻衣ちゃんのママから電話が入った。めったに外に出ない娘を心配したのだろう。麻衣ちゃんは今日のことなんて話すのだろうか。犯人を見つけたら、麻衣ちゃんのママは笑えるようになるだろうか。
電車の中で、紀子伯母ちゃんから貰ったピンクの封筒を開けてみた。手紙と五万円が入っていた。「ゆきちゃんと会うの久しぶりだね。ゆきちゃんの成人式以来かな。私に会いに来るってことは久子のことでしょ?まだ心の整理がつかなくて。いづれ話す時が来るまでもう少し待っていて下さい。ごめんね。 紀子」伯母ちゃん、いったい何を話してくれるのだろう。まさか犯人の事何か知ってるの?そんな訳ないよね。それにしてもこんなに貰っちゃっていいのかな。おばあちゃんに何て言おうか。私は迷っていた。ホントのことを言ったら止められるに決まってる。
家に着くと、おばあちゃんが夕飯の支度をしながら鼻歌を歌っていた。随分と機嫌がいい。
「ただいま、何かいいことでもあったの?」
「おかえり、今日は体の調子が凄くいいのよ。つい鼻歌なんか歌っちゃった」
「それは良かったね」
おばあちゃんは心臓の持病がある。なのに無理して近くのスーパーで働いている。どうせ家にいたって一円にもならないからって、昔から働き者だ。長生きしてほしい。お母さんの分まで。
「今日ね。紀子伯母ちゃんに会ったの」
「えっ、どうして?幸恵お前が会いに行ったの?」
おばあちゃんの顔が一瞬曇った。やっぱり本当のことは言えない。
「そう、学校の用事であの町に行くことになって、ついでに会いに行ったの。おばあちゃんに宜しくって言ってたよ。なかなか帰れなくてごめんなさいって」
「ふーん」
「お小遣い五万円も貰っちゃったよ!久しぶりだからって」
「そう、それは良かったね。いいんだよ、紀子はどうせ使い道ないんだから」
「そうだね」(笑い)いつものおばあちゃんに戻っていた。
次の日は朝からバイトだ。お昼休みに関君に昨日のことを話た。
「すげーそんなに進んだんですか?」
「そんなに進んでないよ。まだまだこれからだから」
「僕の出番ないですね」ホントだ。
「まだわかんないよ。さんちゃんにもそのうち声かけるね」
「でも犯人捜すの難しいですよね。一回だけの泥棒の仕業だったらもうアウトでしょ」
「確かに。でもさ、一回味をしめたらまたやるんじゃないの?」
「次に捕まったとして、自供しますかね」
「それは…わかんないけど、捕まらなかったらそいつは地獄に落ちるだけ!」
「地獄かぁ…僕妹を殺したあいつの家に、人殺しって真っ赤なペンキで書いた。兄ちゃんと一緒に。そしたら他の誰かも同じようなこと書いて、あいつの家族は引っ越して行った。どこへ行ったのかわからない。僕たちは後味悪くて、罪悪感っていうのかな。あんなことしても心は晴れないんですよ。だから人を殺した人ってやっぱり普通じゃないんだと思う。でも無罪はおかしいよ。罪は罪だから。償ってほしいんだ」
そう、人を殺す行為は普通じゃない。しかも二人も殺すっていったいどんな奴なんだろう。
昼休みはあっという間に終わり、いつもと同じようにバイトを終え帰宅した。
次の日、学校に着くなり麻美が怒った口調で話しかけてきた。
「ねえ、私に何か隠してない?」
「どうしたの?急に、何も隠してないよ」私は驚いた。こんなに察しがいい子だったか。
「嘘だね、土曜日コンビニ行ったら、幸恵お休みしてた。休むなんてよっぽどのことでしょ?私に言えない事なの?」
「麻美には関係ないことだもの」
「関係ないってなによ!私は友達だと思ってたのに」
「そんな大げさなことじゃないよ。麻美は友達だよ!親友だと思ってるよ。でも」
「でも何よ、もういい」
「待って、麻美」
麻美は走って教室を出て行った。追いかけようとした時、バターン何かが倒れる音がして、振り向くと恵美が倒れていた。
「恵美、大丈夫?誰かー」
私は叫んだ。数人の子が近寄ってきて抱きかかえ、医務室に連れて行った。幸い立ち眩みということだったが、大事をとってベッドで休むことになった。教室にもどる途中、
「あの子大丈夫かな、いじめにあってたでしょ」
「いじめって?」
「知らないの?」
「一ヵ月前くらいかな、急に始まったんだよね。多分四人組の子達だと思う」
「全然知らなかった。具体的にはどんなことされてるの?」
「お財布とか携帯が盗まれて、でもすぐ出てきたんだけどね。トイレに落とされてたの」
「酷いことするね。恵美って仲良くしてる子いた?」
「いつも一人だと思うよ」
「私達も誘ってみたけど、一人がいいみたいなの。そういう子っているでしょ。人付き合いが苦手な子」
「そうなんだ。そいつら許せない」
「やめときなって、余計なことすると幸恵がいじめにあうよ」
「黙って見ていられないよ。どうするか少し考えてみる」
私達は教室に戻った。麻美の姿はなかった。この中にいじめをしてる子が四人もいるなんて。私は教室を見渡した。どれもやってそうに見える、いや、やって等いない顔にも見える。顔だけじゃわかんないものだ。人の心の中は見えない。そうだ、麻美にもちゃんとわかってもらわないと、本当は迷惑かけたくなかったって、どうして言えなかったんだろう。麻美のことが好きだからこそ、心配かけたくなかったって、言えばよかった。今日は先生の話が全く頭に入らなかった。私は麻美にメールを送った。「大事な話がある。それと手伝ってほしいこともある。お願い!」直ぐに返信がきた「了解」それだけだった。麻美はすぐ近くにいた。「大事な話って?手伝ってほしいことって?」
「ごめん。とにかく来て」私は麻美の手をとり、医務室へ向かった。恵美はもう起き上がっていた。「どういうこと?」
麻美は驚いていた。
「恵美、大丈夫?」
「ありがとう。もう大丈夫」
「誰にいじめられてるの?」
「えっ、いじめ?恵美が?」
恵美は黙って下を向いていた。恵美のことをまじまじと見たのは初めてだった。色白でショートカットの黒髪、いかにも真面目そうな感じだが、黒目が大きくかわいらしいい顔つきだ。
「私、無表情だから、意地悪されたらどんな顔するか楽しんでるんだと思う。別に気にしてないよ。いじめなんて慣れっこだし」
「何言ってんの?誰なのそんなことしてるやつ」
麻美が怒って大きな声になっていた。私は思わず「しー」って人差し指を口に当てた。
「四人いるって聞いたよ。私達もう大人なんだからいじめとかありえないよね」
「何とかしようよ。まだあと一年あるんだよ。楽しく勉強してさ、卒業しようよ」
「何とかなるかな…」
「なるようにするの!」私と麻美は同時に言ってた。
「麗華、美沙、佳代、瞳の四人」
恵美は小さな声で、四人の名前を言った。あの四人が?真面目そうなあの四人が?私は信じられなかった。麻美も同じ思いだったようで
「信じられない!あの四人がいじめを?」
「とにかく人は見かけじゃないってことね。早速話してみる。仕返しするわけにはいかないから」
「私達正義の味方みたいだね。悪党をやっつけに行くぞー」
「鬼退治みたいだね」(笑い)
恵美は笑わなかった。いじめがなくなったら、笑ってくれるだろうか。
帰りにあの四人を待ち伏せした。四人は仲良く笑いながら近寄ってきた。
「ちょっと、話あるんだけど」
「私達に?こっちはないんだけど」
はぁ?いい根性してる!正体表したな、この悪党ども!
「恵美に意地悪して何が楽しいの?私達って人を助ける勉強してんだよ」
「人を助ける勉強?何言ってんの?看護師っていう仕事の勉強でしょ」
「看護師って普通の仕事じゃないよ。あんた達今まで何を勉強してきたの?」
「関係ないでしょ。私達そんなに悪いことしてないけど」
「人の財布や携帯盗んでトイレに捨てるとか、悪いこと以外何よ」
「私達がやったって証拠あるわけ?」
「ちゃんと見てる人がいるんですう!」
「あのさ、さっきから聞いてれば、何なのあんた達!いい加減にしてよ!人間のクズのすることしてんじゃないよ!自分がされたらどうなの?」
麻美がまた大声を出した。
「お願いだから、もうやめて。恵美の困った顔みて何が楽しいの?かわいそうじゃない。人と関わることが苦手なだけなの。それの何が悪いの?」
四人は黙っていた。麻美はまだ鼻息が荒かった。
「わかった。もうしないわよ」
麗華が言った。あとの三人も頷いていた。
「だけど、今日恵美が倒れたのは私達のせいじゃないからね」
「みたいだね。先生の話だと寝不足からくる立ち眩みって言ってた」
「でもさ、あんた達のいじめのせいで、眠れなかったのかもしれないでしょ?」
今度は大きな声ではなかった。確かにそうだ。麻美はいい事言うな。
「それは…だからもうしないって。これから勉強も忙しくなるし、それどころじゃないから」
「約束して、もう意地悪しないって」
「約束するよ」
四人は口を揃えて言ってくれた。それほど悪党じゃなかったのかな。白衣の悪魔にはさせないよ。天使はどうかと思うけど。
四人は帰って行った。それから麻美と公園のベンチに座った。
「助けてくれてありがとう。これから大事な話するね。朝はごめんなさい。麻美には心配かけたくなかったから言えなくて。実は私の両親殺されたんだ。私が小六の時に。まだ犯人捕まってないの。おばあちゃんがさ、泣きながら犯人捕まってもお前のお母さんは帰ってこないよって、だからあの日から私眠っていたんだよ。忘れようとしてた。でもね、バイト仲間の関君がさ、妹を殺されたって話してくれて、それで私目が覚めたの、起き上がったの。このままでいいわけないって。それで犯人捜しを始めたの。土曜日は久しぶりに昔住んでた町に行って来た。まだまだわからないことばかりだけど、諦めたくないの。こんなこと麻美には話せなかった。ごめんね」
「私知ってたよ。幸恵の両親のこと。いつ話てくれるのかずっと待ってた。私にできることがないのか、相談してくるのを待ってたのに。一人で何やってんのよ。なんで私じゃなくてバイトの男なのよ」
私は驚いた。そうか、ニュースにもなってたよね。殺人事件を知らないわけないよね。
「でもよくそれが私だってわかったね」
「父親がさ、そんなこと言ってたんだよね。殺された夫婦にはお前と同じ歳の子がいるって、しかも転向してくるって聞いてたから、最初は可哀そうって思って声かけたんだよ。でも話してるうちに気が合って、友達になれて良かったと思ってる」
「ありがとう。麻美が最初に声かけてくれたから、私元気が出たんだよ。麻美のお陰だよ」
「それなのに、なんなの?のけものにして」
「ごめん、ごめん。手伝ってくれるの?」
「当たり前でしょ」
それから土曜日に起きた事を話した。麻美は時々頷きながら聞いてくれていた。
「つまり、その紀子伯母ちゃんが話してくれるのを待つしかないってこと?」
「でも他にも怪しい人いるじゃない、来週またあの町に行くから、その時調べたいことあるし、麻美も麻衣ちゃんに会ってみて」
「幸恵の家の隣の子でしょ、笑わないお母さんと暮らしてるって、辛いよね」
「そう、私のお母さんのせいでね…」
「違うよ、もともと暗い性格なだけじゃないの。だから嫉妬するんだよ」
嫉妬かぁ。紀子伯母ちゃんはお母さんに嫉妬しなかったのかな。恋をしたことのない私にはわからないけど、好きな人を取られたら私は嫌だ。
数日が過ぎた土曜の朝、麻美が車で私を迎えに来てくれた。さすが金持ち。麻美用の車だ。私は免許もまだとってない。休みの日はバイトばかりしてたから、麻美の車に乗るのも初めてだった。赤い中型の外車。麻美は中古だよって言ってるけど、美人の麻美にピッタリの車。
「今日は天気もいいし、ドライブ日和だね」
「麻美はよく運転して出掛けるの?」
「うん、だって家にいたってつまんないでしょ。お洒落なカフェとか探しにね。今度行こうよ!この件が終わったらね」
「行きたい!でも解決できるのかな」
「暗い顔しない!幸せ逃げちゃうよ!」
「はい!」(笑い)
麻美は幸せなんだろうな。いつも明るいもの。私も明るくならなきゃ!
