私の仕える神様は、少し頼りない
「天花様あ!起きて!くださいっ!」
こんもりとしたお布団をぐっと掴んで、力いっぱいに揺さぶった。
引き剥がしたりしないのは、僅かに残るわたしの優しさだ。どれだけ呼んでも起きてくれないのだから、こんな風に実力行使に出てしまうのは仕方がない。
この様子を見る限り、揺すっていただけでは天花様が起きることはないみたいだ!
いつもはここで引いているけれど、今日はそうも言っていられない。
事態は、お布団を引き剥がす段階まで来ている気がする。
あと二揺さで起きないのなら、今度こそ――遠慮なく行ってしまおう。添えていただけのお布団を、握り締めた。
「起きてるぅ……ちゃんと、起きてるから」
そんなとき、こんもりからくぐもった声が聞こえてきた。
けれど、そこで安心してはいけない。
「目が覚めるのと、起きるのとは別!なんですからっ。ちゃんとお布団から出てくださいよ。それとお仕事してください、起きてください起きてー!」
天花様はうおぉぉお、まぶひーと呻きながら、お布団をはねのけるようにして出てきた。
お行儀が悪いです!
注意をしようと顔を覗き込んでも、目が合うことはなかった。瞼をきゅっと閉じていたから、抉じ開けない限りは合わせることができない。
その様子に、わたしはお小言をあっさり諦めた。今言っても、ちゃんと聞いているか怪しい。
とても眩しいんだなということがとってもよく伝わってくる表情、けれど放っておけば、そのうち開くと思う。
冬の陽が溢す光はそんなに強いものではないし、何より社の中はうっすらと暗い。
「もうすぐ御池の全部がぱりんと凍りますよ。端っこは、わたしが乗っかったって割れないくらいにぱっきぱきでしたから」
「えぇ?おまえはまた――乗ったの?危ないからだめと言ってあったよね?」
「落ちてしまったら、助けてください。ずーっと寝てばかりの天花様がいけないのですから。そうしたら驚いて眠いのも消えてしまうかも」
寝てばかりは詰まらない。もっと構ってほしいというわたしの願いに、天花様は気付いているのかな。
うっすらと目を開いたその顔には苦笑いがあった。うーん、これはたぶん、気付いていない。
天花様は基本的にぽんこ、うぅん、ご気性が……その、おっとりしておられる。だからわたしのささやかな不満には気付かない。
天花様の顔を濡れた布で拭って、新しい衣に着替えて頂く。
そうして身支度を終えれば、天花様は住まいである社から外へと出る。
御池の様子を見に行くために。とは言ってもそんなに遠いものでもないのだけれど。わたしももちろん付いていく。すっごくすごく、目の前だけれど。
「全部に行き渡るまでもうまもなく。これは夜になってからかな」
御池に触れることもなく、天花様はのんびりとそう言った。
ほんとうは見る必要なんてない。神様である天花様は、社の中でも御池の様子が分かるのだから。
だから今日はあんなにあっさりと起きてくれたのだろうし。
この社のすぐ近くにある御池――大きい、浮島もいくつかあるくらいに大きい――の表面全部に厚い氷が張ったのを合図にして、天花様は吹雪を起こす。
周囲の山、そのひとつの影すらも見えないくらいに激しい雪は、三日三晩続くのだ。
一年に一度、そうやって猛吹雪を生み出すことがこの方のお仕事。
「というわけで。まだ時間があるから、寝てよっかなぁと思う」
「ええ!?さっきまで寝ていて起きたばかりなのにっ」
「あの中で起きてはいたんだってば」
あぁ、やはりお布団に埋もれていただけか。そしてわたしの言葉を無視していたのか。
「疲れた。それから夜になったら疲れる。それで、きちんと力が出せなかったら困るなあ。おまえもそう思うよね?はい!じゃあ寝るから、お布団敷き直してきてー」
一刻も早くね、なんて言いながら手をひらひらと振る天花様に背を向けて、わたしは走り出した。といっても十歩もしないうちに社に着いたけれど。
天花様と同じように。天花さまとは違うように。わたしにも、使命がある。
そう、天花様のお世話をするという立派な使命だ。
あの方の身の回りのお世話も社を清めるのも、すべてわたしひとりでやっている。
いつからかというと、ずっと前から。どれくらい前からか、なんて覚えていないくらいの前からだ。
