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ヒューマンセル



「ヒューマンセル?」


 リュウが疑問の声を上げる。

 土曜日の昼下がり、トラベラーズホームに三人は呼び出されていた。


「そう、ヒューマンセル。どういう意図のタイトルかはまだわからないが、意味はヒト細胞って感じだね」


 リサが答える。先日ホームに届けられた本のタイトルだ。この【ブック】は、なんとまだ光りを放つ状態だったそうだ。


「今までの例から考えるに、本を開かなければ異世界への跳躍は起きないっていうのはわかってたけど、やっぱり検査するのはヒヤヒヤしたよ」


「で、誰がこの世界へ行くか決めかねてるってことですね?」


 タツが言うと、リサは頷く。


「そう、学生でまだ子供のあなた達に頼むのも気が引けるんだけど……。トラベラーの人員自体少ない中で戦闘の経験者となると、どうしても人がいない。僅かな人手も今は異世界にいるのが現状だ」


「オレ達以外にもやっぱりトラベラーはちゃんといるんスね~。……っていうか戦うかも知れないんスか!」


 スケの言葉にリサは再び頷いた。

 【ヒューマンセル】、この物語は特異な能力を手に入れたケイジという男の話。その男の復讐劇らしい、ということが現在本に記されていることからわかっている。


「ほとんどノーヒントっスね……」


「こればかりはどうしようもない。申し訳ないね。戦える人間を回すのは万に一つの考えもある。事が起きた時に何もできないと困るからさ。……話に乗ってくれるなら学校の方は心配しなくてもいい。それに君たちは高等学級生だ、就職先もこちらでなんとかしよう。とは言っても、特に君達には卒業後、ぜひここで働いて欲しいっていう、こっちの気持ちも多々あるんだけどね」

 リサはカップからお茶を喉に通す。

「今トラベラーズホームでは……いや、この国、ゼーベルではブックの被害についての保証が検討されている。これもその一つだな。……とにかくブックを放っておく訳にもいかないんだ。どうか協力してくれないか」


「まぁ、オレはいいスけど……」

「俺も問題ないが、リュウが心配だ」


 スケとタツの気がかりはリュウの魔法だった。リュウの日頃の鍛錬は二人共よく知っている。だが、魔力を補給できる保証などない異世界ではリュウの魔力が尽きるのは、まさに時間の問題だった。


「俺も行きます」


 リュウの言葉に二人は驚く。


「本当にいいのかい? こっちから話を出しておいてなんだが、どれだけの期間ヒューマンセルに居ることになるか、誰もわからないんだよ?」

「大丈夫ですよ。それに異世界に行けば魔力が増える。だからもっと俺自身に余裕が持てると思うんです」

「賭けに出るわけだな……ありったけの薬は用意しよう」


 そう言うとリサは少し思案して答えた。


「元々頼んだのはこっちなんだ。私個人としては止めたい気持ちはあるが、行ってくれるのは確かにありがたい。……頼んでもいいかな?」


 三人は頷いた。


「ありがとう。明日にでも出発しよう。場所はここの計測室からだ。跳躍時の魔力も計っておきたいしね」




 翌日の夕刻、トラベラーズホーム。


 三人は学生服にファンタジカで貰った装備を身につけていた。なぜ学生服かというと、鎧のサイズの問題で学制服の方がしっかりと装備できるからだ。リュウは太腿に大量の薬を入れた防水ポーチを巻いている。


「準備はできたよ」


 ガラス張りの部屋、その外側からリサが三人に声をかけた。機材をセットし終えたスタッフも真剣な表情でこちらを見ている。三人は頷いた。既に光を放っている【ヒューマンセル】の表紙に手をかける。


 【ファンタジカ】を開いたあの日と同じ、本から白い強烈な光が放たれた。三人の視界をその光は覆い、異世界へと飛ばす。強力な魔力の流れを感じていた。



 光が引いていく。三人が周囲を見渡すと、そこは巨大なビルに囲まれた細い路地裏のようだった。コンクリートの海に沈んでいく太陽の残渣が見える。リュウが異変に気づいた。


「……マズイな」

「どーしたんだよ?」


 スケが聞き返すと、リュウはケータイ程の大きさの機械を取り出す。


「わからないか?」


 リュウが機械を操作するとモニタに波形が表示される。だがそれも一瞬のことで、大きな波形が流れたあとはほんの少しだけの波形が表示されていた。


「リサさんから預かったんだこの機械、周囲の魔力を計測するんだってよ。……やっぱりそうだ」

 リュウは肩を落とす。

「この世界には、魔力が無い」


「だ、だったらリュウお前……周囲に魔力がなかったら」


 タツが言いかけるがリュウは言葉を返した。


「大丈夫だ。魔力は抑えられてる。でも魔力ゼロの空間に来るのは初めてだ。……気にする程じゃあないさ」


 リュウ達の世界の普通の人間であれば魔力が漏れていく事などない。だが、リュウの場合は別だ。リュウにとって周囲に魔力がないということは、空気で言えば真空の中にいるような状態だ。それだけリュウの身体からは、魔力が拡散されやすい環境ということになる。しかし、その中でこのように活動できてるのは、リュウの日頃の訓練の賜物だと言えるだろう。しかし、それだけリュウは魔力を取り逃さないようにいつも以上に集中していなければならない。気にする程じゃないというのはリュウの強がりだった。


