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ケイジ



 翌朝、廃ビルで日の出とともに三人が目を覚ますと、そこにケイジの姿はなかった。夜、床に就く時にはソファーで寝ていたはずだ。

 リュウが薬を噛み砕きながら言う。


「探そう、あの人から離れると俺達は元の世界に帰れなくなるかもしれない。取り敢えずブック見るぞ」


 -ケイジは男から情報を得る。しかし、その男もケイジの望む情報は持っていなかった。「ハズレか……」ケイジはそう呟く。するとその時背後に気配を感じた、妙な寒気がする。そこには三人の少年が立っていた。(なんだ、ガキか……)-


 昨日の事が記されていた。三人はページを進める。


 -ケイジはその【ガキ共】を喰うつもりなどなくなっていた。仮に彼らの言う異世界が本当のことであれば、ガキ共から情報を得ることはできないだろう。それに魔法があるなんて聞いたこともなかった。それこそ【本の中】のような荒唐無稽な話だ。しかしガキ共は実際に魔法としか思えないモノを使っていたのだ。信じざるを得なかった。日をまたぐ頃、彼はいつものように【情報収集】に向かう。-


「……戻ってきそうだな」


 リュウが言う。二人も同意見のようだ。


「た、助けてくれ!」


 突如、ビル階下から声が響き渡る。知らない声だった。三人は急ぎ武器を持ち、階段を駆け下りる。

 ビルから出てすぐ、そこにはケイジとサラリーマン風の男性が立っていた。ケイジが男性の胸ぐらを掴んで言う。


「なあ? 教えてくれよ。教えてくれたら命までは取らねえからよ」


「い、言えないんだ! 言ったら私は殺されてしまう!」


「チッ……、まあいい。アタリのようだな」


 それは一瞬のことだった。ケイジの身体がグニャリと歪んだと思うと、そのまま男性にまとわりつく様にように動き出す。黒いソレが男性の身体を覆い尽し悲鳴が聞こえなくなると、昨日聞いた音と同じ咀嚼するような音が通りに響く。その音が収まると【人のような形をしたナニか】は次第にケイジの姿へと戻っていった。男性は影も形もない。


「ケイジさん……」


 スケが上げた声にケイジが気づく。


「ん? 起きてたのか。……ちょうど今、有力な情報が入ったところだ。俺は、【俺達】は行かなきゃいけない」


 俺達、ケイジはそう言ったが、その言葉の響きにリュウ達が含まれているわけではないようだった。


「ブック……って言ったか? それのためにお前らもついてくるのか?」


「今の、今の男の人は、死んだんスか?」


 スケが震えた声で言う。


「? ……ああ、死んだよ。会いたいか? ひと目もないしいいだろ」


 そう言うとケイジの身体が再び歪む、黒いソレは暫く蠢くと、再び人の形をかたどっていった。

 そこには先ほどの男性が立っていた。スーツも、手に持っていたカバンもまるでそのままだった。男性がしゃべりだす。


「ほら、こんな感じだ。カバンの中も【記憶】もそのままだぜ」


 間違いなく先ほど悲鳴をあげていた男性の声だった。しかし口調はケイジである。スケがフラフラと壁際へ行き、胃の中のものをぶちまけた。到底この世のものとは思えない光景だったからだ。もっとも、リュウ達にとっては今いる場所は【この世】ではないが。男性は黒く歪み、ケイジの形になる。


「おいおい、人を見て吐くなよひでえな。……まあ、それが普通なのかもな。説明してやるよ、異世界の人間のお前らなら構わねえや。部屋に戻ろうぜ」




 ケイジはソファーに座り語りだす。


「元々俺は精密機器を扱う会社で働いてたんだ。で、ある日会社に新しい仕事が舞い込む。その仕事ってのが、兵器の開発だった。少し話はそれるがが、この世界では脳の指示通りに動く義手なんてとっくに当たり前だ。お前らのセカイがどうか知らねぇが……。まぁ、そこでいかに低コストで作り上げるか、それが求められていた。そこで目を付けられたのが細胞分裂だ。パーツをいちいち組み上げるのではなく、その人物の情報を元に最初からそういう形に構築されるナノマシンを開発することになったんだ。……新しく手足を作り出すようなもんだ、開発は難航したが、結論から言えば完成した」