この方をお助けしなくてはいけない。誰に聞かなくとも、分かっていた。気付いたら社にいて、そう決まっていた。
けれど、わたしがこうやって尽くすのがいけないのかな。天花様は怠け癖を身に付けたように思う。
何回前の吹雪からか忘れたが、よく寝るようになった。
力の行使はとても消耗することだから、吹雪の後はしばらくお休みになっていた。が、ここ最近はそれが悪化している。
最初こそ、その身を案じて甲斐甲斐しくお世話をしていたものの、どうやらお加減が悪いわけではないらしい。
お布団で生活しているといっても言い過ぎではないくらいに、天花様はごろごろしていた。そして頻繁にうたた寝をする。毎日五度寝くらいしているのではないかと思う。
起きるようにとどれだけ言っても効かないのだから、いくら気の長いわたしもめげそうになる。
けれど、諦めたりはしない。毎日何度か起きてもらうようお願いしている。
やることがまったくないわけではないが、ひとりだと詰まらない。
それに、天花様は騒がしい方ではないけれど、より静かに眠る姿は時たま不安な気持ちになるからあんまり好きではない。まだ陽の高い内に見ていたいものじゃなかった。
お布団を敷き終わった頃に、ゆっくりと天花様が戻ってきた。
「ありがと。大丈夫だとは思うけれど、陽が落ちても寝たまんまなら起こして」
「はい!おまかせください」
「掃除はもう充分だから、おまえも休んでおくんだよー」
天花様は、いつかわたしも神様になるのだから、きちんと吹雪の起こし方を見ておくように、なんて言う。
わたしが神様だったなら、きっと天花様のお力になれるだろう。吹雪のあと、あまり長く眠らなくたってよくなるかもしれない。
それは魅力的な想像だったし、何よりこの方のお手伝いともなれば何だってしたいと思う。この方の為、それがわたしの存在意義だ。
でも想像は想像でしかない。わたしには雪を降らせる力なんて欠片だってない。見ていたところで、吹雪の起こし方なんて分からない。
それに、神様にだなんてなりたいとは思っていない。うぅん、なりたくない。
ひとつの社に宿るのは、ひとつの神様だけ。
他の神様には会ったことがないけれど、わたしはそれを識っている。
そして、目の前には少し前に倒したばかりの、こんもりがあった。
「おやすみなさい、天花様」
「ぐぐぅ」
挨拶を交わす間もなく、中身はすでに寝入っているようだった。
もしもわたしが神様になることがあったならば、余計にこの方の怠け癖が酷くなりそうだ。
それはいやだな、と思った。
こうしてわたしは、神様になりたくないもうひとつの理由を見つけたのだった。
***
「起きました」
天花様の起こした大吹雪が収まって、半月ほど。
急に天花様が目覚めた。そして起き上がった!
「わあ!?おはようございます!……どうしたのですか、ぜったいに春の終わりまでは踏んでも蹴飛ばされても気付かずに寝ているのだろうな、と思っていました!」
不意打ちもいいところだ。前回の今頃は、意識すら深く沈めて寝ていたのに。
「えっ。おまえ踏んだの?蹴ったりしたの?」
「誤解です」
「そう、よかった」
「認識していなければ、それはないのと同じだと思うんですよね!」
「それはよかったのかな?」
このあとしばらく続くであろう、ひとりきりの時間を覚悟していたわたしは嬉しさに飛び跳ねた。ら、……なにかを踏んづけた。
「よくなかった……」
「あああ、天花様!これは事故です!ごめんなさいっ」
傷ついたような顔をした天花様を前に必死に謝り倒した。慰めた。持ち上げた。宥めた。
過剰になってしまったのは、起きてくれたことが嬉しいから。
拗ねて二度寝されてはたまらない。こうして話すことができたのだから、起きていてもらいたい。
とても仕合わせな時間は、けれど、長くは続かなかった。
決して二度寝宣言が下されたわけではない。
「少し出掛けてくる」
「え?」
「お出掛け」
お出掛け?天花様がこの社を離れるなんてこと、今まで一度だってなかったのに!
「あぁ、でもおまえには社の番を頼みたいから、留守番ね」
「そんな!天花様だけで外の世界に行くなんて心配しかありませんっ……というよりか、そもそもどうしてお出掛けなんてことになったのですか?」
「呼ばれたから」
「説明不足です」
誰に?どうして?
