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わたしをたべたひと  作者: よるの
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恋をした話

渋々服を脱いでいたわたしは、下の方を脱ぐのにもたもたしていたせいで結局紅さんに脱がされてしまった。


「やめ、やめてください!自分で脱げますから!!」


「おそーい、問答無用ー」


「きゃあああ!」


「うぇへへへ、かわいい悲鳴だね宙ちゃーん」


こんな具合に。

ズボンだけならまだ良かったのに下着まで……恥ずかしすぎて泣きたくなった。それに悲鳴なんてあの車の事故以来初めてあげてしまったんじゃなかろうか。とにかく、わたしらしくない事をしてしまった。

それもこれも動かない足が悪い。序に紅さんも悪い。というか紅さんが元凶だ。言動がもうセクハラとかそういうものを超えてる気がする。つらい。


そんな事を考えてはいたのだけれど、今の状況もよく分からない。ザー…とお湯が流れる音が満ちる浴室の椅子に座らされて、全身を泡だらけにされていた。わたしだけじゃない、紅さんも泡だらけだ。

要するに、紅さんが体を洗う序にわたしも体を洗われていた。わしゃわしゃとタオルで背中を擦られながら、何故こんなことになったのかも考える。


(まぁ、食材は綺麗に洗わないとって言っていたし……そういうことなんだろうな)


流れる水の中に赤色が混ざるのが見えて、真紀さんの姿を思い出す。食い散らかされた哀れな姿、今からわたしもああなる事は間違いない。

汚れたままの体で死ぬわけじゃない事を思えば、シャワーを浴びれたのは幸運なのかもしれない。


「はい、背中はこれでオッケェ。次はぁ…足しよっかー」


「え、いや、足は自分でやりますから!できますから!!」


背中はまだいい。序に腕も現れたけれど、それもまだ許容範囲だ。

でも、足は駄目だ。動かなくなってからすっかり細く、柔く、衰えてしまった足はわたし自身の負の象徴だ。

それを洗われるなんて死ぬほど恥ずかしいし、またこの足が誰かの手を煩わせるかと思うと申し訳なくなってくる。


「あっははは!宙ちゃんの焦った顔面白いねーもっと見せてねー」


「いやですよ!!」


必死の抵抗も空しく、右足を抱えられてしまってそこにタオルが押し当てられる。

幾ら拒否の言葉を吐いても、バタバタと腕を振っても、彼女が気にしなければ無駄なのだ。彼女の手が足を滑る恥ずかしさを、申し訳なさを堪えるしかない。

紅さんはやはり面白そうに笑っていた。今はその笑い声が少し辛い。


「宙ちゃんは足がコンプレックスなんだねぇ」


「…別に、あっても何の役にも立たないところが嫌いなだけです」


「そっかぁ、こんなに柔らかくて美味しそうなのにねぇ」


「…っ……お、美味しそうでもわたしには関係ありませんから!」


遠慮なくふにふにと足を揉んでくることが恥ずかしい。まるで愛しいものでも見る様にうっとりと足に頬をすり寄せる姿は、足の感覚がない筈なのにむず痒いものが広がった気がした。

