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わたしをたべたひと  作者: よるの
2/6

出会った日の話

「ハンバーグが食べたい」


空が朱色に染まり始めた時刻に、やっと起きてきた彼女は開口一番そう言った。


「いきなりですね」


「ハンバーグ」


わたしの言葉は関係ないとでも言うように言葉を重ねる。よほど食べたいのだろうか、声に強い意志が感じられた。

大方、寝ている時にハンバーグを食べる夢を見たのだろう。この前はオムライスだった。彼女と暮らす様になってから珍しくない事だ。

そして、その要望に応えるのがわたしの役目でもある。


「分かりました、『夜食』に作りますよ」


「牛肉100%のハンバーグがいい」


「それじゃあ牛挽肉を買ってきてくださいね」


「はぁい」


自分の食べたいものに関してはとても行動力がある彼女は起き抜けだというのに早速出かける準備をしていた。いきつけのお肉屋さんに行くのだろう。あそこで売ってある『色々なお肉』は彼女のお気に入りだ。

彼女はまだ『朝食』を食べていないが、どうせ帰ってきたらお腹が減ったと騒ぐに決まっている。その時に作って出せばいい。のんびりしていたらすぐに外は暗くなってしまう。


「さて、ハンバーグですか…必要なのは――」


お肉の方は彼女に任せるとして、卵とパン粉はまだあった筈だ。そういえば玉ねぎはあっただろうか。彼女が出かける前に確認しておかなければ。


「よ、と…」


手と腕に力を籠め、『タイヤ』を動かせば前へと進む――愛用の黒い車椅子。彼女が用意してくれた、大切な宝物。わたしの大事な移動手段。

わたしの体に合わせてコンパクトに作られた車椅子は小回りが利いて便利だ。するすると冷蔵庫の前までわたしを運んで行ってくれる。


「玉ねぎは――あぁ、無いですね」


冷蔵庫の野菜室にはレタス半玉とジャガイモが複数転がっていただけで、肝心の玉ねぎがなかった。

個人的にハンバーグには絶対玉ねぎを入れないと気が済まない、必須の食材だった。


「それじゃお肉屋さんいってくるよぉー?」


彼女の声が玄関がある方角から聞こえる。あぁ、いけない。玉ねぎも頼まないと。


コウさん!」


大声で彼女の――紅さんの名前を呼ぶ。必死に腕を動かして、玄関へと車椅子を急いで進めれば玄関でわたしを待ってくれている彼女がいた。

今の彼女の姿はフードに黒いファーがついた赤色のジャンパーに黒のタンクトップとデニムのショートパンツ。綺麗な肌を惜しげもなく晒した足が艶やかだった。


「どうしたのぉ?」


「呼び止めちゃってすみません、玉ねぎもお願いして良いですか?」


「了解ー、それじゃソラちゃんは良い子で待っててねぇ」


にんまりと緩んだ笑みを浮かべた紅さんがわたしの額へと口づける。柔らかい感触。ついでとばかりに舐められて湿った感触が額を這い回った。


「どさくさに紛れて味見しないでください」


「えぇー?少しぐらい良いじゃん、減らないしー」


「油断すると齧ってくるじゃないですか」


「美味しいから仕方ないねっ!」


自信満々に言われてしまった。いっそ清々しい。

それに彼女が仕方ないというのなら仕方ないのだろう、と済ませてしまうわたしもわたしだった。彼女に甘過ぎる自覚は充分にある。


「それじゃ行ってきまーす」


にこやかに彼女は玄関から外へと足を踏み出して。


そして扉を閉めるその一瞬。


「逃げちゃ駄目だよ?」


無機質な声が耳へと響いて。振り返った顔が、目が、暗い底なし沼のように見えて息を呑む。彼女はいつも緩く、喜怒哀楽に富んだ表情を浮かべているのに、不意に全てを殺ぎ落としたような顔をするときがあった。その時の彼女は色んな意味で容赦がない。