「うん、えぇっと……そうだ!冷気を司る神に呼ばれた。まあ、とくべつ支度の必要はないし、まだ時間はあるなぁ。……うん。それなら寝ててもいいよね、春になったら起こして」
そうして、自問自答の後に出発が春と決められて――やけに期間の長い二度寝宣言が下された。わたしは途方に暮れてしまう。
中途半端な予告は、わたしを混乱という奈落へと突き落とした。
「天花様ぁ~」
我に返ったところで、天花様はとっくにお布団かまくらの中に包まっている。
そのあとどれくらい頑張っても、踏んでみても。やたら頑強なそれを崩すことはできないのだった。
――だが、
「蹴ってはいけないよ」
「…………」
寝ていると思われた天花様はやっぱり起きていた。ので、しっかりと踏んでおいた。
「起きてください」
踏みしめたのがいけなかったのか、そのあと返ってくる言葉はなかった。
***
「じゃ、いってくるよ」
「ちょっと待って下さい!一体どれくらい留守にするんで、っわ!?」
季節は春。
冬眠を終えた天花様は、社の外へと降り立った。
ここまで寝起きのいいこの方は、久し振りだ。
折角起きたのに、今からいなくなってしまうという。
わたしはと言えば、言葉を交わせる喜びと、お出掛けへの不安で複雑な気持ちでいる。
乾いた強い風が吹く。それは、天花様だけを攫って行く風だった。
『だいじょうぶ、吹雪の頃には戻るから』
そんな、答えになっていない声だけを置いて。わたしを置いて。
天花様は旅立っていった。
***
秋を終えても、天花様は戻って来なかった。
わたしの仕事から天花様のお世話がなくなって、暇な時間が増えた。
とは言っても、そもそも最近のあの方は寝てばかりで手が掛からなかったけれど!お布団でできたかまくらが、こんなに恋しくなるとは思わなかった……。
そう、あのかまくらを揺するのも、大切な業務の一つだったのだな、と思わされる。
吹雪の頃には戻る、そう残してくれたから、わたしはなんとか踏み止まっていられた。
もしも御池が凍って、天花様が戻っていらっしゃらなければ探しに行かなくてはいけない。その覚悟は決めてあった。
どこかで行き倒れていないかが心配だ。
ある日、何やら覚えた違和感に社の外に出てみれば、熊がいた。
ここにわたしたち以外が来た試しはない。それでも、目の前にいる大きな生き物が熊だということは分かった。そして。
「がおがおがー!」
「天花様、どうしてそのようなお姿でいらっしゃるんですか……」
その中身が天花様だということも、見た傍から分かった。
「がおー!って、あぁ、分かった?さすがおまえだねぇ」
嬉しそうな声音で、熊の姿を取った天花様が吠える。
吠えたいのはこっちだ。積もる文句は山のようにある。
「遅いですよ!便りくらい、くれてもいいじゃないですか!」
せめてお戻りが分かったならば、社の清めを丹念にしたかもしれない。何よりも今まで何をしていたのか、わたしはずっと――。
「いつまでそうしているんです?というより、いつまで熊でいるんです?」
わたしが歩き出しても動かない天花様の様子に、訝しく思いながらも振り向いた。
そこにはまだ熊のままでいる天花様の姿がある。
姿かたちがちがうだけで、こうも落ち着かないものなのか。
「うんー……実はこれは力の欠片だけで。えっと、本体はまだあっちにいるんだよね」
「はい、それで?つまりはどういうことですか?」
「吹雪起こしたら、戻らなくちゃいけない!」
わたしは今度こそ、吠えた。
ものすごい音を立てて、雪の乗った風が吹く。
天花様は、熊という以外はいつもの通りに吹雪を起こした。
社を外界と遮断するように、吹雪いている。
あまりの勢いに、社に近く御池すら朧げだった。
ぼんやりと吹雪を見ていると、毛に覆われた熊の手が伸びてくるのが視界に入った。
きっと、天花様はわたしを撫でようとしているのだと思う。
時たまこうやって、わたしに触れてくれる。そうやって優しく撫で、触れられるのは好きだ。
「やめてください。毛がくっつきそう」
鋭い爪が怖い、とは言わなかった。
わたしの言葉に、がう、と熊(天花様)が唸った。
「じゃあまた、吹雪の頃に」
