悪役令嬢、領地で暮らしたい①
「お父様、私はこれから領地で暮らします」
リリーベル・ローランドとして産まれて七度目の誕生日に、私は誕生日プレゼントの代わりに一つお願いを聞いて欲しいと父に言った。
そして家族だけの誕生日会当日に私は、煌びやかに飾られた食堂で、豪華な料理と大きなケーキ、そして山積みになった誕生日プレゼントに囲まれて、父と母、使用人達、そして一年に一度私の誕生日にだけ会いに来てくれる大好きな叔父の前で、お願いではなく、決定事項を伝える。
私の言葉に先程まで賑やかだった部屋は一気に静まり返る。
一番先に反応したのは父だった。私の言葉に固まっていた父は我に返って、即座に私ではなく叔父の顔を物凄い形相で見ていたが、同じく我に返った叔父は無言で、首が取れるんじゃないかと思うくらいに激しく首を横に振っていた。
ああ、お父様は叔父様が私を唆したと思っているのか。
ローランド家には跡取りがいない。私は一人娘だ。
私の父はライモン・ローランド公爵で、アスタルト王国の宰相として王に仕えているが、公爵家の当主でもあり、王都から遠く離れた土地を代々任されている。俗にいう辺境の地って所で、王都から一か月程かかる距離にあるが、王宮での仕事が忙しく領地まで手が回らないので、父の弟である叔父に領地の経営を任せているのだ。
叔父は代理領主の為、長く領地を離れる事が出来ないので、一年に一度、私の誕生日の日にだけ王都へ来てくれるのだ。
話は逸れたが、どうして私が辺境の地にある領地で暮らしたいって?勿論、それにはちゃんとした理由がある。
「リ、リリー?誕生日プレゼントはいらないから、一つお願いを聞いてほしいと言っていたが…」
私の領地で暮らす発言をなかった事にしたいのか、もう一度恐る恐る聞き返す父に私は笑顔で答えた。
「ええ、今言いました」
その言葉に、父と母は頭を抱え、叔父は目を丸くしていた。
「どうして、領地へ行きたいんだ?確かに、リリーが産まれてから、なかなか領地へは行けていなかった。そうだ!今度、長期休暇を陛下にもらって、家族で領地へ行こう!そうしよう!」
「本当にお休みが頂ける保証はありますの?ただでさえ、お父様は激務で王宮に泊まり込む事もありますのに」
「うっ」
痛い所を突かれたのか、父はそれ以上言葉が出てこない。すると、先程まで石化していた母が動く。
「でもね、リリーちゃん。王都には最先端のドレスや装飾品があるけど、領地にはないのよ?」
「元より、私はドレスや装飾品に興味はありませんし、別になくても困りません」
「…そうだったわ」
私のドレスや装飾品は自分で選んだ物ではなく、全て母が選んだ物を着ているだけで、特に興味がないし、派手な物は好きではない。
私に選ばせると、全て質素な物になってしまう為、全て母が選ぶようにしていた。
父を助けようとしたものの、速攻で返り討ちに遭い母は落胆してしまった。
七歳にして、親を言い負かす娘とは流石に可愛気がないと自分でも思っている。
それでも、どうしても私は王都から出たかった。
このまま王都で暮らしていたら、私は破滅エンドになってしまう。そうなる前に、前世の記憶が、日本人として生きていた頃の記憶が私に早く逃げろと言っているのだ。
この世界に産まれてすぐ、前世の記憶が私にはあった。前世で二十年近く生きていた私にとって、もう一度赤ん坊からのやり直しは、凄く恥ずかしくもどかしい時期だったけど、優しい母と父に叔父、そして使用人達に恵まれていた為、それなりに楽しく過ごしていた。
三歳になった頃、ある程度一人で動ける様になり、言葉もまだ覚束ないが少しずつ話せる様になって来た頃に、私は自分の立ち位置を思い知らさせた。
前世の記憶があるお陰で、僅か三歳にして早々にこの国の文字を覚えた。書庫で本を読む事が日課になっていた頃、私の転生した世界の歴史を知ろうとこの国の歴史の本を読んだ時に、この国がアスタルト王国であり、自分の名前、容姿を見返し、私は私が前世の時にハマっていた乙女ゲーム『秘密の花園と王子様』に出てくるヒロインーーーーではなく、悪役令嬢リリーベルだと知った。その日から三日間、寝込んだのは記憶に新しい。
それからの行動は早かった。
悪役令嬢リリーベルは、このまま行けば七歳の誕生日が過ぎて暫く経った頃にアスタルト王国の第一王子の婚約者になる。
婚約者になれば、乙女ゲームの通り、学園へ入学と同時にゲームのシナリオが始まる。
破滅エンドを回避する為に、私は密かに動いていた。
まず、悪役令嬢リリーベルなら、宰相の父を持つ為、王宮へ着いて行く事は度々あった。そして、王子と同い年だった事もあり、幼い頃から王子と遊んでいた。
本来のルートであれば。
私は徹底して、王宮へ行く事を拒み、王子との接点をまず断とうと考えた。私に甘い父は、無理に強制はして来ない。
しかし、乙女ゲームの補正か、王子の遊び相手として、年の近い私が国王の命令で強制的に王宮へ連れて行かれる事になってしまった。
父は以前から何度も国王に娘を王宮へ連れて来いと言われていたらしいが、父は無視を決め込んでいたらしい。一応、国王相手に何してんのって思ったが、中々私を王宮へ連れて来ない国王が痺れを切らして、国王直々の印が押された手紙が私宛に届いたのだ。
