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 リサは新たにホームに届けられたブックの調査を終え、ブックの保管庫へ向かっていた。その仕舞ってあるものとは対照的にシンプルで、簡素とも言える本棚にブックを並べる。

 その時、一冊のブックの背表紙が目に留まった。リサはそのブックを取り出す。


 それは、まだブックの問題が大々的になる前の話だった。


 まだトラベラーズホームもない頃、魔力の起源や理論に関する研究していたリサは、職場へ向けて朝の街中を歩いていた。多くの人が往来するいつもどおりの道、雪の季節が近づき始め、厚着の人も増えている。彼女はファッションなどには特に興味もなく、仕事、特に魔力関連以外について若干ものぐさな面を持っていた。職場に着替えや私物を収めるロッカーはあるが、今日も家から仕事着である白衣の上に、厚手のコートを羽織っただけだった。

 ふと、歩いていく彼女に鳥肌の立つような妙な違和感がよぎる。それは検知魔法を使う彼女にとっては慣れきった感覚、魔力の波が動いた時の感覚のはずだ。だが、何故か違和感を感じた。

 ほんの少しの疑問を抱きながら、リサは魔力の元へと向かう。今までとは異なる感覚を放つそれは、立派な研究対象となるだろう。

 それは簡単に見つかった、人の賑わう大通りから少し裏手に入った細い道。そこに落ちていたのは一冊の本だった。

 外見はなんの変哲もない本だった、先ほど感じたはずの違和感も特に感じられない。そもそも魔力自体その本からは感じられなかった。ただ周囲に舞う魔力の残渣から判断するに、おそらくその本が魔力を放っていたのだろう。だが周囲に人気もなく、何者かが魔力を放ったのだとすれば、その人物が移動したという痕跡も残るはずだ。すると、本が誰の影響も受けず、自発的に魔力を放ったということになる。

 リサは疑問を抱きながら本を開く。数ページ読むが内容はなんの変哲もない、何らかの報告書に見えた。

 一応本をカバンの中にいれ、再び職場へと足を向ける。その本を除けば何も変わらない、いつもどおりの日常だった。


 職場に到着し、同僚と顔を合わせる。仕事の用意をしながら何気ない世間話をする中、リサは通勤時に拾った本の話を持ち出した。

 人がいた痕跡もなく、魔力を発していた本。

 同僚たちも頭をひねる。何らかの時限式の魔法があるのだろうか。いや、マジカダイトを利用したのかもしれない。研究職である彼らの考察が始まる。だが人が持って生まれる魔法は千差万別。似たようなものは数あれど、全く同じものはないと言ってもいいだろう。時限式の魔法というのはまだあまり知られているものではない。それに、何らかの人物が関わっていたとしても、その目的が見当もつかない。リサはなんの問題もなく、その場から本を持ち去っているのだ。

 結局、結論は出ず終いだった。それぞれの担当する部所へ向かう。


 リサの担当する部所は魔力を放つ物質についての研究だった。マジカダイトのような特殊な物質や、この世界の生き物すべてが持つと言われる魔力、それの放出、吸収、その際の流れ等を解明していく。ずばり、拾った本も研究対象だ。同じ担当の者と魔力の検知器に掛ける。しかし、リサの魔法でもわかっていたとおり既に魔力は検知されなかった。他にも外部から魔力を流したり等、様々な形で調査を進めていく。

 しかし結果はどれも外れ、結果すべてがそれはただの本であると指していた。途中までしか書かれてない点を除いては。

 ずっとその本に構っていられるわけでもなく、他の物質の研究もある。リサの話も含めて記録をとり、本はケースに収め一旦保留、ということになった。


 時刻は夕刻、リサは休憩をとっていると、再び違和感に襲われた。あの感覚だ。通常の魔法とは微かに異なるその魔力、本が放っていたものに違いないだろう。

 すぐに同僚に声をかけ本の元へ向かう。本が収められていたケースを開けると、検知魔法を持つ彼女は強い魔力を感じた。鳥肌どころではない、肌がビリついているような感覚だ。同僚もリサほどではないが確かに感じたのだろう、驚きの声を上げる。それに驚く原因は魔力だけではなかった、本が強く光を放っていた。同僚にすぐに検知器の用意をするように言い、ケースから本を取り出す。すると、リサは妙な感覚に取り憑かれた。

 本の中を見てみたい。

 それは研究者としての心理もあったかもしれない。だが脳は警鐘を鳴らしている。謎の本が凄まじい魔力を発しているのだ、間違いなく危険だ。だが彼女はほとんど無意識のうちに表紙に手をかけていた。