「あ」
時間とはこんなにも早いものだっただろうか。
さよならを言われて、わたしは狼狽えた。
次の吹雪まで、戻って来ないつもりなのだろうか。
連れて行ってほしい。
どうして。
そのひとつも口にはできない。
わたしは、天花様にここにいることを望まれている。その御心に添うのが、わたしの役目のひとつなのだから。
そうして天花様を攫う風が吹く。
「熊はっ!いやですからー!!」
それでも、きちんと戻ってきてほしいとばかりに、咄嗟に叫んだ言葉はきっと、届いていない。
***
わたしの願いは届いたようだった。
「がおー」
熊はいなかった。狼がいた。
でも一番に願ったのは、そこではない。
「またですか。というか、本体で戻ってきてくださいよ!」
吹雪の頃、やってきたのは狼の姿を取った天花様だった。
それまではやはりと言うべきか、前回と同じように天花様からの音沙汰は一切なかった。
不在の間、わたしはそのことを悲しく思ったり、その必要もない程信頼されているのだと自分を慰めたり、怒りに打ち震えたりしていた。
そんな風にどれだけ感情が揺れても、淋しさだけはずっとあった。
吹雪を起こすと、また天花様は去って行こうとした。
「また、行ってしまうのですか?せめていつ戻ってくるかだけでも教えてほしんですけれど」
「そうだね。吹雪の頃には、」
「そうではなく!」
言い募るわたしを無視して、天花様は前足を持ち上げたりなんだりしている。
また最後にわたしを撫でていこうとしたようだけれど、四本足では頑張っても無理なようだった。
ひとしきり試しすと、前足は諦めたらしい。今度は太い尾を摺り寄せようとしてきた。やめろ、毛の塊!わたしはもちろん、「毛!」と言って断っておいた
わたしは、撫でられるなら、天花様のほんとうの手がいいのだから。
***
次は狐で、その次は白鳥だった。
そして今回は鼠の姿をした天花様が目前に居る。
姿は変わっても、やってくるのは変わらず天花様が飛ばす力の欠片だけ。
重ねるほどに、わたしたちの交わす言葉は短くなっていった。
言いたいことは山ほどあって、その中の伝えたいたったひとつすら口にできない。
物わかりのいい振りで、わたしはどんどん頑固になっていっている。もうねだることもしていない。
また次の吹雪まで、わたしはきっと後悔と、次に会う日を待ち望みながら過ごすのだろう。
「おおぉ!あぶなぁ!」
「っは!天花様、ご無事ですか!?」
あぶない、もうすぐで踏みつけるところだった。
鼠の向こう側は吹雪いている。そんなに小さな姿と背景では、簡単に見失うのも通りだった。
あと声も聞こえにくい。
次からはもう少し大きな動物に、――あぁ。
次も、その次もやってくるのはあの方のお力だけ。
いつの間にか、わたしはそれが当たり前に思っていた。それが普通になっていた。
わたしが待っているのは、戻って来る日ではない。たった少し会える時間だった。
それが当たり前になってしまった。
なんて悲しいんだろう。
掬い上げるようにして、わたしは天花様を両の手に乗せた。
踏みつけてしまったら、大変なことになる。
「お怪我はないですか?」
持ち上げられた天花様は、まるで返事とでも言うかのように、その小さな手でわたしの親指にとんとんと触れる。爪が少し、痛かった。
「あぁ、――」
その先は、上手く聞き取れなかった。
わたしの問いに対する回答ではなさそうだったので、またずれたことを言っているのだと思う。
余所事を考えていたわたしは、すぐにそれを手放すことになる。
触れたところからじわりとしたぬくもりが入り込むのを感じて、次第に身体中が熱を持っていく。
わたしの意識はそちらに持って行かれたからだ。
そういえば、触れ合うのは久し振りだった。
最後にこの方の熱に触れたのはいつだっただろう?簡単に思い出せないくらい前だ。
振り返った記憶の懐かしさに、あのときとは違ってしまっている距離感に、胸が苦しくなった。視界がぼやけて見えなくなる。
どれだけ記憶を遡っても、直接触れた記憶は引っ張り出せなかった。せいぜい出掛けると、そういったあの日に布団越しに感じた体温が――体温?