麻美は大好きな百合先輩の話を始めた。百合先輩は三人姉妹らしく、しっかりものの長女なんだと言う。「優しいお姉さんなんだろうな~妹が羨ましい」そんなことを言いながら軽やかに運転している。なるほど、麻美は恋をしてるからこんなに明るいわけね。恋をするとお肌の調子もよくなりそうだ。だから私はいつまでたってもさえないのかな。頬を触ってみる、うん、ガサガサだ。
いつのまにか麻衣ちゃんの家の前まで来ていた。麻衣ちゃんにはメールしておいた。
「ここ?幸恵が住んでた家って?」
麻美は私が住んでた家を見ていた。
「そうだよ。すっかり変わっちゃってるけど」
「おはよー」麻衣ちゃんが出てきた。
私は車から降りて、麻美を紹介した。
「初めまして、工藤麻衣です。宜しくお願いします」
「太田麻美です。どうぞ乗って」
私と麻衣ちゃんは車に乗り込んだ。そして早速ファミレスに向かった。
今日は十杯は飲むぞ!麻衣ちゃんは終始笑顔だった。たった一週間でこんなに明るくなれるもの?少し安心した。
「私ね、役所に行ったの。そしたら、同級生が働いてて、ゆきちゃんのお父さんのこと教えてもらったよ!」
「えっ、ホント?それでどんなこと?」
「嫌がらせしていた男のこと聞き出せた。当時ゆきちゃんのお父さんは福祉課にいて、生活保護の担当だったらしいの。なかなか申請が通らない人もいるらしくて、その中の井村敏夫って男が、ゆきちゃんのお父さんに食って掛かってたらしいの。ただその男も今は病気で入院してるみたいなんだよね」
「井村敏夫?覚えがあるかも、その人一度うちに来た。お父さんが家にまで来られては困りますって、追い返してた。その時お母さんが名前聞いてて、多分その男だった」
「家にまで来たの?そいつ怪しいじゃない!」
「麻衣ちゃん、よく調べてくれたね、ありがとう」
「たまたまだよ。同級生もゆきちゃんのこと憶えてたよ。後藤卓也君。憶えてる?」
「後藤卓也、憶えてる。真面目な子だったよね」
「そう、役所に入って余計真面目になってた。同級生には見えないよ」
「もう社会人なんだね」
麻美がポツリと言った。高卒で働いてればみんな社会人だよ。
「私なんか働いてもいなくて恥ずかしいよ」
「麻衣ちゃんだってその気になれば働けるでしょ」
「そうだよ、今からでも遅くないよ」
「私なんかが働ける会社あるかな」
「何言ってるの、若いんだから大丈夫。やる気さえあればなんだってできるよ」
「麻美いいこと言うね。その通りだよ。麻衣ちゃん、やりたいこと見つけて」
「うん、考えてみる」
「今からその井村って男の家行ってみる?」
「ちょうど入院してるから本人いないしね」
「住所変わってないといいんだけど」
早速その男の家に行ってみた。幸い麻衣ちゃんが調べてきた住所のままだった。そこは古い市営の住宅だった。何棟も建っていてその男の住所には、C棟の103号室と書いてあった。
「誰か住んでるかな」
「家族とか?」
私と麻衣ちゃんが話してると、麻美が呼び鈴を鳴らしていた。いつも麻美は行動が早い。
暫くしてからドアが開いた。七十代?の女性が立っていた。
「こんにちは。井村さんのお宅ですか?」
「そうですけど、あなた達は?」
どうしよう、何て言えばいいの…
「私達ボランティア活動をしているものなんです。敏夫さんにお会いしたいんです。聞きたいことがありまして」
さすが麻美。そんなセリフすらりと出るなんて。ここは麻美に任せるしかない。
「敏夫はここにはいませんよ」
「お母さんですか?」
「そうですけど。いったい何を聞きたいの?」
「もしかして入院されてるんですか?」
「どうして知ってるの?」
「以前お会いした時、具合が悪そうだったもので」
「どうぞ中へ」
入っていいの?なんかすみません。私達は部屋の中へ通された。六畳はあるだろうけど、ごちゃごちゃと物が置いてあって狭い部屋だった。私達三人は寄り添うように座った。敏夫の母親は麦茶をだしてきた。
「お客なんてめったに来ないから、お茶しかないけど、どうぞ」
「ありがとうございます」三人揃って言った。
「敏夫さんどこが悪いんですか」
「もう随分前から肝臓が悪くてね、酒ばっかり飲んでるからでしょ。もうあの子は帰ってこれないと思う」
「そんなに悪いんですか。お二人で暮らしてたんですか?」
「そう、夫は十年前に亡くなってるし、娘が近くに住んでるけど、たまに来るだけ」
「一人で寂しくないですか?」
「寂しい?そんなわけないよ、ようやく自由になれたんだから」
「どういうことですか?」
「あの子はろくに働きもしないで、私の年金で暮らしてるくせに大威張りでさ、結局私の育て方が間違ってたんでしょうけど」
「失礼ですが生活保護は受け取られてないんですか?」
「役所が許可しなかったからね。働けるなら仕事して下さいって、何度もはねのけられてた。でもあの時は生活が苦しくて、夫の病院代が出せなくてね、それで死なせたようなもの。情けない話でしょ。昔私達は家族で左官業を営んでいたの。ところが夫が詐欺にあってね、家はもちろん全て失ったのよ」
「苦労されたんですね」思わず言ってしまった。だって幸せそうにはみえなかったから。
「それから敏夫さんは働かなくなったんですか?」
「短期な性格でね。どこ行っても一年ともたない。おまけに結婚もできない自分に腹が立って、酒におぼれていったのよ」
「あの…役所の人を恨んでる様子はありましたか」
「役所の人を?さあどうだったかな、そういえば、夫が死んだ時一度家まで怒鳴り込んで来たって言ってたけど、その後でその人亡くなったみたいで、警察の人が息子のことを調べに来たけど、いくらなんでも人を殺すなんてできる子じゃない。あの日は嵐の夜でね。いつものように酒飲んで寝ていたから」
「そうですか」
私はかすれるような声で言った。なんだかこの親子が可哀そうに思えてきた。多分、井村敏夫は犯人ではないだろう。私達はお礼を言って部屋を出た。
「それであの子に何を聞きたかったの?」
最後に母親から言われた。
「どうして働かないのかをです。教えて頂きありがとうございました」
母親は不振な顔付きで頷いていた。
麻美の車に乗り込んで、私達はため息をついた。
「なんか複雑な気持ちになっちゃったね」
「井村敏夫は白ってことでしょ」
「多分ね。それにしても麻美凄いよ!私と麻衣ちゃんなんかタジタジだったよね」
「ホントに。声も出なかった」
「二人共しっかりしてよ」
「仕事ってさ、嫌なこともあるけど皆我慢して働いてるんだよね。それって何の為なんだろう」
「ゆきちゃん、どうしたの急に」
「そうだよ、私はまだ働いたことないけど、生きていく為に働くんじゃないの?」
「生きてく為だよね。なのにどうして井村敏夫は働かなかったんだろうって思ってさ」
「短期な性格と飽きっぽいところでしょ、母親も言ってたじゃない」
「家族で働いてた時は頑張ってたのかな」
「そりゃあ、家族とは気兼ねなく働けるからでしょ。でもその仕事を奪われて、なんか可哀そうだね」
「そう、可哀そうになった。詐欺だなんてひどいよね」
「騙す方が悪いのに、騙される方も悪いんだなんていうやつ許せない!」
「それよりさ、お昼食べに行こうよ」
麻衣ちゃんが言った。私と麻美は思わず笑ってしまった。
「私達だけ熱く語ってたね」
「ごめん。お腹すいちゃって」
私達は近くのラーメン屋に入った。私は味噌ラーメン、麻美は醤油、麻衣ちゃんは豚骨ラーメンを注文した。なかなか美味しいラーメンだった。食べながら次は何処へ行くか相談した。
「やっぱり、幸恵の叔父さんの家にしよう。住所わかる?」
「うん、メモしてきた。ここは私に御馳走させて、臨時収入ったし、私のことだから」
「何言ってんの、私は来たくてきてるんだよ」
「私だって、犯人捜したいからでしょ!」
「二人共ありがとう。じゃあ今回だけね」
「じゃあ今回は御馳走になるね」
「御馳走様。ありがとう」
また麻美の車に乗り込み出発した。三十分程で到着すると麻美が言った。
叔父さんは長男のお父さんが後を継がなかったせいで、実家に住んでいた。お母さんが反対していたからだ。両親(私の祖父母)はもう亡くなっている。今も独身なら一人暮らしのはず。「俺は一匹オオカミなんだよ」って言ってたことがあった。
「ドライブしてるみたいで楽しい」
「ホントね、麻美感謝です」
「私も楽しいよ。小さい頃から家族で出かけるなんてことなかったし」
「えー麻美が?信じられない!私もないんだよね」
「私もだよ。たまに出掛けてもパパとママが喧嘩始まるし、楽しい思い出なんか全然ない」
「そうなの?皆一緒だね」
「いいこと考えた!この件が終わったら、三人でどこか行こうよ」
「賛成!想像するだけで楽しくなるね」
「私も楽しみ!」
そんな話をしてるうちに叔父さんの家に到着した。平屋だけど大きな家は懐かしかった。小さい頃に何度か来たことがあった。おじいちゃんとおばあちゃんはお母さんのことが嫌いだったんだ。いや違う、お母さんが二人を嫌っていた。だからあまり来なかったんだ。私は二人を大好きだったのに。
築何年くらいたってるのか、結構古い家だった。小さい頃は感じなかったけど、あちこち傷んでいる。私達は車から降りて、家に近づいた。誰も住んでなさそうだった。
私は呼び鈴を鳴らしてみた。数分たっても誰も出てこないし、何の音もしなかった。
「いないの?」
「留守ってこと?それとも住んでないのかな」
「私何も知らされてないから、せっかく来たのにどうしよう」
「近所の人に聞いてみよう」
麻美は早速隣の家に行き呼び鈴を鳴らした。やっぱり早い!
「こんにちは。すみません、お隣はお留守ですか」
「桐生さん?さあ知りませんけど」
「ありがとうございました」
「感じ悪!」麻美が言った。
お隣は若い夫婦のようだった。近所付き合いなんてしないのかも。
「反対側の家にも聞いてくる」またまた早い!
「すみませーん、誰かいますか」
「はーい、どちら様」
麻美は私と麻衣ちゃんに手招きした。こっちのお隣さんは先ほどの人よりも年上の様だ。
「お隣の桐生さんはお留守でしょうか」
「桐生さん?最近よく出掛けてるみたいですよ。あなた達どなた?」
「姪です」
私は小さい声で言った。すると私のことを上から下まで、まるで人間を初めてみるようにまじまじと見ていた。人間ってこの人は何者だよ。
「へーえ、あなたが桐生さんのお兄さんの娘さん?桐生さんが言ってた、お姉さんに似れば美人だったのにって」どうせ私はブスですよ!