別に洗って貰う事は初めてではない。この足になってから、幾度も入浴を手伝ってもらった事はある。

しかしそれはそういう職業の人がやったことだ。仕事だと割り切ってもらえれば罪悪感も少なくて済む。

でも紅さんは違う。この人はただただ興味本位で、好奇心で、わたしの足に触れてくる。それが途轍もなく恥ずかしい。


「んふふ、顔真っ赤ー。さっきまであんなに『別にどうでもいいですぅ』って顔してたのにねぇ」


「…そんなにわたしを苛めて面白いですか」


「うん、とっても」


にんまりと満面の笑みで言われてしまった。此処まではっきりと断言されるといっそ清々しい。内容は清々しくないが。

このまま辱められるぐらいならいっそ早く殺してほしいと思わなくもない。こんなに心乱される事なんて初めてだ。

それでも、彼女が楽しそうに足を洗っている姿は何となく嫌だとは思わなかった。恥ずかしい事には恥ずかしい、それでも嫌ではなかったのだ。


それは、わたしの足に触れる彼女がゆるゆるに緩みきった笑顔でご馳走を目の前にした子供のような顔をしていたからかもしれない。

彼女が、わたしにとって初めてこの大嫌いな、いっそ憎しみすらある足を、愛しそうな目で見てくれたからかもしれない。

彼女の、わたしへと抱いているものが食欲であっても、『欲しい』と思ってくれていると感じたからかもしれない。


「そんなに、わたしの足が美味しそうに見えますか」


「うん、すっごく美味しそう」


やはり私の問いに、彼女ははっきりと断言してくれる。

泡がシャワーで流され、綺麗になった脛に唇を落とされた。足を抱えられているだけでも恥ずかしいのに、これは反則だ。

顔に熱が集まってくるのを極力気にしない様にして、面白そうに緩んだ笑顔でわたしを見つめる灰色の目に視線を合わせない様にして。

真紀さんを食べている時から、ずっと気になっていた事を問いかける事にした。


「……何で、すぐ殺さないんですか。わたしを食べたいんでしょう?」


「んー?」


わたしの問いに紅さんの目がゆっくりと細められて。紅さんの口ががぱりと開けられたのが見えて。

何か思う前に、がぶり、と足に咬みつかれた。痛みも何も感じないけれど、肌にしっかりと食い込んだ歯を見る限り、容赦のない咬みつきだ。

それに対して不思議と恐怖は湧いてこなかった。ああやっとか、という思いだけだ。紅さんの答えは貰っていないけれど、死ねば終わりなのだからどうでもいいだろう。


「―――そうやって、どうでもいい顔するからかなぁ?」


「…え?」


咬みついたと思ったらすぐ口を離して、彼女は言った。しっかりと残された歯型を指でなぞって、彼女は笑う。


「初めて会った時も全然取り乱さないしぃ、『食事』の時もあんなにゲロった割にどうでも良さそうな顔するしぃ、次は自分の番って分かってる癖に命乞いもしないし、そもそも逃げようとすらしないしぃ」


つらつらと言葉を重ねて、重ねて。


「宙ちゃんって異常だよねぇ」


そんな言葉を、彼女はわたしに与えるのだ。

真紀さん達のように侮蔑する感情もなく、わたしに『異常』だとはっきりと言ってくれたのだ。


「そんな面白い子をさぁ、すぐいただきますってしちゃうの勿体なくなぁい?」


「…そんなものですか」


「そんなものだよぉ、その澄ました顔がどうやったら面白くなるかなぁって思ってさぁ」


「…それで、これですか」


そうだよ、と彼女は大きく頷いた。つまりは、わたしに興味があったから、それが彼女の答えだ。あまりにもありきたりで、あまりにも単純で、それ故にまっすぐにわたしに届く答えだった。