 だが。ケイジは一言挟む。

「そこに目をつけたヤツがいたんだ。兵器に転用できないかってな。……そいつの考えは酷いもんさ。人の体の一部、例えば腕なんかをそのナノマシンに付け替えちまえば怪我しても勝手に治るんだもんな。無敵の兵士の完成ってわけだ。んで、その開発が終わってサンプルをいよいよ人間で試そうって時に選ばれたのが俺だ。その実験の結果、全身こんな体になっちまった」


 ケイジが右腕を横に伸ばすとその掌から生えるように黒い剣が出てくる。

 ケイジは剣を手の中に仕舞い、一度深く呼吸をすると話を続けた。


「……と、昨日までは思ってた。俺の記憶ではそうだったんだ。ひとりの男がいて、そいつがその細胞、【ヒューマンセル】の影響でこうなっちまったんだってよ。……実際は違ったんだ。さっき俺が喰った男、いただろ? あいつを飲み込んでわかったんだが、あいつはその場所に居た当事者の一人だ。……ヒューマンセルは失敗だったんだ。実験は隔離された部屋で行われた、だがその男、【ケイジ】は誰もが考えてるよりも、遥かに強すぎたヒューマンセルに飲み込まれ死亡、その隔離された部屋からヒューマンセルも全て抹消された」

 ……はずだった。

「何かのミスがあったか、それとも抹消しきれないほど強力な細胞だったとかだろ。ほんの数個の細胞が生き残り、外部に漏れたそれは周囲のものを取り込み増殖していった。……それが、【俺達】だ。俺自身はケイジが生き延びたんじゃない、ケイジを喰ってその記憶を持ったナノマシンの塊、ヒューマンセルだったんだよ」


 ケイジはため息をついた。


「まあ、知ってみれば納得だ。ケイジの、ヒトとしての記憶は確かにあるのにヒトを殺しても何も感じなかったのは、最初からヒトじゃなかったからなんだな。……俺達はこれからその会社を潰しに行く。俺達の、ヒューマンセルを兵器に転用する研究の情報を、全て消すつもりだ。俺達を生み出したのが気に入らねえ。俺達はなんとも思っちゃいないが今まで何人も殺してきてるしな」

「ケイジさん……」

「ハハッ……ブックとやらに書いてあった復讐ってのはこれのことだったのかもな。俺達の被害者の復讐劇ってか? 俺達が復讐に行くのも変な話だよな」



 リュウ達には信じがたい話だった。もっともケイジ自身そう思っているだろう。ただ、ケイジは当事者を取り込むことによりその人物の記憶を全て手に入れていた。彼にとっては最早ただの【情報】ではなく身の回りで起きた【記憶】だ。リュウ達としても、何もない場所から取り出され、そして手に消えた剣の説明もつく。剣自体がケイジの変化させた身体の一部だったのだ。

 ケイジがソファーから立ち上がる。その足で戦いに行くつもりなんだろう。



「ケイジさん!」


「……ああ、ついてくるなら好きにしなガキ共」


 それだけ言うとケイジは階段を下りていく。三人は目を合わせると、武器を持ってケイジの後を追った。

 ケイジとともに廃ビルを後にし、表の通りに出る。ケイジがタクシーを呼び止めた。ドライバーに会社名を告げる。車で郊外へと向かい数十分。ケイジの勤めていた、ケイジの元となった人物の勤めていた会社に着く。距離があったためそれなりの料金であったがケイジは当然のように出した。タクシーが去っていくとケイジは三人ににやりと笑う。


「これ、見てみろよ」


 ケイジの手のひらに目を向けると、なんとそこから硬貨や紙幣が湧いてくる。


「ハハッ、便利だろ?」


 リュウ達がそれを受け取りしばらくすると、それらは次第に黒ずみ、粘液になった。


「返してもらうぜ」


 リュウ達の手のひらに触れると、粘液は綺麗に無くなっていた。


「これも【俺達】だ。じゃあ、行くか」


 三人は頷く。ケイジは門へと歩き出した。衛兵が止まるよう声を掛けるがケイジは止まらない。衛兵が腰の剣に手をかけた瞬間、衛兵の首が飛んでいた。ケイジは剣など構えていない、ただその両腕を振っただけだった。リュウ達が駆け寄ると謎がわかった、腕そのものが刃になっていたのだ。ケイジは衛兵の死体に触れ、飲み込んでいく。

 