「私は父親似ですか?」
「昔のことだからあまり覚えてないけど、そういえば面影があるかしらね」
「叔父さんは一人で暮らしてるんですか?」
「多分ね。挨拶程度のお付き合いだから、ご両親が生きてる頃はお付き合いしてたんだけど」
「ありがとうございました」
私達はもう一度叔父さんの家に行ってみた。庭を覗いていると、えっ車がある。車おいて歩きで出かけてるの?考えてると、
「ねえ、ドア開いた」麻美だ。
「鍵かけてないの?」
「いくら田舎だからって」
早速麻美は部屋の中に入っていた。私と麻衣ちゃんは恐る恐る中へ入った。
「キャー人が、人が、人が倒れてる」
慌てて近寄ってみた、叔父さんだった。仰向けで目は開いてるが息をしていなかった。首にはひものようなものがからまっていた。
「死んでる」
「どうしよう、どうする?」
「警察呼ぶしかないでしょ」
「どうして叔父さんが…」
どうして、こんなことに。いったい誰に殺されたの?お父さんとお母さんの死に関係あるの?まさか同じ犯人?九年もたっているのに…私は体が震えだした。
「今警察呼んだから、これって殺人事件なのかな?」
「ゆきちゃん、大丈夫?」
「幸恵、ショックだよね。もしかして同じ犯人だったりして?」
私は叔父さんの死体をまじまじと見た。まだ死んでからさほど時間が経ってなさそうだった。もしかして昨日の夜の犯行ではないだろうか。昨日も大雨が降っていた。
遠くでサイレンの音がした。どんどん近づいてくるのがわかった。そして刑事らしき男の人達がバタバタと家の中に入って来た。私達はどういう状況だったのかを話した。それから鑑識らしき人達が入ってきて私達は外へ出された。外には両隣の人達が出てきて私達に近寄って来た。
「どうしたの?」
「何かあったの?まさか桐生さん死んでた?」
「えーそうなの?」
「死んでました。後は警察の人に聞いて下さい」
麻美がそう言って車に乗り込んだ。私と麻衣ちゃんも車に乗った。
「私達第一発見者だからまだ帰れないね」
「二人共ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」
「まさかの展開だけど、幸恵があやまることないよ」
「そうだよ、ゆきちゃんは関係ないでしょ」
「叔父さんに会ったのはいつが最後なの?」
「お父さんとお母さんのお葬式だから九年前」
叔父さんにしたら私は姪なのに、会いにも来てくれなかった。お父さんのこと色々教えてほしかったのに。だけど、なんで隣のおばさんなんかに私のこと話たんだろう。
「それにしてもあのババア、幸恵に失礼なこと言ってたね。ムカつくんだけど。気にしない方がいいよ」
「そうだよ、ゆきちゃんのお父さんだって素敵だったのに」
「ありがとう。全然気にしてない。私はお母さんには似てないもん。だから何?って感じ。お父さんに似てるの嫌じゃないし」
「私はおばあちゃんに似てるって言われてるの。隔世遺伝ってやつだね」やっぱりね。
「私はゆきちゃんと一緒でお父さん似だよ」
二人の顔を見てみると、どっちも美人だった。麻衣ちゃんもあれから大分明るくなったし、人間は見かけじゃないよ!中身が大事なんだから。でも二人はどっちもいいんだよね。しゅんとなっている私に、
「大丈夫?叔父さんは残念だったけど、どうせ九年も会ってなかったんだから、そんなにしょげないでよ」
「そうだよ。ゆきちゃん、元気だして」
いや、そっちじゃないんだけど。でも二人共優しい。普通はもっと悲しむはずなのに、驚きの方が大きくて、それは叔父さんが他人のような存在だったからだろうか。小さい頃から、お小遣いはもちろん飴玉一つもらったことがない。可愛がられた憶えがまるでなかった。
「うん、ありがとう」
コンコン、車の窓をたたく音がした。刑事さんだった。
「すみません。もう一度いいかな」
私達は車から降りて、刑事さんと少し話た。先程話したことと変わらない内容だったけど、刑事さんは何度も同じことを聞いてきた。刑事さんも案外大変な仕事だ。私は身内なので、また後で連絡するということになり、今日は帰ることにした。
帰りの車の中はシーンと静まり返っていた。きっと二人も驚いただろうし、疲れたはず。こんな時なんて話せばいいのか…
「それにしても刑事さん、かっこよかったね」
麻衣ちゃんが明るい声で言った。気を使っているんだと思った。
「麻衣ちゃんあーいうのがタイプなの?」
「麻美ちゃんは違うの?」
「全然違う!私は理想が高いから」
麻美は異性が好きじゃないくせに。それって理想が高いっていうの?
「ゆきちゃんは?」
「私はよく見てなかった。そんなにかっこよかったの?今度会えたらチェックしとく」
「それにしてもいったい誰なんだろうね、犯人」
「もう叔父さんのアリバイ分からなくなっちゃったね」
「もし、叔父さんが犯人だったら神様が殺したのかも」
「えっ…」
「やだ、ゆきちゃん何言ってるの」
「あっ、ごめん、変な事言っちゃったね。今のなし」
またシーンとなるとこだった。いつの間にかゆきちゃんの家に着いた。
「今日はありがとう。また連絡するね」
「うん、ゆきちゃん、麻美ちゃん、ありがとう。またね」
麻衣ちゃんが家の中に入っていくのを見届けて
「麻美、少し待っててくれる?私隣の家に行ってくる、聞きたいことがあるの」
「いいよ、行っておいで」
私は急いで隣のおばちゃんの家に向かった。台所に明かりがついていた。夕飯の支度でもしてるのだろう。呼び鈴を鳴らすと、おばちゃんは直ぐに出てきた。
「あら、ゆきちゃんいらっしゃい、どうぞ」
「おばちゃん、こんな時間にごめんね。ちょっとだけ聞きたいことがあるの。すぐだからここでいい」
「何が聞きたいの?」
「お父さんとお母さんが殺された時、近所の人が麻衣ちゃんのお母さんのことを通報したみたいなんだけど、誰だか知ってる?」
「あーあ、それ私。だってあの人怪しかったもの。ゆきちゃんのお母さんの悪口言ってたし、それに私にだって挨拶もしないのよ。あの人が犯人かと思って通報したの」
私はゾワゾワと鳥肌がたった。そんなことを言ってるおばちゃんの顔は、あの優しいおばちゃんの顔ではなかった。いったいこの人は誰なの?
「ありがとう。でも麻衣ちゃんのお母さんは犯人じゃないと思います」
振るえる唇がそう言っていた。
「ゆきちゃんは若いから見る目がないのよ。あの人本当に怪しかったのよ」
「さようなら」
それだけ言って私はドアを閉めた。走って麻美の車に乗り込んだ。
「どうしたの?幸恵、顔が真っ青だよ」
「人って見かけによらないし、思いもよらないことが起きるもんだね」
「何言ってるの?」
私は麻美に説明をした。麻美は黙って聞いてくれた。
「それ麻衣ちゃんには言わないでしょ?」
「言えないよ。通報した近所の人は分からないままにする」
「その方がいいね。それにしても幸恵には優しいおばさんが、麻衣ちゃんのお母さんのことをそんな風に思っていたなんて、びっくりって言うか信じられないね」
「そうなの。今でも麻衣ちゃんのお母さんが犯人だと思ってるの。思い込みって怖いね」
「とにかく犯人見つけないとね」
「叔父さんも死んじゃったし、見つかるか不安になって来た」
「幸恵が落ち込んでたらダメ!麻衣ちゃんの為にも頑張ってみようよ」
「そうだね。ありがとう」
麻美はいつも前向きだ。私が後ろ向きになってどうする。麻衣ちゃんの為にも私の為にもやらないと。これからも信じられないことが起こるとも知らずに…
家に着いてからが大変だった。おばあちゃんに叔父さんのことを話した。近くまで行ったので、寄ったと嘘をついたが、どうして会いに行ったんだから始まり、お葬式はどうするんだとか、あの家はどうするんだとか、とにかく叔父さんの身内と呼べる人は私達しかいないのだから。そしておばあちゃんは紀子伯母ちゃんに電話していた。これから先のことを相談していたのだろう。結局二人に任せることにした。布団に入ってから、仰向けに倒れていた叔父さんの顔が目に浮かんで、なかなか眠れなかった。そんな時はいつもポヨが私の布団に入ってくる。猫にも人の心がわかるみたいに。ポヨの体はあったかい。太ってポヨポヨとしたお腹がかわいくて付けた名前だ。スワンの方はいびきをかいて寝ていた。白鳥のように真っ白な体の雑種の犬だ。二匹はいつも私のそばにいてくれる。それにしても看護師の勉強をしていなかったら、死体を見た時気絶していたかもしれない。麻衣ちゃんは大丈夫だったかな。今夜は眠れているだろうか。急に麻衣ちゃんのことが心配になった。次の日早速麻衣ちゃんにメールした。
「オハヨー!昨日は大丈夫だった?」
「おはよー私は大丈夫!ゆきちゃんこそ大丈夫なの?」
「麻衣ちゃんが大丈夫なら良かった!私も大丈夫!ありがとう」
安心した。麻衣ちゃんも案外強いんだな。もしかしたら、家族が崩壊した時から強くなったのかもしれない。
またいつも通りの一週間が始まった。気になったのは恵美のことだった。相変わらず無表情だった。あの四人の様子をチェックしてると、どうやらもういじめはしていないようだった。
「あの四人、おとなしくなったみたいね」
麻美も心配してるようだった。
「良かったね。麻美のお陰だよ」
「大したことしてないけど、恵美って暗い過去でもあるのかな」
やっぱり無表情が気になるよね。自分から打ち明けてくるだろうか。
「私達にできることってあるのかな」
「そうね、人付き合いが苦手みたいだから、何も望んでないかも」
「友達がいなくても平気な子って、ある意味強いよね」
「私は幸恵が友達で良かったよ」
「私も。麻美にはいつも元気をもらってる。自分は弱いとは思わないけど、強いとも思わない。でも強くなりたい」
「どうして強くなりたいの?」
「この先何が起こるか不安でさ、どんなことがあっても心が折れない強さが欲しいよ」
「大丈夫、私が付いてるから。この先何があろうとも。大丈夫だよ」
その夜電話があった。刑事さんからだった。
「叔父さんを殺した犯人が捕まりました。自首してきたんです。詳しい話をお聞きになりますか」
「自首?いったい誰が?」
「もしよろしければ、明日警察署の方へ来ていただけますか」
仕方がない、明日はバイトを休むしかない。
「夕方伺います」
私は電話を切った。そしておばあちゃんにその話をすると、自分も行くと言った。
それから麻美と麻衣ちゃんにメールを送った。二人からは喜びの返信があった。それにしても案外早かった。いったい誰なんだろう。お父さんとお母さんを殺した犯人なんだろうか。その夜もなかなか眠れなかった。今夜はポヨがスワンを連れてやってきた。二匹は仲良しだ。
私がこの家に来てから三日後に、公園で拾ってきたポヨ。捨て猫だった。まだ子猫のポヨは直ぐに私に懐いた。それから一年後に、クラスの子が飼っていた犬が出産したと大騒ぎしていて、私と麻美はその子の家に見に行った。真っ白でムクムクしていて可愛かった。私は飼う気満々だったが、麻美はお母さんが許してくれなかった。その時の悲しそうな麻美の顔を今も覚えている。麻美は子犬が欲しかったのだ。何でも買って貰えるのに、生き物だけはいつも反対されていた。私の妹達ポヨとスワンに会いに、麻美はよく遊びに来ていた。麻美は動物好きなのだ。私と一緒だ。
学校に着くと麻美が、今日は一緒に行きたかったけど、おばあちゃんが行くなら仕方ないと、残念がっていた。私は帰ってきたら説明するからと言った。その日は警察署に行くことが気になって、授業どころではなかった。いつもより長く感じた一日だった。
学校を出るとおばあちゃんが車で迎えに来ていた。おばあちゃんの車に乗るなんて久しぶりだった。
「お疲れ様、急ぐよ」
「安全運転でお願いします!」
「おばあちゃんはこうみえて、ゴールド免許なのよ。安心して乗ってなさい」
ゴールド?凄いな。でもたまたま捕まらなかったのでは?
「おばあちゃんと出掛けるの久しぶりだね。私が高校に合格した時、お洒落なレストランでお祝いしてくれたでしょ?あれ以来かな?」
「そんなこともあったね。あのお店まだやってるかなぁ。大学を無事に卒業できたらまたお祝いに行こうか」
「いいね!私頑張って看護師になるね」
「楽しみにしてるよ」
「うん」
間もなくして車は警察署に着いた。担当の刑事さんは田中豊という人だった。
「どうぞこちらへ」
私達は小さな部屋に通された。私はどんな言葉が出てくるのか不安な気持ちでドキドキしていた。お茶が出され、おばあちゃんはゆっくりとお茶を飲んでいた。
「それではお話させて頂きます。亡くなられた桐生光二さんは、結婚詐欺をしていたようです。数人の女性からお金を借りていたようで、その中の一人、小林貴子容疑者に殺されました。小林容疑者は、桐生さんと結婚の約束をしていたと言っていました。一年近く付き合って、三百万円ほどを用立てたが段々と会う回数が減り、探偵を雇ってみると他にも付き合ってる女性がいることがわかり、強引に会って問いただした結果、最初から結婚する気などなかったと言われたそうです。辛い仕事も桐生の優しい言葉に励まされ、明るい未来の為に頑張って貯めたお金も戻ってはこないし、何より恋人と思っていた人に裏切られたことがショックで、何もやる気が起きなくなり、生きてるんだか死んでるんだか区別がつかない状態が続いて、犯行に及んだのだということでした」
私は驚きのあまり言葉が出なかった。叔父さんが結婚詐欺?最低な男!女の敵!ふざけんな!心の中で叫んでいた。おばあちゃんはどう思っているんだろう。もちろん驚いたに決まってる。大丈夫だろうか?
