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短編

ただ、聖女は祈る

作者: 野央棺

どうも、蟲毒です。

2作品目は聖女をモチーフにした短編となっております。

キャラ付けって難しい......と思いました。本当に。


では、どうぞ。




 夕日が照り付けられたとある辺境にある教会の礼拝堂。

 ギィと重苦しい音をたてて扉がゆっくりと開く。

 そこからちょこんと覗いたのは8歳程の可愛らしい少女だ。


「――タおねえちゃん? ――マルタおねえちゃん!」


 少女を呼ぶ声に、呼ばれた少女は日課のお祈りを終わらせると、静かにゆっくりと立ち上がった。

 修道女の着る修道服ではなく、平民が着るような簡素で質素な衣服を着ており、傍から見れば村娘といっても言い17歳程の少女である。長い白髪を三つ編みにして後ろに垂らしており、感情を映さない表情から第1印象ではガラスのような、氷のような印象を受ける。その頭には頭飾が乗っており目の辺りまで覆っている。


 少女――マルタは振り返ると先ほどとは違う穏やかな陽だまりのような笑みを浮かべる。


「待たせてしまったわねソフィー。 さぁ、今日は何を作ろうかしらね? 皆を呼びに行きましょうか」

「――はい!」



 グリフィオス大陸、その歴史は苦難の歴史である。

 古来より圧倒的な数を持つ魔物に人間は対抗してきた。

 そして、魔物から人を守る存在が『勇者』である。

 大陸各地を旅し、魔物を討伐する。それが『勇者』の責務である。


 そのうちの一人、勇者ヴィランとその仲間達は貴重なものを残している。

 当時の各国の状況や会った人々のことを書き記した書物である。

 著者はヴィランと旅をした魔術師リオ―と神官ボルゴである。

『勇者ヴィラン旅記』と記されたそれは当時のことを知ることが出来る数少ない書物である。

 その中で、珍しく『聖女』のことについて書かれている部分が存在する。

 現在でもグリフィオス大陸は多くの国を持つがその全てが1つの宗教を信仰している。

『リア聖教』と言う名であるその宗教は祈りが重要とされ、特に『聖女』が『女神リア』に祈ることで奇跡が起こるとされている。

 聖女達が祈ることで神はその願いを聞き、人々に様々な恩恵を齎すとされている。


『勇者ヴィラン旅記』に記されている聖女は2人。

 異界から召喚された当時の『聖女』ユウリ。


 そして『もう一人の聖女』と書かれているマルタと言う女性である。

 実在したことは書かれているが、容姿や性格は詳しく書かれていない。

 歴史家の中には彼女が実在したか疑わしいと言う者さえいる程、情報が後世に伝わっていない、そんな女性である。




 グリフィオス大陸ルーア聖王国ルヴィドラ地方の更に奥地、リルミネ小教会。リア聖教の指定する巡礼地において中心地である聖ルーア大聖堂から最も離れている場所である。

 そのリルミネ小教会に併設された孤児院の一室。


 ぐつぐつという鍋の煮立つ音と一定的なトントントンと言う包丁を動かす音が鳴っている。


「......ふぅ」


 平日、マルタが起きて先ず行うのは孤児院の子供たちの朝食を作ることである。

 孤児院にいる子供たちは全員で31人。その数を一人で作るようになってもう2年にもなる。

 最初は量の調節が難しかったが、今ではそれも慣れたので苦労はなかった。


 マルタは元々はルーア大聖堂にいた『聖女候補』であった。

『聖女』は50人程の候補から選ばれる。候補として選ばれる基準は『聖の魔力』を持っていること。そしてその中で()()の生き残りである。


 だが2年前、マルタの聖女としての力が周囲が思ったより弱かったかだろうか、異世界より聖女を召喚する儀式を執り行い、聖女ユウリが召喚されたことでここに行くようにと言われたのだ。つまりお役御免というやつであった。ユウリに聖女としての知識をある程度教えた後、ここに送られたのだ。



 子供達と朝食を食べた後、昼の祈りの時間までは子供達の勉強を手伝ったり、一緒に遊んだりする。子供達の年齢は3歳~13歳まで。皆遊び盛りであり、広い庭内を駆けまわっている。