今、少しでも動けば彼女に喉を食い千切られそうな予感がした。体が動かない。それはばたんと音を立てて扉がしまってからも30秒ほどは続いた。


恐ろしいほどの殺気。それをまともに浴びせられて、それでも胸に抱くのは狂おしい程の愛情と渇望。


「………逃げませんよ、わたしは貴女に美味しく食べて貰う為に生きているんですから」


わたしの言葉を聞く人はいない。それでもあえて声に出す。それは宣誓に近い。

決して逃げない、離れない、貴女の為だけに在ると己に誓う言葉だ。わたしが望んで貴女のモノになるという言葉だ。


扉を見つめて、そっと息を吐く。彼女のいない家は寂しい。すぐ帰ってくるのは分かっているけれど、存在を感じられないととても心細かった。

無意識のうちに手が太腿を付け根から撫でていた。しかしすぐ途切れてしまう。


わたしの足は、太腿の半分から先が無い。彼女に食べられてしまったから。


そう、そうだ。

わたしの役立たずの足を、美味しそうに、幸せそうに咬みついて、その肉を食む彼女に恋をした。

狂った愛だとお世話になっているお医者様は言っていた。それでもいい。それがいい。彼女に合わせるなら狂っているぐらいが丁度いい。


車椅子に備え付けられている荷物入れから1冊の手帳を取り出す。本革で装丁された綺麗で分厚い手帳。わたしの日記帳として彼女が与えてくれたもの。

その一番初めのページを開く。日付は12月25日、クリスマス。

わたしの文字で綴られた、わたしがわたしとして生きる意味を見つけた日。彼女に出会った、大切な日。



12月25日


素敵な人に出会った。名前は『犬飼イヌカイ紅月コウゲツ』さん。とても綺麗でとても愉快なお姉さん。



日記を読みながら思い出す。彼女に出会った日の事を。恋に落ちた日の事を――。




*****


「メリィイクリスマァアアス!」


「…………」


いきなり眠っている所を叩き起こされたときは心の底から驚いた。どれだけ驚いたかというと声も出ないレベル。絶句するとはこういう事なのだろう。

どこから?とか窓の鍵はかけていた筈なのに?とかぐるぐると思考が巡る中、窓を見ればポッカリと鍵付近の場所に穴があけられていた。確実に不法に侵入された形跡だった。


「あれ?反応なしぃ?よっす、メリークリスマッス!!!!」


わたしを叩き起こした張本人は、言葉を返さないわたしに再度声をかけてくる。赤のロングコートに身を包んでいて体のラインから判断は難しいけれど、声はどうやら女性のようだ。

それだけならまだいいが、何故か黒いガスマスクを被っていた。そんな人に叩き起こされてびっくりしない方がおかしい。

申し訳程度にサンタの帽子をかぶっていたけれど、到底サンタには見えなかった。完全に不審者である。

夢かと思ったけれど「聞いてるー?」と襟を掴まれて思い切り揺さぶられた。夢じゃない。ぐわんぐわんと視界が揺れて辛い。


「……あの、誰、ですか」


「えーっと、サンタさん?かな?これサンタっていうの?」


「いえ、わたしに聞かれても分かりませんが…」


電子時計を横目で見る――『03:05 12/25』――午前3時過ぎ、24日のクリスマスイブは終わり、25日のクリスマス。成程確かにメリークリスマスと言っても良いしサンタが来ても良い。

でもこんなサンタは嫌だなぁとぼんやりと考えてしまう。何だかんだで寝起きの頭の回転はとても遅い。問題はそこではない筈なのに思考が追い付かない。


「んー、まぁいっか!ねぇ、この家にはきみだけぇ?」


ガスマスクをつけた顔をこてりと傾けて、その人は問いかけてくる。明らかに不審者だけれど、今のわたしには抗う術はない。逃げられる手段もない。

大声を出して助けを求めるかとも考えたけれど、例えわたしの声がこの家の住人に聞こえたとしても体を張って助けてくれる可能性は皆無だ。ならば大人しく聞かれた事を答えるべきだろう。


「いえ、叔父さんと叔母さんと、その娘の真紀マキさんがいます」


「んん?きみのおとーさんとかおかーさんは?」


「生憎、今のわたしにはおりませんので」


両親は3年前に交通事故で他界した。

わたしも乗っていたその車は、飲酒運転のトラックに突っ込まれて一瞬で両親の命を奪っていった。

何とかわたしは生き残ったけれど、その『代償』は大きかった。


「ふーん……それにしても逃げる素振りも何も見せないね、めずらしーぃ」


「はぁ、まぁ、歩けませんので」


そう、生き残った代償は足だった。

事故の後遺症として足が動かなくなってしまった。動かないだけじゃない、足に触れても感覚がない。なのに時折痺れるような痛みがある。完全に役立たずの上に厄介な存在になってしまった。