「他の女性はどうなんですか?」おばあちゃんが聞いてる。結構冷静だ。
「他の女性も結婚をほのめかされていたと供述しています。もちろんお金も渡していたようです。正確には三人の女性です。百万円ほど渡したと言っていました。三人とも桐生さんより年上の女性です。ちなみに桐生さんは、ちゃんとした仕事には就いていなかったようです。三人の女性達は銀行に勤めていて、ネットで知り合ったと言っています。あっ皆さん別々の銀行ですよ。三人とも認識はありませんでした」
「ひどいことしてたんですね。その女性達はどうして騙されたんでしょか?」
「桐生さんは会社経営してると言っていたそうです。優しくて、甘い言葉とプレゼントでつっていたようです。典型的な詐欺の行為ですね」
「真面目な人達だったんでしょうね。そういう女性を狙ったんですね」
「そういうことです。真面目な女性ほど詐欺にあいやすいんです」
「かわいそう」
私は素直にそう言った。本当にかわいそうだよ。真面目な女性を狙うなんて。詐欺の特番のテレビを観たことがあったけど、まさか身内にそんなひどいことをしてる人がいるなんて、その時考えもしなかった。ましてや三人も騙してるなんて、叔父さんは天国には行けないかもね。お父さんにはあの世で会ってないよ。
「それで、光二さんの所持金はどれくらい残っていたんですか?」
「通帳とあの家に残されていたのは、二十万円ほどでしょうか」
「それだけですか?いったい何に使っていたんでしょね」
「殆どギャンブルみたいですよ。そろそろ次の女性を探す予定だったと、我々はみています」
「ギャンブルのために死んだようなものですね」
次々とギャンブルの為に騙す女性を探して、お金を奪って来た男。この世にはこんな男がどれくらい存在するんだろう。私は寒気がした。
「叔父さんはいつからそんなことしていたんでしょうか?」
「こちらとしても調べてみたんですが、はっきりとはわからないんですよ。おそらく、三年位だと思うんですが」
「三年前?そうかもしれませんね。一緒に暮らしていたご両親が亡くなったのが三年位前だったと思います」
「両親の年金で暮らしていたのでしょう。あまり働かなかったようです」
そうだった。おじいちゃんが四年前に脳梗塞で亡くなって、その一年後におばあちゃんが心筋梗塞で亡くなったんだ。叔父さんはどうして働かなかったんだろう。私はそんなことを考えてるうちに、おばあちゃんがこれからのことを刑事さんと話していた。遺体の引き取りのことみたいだった。後日紀子伯母ちゃんと引き取りに来る予定を立てていた。
私達は刑事さんにお礼を言って、警察署を出た。
「それにしても碌な男じゃなかったんだね」
「うん、最低な男だと思う。騙された女の人達が気の毒だよ」
「まったく殺されて当然じゃないか」
「でもさ、生きてちゃんと償ってほしかった。死んでしまったら反省出来たかわかんないじゃない?」
「反省なんかするもんか、あの男が!」
「でも私のお父さんの弟なんだよ」
「幸恵のお父さんとは似てなかったよ。弟だけ甘やかされたのかね。両親もいい人だったのに。桐生さんちはだーれもいなくなっちゃったね」
私は桐生の血が流れてるよって言えなかった。私は吉沢幸恵なのだから。何もかも忘れたい気分だった。
家に着くと麻美の車が止まっていた。おばあちゃんは家に入って行ったが、私は麻美の車に近寄った。
「どうだった?」
「ゆきちゃん、大丈夫?」
「えっ、麻衣ちゃんまでわざわざ来てくれたの?」
麻美の車に麻衣ちゃんが乗っていた。二人は私のことが心配で、話し合って麻美が麻衣ちゃんを迎えに行ったようだった。私も車に乗りこみ、ファミレスに向かった。
夕飯を食べることにして、私はミートソースのスパゲッティで、麻美はデミグラスハンバーグ、麻衣ちゃんはカルボナーラのスパゲッティを注文した。
「皆に心配かけちゃったけど、今から言うことに驚かないで聞いてくれる?」
二人は真剣な眼差しで頷いた。私は刑事さんから聞いたこと全てを二人に話した。
沈黙の後、最初に口を開くのはいつも麻美だ。
「殺される理由があったんだね。嫌な想いをしてまで働きたくない人がここにもいたのね。でも人を騙したお金で生活するなんて、卑怯者じゃない?しかもそれが幸恵の叔父さんだなんて信じたくない」
「麻美ちゃん」
麻衣ちゃんが言い過ぎだよって顔して麻美を見た。
「ごめん。ひどいこと言っちゃったね」
「いいの。その通りだもの。私も最低な男だと思ってる。おばあちゃんなんか殺されて当然だよって言ってたし」
「幸恵の両親を殺した犯人ではなかったね。叔父さんは怪しいけど」
「でも私、その叔父さんって言う人、何度か見たことあるの。ゆきちゃんの家の周りをウロウロしてたことあったんだよ。死に顔見てどっかで見た顔だなって、あれから思い出したの」
「それっていつの頃?」
「事件が起きるずっと前だったと思う」
「それって、幸恵のお父さんにお金貸してもらいに来てた時だね」
「そのお金は戻ってこなかったんでしょ?」
「私にはわからない。でもそのことでお父さんとお母さん喧嘩してたから、やっぱり私はあの叔父さん大っ嫌い」
またシーンとなってしまった。ちょうどその時注文したメニューが運ばれてきた。
「美味しそう!食べよう!」
一揆に場が明るくなった。私達はお互いのおかずを少しずつ分け合って食べた。どれも美味しかった。今日のドリンクは三杯だけにした。そろそろ帰らなくては。
麻衣ちゃんは私のお母さんの浮気相手について調べてくれていた。
「先日ゆきちゃんのお母さんが働いていた会社に行ってみたの。ちょうど退勤時間帯にね。そしたら高校の同級生がいてさ、聞いてみたの。宮本啓介って人のこと。その人妻子もちらしいのよ」
「ダブル不倫ってこと?」
「奥さんにバレるの怖かったってことでしょ」
「そいつも怪しいよね」
「でもその人、ずっと会社来てないらしいよ」
「どういうこと?」
「さあ、そこまでは分からなかった」
「麻衣ちゃん、ありがとうね」
「いいの!今はまだ暇なんだから」
「麻衣ちゃんは犯人が捕まるまでは仕事しないつもりなの?」
「実はね。考えてることあるんだ。この件が終わったら教えるね」
「麻衣ちゃん、なんだか楽しそう」
「ゆきちゃんと麻美ちゃんのお陰だよ。何にも考える気力なかったのに、今は色々な出来事があって、考える力もでてきて、生きてるって実感できたの」
「それは良かった」
麻美は苦笑いしていた。
「こんなことに巻き込んじゃったのに、そんな風に言ってくれて麻衣ちゃんありがとう」
麻衣ちゃんの家に到着し、麻衣ちゃんは家に入って行った。
「麻美本当にありがとうね。運転疲れない?」
免許を持ってない私は、運転を変わることもできないけど。
「全然平気!好きでこういうことしてるんだから。今日麻衣ちゃんからメールがあってさ、幸恵に会って話きいてあげたいって。麻衣ちゃんも居ても立っても居られなかったみたいだよ」
そんなに心配してくれたんだ。こんな私のことで。二人には感謝しなければ。
「あとさ、気が付いてるとは思うけど、テレビでワイドショーが叔父さんのこと取り上げて、あることないこと喋ってるよ。びっくりしたのがさ、隣のババアが叔父さんのことについて、インタビューされてて、化粧バッチリして出てた。気にしちゃダメだからね。テレビ観ない方がいいよ」
「うん、ありがとう。そうする」
事件が起きるたびに騒ぎ立てる人達がいる。それってなんの為なの?それで事件が解決するの?いつも不振に思っていたけど、まさか自分の身に起こるとは思ってもいなかった。
車は私の家に到着した。麻美にお礼を言って私は家に入った。
「おばあちゃん、ただいま~」
「おかえり。友達が心配してくれたのかい?」
「そうなの、いい友達なんだよね。遅くなってごめんなさい」
おばあちゃんはもう寝るところだった。私も早く寝ないと、明日は実習で提携の病院へ行く日だった。叔父さんに騙された女の人のことを考えてるうちに寝てしまった。私は疲れていた。その夜とても疲れていた私は深い眠りに就いていた。
朝久しぶりに目覚めが良かった。悩みが解決したわけでもないのに、昨日は熟睡できた。
病院での実習はとても忙しく、気が抜けない。ようやくお昼に麻美と話ができた。
「実は昨日、恵美と高校が同じだった子と話したんだけど、恵美って昔は明るい子だったらしいよ。でもお父さんが作った謝金のせいで家系が苦しくなって、妹と弟がいるらしくてね、恵美はアルバイトして家系を支えていたらしいの。優しい子だったみたい。その子一度家に遊びに行ったらしくて、お母さんが手作りのおやつを出してくれて、でも家が古くて狭くて汚かったみたいで、もう一人の子が「これ食べられるの?」って言ったら恵美が笑いながら「私が食べるからいいよ」って、その子は食べて「美味しいよ」って言ったらしいけど、その時の恵美の悲しい顔が忘れられないって、それまでも「貧乏人」ってからかわれてたらしいから、だから一人でいるようになったのかもね」
私は恵美のことが可哀そうに思えた。「貧乏人」って何だよ。何様のつもりでそんなこというの?恵美のお母さんは、恵美が友達を連れてきたことが嬉しかったから、手作りのおやつでもてなしたんだと思った。優しいお母さん。私にはそんな経験がなかった。
「そんなことがあったんだね。笑わない恵美を見て何かはあると思ったけど、私達友達になれないかな?」
「私も同じこと考えてた」
麻美はやっぱりいい子だ。麻美はお金持ちなのに、庶民の気持ちがよくわかる子なのだ。決して人を見下したりはしない子だ。
昼休みはあっという間に終わり、午後からもまた忙しかった。帰りに恵美のことを探したが見つからなかった。私はバイトに向かった。
「ゆきちゃん」
「さんちゃん、なんか久しぶりだね」
「最近バイト休んでるのは、事件のことですか?進展あったんですか?」
叔父さんのことは言いたくなかった。最初は関君が手伝ってくれるはずだったけど、もう出番はなさそうだった。
「おかげ様で進んでるよ。なかなか話せなくてごめんね。今度ゆっくり話聞いて」
「それならいいんです。いつでも聞きますよ」
関君もいいやつだな。妹を失った男と両親を失った女。なんていう巡り合わせだ。
「ところでさんちゃんのお兄さんって今何やってるの?」
「長男は役所に勤めて家に居るけど、次男は都会の会社で働いてる」
「さんちゃんだけがその、何て言うか、えーと」
私は言葉を選ぶのが下手だな。言いたいことはつまり…
「僕だけが妹の死を受け止めていないってこと?それとも許せない気持ちが兄達より強いってことかな?」
「そう、そういうこと」そういうことだよね?