まぁ、そんな理由だけであんな辱めを受けた事はちょっとむかついたけれど。今となってはどうでもいい事だ。


「でも慌てるのが脱がせた時とか洗う時とかってやっぱり異常だよね、そこかよ!みたいなぁ?悲鳴なんてそもそも出会って最初にあげとくべきでしょぉ?」


「いや、まぁ、そうですけど………正直、どうでも良かったです。変な人がきたなぁぐらいしか思わなかったですし」


「あははははは!!だよねぇ!!!きみならそうだよねぇ!!」


爆笑されてしまった。その上、そういうところがいいよねぇと無邪気な笑顔で言われてしまう。

―――何だかその笑顔を見て、その言葉を聞いて、嬉しく感じるなんて不思議だった。


「でも、まぁ………結局は殺しちゃうんだけどね」


彼女の言葉が、確りと耳に届いた時には。

わたしの首に、彼女の手が。


「っ…っぐ…!」


苦しい。ぎりぎりと容赦なく絞められる。息が出来ない。苦しい。くるしい。

必死に口を開けても、全然空気が入ってくれない。思考がどんどんとぼやけて、霞んで、まっしろに。

彼女が笑っている。とても嬉しそうに、うっとりと私を見つめて。


あぁ。そんなかおをしてくれるの。


あぁ。そんなにわたしをたべたいの。


あぁ。あぁ。あぁ。


やっと―――。


「……そんな顔するんだぁ」


手を離された。急に肺へと送り込まれる空気に思わず噎せてしまう。目の前には、何とも言い難い複雑そうな顔している紅さんがいた。彼女はこういう顔もできるのか。

ぼんやりと霞んだ思考が徐々に戻ってくる。


「ねぇ、宙ちゃん。気づいてる?」


「な、にが…ですか…」


必死に浅く呼吸を繰り返して、やっと息が整ってきたところで紅さんは問いかけてきた。

どういう事だろう。何かおかしい所でもあっただろうか。首を絞められること自体がおかしいと言えばおかしいのだけれど。


「首絞められてた時、すっごぉく嬉しそうな顔してたんだよ?なに、宙ちゃんってばドMだったの?」


「……そんな自覚はないですけど」


「へんたいさん?」


「紅さんに言われたくないですね」


ひっどーいとまたゲラゲラと笑われた。もうあの複雑そうな顔は見る影もない。ゆるりと緩んだ笑顔があるだけだ。


「宙ちゃんはさぁ、結局どうなの?死にたいの?」


「…死にたくはないですよ」


「へぇ?」


「ただ、運が悪ければ死ぬのも仕方ないかなと思っているだけで」


これは本心だ。本心の筈だ。だって真紀さんだって、叔父さんだって、叔母さんだって、運が悪いから殺されたんだと、仕方ない事だと思ったじゃないか。

それは他人だけじゃない、わたしにだって当てはまる。だから、彼女に殺されるのなら、わたしの運が悪かったというだけで。


だから。


だから。


……だから?