目覚めた時、その病院のお医者様には色々と説明されたけれど、難しい事は子供の自分ではよく分からなかった。ただこの足はもう治らないという事だけは分かった。


今のわたしは車椅子が無ければまともに移動できない。這いずって移動もできるけれど、とても疲れるし移動速度も遅い。

車椅子はベッド脇に置いてあるけれど、わざわざ乗るまでこの人が待ってくれるとは思わなかった。


「んんー…あと、反応うすいって言われない?」


「よく言われます」


足が動かなくなり、両親がいなくなってから。元々冷めていると言われていた性格が悪化したようだ。割とすべてがどうでも良いと思える様になってしまった。

身の回りの事は自分で出来る様には練習した。後はなるべく他人に迷惑をかけない様に、ひっそりと生きていればいい。

あとは何も言わない、何も示さない、何も抗わない。叔父さんの家に引き取られてからはそう生きてきた。

お陰様で叔父さんからは「愛想が無い」、叔母さんからは「何を考えてるか分からない」、真紀さんからは「薄気味悪い」という評価を頂いてしまったけれど、それもまぁ、どうでも良い事だ。


「ねぇ、わらってみてー?すまいるすまいるー?」


「………」


ガスマスク姿で何だか可愛らしい動きをされた。女の子らしい動きが今は違和感でしかない。

それでも笑えと言われたからには笑わないといけないらしい。笑うなんて久しぶりすぎて思い出せない。ひきつる頬を無理やり動かして、ぎこちなく笑う。

多分、相当酷い顔をしているんだろうなと思った。いっそ鏡で確認してみたい。


「………まぁそれでいいや」


「いいんですか」


「うん、だって今から殺すし」


あっさりとそう言ってのけたガスマスクの人は、どうやら笑った様だ。声に笑みが混じってる。楽しそうな声だった。


「やっぱり殺されますか」


「分かってたことだと思うけどぉ?」


「えぇ、まぁ」


「もうちょっと抵抗した方が面白い気もする」


「ご期待に添えず申し訳ありません」


「もうちょっとさぁ、泣きわめくとか命乞いするとかぁ」


「はぁ、すみません」


自分でも驚くくらい冷めた対応をしてしまっているのは自覚があった。

それでも恐くないと言えば嘘になる。嘘にはなるが、抵抗しても無駄だと分かっている以上、下手に抵抗して辛い思いをするのは嫌だった。一瞬で殺してくれることを祈るしかない。


「………んんー、ねぇ、きみは逃げない?」


「逃げられませんから」


「そっかぁ、それじゃ君は最後の『メインディッシュ』にするから、大人しく待っててねぇ」


メインディッシュ。後回しと言う事だろうか。どういう事か聞こうと思った時には、既にガスマスクの人は部屋から出てしまっていた。さてどうしよう。

逃げるのは無理だ。車椅子には乗れるだろうけれど、外に出ようとすれば気付かれる。警察に電話するのもだめだ、きっと警察がくる頃にはわたしは殺されてしまっている。

では大声を出して叔父さん達に危機を知らせる?わたしはきっと無事では済まないけれど、今叫べばまだ間に合うかもしれない。


(―――それこそ、どうでもいいか)


家に置いて貰っている事には感謝しているけれど、それ以上もそれ以下でもなかった。

資産家であったわたしの両親の遺産を丸ごと手に入れて、その代価にわたしの面倒を見ているだけなのだ。

面倒といっても、就寝以外はほぼ仕事で家を出掛けている叔父と叔母にそんな面倒というほど面倒をかけた覚えはない。ご飯だっていつも自分で作っている。車椅子での料理は中々大変だけれどできない事はない。