 強烈な光が部屋を満たした。


 その膨大な魔力は職員全員が気づくほどだった。何事か、と多くのものが駆けつけるが、そこにはリサの姿も、本もなかった。



 本を開いた瞬間、強烈な光と魔力に当てられたリサは意識を失う。その魔法のため、人以上に魔力に敏感な彼女にはその魔力は余りにも強かったのだ。



 次にリサが目を覚ましたところは、コンクリートの壁がむき出しの狭い部屋の、安っぽいパイプベッドの上だった。天井から蛍光灯が部屋を無機質に照らしている。部屋には一つの扉と、服のかかってない洋服掛け、机、ソファーとテレビだけが置いてある。殺風景な部屋だった。体を起こすと、ギシリ、とベッドが呻く。大きなひとつだけの窓から外を見ると、既に日は落ち、強めの雨が窓を打ちつけていた。向かい合わせるように、コンクリートの灰色の壁とそこにある廊下、並んでいる扉が見える。おそらく今いる場所も同じような建物なのだろう。四階のようだった。

 しかし、何かがおかしい気がする。鳥肌が止まらない。


「気ぃついたか」


 ひとつだけの扉を開き、一人の筋肉質な男が入ってくる。ニット帽を被っていて上下グレーのスウェットというラフな格好だ。その手にはコンビニのものらしきビニール袋がある。


「わりぃけど、着替え、やっちゃったから」


 リサが自分の姿を見ると、これもやはりグレーのスウェットにグレーのパーカーという姿だった。

 それについては気にしないということを伝え、なぜ自分はここにいるのかを聞く。


「あんたが、そこの路地裏で倒れてたからさ、天気も天気だし、ほっとくのもアレだったからよ。……あと、その本、あんたのだろ?」


 男が訥々した口調で語る。

 机の上を見ると、先ほどの本が置いてあった。魔力は感じられない。しかしリサは気づいた、先程から感じる鳥肌の原因だ。

 余りにも空気中の魔力が濃すぎる。リサは体を抱え込んだ。


「お、おい、大丈夫か? なんか暖かいもん持ってくるからよ」


 こんなに魔力が濃い場所があるなど、リサは聞いたことがなかった。それに、本の異変が起きてから明らかに、いる場所も状況も違いすぎる。自分の魔力も念のため検知する。

 リサは愕然とした。多すぎる。余りにも自分の持つ魔力が多すぎるのだ。リサは自身の持つ魔法のため、病院などで様々な人の魔力を検知する機会があったが、それらの経験の中でも考えられない程の魔力を持っていた。何倍では済まない量だ。

 男がマグカップをひとつだけ持って戻ってくる。


「ほら、これ、飲んどけ」


 温められた牛乳だった。得体の知れない男だったが、ひとまずは信頼していいらしい。だが、ひとつおかしな点があった。

 この男は、魔力を持っていない。

 普通はありえないことだった、魔力の尽きた人間は死んでしまうというのが定説だ。だが、現に男は魔力を持たないにも関わらず生きている。

 リサがマグカップを傾けていると、男が声をかける。


「なんで、あんなところに、いたんだ?」


 なぜ路地裏で倒れていたのか、それはリサ自身でも説明することができなかった。自分になにが起こっているのか、それすらもわからない。


「まあ、言いづらいなら、それでもいいけどよ」


 男はソファーにドッカと座り、テレビをつける。天気予報をしているようだ。


「ああ、明日も雨か…、錆びちまうかもな、なんてな。」


 リサは目を丸くしてテレビを見る。天気予報の地図は見たこともない地形を映し、読み上げられる地名も聞いたことのないものばかりだ。ここはどこなんだ? 到底有りうることなどないと思うが、数々の事実がリサが今までと違う世界にいるということを示している。目眩がする、吐き気もだった。男にトイレの場所を聞くと急いで立ち上がり、そしてトイレに胃の内容物をぶちまけた。

 リサは視界が暗くなっていくのを感じた。





 リサが目を覚ますと、既に男は部屋にはいなかった。どうやら気を失っていたらしいがベッドまで運んでくれたようだ。時間を見ようと思ったが部屋には時計がない。外を見ると日は出ている時間のようだ、しかし空は曇天で薄暗く、雨はまだ強く降り続けている。