「じゃあこのちょっとだけ見える波はなんなんだ?」


 スケが疑問を口にする。


「……俺の魔力だ」


「ちょっと出てんじゃねーか!」


「シッ……!」


 タツが二人に黙るように言った。


「何か聞こえる」


 三人とも耳を澄ます。今いる路地裏の更に奥、角を曲がった先から音が聞こえている。その音は肉食獣が何かを咀嚼するような、ビル群には到底不似合いな音だった。

 音を立てないように角へ近づく。顔を出し様子を伺ってみると、その行き止まりには【人のような形をしたナニか】がいた。

 シルエットは仁王立ちしているヒトのように見えるが、その輪郭がおかしい。既に日が沈んでいる上、路地裏で明かりもないためよく見えないが、その【ナニか】の輪郭は液体が流れるかのように、蠢いている。咀嚼音はそこから聞こえていた。

 三人が息を呑み見ていると次第にその蠢きは収まり、普通の人間のようにクッキリとした輪郭になった。


「ハズレか……。誰だ?」


 そのシルエットがこちらに背を向けた状態で言葉を発する。男の低いハスキーな、渋さのある声だ。


「お前らだよ、お前ら」


 今度はこちらを向き、ハッキリと言った。


 三人は角から姿を現す。


「なんだガキか、こんな時間に。……見たな」


 男が言う。リュウは迷ったが、その問に頷いた。男がこちらへ歩いてくる。レザーの上着にカーキ色のカーゴパンツ、ブーツといった出で立ちだ。武器らしきものは見えない。


「悪いが、死んでもらう」


 男は片刃の黒い剣を片手で構える。三人は混乱した。男は何もない空間から腕を振り、剣を取り出したように見えたからだ。男は目元まであるくせっ毛の向こうから鋭い目つきでこちらを見ている。悪いが、とは言っていたがその目には罪の意識も何らかの感情も、何も感じられない。殺すこと自体に何も感じてないような目だった。

 三人も武器を構える。男がこちらへ歩いてきているが、リュウは一言聞いた。


「あなた、ケイジさんですか?」


 その言葉に男は歩みを止める。そして口角を上げた、しかし鋭い目つきは変わらない。


「お前ら、ケイジを知っているのか?」


「はい、探しています」


 男は剣を消した。仕舞う動作はなく、剣は手の中に吸い込まれるように消えた。三人は構えを解くが、


「だったら、尚更死んでもらう!」


 男は素手でこちらへ走り出す、だがその手にはいつの間にか黒いナックルがはめられていた。リュウが先頭に立つ。そして防御魔法を展開した、光が三人を覆う。しかし、男は気にする様子もなく走ってくる。男はそのままの勢いで拳を引き、繰り出そうとする。


 だが防御魔法に弾かれた。男はもう一度殴りかかるが、やはりそれも弾かれる。


「クソッ! なんだこいつぁ! 近づけねぇ!」


 三人は気づいた、男には防御魔法が見えていない。ここは魔力のない世界だ、おそらくそれが原因でもあるのだろう。リュウは男を行き止まりに追い込むように前進する。


「クッ……」


 もう男は下がる場所がない。


「あー悪かったよ、降参だ、降参」


 男は手を挙げて言う、その手にはもうナックルはなかった。しかし三人は構えを解かなかい。突然自分たちを殺そうとしてきた男だ、その言葉を信じることなどできない。


「ホラ、俺が知ってるケイジについても教えるからよ」


 その言葉にリュウは武器を仕舞う、タツとスケもそれに続いた。男がゆっくりと近づいてくる。

 

「馬鹿がぁッ!」


 男は不意を打ち、またしても剣を取り出して三人に斬りかかる。


 しかし、届かない。


 リュウ達は防御魔法までは解いていなかった。剣は弾かれる。防御魔法には少々重い一撃だったが、男にはそれは伝わっていないだろう。


「わ、悪かったよ。今度は本当だ。なんだってんだ……クソッ」

 男は再び両手を挙げ距離をとる。

「ケイジってのは、俺の名前だ。俺がケイジだ」

 深く息を吐く。

「自己紹介はおしまいだ。お前らはなんなんだよ」


 リュウ達はケイジにブックのことも含めて説明する。


「異世界から来たってのは本当なんだろうな、さっきの力も訳が分からねぇ。それに【本】とやらはこっちでも話題になってる。……しっかし、俺の復讐、ねぇ……。まぁいい、お前らその分じゃ頼るところもないんだろ? 俺のねぐらについてきな」



 三人は夜の大通りをケイジについて歩く。周囲のビルにはネオンが輝き、タクシー等多くの車が行き交っていた。


「……なあ、なんで魔法もないのに車が走ってんだ?」


 スケが小声でリュウに聞く。


「俺が知るかよ、なんか技術があるんだろ」

「なんだ、お前らガソリンも知らねえのか」


 ケイジが話に入るが、リュウとスケは黙り込む。


「なあガキ共、悪かったよ。もう手はださねえからさ。お前らの言い分だと、殺す必要もないしな」


 しばらく歩くとケイジは路地裏の廃ビルに入っていく。廃ビルの最上階、そこにはボロボロのソファーが一つあり、周囲には新聞がいくつも散らかっていた。


「ここが俺のねぐらだ、悪いが追われる身なんでね。……ちょっと待ってな、なんか食い物持ってくる」


 そう言うとケイジは階段を下りていった。


「なあ、どう思う?」


 スケが話を切り出す。タツが答えた。


「信頼できないな。まずケイジさんの目的もわからないのに、殺す必要がある、ない、と言われても訳がわからない」


「俺もそう思う、しばらく防御魔法は解かない方がいいだろ」


 リュウもそれには賛同だった。


「まあ、どっちみち様子見だな。ブックがケイジさんの話である以上いっしょに行動しないといけなくなるだろ」



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