国王の印がある手紙は宰相であれど断る事は難しく、一応父も国王に抗議はしたが、跳ね返されてしまった。そして、私はシナリオ通り王子と出会う事になってしまった。
乙女ゲームでリリーベルが、初めて王子と出逢ったのは五歳の頃。まさに、シナリオ通りになってしまった。
「リリー、すまない。あの馬鹿国王のせいで」
……お父様、一応まだ馬車の中だから良いけど、国王を馬鹿呼ばわりは、不敬罪になりますよ。
「だいじょうぶですわ。こくおうへいかのめいれいとあれば、いたしかたありません」
「お前はなんて優しい子なんだ」
そう言うと、父は目をうるうるさせて私を抱きしめた。苦しいけど、父は悪くないから許そう。
そして王宮へ着くや否や、父を待ってましたと言わんばかりの目の下に隈の出来た父の部下達が待ち構えていた。
「何だ、貴様ら!私は今日リリーと一緒に過ごすと事前に話していただろう!」
「そう言われましても宰相様、貴方が来てくれないと仕事が進まないんですよ」
「私達だけで、陛下のお相手は無理です!」
そう言うと今にも泣きそうにーーー…いや、泣きながら父に縋り付く部下の人達。
「そんな事知らん!お前達でどうにかしろ!離せ!リリーを一人には出来ん!」
必死のお願いも虚しく、父の冷たい言葉に部下の方達は父の両腕をしっかりと掴んだ。
「元はと言えば、貴方様が陛下に嫌がらせで大量の仕事を押し付けるからじゃないですか!」
「そうですよ!我々は被害者です!さあ、行きますよ!」
裏でそんな事をしていたのお父様。まあ、この件に関しては私も腹を立てていたので、少しだけスッキリした。ざまあ、国王。
「リリー!!リリィイイイーーーーーー!!」
父は両腕を部下の方達に拘束され、身動きが取れなくなり、私の名を叫びながら、ズルズルとそのまま連行されて行った。頑張って、お父様。
私は小さく連れて行かれる父に手を振って見送った。
「おみぐるしいところをおみせいたしました」
「い、いえ、ローランド御令嬢は宰相様に大変愛されていらっしゃいますね」
その場に取り残された私は隣に居た騎士に頭を下げると、気まずそうに苦笑いをしながら王子の元へと案内された。
王宮内にある温室に案内されると、中は綺麗に手入れされた花壇があり、温室の中央に設置された椅子に腰掛ける小さな人影が見えた。
近づいて行くと、そこには綺麗な金髪の少年が本を読んでいた。
少年は私達に気付くと、本を静かに閉じて、此方を見る。
「殿下、ローランド御令嬢をお連れ致しました」
「ありがとう、さがっていいよ」
「はっ!」
柔らかい口調で少年は言うと、騎士はその場を後にした。すると、金髪碧眼の美少年が柔かに私の方に向かって挨拶をしてきた。
「はじめまして、ぼくはレオン・アスタルト。きょうはきてくれてありがとう」
「おはつにおめにかかります。わたくしはローランドこうしゃくけのリリーベルともうします。ほんじつはおまねきいただき、こうえいにございます」
「かたくるしいあいさつはいいよ。らくにしてよ。ここにはぼくときみしかいないしね」
「ありがとうございます、でんか」
「ごめんね。ちちうえのわがままにきみをつきあわせてしまって、さいしょうもたいへんおいかりだろう」
「いえ」
辿々しい口調ではあるが、これが五歳児同士の会話かと言わんばかりの大人の会話が暫し続いた。
流石、乙女ゲーム人気No.1の攻略者だけある。
乙女ゲームでのレオン・アスタルトは、金髪碧眼のイケメンで誰にでも優しく正義感が強いキャラクターだ。五歳児ながらにもうその風格は出ている。この美少年が、後十年もすればあのイケメンに成長するのか。
この心優しい王子がヒロインと出逢うスチルは凄くときめいたものだ。
「リリーとよんでもいいかな?」
「どうぞ、でんかのおすきなようにお呼びくださいさい」
「じゃあ、リリーとよばせてもらうね。リリーもぼくのことはレオとよんでくれない?」
私の言葉に笑顔になる王子。でも、初めて会って、愛称呼びは流石に。
「いえ、わたしはでんかとおよびさせていただきます」
「でも、リリーははじめてできたともだちだから」
私の言葉に少し残念そうにするが、殿下は恥ずかしそうに顔を少し赤らめながら話した。
何、この可愛い天使。
私は鼻血が出るのを堪えて、平然とした態度を最大限保ちながら答えた。
「で、では、レオンでんかと」
「ぼくとともだちになるのはいや?」
少し上目遣いで此方を覗く殿下は小悪魔に見えた。ああ、そんな要素もあったっけな。ヒロインにちょっと意地悪する感じの場面。
「そういうわけではありませんが、でんか。もうしわけありません」
そう言うと、殿下は仕方なくな感じで諦めてくれた。
これが初めての殿下のと出逢いとなってしまった。
出来れば、そこまで親しくなりたくないんだけどなぁ。と思いながら、此方からは決して出向かず、呼ばれた時にだけ出向くようにと殿下と会うのを最低限に抑えた。
殿下とはそれからも呼ばれた時には本や歴史、勉学が何処まで進んでいるかなど、他愛のない会話をして尚且つ気に入られない様になるべく目立たないように何処にでもいる普通の令嬢の様に接した。