 その中でマルタに最も懐いているのは8歳の少女ソフィアだ。

 鮮やかな紫の髪に同じ色の瞳を持っている。

 大人しく、孤児であったこともあって人見知りの内向的な少女であったが、2年の年月でようやくその表情に明るさが出るようになった。

 他の子供達とは違い、マルタの膝の上に頭をのせて眠っており、マルタはゆっくりとその髪を梳いている。

 これがマルタにとっての日常であった。



 毎週末の昼間近になると各地から教会に巡礼者が集まってくる。

 リルミネ小教会は巡礼地の一つであり、一応聖地のひとつである。

 マルタはここの司祭位として、礼拝を執り行うのも仕事の一つなのだ。


 子供達と協力して巡礼者達が集まるまでに巡礼者達に振る舞う食事を作り、広い庭に机とイスを用意する。

 準備をし終えると教会の入り口に立ち、巡礼者達を迎える。


「おぉ......マルタ様」

「有り難や有り難や。そのお姿を拝見できるとは」

「ようこそおいで下さいました。奥にお進みください。間も無く始めます」


 マルタ自身は知らないが、巡礼者達からはもう一人の聖女として崇められているのだ。

 元聖女候補であることは極秘であるが、一心に祈る姿とその性格、眼を隠したその容貌は知れ渡っている。

 ルヴィドラ地方は魔物の住む領域に近く、マルタの『祈り』によって結界が張られ、魔物の接近を防いでおり、それ故にこの地方にも人が暮らせるのだ。

 巡礼者達が祈りをしている最中、マルタの声が響いている。


「——我等に女神リアの加護がありますよう......では、本日の礼拝を終了します。庭に簡単ではありますが食事を用意してあります。どうぞ此方へ」


 最期の祝詞を言うと、出口から庭に案内し、巡礼者や子供達と賑やかに食事をとったら礼拝は終了だ。

 だが、その日はそれだけではなかった。

 日も沈み、空に星が輝く頃、教会に冒険者風の格好をした4人が訪ねてきた。


「夜遅い時間に申し訳ない。今日一晩泊めていただけないでしょうか?」


 先頭に立っていた人物が頭を下げる。

 勇者ヴィランを筆頭に女戦士フェリル、神官ボルゴ、魔術師リオー。

 魔物を討伐するために大陸中を旅する責務を持つ今代の勇者ヴィランとその仲間達が来訪したのだ。

 泊まることは問題がない。このような場所だ。迷った旅人や夜遅くの任務を終えた冒険者が泊まるところに困って訪ねてくることも多いため常に宿泊部屋の準備は出来ているのだ。


「えぇ。良いですよ」

「おぉ、有り難い。僕の名はヴィラン。勇者の称号を賜った者です」

「......勇者様方、ようこそお出で下さいました。心より歓迎致します。私はマルタ。此処を教皇より任された者です」

「......ほう! 貴女が噂に聞くマルタ殿ですか!」


 マルタの自己紹介に、神官であるボルドだけは反応した。


「ボルド? 彼女の事を知ってるのか?」


 ヴィランやリオ―、フェリルは首を傾げている。


「......君達は少しは民衆に耳を傾けたほうがいいですよ? 民衆の噂話や雑談と言うものは良い情報源なんですから......彼女は教会から唯一巡礼地を任されている女性神官で、民衆からは『もう一人の聖女』、『白銀の聖女』と言われてるのです」


