悪役令嬢、領地に向かいます
そうして月日は流れ、7度目の私の誕生日。
王宮へ足を運びながらも、着々と準備を進めて来た私は、この国の知識など覚えられる事はある程度覚えた。前世の記憶を活かし、大事に温めていた計画がやっと進める事ができる。
領地で暮らします宣言をして、一週間。
結果的に事前に調べておいたお陰で、説得は上手くいった。跡取りがいない事、女性でも当主になれる事、私がもし仮に殿下の婚約者にでも選ばれたらどうするのか。
まあ、シナリオ通りなら婚約者になってるけど、なりたくないので父には念押ししておいた。
それに叔父は今だに独身だ。訳あって、結婚をしない事は知っていた。
叔父にも跡取りがいないとなると、養子は遠い親戚筋を頼らなければいけなくなるが、そこまでしなくても私がいる。
私を激愛している父が、殿下の元へ嫁にやる筈がない。
この歳にして、この知識量。父は頷くしかなかった。
叔父は意外と賛成してくれたし。母は話が難し過ぎたのかついて来れてない。
こうして、晴れて私は領地で暮らす事になった。
最後の最後まで父は領地へ行くのを反対していたけど。理由は私と長い間、離れ離れになるのが嫌だからだと。
そう簡単に行き来出来る距離でもない為、寂しい気持ちは私も同じだった。前世の歳と合わせたら私の年齢はもう三十路なのだが、今の家族も大切に思っている。
本来のシナリオだったら、家族を放ったらかしで仕事人間の父、そんな父に精神的に病み寝たきりになる母。そして、両親に放置されて性格が歪み我儘に育つ悪役令嬢だった。
現状はそんな欠けらもなく、妻と娘を激愛しどれだけ仕事が忙しくても家族を大切にする父と、父と今だに新婚夫婦みたいに仲が良く優しい母、親に放置される事もなく、過保護過ぎるくらいに甘やかされ我儘どころか、宝石や派手なドレスに全く興味を持たない令嬢となった。
前世から着飾ったりするのは好きじゃなかったし、シンプルな服が好みだったから仕方ない。
私の領地行きを許可した父は勿論、宰相の身である為、私と一緒に領地へ行く事は出来ないので、そのまま王都の邸に残る事になった。『ろくに休みも取れない宰相なんて辞めてやる!!』と喚いていたのはスルーしておいた。
母は私と離れたくないが、父を王都に一人にしておくのも心配(会えないと寂しい)で定期的に領地と王都を行き来する事で話がまとまった。
善は急げという事で、話をしてから一週間後、私は叔父と共に領地へと旅立とうとしていた。準備は勿論前々から内密にしていたので、本来なら一ヶ月はかかる所を一週間で終わらせた。
私が領地で暮らす事が決まり次第すぐに叔父は領地へ手紙を送った。領地へ行くのに一ヶ月程かかるので、
母は一ヶ月後此方に来るらしい。
殿下には一応、何も言わない訳にもいかない。友人として手紙を書いておいた。当たり障りのないように。
手紙は私が邸を出てから届けてほしいと頼んでおいた。見送りに来られるのも嫌だし、万が一、領地行きを止められたりしても厄介だ。
これで、殿下ともお別れだ。乙女ゲームのシナリオ通りには絶対にさせない。私はのんびり静かに暮らしたい。
「リリー、行こうか」
「ええ、叔父様」
荷物の積み込みを終えた叔父が私の元へとやって来た。私は馬車に乗り込むと叔父と一緒にローランド領地へと向かうのであった。
王宮のとある一室
「殿下、ローランド令嬢からお手紙です」
「リリーから?手紙なんて、珍しい」
本を読んでいたレオンの元に執事が一通の手紙を届けにやってきた。
レオンは読んでいた本を閉じると、執事から手紙を受け取った。手紙の封蝋を確認すると、ローランド家の紋章が捺されていた。
レオンは一瞬驚いた表情になるが、また先程の表情に戻ると無言のまま、その手紙を開けて読み始める。
「ふふ、リリーらしい」
「失礼ながら、ローランド令嬢は何と?」
手紙を読みながら、小さく笑うレオンに隣に控えていた執事は尋ねた。
「リリーはローランド領の領主、いやローランド家の当主になる為に、ローランド領地で暮らすらしい」
「なんと!」
レオンは驚く執事を横目にもう一度手紙を読み返した。
リリーベルの手紙には、ローランド領地の領主になるべく、領主代理である叔父の元で仕事を手伝い、ゆくゆくはローランド領主として、領地と領民を守る為に尽力する。その為に、領地で暮らす事となったので、王都から去ります。短い間でしたが、殿下とお話出来て楽しかったです。ありがとうございました。さようなら、お元気で。と淡々とした文で簡単に書かれていた。
「もう出てしまったのか、見送りに行けなくて残念だ。しかしどうしたものか」
「どうされましたか?殿下」
リリーベルが既に領地へ向かってしまっている事に残念そうに話すレオンは、執事の言葉に小さく溜息を吐くとまた話し出した。
「父上はリリーを僕の婚約者にしようとしていたみたいなんだけど、リリーが領主になるなら無理だよね」
「その様な噂は耳にした事がございます」
「僕も婚約者はリリーなら良いと思ってたけど、ローランド家には世継ぎがいないしね。次の当主になるなら必然的にリリーか。父上もそこまで考えていなかっただろうね」
話は終わり執事が部屋から出て行くと、レオンは静かに立ち上がり、窓辺へ向かうとローランド領のある方へと目をやった。
「次に会うのは、社交界デビューの時か待ち遠しいよ、リリー」
誰もいない静かな部屋で、リリーベルがいるであろうローランド領の方角を眺めながらレオンは小さく呟いた。