「その通りだよ。もう四年、いや、まだ四年しか経ってないから。本当は兄ちゃん達ちも僕と同じなんだと思う」
「そうだよね。私は九年経ってるけど、つい昨日のことのようだもの。忘れるわけないよね」
「父さんも頑張って働いてるけど、内心は辛いに決まってる。ただ、母さんはようやく笑えるようになってきた。次男は母さんを見てるのが辛くて家を出た。僕はそう思ってる」
「それって辛いね。悲しいよね。お父さんもお兄さんもさんちゃんも。皆悲しいよね。私は両親が亡くなった時、愕然としてた。涙がとめどもなく流れて止まらなかった。でもおばあちゃんがそばにいてくれたから、一人じゃないってことが、私を強くしてくれたのかな、だって笑ったり、喋ったり、直ぐにではないけど元に戻っていたと思う。それはおばあちゃんも同じだった。娘を亡くした母親も両親を亡くした子供も、一人じゃないってことが、二人を強くしたんだと思う」
「やっぱり家族っていいよね。妹が生きていたら一番親孝行だったと思うんだ。それが悔しくってさ」
「何言ってんの、さんちゃんがこれから一番の親孝行者になればいいでしょ!」
「僕が?そうですね。やる気出てきたぞ!ってそんなに簡単にできるかな」
「さんちゃんが羨ましいな、私には親孝行できる親いないんだよ」
「すみません。ゆきちゃんに失礼なこと言っちゃって」
「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないよ。暗い話しちゃってごめんね。私本当はそんなに寂しくないの。実はお母さんとの思い出とか、お父さんとの思い出?あんまりないんだよね。夫婦仲よくなかったみたいだし、家族で旅行なんかしたことないし、今が幸せならいいかなって思うことにしたの。ただ、犯人だけは許せないけどね」
関君は黙っていた。あれ?また変な事いっちゃったかな…
「ゆきちゃん、一人っ子なのに寂しくなかったの?」
「兄妹がいる人が羨ましかったよ。でも私には犬と猫の妹達がいるから」
「そうですか…僕、これからどうすればいいのかな」
「はあ?何が?親孝行の話してたでしょ」
「それは分かってます。もちろん親孝行しますけど、もっと他にもしないといけないことがあるような気がするんです」
「精神科医のこと調べるっていうこと?それとも精神異常者のこと?」
「それとは別のことです」
「別のこと?」
関君は何を言ってるんだろう。深く考え込んでる様子だ。答えがでないままコンビニに着いてしまった。
「考えがまとまったら、また聞いて下さい。バイトがんばりましょう」
関君はバイトモードに切り替わっていた。私も頑張ろう!
次の日も病院での実習だった。相変わらず病院は混んでる。中でもお年寄りが多いが、皆元気そうに見えるのは私の目の錯覚か?先輩がヒソヒソと話してるのを聴き耳を立てて聞いていると、老人の殆どはどうやら薬で長生きしてるらしい。確かに平均寿命は延びている。
元気で長生きできるお年寄りの為に、少しでも役に立てる看護師を目指したい。
昼休みに麻美が恵美を連れてきた。さすが麻美だ。
「病院の実習は疲れるね」
「緊張するよね」
恵美は何も言わない。何か言わないと、昼休みが終わっちゃう。
「恵美はどうして看護師になろうと思ったの?」
麻美が聞いた。それそれ、私も聞きたい。
「お給料がいいし、一生できる仕事かなって思ったから」
なるほどね。言えてる。
「偉いね。一生働く気なの?」
「先のことはわからないけど、働きたいと思ってる」
「私も一生働きたいかも」
「私は夫によるな。夫が稼いでくれば専業主婦もいいかも」
結婚出来ればの話だけどね。麻美は結婚する気なさそうだ。恵美はどうなんだろう。
「恵美は付き合ってる人とかいるの?」
「いるわけないよ。女友達だっていないのに」
「私達はどう?友達だよ」
「そう、私達なかなか面白いよ」
「どうして?こんな私にどうして?」
「こんなって何よ、私達とどこが違うの?何も変わらないでしょ」
「一人もいいけど、仲間がいた方がいいこともあるよ」
恵美はまた何も言わなくなった。直ぐに答えなんて出ないよね。いきなりだもん。お昼休みは終わってしまった。麻美は恵美に明日もお昼誘うねって言っていた。恵美は少し笑ったようにみえた。笑った顔が可愛かった。
午後からは入院病棟へ移った。小児病棟では軽い患者さんの部屋を回った。あちこちで泣き声が聞こえてきた。痛いのか寂しいのかわからなかった。子供の泣き声は聞いていて切なくなってくる。何もできない自分が情けなかった。
「ねえ、遊ぼうよ」
小さな男の子が私の手を触ってきた。三歳くらいかな。
「まだ遊べないよ。部屋に戻りなさい」
看護師さんがそう言ってその子を部屋に連れていった。その子は黙ってベッドに戻った。四人部屋だった。他の子達もちゃんとベットに座っていた。大きい子でも五歳くらいにみえる。
「この部屋の子達は二、三日で退院する子なの。皆病状は軽い子ばかり」
「風邪とかですか?」
「喘息持ちが多いかな」
その後看護師さんが驚くことを話した。今は小児科の入院患者が減ってるというのだ。医学の発達もあるけど、少子化が進んでいて、子供の数より犬や猫の数の方が多いと言うのだ。それから子供用の紙おむつよりも、大人用の紙おむつの方が売れてるという。今の世の中は、本当に高齢化が進んでいるということだ。
ここに入院している子達が元気になって大人になり、子供を産んでほしい。貴重な子供達だ。
一人でも多くの患者さんが元気になれるよう、私はしっかり看護師を目指して勉強しなければ。その為にも早く犯人を捜したい。
次の日のお昼にも麻美は恵美を連れてきた。恵美の表情がいつもと違ってるように見えた。
私達は食べるのがとにかく早い。私と麻美は高校の時の昼休みに、卓球で遊ぶのが日課になっていて、その卓球台が早い者勝ちだった為に早食いになったのだ。その私達に負けないくらい恵美も食べるのが早くて驚いた。
「私達って食べるのも早くて似てるね」
「その方が昼休みが長く使えてお得だよね」
麻美が面白こと言う。恵美も笑った。
「早食いって体に悪いんだけどね。ついつい早くなっちゃう。でも幸恵と麻美と一緒で良かった。誘ってくれてありがとう」
「おせっかいなおばちゃんみたいなことしちゃって、怒ってるかと思ってた。恵美が笑ったの初めて見たかも。良かった」
「恵美は笑ってる方がいいよ。可愛いよ」
「ホント?可愛いなんて初めて言われた!嬉しい!」
「ホントだよ!羨ましいな。麻美は美人だしさ、私なんていいとこひとつもないし」
「幸恵だって…えーと、なんかあるよ!」
「それどういうこと?何か一つ上げてよね。何にもないみたいじゃない」(笑い)
「ごめん、ごめん。あっ、性格がいい!」(笑い)
恵美も笑ってる。
「明日もお昼一緒に食べよう!私小児病棟で実習してるんだけど、元気がない子供達みてると気が滅入るから、こうして笑わないとさ」
「幸恵は小児病棟?それは辛いね。私達は骨折で入院してる患者さんが多い病棟だから、時間が経てば治る人が多いからね。まだ気が滅入ることはないかな」
「うん。痛そうだけどね」
「私一人っ子だから子供の扱いわかんなくて、可愛いんだけどめんどくさい」
「めんどくさいって?それ本音だね」
「その点恵美は兄妹いるみたいだから平気でしょ?」
「そうでもないよ。今まで人と関わってこなかったから、これからは変わらないとね」
「三人で力合わせて頑張ろう」
二人は頷いた。そして昼休みが終わり、午後からは長く入院してる子の部屋を回った。
六歳の女の子の体を拭いていた。その体はとても細くて私は涙が溢れだした。看護師さんが目で叱ってるのがわかったが、どうにも涙は止まらなかった。部屋を出てからもちろん叱られた。さっき頑張ろうって誓ったばかりなのに。もう失敗してしまった。
「患者の前ではこらえなさい。特に子供は敏感だから気を付けて」
「すみません。あの子はどうしてあんなに細いんですか?」
「腸の病気で、あまり食べられないの。それにご両親もあまり来られなくて、可哀そうなのよ。時間があったら声かけてあげてくれる?」
「はい。でも何て声かければいいんですか?」
「なんでもいいの。漫画とかテレビの話でもなんでもいいの」
「わかりました」
それから次々と女の子や男の子の体を拭いてまわった。中にはくすぐったいとか言って笑いだす子もいた。どの子も一番最初の子より元気だった。少し時間ができたので、早速あの女の子の部屋に行った。その子は倉田里香という名前だった。
「里香ちゃん、調子はどう?お姉さんまだ学生だから、体拭くのへたくそでごめんね」
「大丈夫」
里香ちゃんはそれだけ言って黙ってしまった。人見知りだろうか。それとも避けてる?
「里香ちゃんは好きな本ある?」
黙ってる。答えてくれない。
「お姉さん本読むの得意なんだよ!好きな本あったら読んであげるよ」ホントは得意じゃない。やっぱり答えてくれない。仕方ない、また明日来るしかない。
「また来るね」
私はそっとドアを閉めた。そんなに簡単にいくわけないよね。他にも患者はいるし、皆どんな風に対処してるんだろう。私にやっていけるだろうか。不安になる。
バイトで関君に相談してみようか。
「さんちゃん、子供が気をひくことってなんだろう」
「急になんすか?」
私は今日の出来事を話してみた。ちょうどお客が居なかった。
「ゆきちゃんペット飼ってましたよね?写真見せてみたら?」
「なるほどね、早速携帯に撮ってある写真を現像してみる。さんちゃんいいこと言うね」
「入院してる子は心のケアとかも必要ですよね。ゆきちゃん笑顔で乗り越えて下さいよ」
「了解!ありがとう」
ポヨとスワンの写真はたくさん撮ってあった。自分でいうのもなんだが可愛いのばかりで迷ってしまう。ポヨとスワンが寝転がってるのと、ポヨがお座りして手を舐めてるのと、スワンが舌を出してるのを選んだ。スワンはまるで笑っているように見えて、私が大好きな写真だ。里香ちゃん喜んでくれるといいな。その日はウキウキしながら病院へ向かった。
小児病棟は朝からバタバタしていた。また入院患者が増えたせいだろうか。そんな忙しい中、
お洒落をした四十代くらいの女性が現れた。
「里川様、おはようございます。今日も素敵ですね」看護師が声をかけた。
「いつもご苦労様。これ皆さんで食べてね」
「ありがとうございます。隼人君もうすぐ退院ですね」
「皆さんのお陰ね」
そう言ってその女性は隼人君の部屋へ入って行った。
「今日も香水の匂いがキツイっていうの!むせるわ」
えーっその変わりよう?ホントは嫌ってるの?
「隼人君のお母さんですよね?」
「そう、いつも手土産持ってくるけど、そんなもんいいから毎日来いって感じ。専業主婦のくせに毎日何やってるんだか」
「専業主婦ですか?お金持ちなんですか?」
「そう、自称社長夫人らしいよ」
自称って何だよ?しかもたまにしか来ないって、隼人君も寂しい想いしてるのかな。ポヨとスワンの写真見せてあげよう!それから在庫の確認の手伝いをして、ウロウロしていたら、
「いって」ぶつかった。
「すみません」頭を下げて見上げてみた。えーイケメン!初めて見るイケメン!
「大丈夫?気を付けて」
「は、はい」それは白衣を着た先生だった。細くて背が高くてきりっとした目、少女漫画にでも出てきそうな素敵な人だった。あんなにカッコイイのに頭もいいなんて、しかも若い!
何て名前なんだろう。小児科なのは間違いないとして、追いかけてみる?ダメダメ余計なこと考えてる場合か!仕事の続きをしなくては。
「あのー今すっごいイケメンな先生に出会ったんです」
早速看護師さんに聞いてみる。余計なことを考えてる私。
「えー?誰だろう、年齢は?」
「若いです。一瞬だったんですけど」
「じゃあ柴田先生かな」
「柴田先生っていうんですか?」
「多分ね。他にイケメンいないかも。しかも独身で三十歳!モテモテだよ」
「そうですよね。モテモテのはずですよね」
高嶺の花ってこういうことをいうのね。一揆に覚めてしまった。私が好きになる資格なんてないのである。一目惚れってやつだった…気を取り直して、里香ちゃんの部屋に行った。
「里香ちゃん、こんにちは」
里香ちゃんはチラッと見ただけで、窓の外を眺めていた。
「見てーこれお姉さんが飼ってる猫と犬だよ。里香ちゃん動物好き?」
「かわいい」
里香ちゃんは小さな声でそう言った。良かった!反応あり!