真紀さんにはいつも疎まれていた。足が動かないだけで特別扱いされてと、皮肉られたり詰られたりした。厄介者、役立たず、何度言われたか分からない。

そう思ったら、態々助けなくてもいいかと思ってしまった。どうせわたしも死ぬ。ならばもう、どうでもいい。


『ガタっ!ゴト…ゴドンッ!!』


何かが倒れるような音がした。音がした方角的に叔父と叔母の寝室からだろう。その後も幾度か物音がして、その中には真紀さんの部屋がある方角からも音が聞こえて――。

暫くして、ゴト、ゴト、ゴト、と何かを引きずって階段を下りる音が聞こえてきた。ガスマスクの人が下りてきたのだろう、足音がどんどん私の部屋へと近づいてきた。


「はぁい、たっだいまー!!良い子にしてたー?」


ガスマスクの人は先程と変わらぬテンションのまま、扉から入ってきた。右手で『ナニカ』を引きずっている。気にはなるが、とりあえず。


「おかえりなさい、大人しくしてましたよ」


ただいまと言われたらおかえりと返さなければいけない。挨拶はいつだって大事だ。

それを聞いたガスマスクの人は何故だか面白そうに笑い声を上げていた。不思議だ。


「これ、真紀ちゃん?」


笑っていたガスマスクの人は右手でひきずっていた『モノ』を放り投げる。ゴドン、と音を立てて転がったのは、まさしく真紀さんその人であった。

ただし、両足と両手が本来ならあり得ない方向へと向いてしまっていた。まるで関節部分が壊れたお人形のようだ。

その体は痙攣したように震えている。その顔は恐怖で歪みきって、割と可愛い筈だった顔はとても残念なことになってしまっている。喉をつぶされて声が出ないのか、荒い息を繰り返しながらひたすらパクパクと口を動かす姿は少し滑稽だった。


「そうですね、真紀さんです」


「そっかーあと二人いたけど、なんか『不味そう』だったから置いてきちゃった」


「…そうですか」


不味そう、とは。まぁ、人は須らく不味いとは思うけれど。

置いてきたという事は、もう死んでしまっているのだろう。その証拠にガスマスクの人の赤いロングコートには目立たないながらも赤黒いものがべったりとついていた。

序に言えばガスマスクにも赤黒い液体を浴びており、それが顎の部分から滴ってしまっている。返り血というものだろう。


「さぁって、そろそろお腹も我慢できなくなってきたしぃ」


叔父と叔母のことを考えているうちに、ガスマスクの人はいつの間にか右手にナイフを持っていた。ナイフと言っても、普通に食事に使うソレだ。左手にはフォークもある。

まるで今から食事をするかのようだ。ガスマスクをつけているのに――と思っていたら、普通にそのマスクを外してしまった。何だか拍子抜けだったが、その下から現れた顔に視線が釘付けになってしまう。


とても、とても綺麗な女性だった。ツリ目ではあるが大きい灰色の瞳が印象的で、すっと鼻筋が通っていて、モデルの様な容貌。ガスマスクなんかで隠さないでもいいのにと思ってしまうぐらい美しい。

しかし、にんまりと緩んだ笑みを浮かべている姿には違和感があった。幸せそうに、嬉しそうに、まるでご馳走を前にした子供のように笑う彼女は可愛いともいえるが、はしたないとも言える。

この部屋の状況で、その笑顔は何処か歪で、可憐で、美しくて、狂った笑みだった。


「それじゃ――いただきまぁす」


その言葉と共に。

振り下ろされたのはナイフで。

そのナイフは。


真紀さんの、喉に。


「―――――!!!!!!!!!!」


目を限界まで開いて、助けを乞うような視線を真紀さんはわたしへと寄越して。


「あぁ……ごめんなさい、助けられません」


わたしの声は届いていないだろう。

だって、喉から溢れ出る真紀さんの血を浴びながら、美しい女の人は彼女の耳を食い千切っていたから。


血が。部屋全体に血が。噴き出る度に、異臭が。


「やっぱり若い女の子のお肉っておいしいよねぇー?」


くちゃくちゃと耳を吟味し、飲みこんで。わたしに声をかけてきたけれど。


「わたしには分かりかねます」


そう答える事で精一杯で。あとは、もう目の前の惨状と異臭にただただ吐く事しかできなかった。

ぶっ飛んだ狂人と無自覚な狂人が出会った話。


ブックマーク、アクセス、感想、評価などなどありがとうございます、とても励みになります!!

次回もグロ強めですが、よろしくお願いします!

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