推理
職員室から出てくる教員との会話を避けるため隼人はとりあえず職員室から離れた。
職員室以外の担任の居場所といえば、担任が顧問を務める部活動の練習場所ぐらいしか思いつかなかったが、隼人が職員室に向かう時にすれ違って担任が今校門の前にいる可能性もあったので、上の階にあがり窓から様子を伺うことにした。
校門の外の方まで見える高さまで階段を駆け上がり、窓から校門の方を確認したがそこには教師らしき者はいなかった。
そこに慌てて校門付近を探し回る担任の姿が見えたのならさっきまでの変人発言を撤回しようとも思ったのだが。
隼人はもう一度構内地図を確認した。
三つの校舎、グラウンド、食堂、体育館、テニスコートなどの位置が分かりやすく示してあったが担任がどこにいそうかなどは見当がつかなかった。
隼人は中学、高校受験でも特につまずくことは無く、大抵のことは人並み以上にこなせた。長い間退屈で特に解決しなければならない壁に差しかからなかったためか、こんなに考えさせられたのは久々のことであった。
隼人は謎解きゲームのようなものが好きで、友達が少なかったのもあり幼い頃から一人でなぞなぞやひらめき問題を見つけては答えを導き出すことに夢中になっていた。
その影響か隼人は生きていく中で何事においても深読みし問題に見立て、最善の答えを探し求める癖がついていた。あらゆる可能性を絞っていき答えに辿り着いた時の快感。これが隼人にはたまらなかった。
これは謎解きゲームだ。担任が残したヒントから担任の居場所を突き止めればクリア。隼人はそう思うことにした。そうすればこの呆れるような退屈な時間を少しは楽しめるかもしれないと考えたのだ。
とりあえず隼人はこれまでの出来事の整理を試みた。まず昨日の担任との電話では校門の前で待ち合わせることになっていた。しかし担任はそこにいた警備員に俺に構内地図を渡すよう指示した。ということはこの地図のどこかにヒントがあるはずだ。
隼人は今日入ってきた校門を指さした。
「えーと、ここが校門だよな。・・正門?」
地図には校門ではなく正門と記されてあった。正門があるということは裏門があるのではないか。隼人はそう思い地図の他の部分に目を凝らすと、東側校舎の裏の体育館の横に小さく「裏門」という字を発見した。
その時隼人は担任との会話を思い出した。担任は「校門の前で待ち合わせ」と言っていただけで「正門で待ち合わせ」とは一言も言っていなかったのである。
隼人は急いで階段を下り地図に示された裏門に走った。自分が勝手に設定しただけの謎解きゲームで担任が裏門に必ずいるという確証などなかったが、謎解きの答えが分かった時のあの高揚感に襲われた。正解した時のあの快感を久々に味わいたかったのかもしれない。
裏門に着くと、三十代半ばぐらいの男性教師が門の外で道路の向こうを見つめていた。近づくとその教師はこちらに気づいた。
「あ!片桐隼人くんかな?」
「そうです」
「よかった!もう来てたんだ。途中で道に迷ったんじゃないかと心配したよ-」
どうやら担任の秋元浩二らしい。かなり身長が高くガタイも良い。安心したようにニッコリ笑っている。
「すみません。正門の方に行ってしまいました。」
「あ、ごめんごめん!どっちの門か言うの忘れてたね。それにしてもよくここにいるって分かったね-。」
担任は感心したような顔でそう言った。隼人はずっと引っかかっていたことを探ることにした。
「正門の警備員さんに構内地図を貰ったんです。」
「あ、そうそう。この高校では学年主任の先生が転入してくる子の名前と訪ねてくる日時を門番に伝えておいて、案内地図を渡すようになっているんだよ。君の名前も伝えていたんだね」
思い出したように担任はそう言った。
「そうだったんですか。助かります。」
「申し遅れました、今日から君の担任になる秋元浩二です。よろしくね!」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「よし!ちょっと遅れちゃったけどこれからの学校生活のこととか学生寮のこととか色々説明していくよ。ついてきて。」
時計を見ると本来の集合時間から三十分過ぎていた。
結局隼人の考えすぎだったのかもしれない。
担任は正門ではなく裏門で集合することにしたり、一向に現れない生徒に確認の電話を入れなかったりと少しおかしい所はあるがそれを除けば普通の先生のようだ。
一方隼人は久々にあの答えを導き出した時の快感を味わうことが出来た喜びに浸っていた。それは大袈裟に担任を疑ったことの決まり悪さを大きく上回るものだった。
こうやって隼人に担任への疑いを晴らさせるのも担任の計画通りで、この先の学校生活においても隼人を楽しませてくれるというようなこともわずかに妄想しながら担任の後を追った。