 周囲の様子を伺おうと玄関を開けたが、廊下があるだけで窓側と同様、こちらの建物と数メートルの間を空け、コンクリートの壁がそびえる。向かいの建物の窓が見えるが、こちらと同じような構造の部屋が見えるだけだ。どの部屋も人の気配は、無い。廊下の端まで行き辺りを見渡すが、同じような建物が並ぶばかりで道にも人はいない。この雨なので当然といえば当然なのかもしれないが。

 ここまで同じような建物ばかりだと、下手に外に出てもここに戻れなくなってしまうかもしれない。それに雨具もなく、リサは仕方なく元の部屋へ戻った。


 日が沈んだようだ、外はもう真っ暗だが。雨も止む様子はなく降り続けている。玄関の開く音がした、男が帰ってきたのだろう。


「飯、買ってきたから」


 男はコンビニ袋を差し出す。いまいち表情の変化がなく、男は何を考えているのかわからない。礼を言って受け取る。


「身体、大丈夫か?」


 昨日の事を言っているのだろう。もうなんともないことと、謝罪の意を伝える。


「大丈夫なら、よかった」


 男はテレビをつけた。


「明日も、雨か」



 翌日、目を覚ます。男は既に起きていた。


「服、乾いてるから」


 そう言うと、男は家を出ていく。


「昨日と、同じくらいになる」


 時間のことだろう。リサは、わかった。とだけ伝え部屋に戻る。

 テレビを付けるがニュースばかりのようだ。見ず知らずの地のニュースを見ても仕方がないとも思っていたが、何か情報があるかもしれないという思いもあったからだ。

 ずっと着たままだったスウェットとパーカーを脱ぎここに来る前に着ていた服を着る。そのままテレビを見ていると、気が付けば日が沈もうとしていた。

 そのままテレビを見ていると男が帰ってくる。そして先日と同じように、コンビニの弁当を差し出した。

 ふとリサは気づいた、今まで気付かなかったのが不思議なくらいのことだった。男が食事をしているところを見たことがない。それについて質問すると、男は、


「それは、気にしなくてもいい」


 とだけ言った。外で食べてきているのだろうか。どこか疑問が残るがリサは自分を納得させる。






 そんな日々がしばらく続いていた。今日も男は今までどおり夜に帰る旨を伝え家を出ていった。未だ、雨は降り続いている。

 スウェットとパーカーは洗濯しているため、今日は本の異変以前の白衣だった。

 日もそろそろ沈む、もうしばらくすれば男は帰ってくるだろう。


 テレビの声と雨音だけが響く部屋に突如、廊下を走る音が混じる。玄関が激しく開かれた。


「おい! 逃げろ、逃げるんだ!」


 男の声だった。まだ帰ってくるには早い時間だ、そのまま部屋に上がり込んでくる。


「その格好なら、ちょうど、いい!」

「逃げるんだ! とにかく遠くだ!」


 状況がまるでわからなかったが、今までの様子とは全く異なる男の行動にリサは咄嗟に本を掴み、部屋を出た。

 廊下に出ると男は突然リサを抱き抱える。男の手は冷たかった。

 そして廊下から、外側へ飛び降りた。

 あまりに突然の行動過ぎてリサは声も出ない。地面が猛スピードで迫ってくる。このままでは二人共衝突して死んでしまうだろう。リサは恐怖に目を閉じた。


 直後、まるで自動車事故でも起きたような音が響き渡る。


 リサは無事だった。男も無事なように見える。男はリサを下ろすと、


「早く! ここから遠くへ行くんだ!」


 いつものように訥々と、だがはっきりとした意思を込めて、それだけ言った。大人数の走る足音と声がリサにも聞こえる。スーツの男たちが走ってくるのが見えた。その手には杖らしきものが握られている。

 あなたはどうするの! リサはそう問いかけるが、男は、


「俺は、大丈夫、ただ、一つだけ、お願いがある。それは……」


 ……


「さあ! 逃げろ! 遠くだ!」


 リサを細い路地へ導き、男は道を塞ぐように立ち止まる。リサが駆け出した直後、検知魔法は自分の背後、男がいる方向で魔力が動くのを感じた。男が使ったのではない、追っ手の魔法だろう。路地に爆発音が連続して響き渡る。

 路地を抜け大通りに出た、目的地もわからないがとにかく建物から遠ざかるように走り続ける。

 

 その時、本に異変が起きた。光を放ち魔力が流れ出しているのを感じる。その光は見る見る輝きを増し、リサを包み込む。光が消えたとき、そこにはもうリサの姿はなかった。

 


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