「かわいいでしょ。猫はお腹がポヨポヨしてるから、ポヨって名前で、犬は白鳥みたいに白いからスワンって名前なの。どっちも女の子だよ」
「いいな、私も飼いたいけどママがダメって言うの」
「里香ちゃんの病気が治って、もう少し大きくなったら飼って貰えるかもよ。その写真気に入ってくれたの?里香ちゃんにあげるね」
「くれるの?ありがとう。ポヨちゃんとスワンちゃんだね」
「そう、ポヨとスワンだよ」
里香ちゃんは嬉しそうだった。でもまるで籠の中の小鳥みたいに見えた。早く外で遊び回りたいだろうに。いつになったら退院できるんだろう。
「また来るね」
里香ちゃんは小さな手を振ってくれた。私は嬉しいような切ないような気持ちだった。次に隼人君の部屋に行ってみた。
「こんにちは」もうお母さんの姿はなかった。
「誰?」
隼人君は小学三年生だ。生意気ざかりかもしれない。
「昨日来たじゃない、吉沢幸恵です。隼人君ペット飼ってる?」
「飼ってる」
「えー何飼ってるの?」
「トイプードル」
やっぱり金持ち。うちみたいな雑種じゃないわね。
「なんて名前なの?お姉さんも飼ってるよ。犬と猫」
「ルフィっていうんだ」
「ルフィ?もしかしてあのアニメと一緒?」
「そうだよ。お姉さんの犬と猫の名前は?」
「猫はポヨで、犬はスワンっていうの。どっちも雑種。今度写真みせるね」
「ポヨとスワンか。ポヨポヨしてるからでしょ?それと白鳥みたいに白いの?」
「なんでわかるの?隼人君頭いいね」
「そんなのすぐわかるよ」
「隼人君、兄妹はいるの?」
「お兄ちゃんがいるよ。僕と違ってなんでもできるお兄ちゃんがね」
それって、お兄ちゃんに嫉妬してるの?こういう時何て言葉掛ければいいのかな。迷ってると。「お姉さんは?」
「私は一人っ子。だから隼人君が羨ましいよ。なんでもできるお兄ちゃんがいて。頼もしいな。そんなお兄ちゃんが居たら」
「頼もしい?そんなこと思ったことなかった」
「お兄ちゃんも隼人君のこと心配してるよ。退院したら色々な事教えてもらいなよ」
「教えてくれるかな」
「今まで教えてって言ったことなかったでしょ?今度は言ってみたら?」
隼人君は黙っていた。何かを考えてるみたいに。
「また来るね」
私は隼人君に手を振った。隼人君も手を振ってくれたが、笑顔はなかった。
お昼になり、また三人で食べた。二人共疲れているようだった。
「ねえ、小児病棟にイケメンな先生発見したよ!一目惚れってやつ?経験した」
「イケメンな先生?若いの?」
「私も見てみたい」
思った通り、二人はパット顔が明るくなった。意外にも麻美も食いついてきた。明るい話題はイケメンの話に限る。
「それがね、三十歳で、独身、柴田龍って名前なの。しかもモテモテらしいよ」
「イケメンで独身の医者ときたらモテない方がおかしいよ」
「それで肝心な性格はどうなのかな?」
「そこまでは分かんないけど、性格悪かったらモテないでしょ。麻美のお兄ちゃんもイケメンで、医者めざしてるよね」
「えー?麻美にそんなお兄さんがいたの?」
「いる。たいしたことないよ、あんなのイケメンとは言わないよ。しかも医者になっても破医者だよ」
「またまた、謙遜しなくても、麻美のお父さんもお医者様なんだよ」
「どおりで、私とは住む世界が違う気がしてた」
「おんなじ世界だよ。私はお父さんとも兄とも違う。恵美や幸恵と同じ看護師を目指してる。
私達は一緒だよ」
「麻美はいつもいいこと言うね。その通りだよね。私なんか両親いなくて、おばあちゃんと暮らしてるんだよ。恵美は兄妹も両親もいるんでしょ?」
「うん。お父さんは今入院してるけど、幸恵はどうしていないの?」
「小学生の時に亡くなったの。今度ゆっくり話すよ。聞いてくれる?」
「もちろん、私の話も聞いてほしい」
「この実習が落ち着いたら、ファミレス行こう!ドリンクバー何杯飲めるかなー」
「幸恵ったらいつもよく飲んでるよね」
「当たり前!もとをとらなきゃ!」(笑い)
お昼休みは時間が経つのがいつも早い。特別早く進んでるみたいに。
午後、退院していく子を見送った。初めて小児病棟に来た時、「遊ぼうよ」って声かけてきた子だった。お母さんに抱っこされて、小さな手でお母さんの背中をしっかりと掴んでいた。凄く嬉しそうな顔していた。お母さんっていいよね。私も笑顔で手を振った。
「お大事に」
その時そのお母さんの顔を見てびっくりした。中学の同級生ではないか。もう母親なの?
彼女は私には気が付いていない様子で、小児病棟を後にした。彼女の名前はえーと、長谷川美奈だったかな。高校卒業してすぐ結婚したんだろうか。あっ、あの男の子の名前も長谷川俊だった。ってことはシングルマザー?余計なお世話だよね。でももし一人で育ててるとしたら、偉いな。しっかりしてる。頑張ってほしい。ぼーと考えていた。
「ぼーとしてるとまたぶつかるぞ」
「えっ?」
きゃーイケメン先生だ!残念またぶつかればよかった。先生は足早に行ってしまった。
先生達って皆歩くの早い。看護師さんも皆いそいそと動いてるし、「落ち着いて慌てずに即行動」ってどこかに書いてあった。病院って色々な意味で凄い所だ。
バイトを終え家に着くと、次の土曜日に、叔父さんの遺体を引き取って、火葬場で焼いてもらうことにしたと、おばあちゃんが言っていた。そして納骨するとも。だからその日はバイト休みなさいとも言われた。今週は犯人捜しをパスするしかない。私は二人にメールした。
「今週は犯人捜しはお休みします。叔父さんの納骨の為。また来週お願いね」
「了解」麻美は返信も早い。暫くして麻衣ちゃんから
「了解です。土曜日に報告するつもりだったんだけど、ゆきちゃんのお母さんの浮気相手の宮本啓介が死にました」
えっ、どういうこと?私は驚愕した。なんで死んだの?私は直ぐに麻衣ちゃんに電話した。
「もしもし、どうして死んだの?麻衣ちゃん知ってるの?」
「びっくりしたでしょ?私も驚いた。実は昨日、宮本啓介が働いてる職場の同級生と会ったの。そしたら、二日前の朝布団の中で死んでいたらしいの。心筋梗塞らしいよ」
「心筋梗塞って、だってまだ若いでしょ?」
「四十歳だって、心の病もあったらしいから、心臓も弱ってたのかもね」
「心の病?」
「心臓悪いから会社休んでたのかな。もう少し調べてみるね」
「麻衣ちゃんありがとう。でも無理しないでね」
「うん、大丈夫。動いていた方が変なこと考えなくていいから、だから心配しないでね」
電話を切った後、私は背筋冷たくなった。犯人捜しを始めてからこれで二人が亡くなった。これは偶然の出来事なのだろうか。容疑者は四人。二人が死んで、もう一人は入院中だ。この男も永くはないだろう。残りは紀子伯母ちゃんだ。嫌だ紀子伯母ちゃんに何かあったら嫌だ。どうしたらいいの?やっぱり紀子伯母ちゃんにもう一度相談しよう。次の土曜日がいい。おばあちゃんにも聞いてもらった方がいいだろうか。
その日はあの隼人君が退院することになっていた。私はポヨとスワンの写真を手に隼人君の部屋に向かった。
「オハヨー今日はいよいよ退院だね。おめでとう!これ私の妹達」
そう言って写真を見せた。
「かわいいね。僕本当はこんな犬が欲しかったんだ。だけど毛が落ちるからって、トイプードルになったんだ。今はルフィもかわいいけどね」
あのお母さんでは納得だよ。確かに部屋中毛だらけだもの。
「そうなの?でも私の友達なんか、大の犬好きなのに飼って貰えないよ。隼人君は飼ってもらえるだけ幸せだよ。その写真、よかったらあげるよ」
「いいの?ありがとう。その友達かわいそうだね」
ようやく隼人君が笑ってくれた。それに優しい子なんだと思った。えっ、この匂いは…
「隼人、支度できてる?」
お母さんが入って来た。今日も香水の匂いがキツイよ!
「あら、新人さん?」
「学生です。今実習で来ています。隼人君はとてもいい子ですね」
「それはどうも。さっ、早くしなさい」
私は隼人君に手を振って部屋を出た。隼人君は笑顔で手を振っていた。
楽しみなお昼休みが来た。麻美と恵美は何やら話ながら私の席までやって来た。
「今日はさ、火傷の患者さんが来てね、それはそれは大変だったんだよね」
「火事にあったらしくて、ひどかったんだけど、命には別状なかったよね」
「それなら良かったね。火傷の患者さんは初めてかも」
「そうなの、私達も初めてだったから、焦ったよね」
大分二人は仲良くなっていた。そういえば私はどうして一人で小児病棟だったんだっけ?
「いいな、二人は同じ病棟で、なんで私は一人なの?」
「くじ引きでそうなったでしょ?忘れたの?」
「えー?そうだっけ?やだ忘れてた」やばいぞ私!