だから、なんだ。まるで言い訳のように何度も、何度も、理由付けをして。死ぬことを肯定する様に。殺されることを望む様に。

違う。違う。そんなんじゃない。でも、あの一瞬、わたしは。違う。違う。違う。


わたしが望むのは――。


渦巻く思考の中、紅さんはやはり緩んだ顔のまま。


「それじゃあさぁ、質問を変えるねぇ?」


わたしの顔を見つめて。


「宙ちゃんはさぁ」


彼女は。


「死にたいんじゃなくてぇ」


彼女は。


「―――『アタシ』に、食べられたいの?」


その瞳が。灰色の、面白い玩具を見つけたような、獲物を甚振る肉食獣のような瞳が。


「ちがいますっ!!!」


気付けば叫んでいた。沸騰した様に頭が熱くなって、衝動的に、何度も違う、違うと叫んで。

八つ当たりの様に腕を伸ばして彼女を叩こうとするのに、あっさりと彼女の手に腕は捕まって。


「はは!!あははははは!!!なぁに、宙ちゃんってばそんなに取り乱してさぁ!!!!!!」


「ちがう!!ちがう!!!!」


彼女は嗤う。わたしを哂う。甚振るように、掴んだ腕を痛いほどに握り絞めて。

違うのに。わたしはそんな事思ってない。何も、何も感じない筈で。


殺されることも、食べられることも、全部、全部、どうでもいいと。


何も感じないと思っていたのに。


「何が違うの、ねぇ!!!『ワタシ』見てたよ、『ボク』が食べるところを熱ぅい視線で見つめちゃってさぁ!!!」


「ちがう!ちがいます!わたしは!!!」


追いつめる。追いつめられる。曝け出される。暴かれたくない。見られたくない。


わたしをみないで、きかないで、いわないで。


「素直になりなよぉ宙ちゃぁん!!きみはさぁ、こぉんな殺人鬼にさぁ!!!人をおやつにする食人鬼にさぁ!!!!」


「ちがう!!」


叫ぶわたしに、暴れるわたしに、無駄な抵抗だと、彼女は嗤った。


「ねぇ、宙ちゃん。きみは、食べられたいんだよ」


「ちが…………」


言葉が途切れる。力が抜ける。顔を覗き込まれて、ゆるりと緩んだ笑顔で囁かれる。


「美味しく、食べてあげるね。一思いに殺さずに、ゆっくり、丁寧に、『死ぬ』まで食べてあげる」


「………」


その言葉にどうしようもなく、そう、どうしようもなく。

心が湧きたった。揺れ動いてしまった。抵抗をする事を、忘れてしまった。


「宙ちゃんは、誰かに欲しがられたかったんでしょ?」


「………」


わたしを捕まえていた手を離され、わたしの腕は力なくだらりと落ちる。


「宙ちゃん自身を、誰かに求められたかったんでしょ?」


「………」


頬を撫でられる。無言は肯定だと分かっているのに。曝け出された心を隠せるものがなくなってしまった。


「どうでもいいって顔して、本当は誰よりも『自分』を見てほしかったんだ」


「………」


何も言えない。言える言葉が無い。否定が出来ない。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと思ってきた、心の底で望んできたこと。

足を抱えられる。爪先から、太ももの付け根までゆっくりと指先で撫でられる。感覚が無い筈なのに、ぞわりと、頭から腰まで何かが駆け抜けて息を詰める。


「ねぇ、ねぇ、ねぇ、寂しがり屋の宙ちゃん、求められたがりの宙ちゃん」


「……なん、ですか」


やっと、一言。応えるのがやっとで。そんなわたしをやはり彼女は緩んだ笑顔で見つめて。

灰色の瞳を細めて。甚振る様に。面白がるように。欲する様に。肉食獣の、その瞳。


「いただきます」


抱えた足に頬をすり寄せて。口を開けて。嬉しそうに。楽しそうに。


わたしの脹脛。柔らかな肉。今度は、最後まで。


ぶちりと、噛み千切った。


「………ぁ」


血が、血が、赤い色が。どろどろ。どろどろと、止め処なく流れて。


彼女の顔が。幸福そうな顔が。美味しそうな顔が。蕩けるような、頬を紅潮させて、わたしの足を、肉を、味わう顔が。


「おいしい、ですか」


「うん、美味しい」


「もっと、ほしい、ですか」


「うん、全部欲しい」


わたしの足に、何度も、何度も咬みついて、噛み千切って、口元を真っ赤に染めて、夢中になって食べるその姿が。

わたしの足を、役立たずの足を、まるでお菓子の様に美味しそうに、幸せそうに食べる彼女の姿が。


どくん、とわたしの心臓が大きく、力強く、高鳴った。

どくんどくんどくんと何度も何度も、高鳴って、昂ぶって、体が熱くて、熱くて、熱くて。


あぁ、やっと、やっと。


「宙ちゃん、今どんな顔してるかわかる?」


やっと。


「すっごい、蕩けた顔してる……かぁわいいねぇ」


やっとかのじょにたべてもらえる。

わたしをもとめて、わたしだけをみて。


「紅さん」


彼女の名前を呼ぶ。肉を噛みしめ、血を啜る、彼女の名前を何度も何度も呼んで、求める。


「紅さん」


「宙ちゃん、なぁに?」


わたしの血で口も体もべたべたに赤く汚れた姿にこれ以上ない程、わたしの心は高鳴って、昂ぶって、抑えきれない位に感情が溢れだす。

溢れだした感情は止められない。止める術を知らない。我慢しても見破られてしまったから、暴かれてしまったから。

だから、感情が、この気持ちが、高ぶりが、言葉へと溢れだすのを止められない。


「紅さん、紅さん」


「うん、うん、なぁに?」


「紅さん―――」





「あなたが、すきです」



わたしは恋をした。初めて恋をした。


わたしの全てを食べてしまう人に恋をした。

狂った愛を自覚した話。


ブックマーク、アクセスなどなどありがとうございます。とても励みになります!!

評価、感想も歓迎しております、次回もよろしくお願いします!

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