「工夫すれば便利なもんだよな。お前らだって殺せるかもしれねえぜ? ……冗談だよ」


 防御魔法を展開したリュウ達に言う。


「ハハァ、わかってきたぞ。この鳥肌みたいな感覚が魔力ってんだろ?」


 行くぞ。衛兵を飲み込み終えたケイジはそう言って再び歩き出す。

 建物の正面玄関からケイジは堂々と侵入する。受付が鳴らしたのだろう、既に建物内では警報が鳴り響き、急いで逃げていく人達の姿があった。


「場所は分かってんだ。【記憶】にある」


 迷う様子もなく館内を進んでいく、何人もの衛兵がやってきていたが、ケイジは腕から取り出した黒い片刃の剣で、容赦なく切り倒していく。幾度も斬撃を浴びていたが、身体の形が自由に変化するケイジにとって物理的な攻撃は黒い粘液を散らすだけで、全く意味をなしていない様子だった。


「俺達の心配はしなくていいぜ。俺達が死ぬときは再生できないほどバラバラにされた時とかだろうな」


 目的地にたどり着いた、大げさな機械があるわけでもない、散らかった机と機材が数個あるだけの小さな部屋だった。

 部屋に入ろうとすると、廊下の向こうから重装備の衛兵が走ってくる。その手には火炎放射器が握られていた。


「伏せろ!」


 ケイジが叫ぶと同時に炎をまとった燃料が吹き付けられる。ケイジは両手を膜のように広げて防いだ。


「グッ……、高熱はちょっとキクな……! さっきのに追加だ! 燃やされても死ぬかもしれねえな!」


「ケイジさん!」


 リュウが防御魔法を展開し、ケイジの前に出る。炎は球状の魔法に沿うようにケイジの脇を流れていった。


「すまねえな!」


 炎が止むと同時に、リュウは衝撃波を前方に放つ。吹き飛ばされた衛兵にケイジがトドメを刺した。

 辺りにもう人気は無い。警報の音と避難を告げるメッセージと建物の燃えていく音が響いている。

 ケイジは火炎放射器を拾い、研究室にも火を放った。


「……この建物は、爆破しようと思う」


 その発言に三人は驚く。


「俺達みたいなやつは生まれない方が良かったのさ。……やっとわかったよ。やっぱりこれは俺達の、【ケイジ】の復讐劇だったんだ。俺達なんかを生み出しやがって、ケイジを殺しやがってってな」

 ケイジは三人に背を向ける。

「それと……ずっとひとりだったが、お前らと話してわかったよ。【俺達】は心の、もう誰の記憶を持っているかもわからない、ヒトですらない俺達が、心なんて語るのもおかしいかもしれないけどよ、どっかでヒトになりたいって思ってたのかもな。俺達の元、【ケイジ】の復讐と、【俺達自身】を生み出した、ヒトになれない存在を生み出しやがった、そのやり場のない感覚の復讐、ゴッチャになってたぜ」

 ケイジは振り向く。初めてまともに眼を見たような気がした。深い栗色だ。

「まあ、その、つまりここでお別れだ。話し相手ができて楽しかったぜ」

「ケイジさんも逃げればいいんじゃないスか!」

「いや、俺はここに残る。爆発するような危険物の場所も知ってるし、時限爆弾なんて都合のいいものもねえ。何より……」

 フゥー。

「こんな会社も俺達みたいなやつも、いない方がいいのさ。じゃあなガキ共、いや、リュウ、タツ、スケ」


 そう言うとケイジは微笑んだ。三人が見たケイジの表情の中で最も温かみのある【人間的な】表情だった。


「おら! さっさといけ! 巻き込んじまうぞ!」


 三人はその言葉に走り出す。


「リュウ! なんとかなんねーのか!」

「できねえよ! ケイジさんが決めたことだ!」

「俺達は俺達の身の安全も考えないといけない!」

「タツまでかよ! クッソ! なんともなんねーのかよ!」


 建物の外に出た。既に火の手が回っているようで、外に居ても熱が伝わって来る。

 とにかく距離を置こうと走ると同時に、後ろから爆発音が聞こえた。三人は反射的に防御魔法を展開する。

 爆風の中走り続け、振り返ると、建物は既に原型をとどめていなかった。三人は立ち止まる。


 建物に侵入してからかなりの時間が経っていたようだ。日も暮れつつある。足元には既に本と荷物があった。


「後味わりーな」


 スケが言う。心情はリュウもタツも同じだった。スケもそれは理解しているはずだ。

 本が光を放ち、三人を包み込んだ。


 三人が消え、しばらくの時間が経ったとき、一匹の野犬が燃え落ちた建物に近づく。

 

 ベチャッ


 野犬に黒い粘液が降りかかる。野犬は驚いて逃げていった。




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