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ユメノミライ  作者: 太子
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第四章

ユリの部屋は前回より散らかって見えた。そわそわしながら、ソファーのユリの隣に腰かけた。

北海道の夢って、とユリは話し出した。

「ヒロシは自分に直接関わらないことも夢で見るワケ?」

俺はテレビのバラエティー番組を見ながら、黙っていた。

「ねえ、北海道いこうよ。今すぐにでも行きたいのよ。」

ユリは俺の腕を振り回した。そして立ち上がり、テレビのスイッチを消した。

必ず、と俺は呟いた。

「北海道で地震と台風が起こる。全域が停電になる。」

それは自分に言い聞かせるようでもあった。


その日はユリの家に泊まることにした。


ユリは北海道に行ったことがないことと、札幌や函館の魅力について夜中遅くまで熱弁していた。

「タカユキ格好よくなってたなあ。別人みたい。」

と北海道の話を逸らすように俺は言った。実は髪を染めることに憧れていたのだ。

ユリはタカユキの話に一切触れず、北海道でやりたいことリストをノートに書いていた。


朝、目を覚ました時には10時を過ぎていた。

一度、目覚まし時計のアラームが鳴ったがユリは止めてすぐに寝た。


窓を開けると、爽やかな風が室内に入ってきた。青空に浮かぶ小さな羊雲が輝きを放っている。


「今日大学は何時から?」

と、俺は訊ねる。

ユリは眠そうに目を擦り、ベッドから起き上がった。

「午後から講義があって、その後部活があるのよ。」


ユリは、北海道で何も起こらないと思うんだけど、と繰り返し言いながらスマホをいじっていた。

俺は無視して、テニスの漫画を読む。イケメンのテニス選手が世界一を目指すという内容だった。


昼までダラダラと過ごし、ユリを大学まで送り届けてから帰宅した。


それから一週間が経ったある日、北海道に大型台風が直撃するというニュースを見た。

温帯低気圧に変わったとしても、非常に気圧が低いため、危険だと気象予報士はテレビから伝えていた。

俺は朝食の目玉焼きを食べながら、やはり予想は間違ってないと確信していた。

同時に地震も起こると。


朝食を食べ終えて机に向かおうとした時、スマホの着信が鳴った。

高校からの親友、ヤスオだった。


「俺、いま北海道にいるんだ。」

ヤスオはいきなりそう言った。

どうやら仕事の関係で出張していたらしい。

ヤスオは物流業の仕事をしていた。


「ヒロシ、俺はどうすればいい?あと、お前の予想だと、どれくらいの被害が出るんだ。」

ヤスオは早口で話し、こちらにも焦りが伝わってくる。

「ほぼ同時に地震も来るんだよ。」

俺はそう言う他なかった。頭が真っ白になっていた。

「なんで早く教えてくれないんだよ。」

ここ三ヶ月ほどヤスオと連絡を取り合うことがなかった。唯一、俺の夢で見た予想を信じてくれていたヤスオに伝えなかったことを非常に後悔した。

「どうにかして、今日にでもこっちに帰られないのか。」

「明日からが大事な仕事なんだよ。取引先にキャンセルを申し込むわけにはいかない。」

俺はヤスオに夢の詳細をすべて告げた。

震源地は南東部、そして台風被害は中心部の札幌が大きくなると。


「住民を避難させよう。」

ヤスオは急に声の調子を変えて言った。

「どうやって?」

「報道局やその地震が起こる地区の市役所なんかに連絡するんだ。これから地震が起こりますので避難指示を出してくださいって」

ヤスオは真剣にそう話した。

「誰一人、そんなこと言ったって信じてくれないんだよ」

俺は今までヤスオ以外に信じてもらえなかった。だから、そんな簡単に上手くいくはずがない。

そうすることで多くの命が救えるのに、俺はいつも諦めていた。


ヤスオは電話越しに黙っていた。

俺は何か言おうと口を開いたが、考えがまとまらなかった。


「やるだけやってみよう。」

俺は意を決してそう呟いた。

「ユリにも協力してもらって三人で、北海道の報道局に連絡を入れたり、手紙を出してみよう。」

「ヒロシ、おまえならそう言ってくれると信じてたよ」

ヤスオは声を高くして言った。


電話を切った瞬間めまいがした。

まるで俺が9歳の時にタイムスリップしたかのような錯覚を起こした。鮮明にあのときの光景が浮かんだ。


目の前にある白と黒の鍵盤を強弱をつけて叩く。バッハのメヌエット、ト長調だ。

母に言われたとおり、流れるように、そして抑揚をつけていく。

今までで一番良い、そう思った。


ドアを開く音が美しいメロディーに混じる。

父だ、と気づいたときには既に遅かった。

胸ぐらを掴まれる。必死に抵抗する。

「ピアノをやめろと何度言ったら分かるんだ」

怒声が俺の心臓にまで突き刺さるように響く。

ごめんなさい、と何度謝っただろう。そして父は腕を離した。


そのとき俺は勢い余り、宙に舞った。まるでその瞬間がスローモーションに再生される。

今と変わらぬ天井の染み、駆けつけた母の悲鳴、止めようとする父の必死な顔。

ピアノの角に頭が思い切りぶつかった。

かち割れそうな頭の痛みに、顔を歪める。

ヒロシ、と父と母が叫ぶ。


俺は一分ほどして起き上がった。そして、放った言葉は

「あと五年したらじいちゃんが死んじゃう」

だった。


そこで目が覚めた。気づくと部屋の床に仰向けで倒れていた。

天井の染みが少しだけ広がっているような気がした。

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