「考え事ばっかりしてるからだよ」
「ホントだね、最近色々なことが起きて、頭回らないよ」
「もともと回ってないでしょ」(笑い)
「言い過ぎ!」(笑い)
そんな他愛もない話で盛り上がり、昼休みが終わり、書類の片付けを手伝った後、里香ちゃんの部屋に行ってみた。しかし、部屋は空っぽだった。近くにいた看護師さんに尋ねると、容態が急変して集中治療室に移動していた。私は胸騒ぎがしていた。あんな細い体で耐えられるのだろうか。心配になり集中治療室の前まで行ってみた。里香ちゃんのご両親らしき人が椅子に座っていた。めったに来ないご両親もさすがに来ていたんだ。良かった。私は少しホットした。自分の持ち場に戻ると、看護師さんが言っていた。里香ちゃんのご両親は共働きで、しかも病院から車で一時間も離れてる場所に住んでいる為、めったに来れないのだと。だから里香ちゃんは寂しくていつも元気がないのだとも。私は切なかった。ただ、可哀そうな子は里香ちゃんだけじゃないとも言っていた。まだ私が入っていない部屋がある。小児がんの子達の部屋だ。だが私はそこへ行くことはなかった。小児病棟も明日が最後だった。あーぁイケメン先生ともお別れだー、悲しすぎる…
今日は関君がバイトを休んだ。関君が休むなんて珍しい。また合コンでもあるのかも。
家に着いて私は麻美にメールした。昨日麻衣ちゃんから聞いた話を伝えておきたかった。
麻美からは直ぐに返信があった。
「また死んだの?本当に心筋梗塞だったのかな?」
「詳しいことを麻衣ちゃんが調べてると思う。それから土曜日に、伯母さんにもう一度話を聞いてみるから、その夜連絡するね」
「了解。それにしても恵美、笑顔がでるようになって良かったよね」
「私も感じてた。人ってあんなに変われるんだね」
「人はいつでも変われるってことなんだね。でもさ、もともとあの子はいい子だからだよ」
またまた麻美はいいこと言う。確かに恵美は性格が良かった。
小児病棟最後の実習日、私は里香ちゃんのことが気になっていた。早速看護師さんに尋ねると、峠は越したが、元の部屋には戻れていなかった。今日も子供達の体を拭いたり、点滴の手伝いをしたり、大忙しだった。そんな忙しい中でも私はイケメン先生の姿を探していた。
だが、先生はお休みだった。「ちっ」心の中で舌打ちしてしまった。白衣の天使にはなれそうにない。
昼休みがきて、私達三人はまた他愛もない話で盛り上がり、お互い最後の病棟へと向って行った。さてと、笑顔で頑張るぞ!一週間もウロウロしていると子供達から、おねえちゃん、とか、ゆきちゃんとか呼んでもらえるようになっていた。子供達からそう呼ばれるのが、ものすごく嬉しかった。疲れもぶっ飛びそうなとまではいかないが、ここを去るのは寂しかった。帰る時もう一度里香ちゃんの部屋に行ってみた。里香ちゃんはいた。
「里香ちゃん、お姉さん今度から別の病棟に行くの、たまには会いに来てもいいかな?」
「うん。ポヨちゃんとスワンちゃんに宜しくね」
「里香ちゃん、きっと治るから、病気に負けないでね」
私はそんなことしか言えなかった。なんて言ってあげればいいのか分からなかった。ただ、泣くのだけは我慢した。そして里香ちゃんの手を握ってみた。里香ちゃんの小さな手はしっかりと私の手をぎゅっと握ってくれていた。暖かい手だった。
「また来るね」
私は手を振った。里香ちゃんも笑顔で手を振ってくれた。頑張って、さようなら。私は部屋を出た。どうか元気になって一日でも早く退院できますように。そう願わずにはいられなかった。
いつものようにバイトに行くと関君がもう来ていた。昨日のことを聞いてみた。
「合コンなわけないでしょ、実は母さんが入院したんです」
「えっ?どうして?」
「子宮筋腫ってやつ。お腹切って筋腫を取り出すことになったんです。十日間の入院で済む簡単な手術みたいですよ」
「良かった。驚かさないでよ」
「別に驚かしてないですよ」
「お母さんが入院すると何かと大変でしょ?バイトしてても大丈夫なの?」
「父さんがちゃんとやってくれてます」
「あら、いいお父さんだね。ますます親孝行しないとね」
「はい」
本当はお母さんのことが心配に決まってる。関君は優しい息子だ。
土曜日の朝が来た。またおばあちゃんの車に乗り、あの町に行った。車の中で私は、小児病棟の話をした。里香ちゃんのこととか、隼人君のこと、看護師さんの話もした。イケメン先生のことは言わなかった。言えなかった。まだまだそんな話は出来そうにない。
おばあちゃんは頷いたり、笑ったりして聞いてくれていた。そして車は警察署に着いた。
紀子伯母ちゃんもすでに到着していた。
「早かったね。ご苦労様」
「遺体は霊柩車に乗せてもらったよ。火葬場へ行きましょ」
「仕事早いね」
「伯母ちゃん、ありがとう」
紀子伯母ちゃんは昔から何でも手際がよかったと、おばあちゃんが言っていた。私達は火葬場へ向かった。警察署から火葬場までは十分程で到着した。火葬場で棺の中の叔父さんの顔を眺めた。あの日死んでた姿とは違って、髪が綺麗に整えられていた。叔父さんはまるで眠っているようだった。お父さんに少し似てるかもしれない。二人だけの兄弟。性格は全然違う兄弟だ。そして手を合わせて最後のお別れをした。「さようなら」
伯母ちゃんとおばあちゃんも手を合わせていた。心の中では何と言っていたのだろう。
二人は私と違って他人なのだ。係の人から約一時間程はかかると告げられた。私達は待合室でお茶を飲むことにした。和室の待合室には茶托と座布団が並んでいた。茶托の上にはお茶道具がおいてあり、伯母ちゃんが私とおばあちゃんにお茶を注いでくれた。
「お茶菓子でも持ってくればよかったね」
おばあちゃんがそう言いながらお茶をすすっていた。
「この後アパートに寄ってね。お昼準備してあるから」
「あら、紀子のアパート行くの何年振りかしらね」
そんな会話をしていたら、泣き叫ぶ声がした。私達は顔を見合わせながら声のする方を見た。
家族の誰かが亡くなって最後のお別れをしているのだ。悲痛な声に胸が締め付けられそうになる。これが当たり前のことなのだろう。九年前私もおばあちゃんもそして伯母ちゃんも、お父さんとお母さんとの最後のお別れで、あんな風に泣いていた。なのに今日は、誰も涙を流していない。別に悲しくない、そういうことなのか。そういうことなんだよね。
一時間が過ぎ、叔父さんの骨を拾って骨壺の中へ入れていく。九年前私はまだ子供だったからか、あまり憶えていなかった。骨を拾ったことを。その後お寺へ行き、和尚さんに拝んで頂き、お墓に納めて頂いた。これで終了。
伯母ちゃんのアパートへと向かった。
伯母ちゃんはお寿司の出前を取ってくれていた。私達が着いて間もなく、お寿司屋さんが来た。自分で漬けたという大根の漬物と、お吸い物も用意してくれた。お寿司は特上で、ネタが大きくて、種類も豊富でとても美味しかった。
「こんな時はさ、故人の思い出話とかしながら食べるんだろうけどね。あの人のことって殆ど知らないし、思い出したくないしね」
おばあちゃんがそんなことを言った。
「まさか結婚詐欺とはね。被害に合った女の人が気の毒」
「それもそうだけど、あの家どうする?」
「役所の人に相談して、なんとかする。そっちは私に任せて」
「お願いするよ。宜しくね」
「伯母ちゃんばかり大変だけど、宜しくお願いします」
「いいのよ。それくらい」
そして食べ終わると、伯母ちゃんはコーヒーを淹れてくれて、そして大きく深呼吸をした。
「今から大事な話があるの。信じられない嘘みたいな話をするから、心して聞いてほしい」
「えっ?もしかして?」私は思わずそう言った。
「何?もしかしてって?」
「そう、そのもしかしての話。今から九年前に起きたあの話」
私は胸がドキドキして手に汗握って聞いていた。おそらくおばあちゃんも同じだっただろう。伯母ちゃんは静かに話し出した。
「九年前のあの日、私は仕事を終え友人と食事に出掛けたの。でもその夜はもの凄い大雨で、早めに切り上げて友人と別れ車に乗り込んだ時、携帯が鳴った。英一さんからだった。私に電話してくるなんて、別れてから初めてのことだったから、嫌な予感がしたの。電話に出ると今から家に来てくれって言われた。様子がおかしかったから、私は訳も聞かずに急いで家に向かった。呼び鈴を押しても誰も出てこなくて、私はドアを開けた。鍵はかかっていなかった。廊下を抜けて、リビングに入った途端目に飛び込んできたのは、血まみれで倒れてる久子の姿だった。すでに死んでいたの。英一さんは、まるで死人のように椅子にもたれかかっていた。うつろな目で、私の姿を見つけると、英一さんは話出した。
久子は浮気をしていた。前から知っていたが、幸恵の為にも何とかしたかった。
夕飯の後で話合ったが、久子から出た言葉は愕然とするものだった。元々俺のことなんか好きではなかったと、ただ姉の恋人を奪い取るつもりだった。あんたみたいなつまらない男と結婚して失敗だったと、浮気の何が悪いのかと開き直って、笑いだした。俺は頭がおかしくなりそうだった。いや、おかしくなっていたんだ。紀子を裏切り久子を選んでしまったことが悔やまれて…だが今更遅すぎた。
そして俺を見下すように、紀子の悪口を言い出した。笑いながら。恐ろしい女だと思ったよ。
その時俺は殺すしかないと、とっさに包丁を握っていた。久子はそんな俺をみても笑っていたんだ。そんなことできるわけがないと久子は思っていたんだろう。しかし気が付いたら久子を刺していた。あっけなかった。あまりにもあっけなくて、俺はどうしたらいいのか分からなかった。その時紀子の顔が浮かんだ。紀子に頼むしかないと。君には申し訳ないことをしたね。本当にすまない。
そして英一さんは、私にお願いした。幸恵を殺人犯の子にしたくないから、手伝ってほしいと。英一さんは自分も死ぬしかないが、無理心中になることは避けたい、だから強盗が入って二人共殺されたという形にしたいのだと。もちろん私は止めた。幸恵を想うなら英一さんは生きて、償う道を選んでほしいと強くお願いした。でもだめだった。何を言っても無駄だった。私の知ってる英一さんはもうそこにはいなかったの。英一さんは手袋をはめて、部屋中の物を散らかし始めた。そして久子を刺した包丁で自分を刺すから、その包丁と手袋を隠してほしいと言われた。君にも罪をきせることになるけど、幸恵の為にやってほしい。優しい顔でそう言われ、私は頷くしかできなかった。私は止めることもできずに、ただ見ているしかできない臆病者なの。ゆきちゃんごめんね。本当はずっと黙っているつもりだった。隠し通せるものならずっと。ずっと黙っていたかったのに、ゆきちゃんが犯人を捜し出すって、私に会いに来た時、不安と恐怖で仕方なかった。ゆきちゃんに本当のことを知られるのが怖かったの。英一さんが最後に言った言葉は幸恵を頼む。だったから。
私は英一さんの最後を見届けて、包丁と手袋を持って急いで家を出た。帰った時、びしょ濡れの私の姿をお母さんは不振に思ったでしょ?あの二人が殺されたって知らせが来た時、お母さんは私が犯人だと思ったんでしょ?あの日からお母さんは私を見る目が変わったよね。一緒には暮らせないと思った。一生沈黙を守るはずだったのに…私は弱いわね。
英一さんとの約束は果たせなかってけど、今は重くて黒い塊を私の中から外へ出すことができた。そんな感じなの。この九年間本当に永かったし苦しかった」
長い話が終わりを告げた。伯母ちゃんは遠くを見つめていた。もう流す涙もないかのように。
私は崖の上から谷底へと突き落とされたような衝撃を受けながら、伯母ちゃんの話を最後まで聞いていた。悲しいというよりも驚きが大きくて、お母さんの言動、お父さんの行動、殺すということ、自殺するということ、他に選択肢はなかったの?夫婦仲が悪くても子供の為に我慢してる夫婦はいないの?子供なんか産まなきゃよかったのに!だんだん怒りが込み上げてきた。私は何のために犯人捜しを始めてしまったんだろう。憎い犯人を捕まえて、私は何をするつもりだったんだろう。バカみたいな私。犯人が父親だったなんて、あまりにも無情すぎる。だけど、ずっと心の中に閉じ込めておいた伯母ちゃんの気持ちを想うと、やっぱりこの言葉しか出てこない。
「伯母ちゃん、ありがとう」他の言葉が浮かばない。やっぱり私はバカだ。
「ゆきちゃん、お父さんを生かしてあげられなかった私を許してくれるの?」
「うん。だって多分、無理だったよきっと。お父さんとお母さんはその日死ぬ運命だったんだよ」私はいいこと言ったと思った。
「幸恵偉いよ。そうだね。私もそう思う。あの二人はあの日で人生終わることになっていたんだよ。紀子には悪いことをしたね。久子は小さい頃から紀子の物をなんでも取り返してきた。紀子はいつも妹のいいなりだったけど、英一さんを渡したことは、一番の誤りだったね。私がもっと久子を叱っていれば、こんなことにならなかったかもしれないね。それは私の一番の誤りだ。だけどせめて私にだけは話してくれれば、そんなに苦しまなくてすんだだろうに。気が付いてあげられなくてごめんね」