この方の持つ熱は低い。
雪のようにとはいかないまでも、夏に触れれば心地よいを感じるくらいにはひんやりしていた。行使する力の性質を考えれば、それも当然のことだろう。
証拠に、今も手のひらの鼠はひんやりしている。
それなら、今のぬくもりは一体。
涙を拭うにも、両手は塞がっていた。慌てて瞬きをして、視界を確保しようとする。
今、天花様を見なくてはいけない。そんな強い思いが湧きあがってきたからだ。
けれど、そのときまたあの風が吹いて、天花様のぬくもりは、ひんやりは。
あっけなく、攫われてしまった。
◆◇◆◇◆
手のひらに浮かんだ氷の粒は、淡い光を纏う。
少し前から、天花様はこの姿で現れるようになった。
姿を変えてもわたしには天花様だと分かるけれど、それでも同じ姿を通してくれるというのは不思議と安心するものなのだということを、知った。
他の雪の結晶と、天花様の結晶は似ている。それでもわたしは見誤ることはなかった。
天花様の力の気配を、このわたしがわからないはずがない。
この姿になってから、天花様はしゃべらなくなった。
それは悲しいことだったけれど、だいじょうぶだ。わたしは、だいじょうぶ。
最後にあの方の声を聞いたのは、この姿になる一個前。たしか、鼠の姿をしていたのだっけ。
うっかりと踏んでしまいそうになって、ふたりで慌てたのは懐かしい記憶だ。
「天花様」
後ろから、天花様を呼ぶ声がした。
わたしは振り向かない。
振り向かなくてもその声がだれのものか分かっているからだ。
そのまま近付いて横に並んできたのは、いつの頃からかは忘れたが、この社に棲みついた子だ。
この子は最初、天花様不在の社を守るわたしを、天花様本人だと誤解していた。
ここは天花様の社だから、その誤解は仕方ないにしても、今もきちんと理解できているかは甚だ怪しい。それどころか誤解を引き摺ったままでいるのではないかと、疑っている。
わたしのことを天花様と呼ぶことはなくなったけれど、わたしの世話を焼く様子は、ほんとうにわかっているのかと聞きたいくらいのものだから。
……まさか、わたしの立場を奪おうとしている、なんてことはないよね?
天花様のお世話はわたしの使命。頑張っているこの子には悪いが、それだけは譲るつもりはない。
それでこの子の仕事がまったくないのではいけないだろうから、わたしの世話だけなら、してもいいと思っている。
手のひらの灯りはきらきら光っている。もうすぐ、吹雪が始まる。
なのに、この子はそれを覗き込もうとはしない。ならばなぜ、横に来たのだろう。
「天花様」
そして、ときたまこうして、天花様を呼ぶのに見ようともしない。
呼び声を耳が拾ったら、そのあと決まってわたしの様子を伺うような視線を感じる。
内向的な子だ。恥ずかしいのかもしれない。呼ぶだけで、それ以上は口にしないのだった。
切なくなるくらいには、声が震えていたが、もしかすると天花様に言いたい事でもあるのだろうか。
はっ!それとも、何か言ってわたしが怒ると思っているのだろうか?
わたしはそこまで心が狭いわけではない。
「何か、いいたいことがあるなら言ってもいいよ」
促すと、僅かに乱れる呼吸音がした。
その子は先程までの弱弱しさはどこへやら、強い目でわたしを見上げると、言い放つ。
「天花様は、恐れ多くも――その、少しばかり頼りないので!私が全力で支えさせて頂きます……っ!」
なんと。まさかの宣戦布告だった!
吹雪が起こって、やがて手の上に浮かんでいた天花様が戻って行ってしまわれたから、わたしの手は空いてしまった。
手持無沙汰になってしまったものだから、隣にあった頭を撫でることにする。
ふたりだけだった社に他のだれかがいる、だなんて。
きっとそれは嫌なもののはずなのに、わたしはちっともそんな気にはなれずにいる。
「あの、少しばかり撫で過ぎに思います」
消え入りそうな抗議を耳にして、わたしは笑って最後に二撫でしておいた。
先程の勢いはどこにいってしまったのだろう。
「お支え、いたします。ずっと――」
今言っても、天花様には聞こえないと思う。とっくに、出掛け先に戻ってしまわれたのだから。
「そろそろ、戻ろう」
「はい」
その子の宣言に思うことはあっても、わたしは何も言わなかった。
あまりにも眠くて、頭が働かないせいだろう。
「布団は敷いております。さ、私に捕まってください」
頭の働かないわたしは、ぴたりと身を寄せる誰かに支えられて社へと戻っていった。
何か言うならば、起きてからにしよう。
こんな有様はじゃあ、恰好がつかないけれど。
「おやすみなさいませ」
布団越しの声に、応えようとした声はきっと音にはなっていないのだろう。あぁ、眠い――。
おやすみなさい。