おばあちゃんは涙をながしながら、伯母ちゃんに謝っていた。そして紀子伯母ちゃんを疑っていたから、犯人なんか捜す必要はないと言ったのだろう。おばあちゃんも辛い想いをしていた。ずっとずっと。どうして私達家族はこんな運命になってしまったんだろう。この先私はどうしたらいいの?声をあげて泣きたかった。今は奥歯を噛んでこらえるしかないのだ。
「私、今から警察署に行って何もかも話してくる」
「私も付き添うよ」
「大丈夫。一人で大丈夫。お母さん、ありがとう。これからもゆきちゃんを宜しくね」
「伯母ちゃんはどういう罪になるの?」
「どうかな、自殺する人を助けなかったし、証拠も隠滅してるから…ちゃんと罪を償ってくるね」
おばちゃんはすっきりした顔になっていた。私とおばあちゃんは静かに伯母ちゃんのアパートを出て、おばあちゃんの車に乗り家へと向かった。
「幸恵もうすうす気が付いていたんだろ?お父さんとお母さんのこと」
「どういうこと?お父さんとお母さんの中が悪いのは知ってたけど。私は他に犯人がいると思ってたよ」
私はお父さんがお母さんを殺したなんて、想いたくなかったの?いや、そんなこと考えたくなかった?それとも信じたくなかった?本当はどうだったの?頭が変になりそう。
「本当の犯人がいたらちゃんと捕まっていただろうかね。でもね、紀子が悪いんじゃないよ。あの子は小さい頃からおとなしい子でね。反対に久子は気が強くて、紀子は喧嘩するくらいなら自分が我慢するって、ずっとそうやって我慢してきたんだけど、さすがに英一さんを取られた時は何日も泣いていたよ。私は何もしてあげられなかった。あの時私はどうすればよかったと思う?」
絶句。お母さんって最低じゃないか。私にもあまり優しくなかったかもしれない。お母さんとの思い出はなんだっけ?えーと、えーと、参観日にも来なかった、遠足のおやつを買いに行ったのはお父さんとだった、お母さんの得意料理も思い出せない。愕然とした。
「おばあちゃんも紀子伯母ちゃんも、お父さんも悪くないよ。お母さんが、お母さんが悪いから死んだんだよ」
おばあちゃんは何も言わなかった。お母さんも自分の娘だもの、私は余計なことを言ってしまったのだ。
私は麻美と麻衣ちゃんにメールをした。
「犯人がわかりました。今から会える?」
「どういうこと?取り敢えず幸恵の家に向かうね」
「えー?誰なの?今からゆきちゃんの家に向かうね」
数分後家に着いた。麻美はもう家の前まで来ていた。おばあちゃんに訳を話して、私は麻美の車に乗った。麻衣ちゃんは電車で向かってるらしく、二人で駅まで迎えに行った。
麻美は何も聞いてこなかった。麻衣ちゃんは駅前のポストの前に立っていた。
麻衣ちゃんを乗せてから海へ向かった。麻美は静かに話せる場所、海の見える駐車場に車を止めた。二人は私の顔を見つめている。私はおばちゃんが話してくれたことを話し出した。
二人は途中、悲鳴のような声をあげていた。犯人がお父さんだと知った時だ。二人は信じられないとも言っていた。そう、私は殺人犯の娘なのだ。最低な母親と人殺しの父親の血が流れてる娘。この二人は私をどう思うだろうか。もう親友でいれくれないかもしれない。
暫く沈黙が続いたが、最初に話しだすのはやっぱり麻美だった。
「犯人やっとわかったね。まさかお父さんだったとは驚きだけど、娘の為に隠したかった気持ちわかるな。幸恵のお父さんは娘想いの優しいお父さんだよ。殺したのは他人だし、世の中には親や子を殺す人もいるでしょ、夫婦は他人だから、まだましだよ。幸恵は辛いだろうけど、前を向いて歩いていくしかないんだよ。隠してくれた伯母さんの為にも」
「ゆきちゃん、私も驚いた。ゆきちゃんちもお父さんとお母さん仲が悪かったんだね。私の両親だってそうなったかもしれないもの。本当はゆきちゃんのお母さんのせいで仲が悪くなったわけじゃないんだ。元々そんなに仲がいいわけじゃなかった。だからお父さん出て行ったんだよ。だからゆきちゃん、元気だして」
「私は殺人犯の娘だよ。いいの?」
「何言ってるの!幸恵は幸恵でしょ」
「そうだよ、ゆきちゃんは関係ないじゃない。もう忘れようよ、ねっ」
「二人には犯人捜しなんか手伝わせて、本当にごめんなさい」
私は頭を下げた。私にはもったいないほどのいい友達に。
「だからいいってば、頭あげてよ」
「もういいよ。私は犯人捜し楽しかったよ。結局あの宮本って人も犯人じゃなかったね。浮気がばれてから奥さんと上手くいかなくなって、病んでたみたいだよ。それから、私二人のお陰でやりたこともみつかったんだよ」
「えっ?何?」
「決まったの?」
「二人が看護師さんになるじゃない、私もあやかりたくて、でも看護師は無理だから、医療事務の勉強して、私も病院で働くの。どう?いいでしょ」
「いい!それいいと思うよ」
「うん、麻衣ちゃんそれいいよ。勉強してるの?」
「そうなの、もう始めてる。資格とって二人と同じ病院で働きたい。あとね、ママが笑ってくれるようになったの。私が変わったからかもね」
「良かった!これから一緒にがんばろう!」
「麻衣ちゃん、本当に良かったね。二人共今までと変わりなく仲良くしてくれるの?」
「当たり前だよ」
二人同時に言ってくれた。私は嬉しかった。もの凄く嬉しかった。
「ねえ、お腹すかない?」
「麻衣ちゃんたら!」(笑い)
車はファミレスに向かった。
家に帰るとおばあちゃんが私を待っていてくれた。
「今日は色んなことがあったね。疲れたでしょ?」
「おばあちゃんこそ疲れたでしょ?もう寝たら?」
「紀子から連絡あったよ。いい弁護士さんを役所の友人が紹介してくれたから、心配しないでって」
「良かった。これから私にできることがあったら言ってね」
「幸恵が学校卒業して、看護師さんになったら色々お願いしようかな」
「うん」
私は布団の中であれこれと考えていた。お母さんを殺したお父さんのこと、お母さんからお父さんを奪われ、そして罪をかくしていた伯母ちゃんのことを。考えたってもうどうしようもないことなのに。あっ、叔父さんはお父さんにあの世で会ってるね。麻美が言った言葉も胸にズキンときた。夫婦は他人なんだからまだましって?私にとっては他人じゃないよ。血のつながった両親なのに…でもどん底に落ちた私は、這い上がって生きていくしかない。おばあちゃんや伯母ちゃん、麻美と麻衣ちゃんの為でもなく自分の為に私は生きていく。
今日は朝からバイトだ。お客さんが来れば、普段と変わらない笑顔で対応してる自分がいる。こうして何もなかったように生きていけるのかもしれない。私は強くなってるのだろうか。昼休みに関君を公園に呼び出した。そして事件の真相を話した。
「そうだったんですか。思ってもみない展開だな。犯人も捕まらないわけですね。ゆきちゃん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。普段と変わりなく行動してる自分にビックリしてる。案外強いものだね」
「それって、強いのかな?」
「えっ?強くないの?どういうこと?」
「わかんないけど、無理してるだけじゃないの?」
「じゃあ、部屋にこもっていつまでも泣いてればいいの?そんなことできないよ、バイトは休めない、学校だって休めない、普通に生活があるんだもの」
「ごめん。そういう意味じゃないんだ。ゆきちゃんが心配なんだよ。このまま普通に生きていければいいんだけど。強くなる必要はないんだ。弱くたっていいじゃないか。泣きたい時は大声で泣けばいいんだよ」
私はすでに泣いていた。確かに無理していたのかもしれない。涙はとめどもなく流れ出した。ゲリラ豪雨のように。
「僕も色々考えたんです。ずっとこのまま犯人を憎んで生きてきたけど、妹はもう帰らない。
世の中には病気や事故で亡くなる人達がいる。内容は違っても亡くなることは同じだから、考え方を少し変えてみようかと思ったんだ。ゆきちゃんと話してるうちに、そう思えるようになったんだ。恨みの呪縛から解き放されたいと思ってね」
「さんちゃん、私なんか何も役にたつこと言ってないけど、でもさ、犯人にも家族がいるんだよね、辛い想いをしてる家族がいるんだよ。「罪を憎んで人を憎まず」だっけ?」
「それ孔子?ゆきちゃん、いいこと言うね」
「本当はそんなに寛大じゃないけどさ、前を向いて生きていくしかないものね」
「うん。僕も前を向いて生きていくよ」
「さんちゃん、色々ありごとうね」
「こちらこそ!これからも僕で良ければ何でも相談乗りますよって、結局僕は役に立ってなかったですよね」そう、ほとんど麻美と麻衣ちゃんのお陰だよ。
私達は笑顔になっていた。昼休みはあっけなく終わった。
数日後、紀子伯母ちゃんの記事が新聞に載った。「九年前に起きた夫婦殺人事件は、夫による無理心中だった。妻の姉である吉沢紀子被告が自首してきた。罪は証拠隠滅罪、自殺幇助罪である」その記事はとても小さいものだった。伯母ちゃんの罪は軽いものになるだろうと、おばあちゃんが言っていた。そう願いたい。
学校では相変わらず実習が続いていたが、病院の都合で午後から帰宅していいことになり、私達三人はカラオケに行くことになった。私は高校生の時以来ずっと歌ってなかったが、なかなかいい声が出ていた。麻美は一人カラオケしてるだけあって、まるで歌手みたいに上手かった。恵美はもちろん初めてのカラオケだと言っていた。最初は恥ずかしそうにしてたけど、聴いてビックリ!チョー上手い。
「何よ二人共、私の出る幕ないじゃん!ホントに恵美は初めてなの?」
「初めてだよ、そんなに上手くないよ。幸恵ったらお世辞でしょ?」
「お世辞なんか言わないよ、何にも出てこないでしょ?」(笑い)
「少し休憩!」
麻美はそう言ってジュースを飲んでいる。私も恵美もジュースを飲みながら次に歌うのを探していた。
「カラオケって楽しいね。私の家はね、お父さんが職場の同僚の保証人になって、その人が事業に失敗してとんずら、それで多額の謝金を背負わされたの。お父さんもお母さんも真面目に働いて建てた家も失った。借金返済の為に二人は仕事を増やすしかなくて、新聞配達をしていた。そしたら、お父さん体調崩して入院。今も家には帰れない。私はそのとんずらした人が憎かった。私達の運命を変えたそいつのことが。でもね、お父さんもお母さんもその人のこと悪く言わないんだよ。人が好過ぎるでしょ、バカみたいだよね。優しい両親なの。だから私は一生懸命は働いて、小さくてもいいからもう一度五人で暮らせる家を買うのが夢なの。家族と一緒なら私は幸せだから、他人が何と言おうと、全然平気だった。友達なんていらないって思ってた。だからいじめにあったって耐えられた。だけど、麻美と幸恵と仲良くなれて、友達っていいなって思ってる。ありがとう」
そういうことだったんだね。いいな、優しい両親で。家族仲良しで。羨ましい。
「恵美が羨ましいよ。恵美には私にはない宝物を持ってるね」
「えっ、麻美何言ってるの?」
私と恵美が同時に聞き返した。
「私の家はお父さんが医者だから、お金には困ってないけど、両親仲良くないし、皆必要意外のおしゃべりなんて誰もしない。それって家族といえるのかな?テレビドラマで家族皆が仲良くしてる場面が出ると、ムカついてチャンネル変えてた。一家団欒ってやつ大嫌い。幸恵は両親いなくておばあちゃんと暮らしてた。だから親友になれたんだと思う。私の心の中には、悪魔が潜んでるの。だから卒業したら、あの家を出る。前から決めてるの」
「悪魔だなんて大げさだよ。麻美はそんな両親と暮らしていても、心は綺麗な人だと思うよ。だって私と友達になってくれたんだもん。それに家族のこと宝物だなんていう人初めてだよ」
恵美は私が言おうとしてたことを全部言ってしまった。
「そうだよ。いつも麻美に元気もらってるんだから。でも私も恵美が羨ましいよ。実はお父さんがお母さんを殺したんだ。それ知ったのつい最近。頭おかしくなりそうだった。でも麻美が私を励ましてくれた。そのお陰で今もこうして生きてる。これからも前を向いて生きてくつもり。もうどんな困難にあったてくじけない自信が付いたよ。考え方ひとつ変えるだけで、良くも悪くもなるよね。どうせならいい方がいいもんね」
「幸恵、たまにはいいこと言うじゃない」(笑い)
「でしょ!」(笑い)
「宿命は変えられないけど、運命は変えられるって何かに書いてあったよ」
「そうなの?つまり私の両親が死んだのは宿命だったんだね。私達の運命が良くなりますように!」
「えっ?恵美?」恵美が泣いていた。私なんか変なこと言ったっけ?
「ごめん、幸恵がそんなことになってたなんて、辛かったね。私自分のことばっかり考えてた。麻美も幸恵も幸せそうに見えてたから。人は見かけによらないね」
「そういうこと!」二人同時に応えていた。
それからまた歌いだした。大きな声で、心の中のモヤモヤや、悲しくて辛い出来事を全部吐き出すように。大きな声で、私達三人は歌った。
おわり
最後まで読んで頂きありがとうございます。何の罪もない人達が殺された時、残された家族の苦しみは計り知れないものです。誰もそんな不幸な想いはしたくないのに、運命とは残酷なもの。それでも主人公の幸恵は明るく必死に生きていく。
人の命を助ける看護師を目指し、かけがえのない残された家族と友人と共に。私達は決められた運命をいかに楽しく幸せに生きていくべきなのかを、この物語で役立つことができれば幸いです。
人は幸せになるために生きていると思いたい。