 ボルドの言葉に苦笑に近いように微笑むマルタ。

 だが、ふと1つマルタには疑問が浮かんだ。


「......旅には聖女様が同行するはずですが?」


 そう。本来ならば神官の位置には聖女がいるはずなのだ。

 聖女は旅に同行し、魔物が出ないように各所で祈るのだ。

 聖女達の持つ聖属性の魔力は魔物を退ける力を持つ。だからこそ聖女はこの役目を任されるのだ。

 マルタの疑問に対して教会から派遣され旅に同行している神官ボルゴが苦笑いで答える。


「聖女様は旅の同行を拒絶されました。故に男性として稀な聖属性を持ち、かつ戦える私が代理に」

「......同行を拒否、ですか?」

「えぇ、危険な場所には行きたくないと」

「成程」


 マルタは理解したとゆっくり頷く。

 確かに魔物や盗賊に襲われる危険はある。異世界に無理やり召喚されて、更に旅に出ろは少女にとって酷だろう。


「......あの、此方からも聞いて良いですか?」

「はい」

「何故貴女のような若い少女が子供達と此処に?」


 ヴィランが若干聞き辛そうにしながらもマルタに聞いた。

 マルタは話しても良いものかと思案するが、勇者とその仲間ならば話しても良いだろうと思い、口を開こうとした瞬間。


「――おねぇちゃんねないの?」


 マリアを先頭に子供達がうとうとしながらも歩いてきた。

 時刻は既に10時を回っており、普段なら子供達は寝ている時間だ。

 ヴィランが勢いを削がれたような顔をした後、仕方ないと苦笑いをする。


「――申し訳ありません。お話は明日でも宜しいですか?」

「えぇ」

「有難うございます。では今日は皆様もお眠りください」


 マルタは彼等を部屋に案内すると、子供達を寝付かせるために子供達を連れて孤児院の方に歩いて行った。



 次の日、勇者達と話す時間が取れたのは昼を過ぎてからだった。

 外で子供達が遊んでいる為、部屋にはマルタと勇者一行しかいない。

 マルタは昨日のヴィランの疑問に答えるために口を開く。


「改めて......私はマルタ。このリルミネ小教会の管理を任されている者です。私がここを任されているのには勿論理由があります」

「理由、ですか?」

「はい。貴方方は『聖女』と言う存在がどのように決められるかを知っておりますか?」


 マルタの質問にボルゴを含めて首を傾げる。


「神官殿も知らないのですか?」

「......恥ずかしながら。私は中位神官ですので、教会の深い部分の事は知らないのです」

「では説明致しましょう。勇者とその従者達ならば知らなければならないでしょうから。歴代聖女は、その全員が聖の魔力を持っています。聖女は神が決めると俗世では言われております。

 実際に女神リアが決めるのですが、教会の元には9歳~16歳の聖の魔力を持つ少女を大陸中から集めて聖女候補として一ヵ所で生活させるのです。そしてその中で女神に選ばれた者が聖女となります」

「では選ばれなかった者は?」

「そうですね......私が唯一の生き残りだと言えば理解していただけますか?」


 ヴィラン達が息をのむ。

 理解したのだろう。マルタ達がどんな『運命(さだめ)』なのかを。


「聖女の祈りは無償ではありません。必ず代償を払わなければなりません。ですが、代償を払うが故に女神は私達の願いを聞いて下さるのです」

「代償......ではその眼は」


 眼? とマルタは自身の顔を触る。カツン、と眼まで覆っている頭飾が音を立てた。


「あぁ。これは違いますよ」


 そう言って外す。

 マルタの眼は閉じられていた。

 マルタはゆっくりと眼を開くが、その眼には光がなかった。

 傍から見ても眼がその役割を果たしていないことは理解できた。


「幼い頃......聖女候補として集められて2年程でしょうか。一番幼かった私にはよく遊んでくれる相手がおりました。男の子です。それも王族の第1王子でした。今思えば大聖堂の秘密区画に来られるのは権力や地位を持つ人間だけなのですが......その頃は知らずに遊んでました。でもその子が生死に関わる病気にかかってしまいました。治したかったのですが個人に奇蹟を起こすのは許されない事です。ですが、私は助けたかった」


 再び目を閉じて過去を思い出すかのように胸の前で手を組む。


「困り果てた私はただ神に祈ったのです。私を代償に捧げますのでどうかお助け下さい、と。

 その翌日、私の眼は見えなくなっていました。そして同時に彼の病気は治っていました――本来聖女は己の寿命を代償に女神に奇蹟を願うもの」

「じ、寿命を......ですか?」


 聖女の知られざる事実に驚き言葉が出ない様子のヴィラン達。


「えぇ。歴代の聖女は皆30程までしか生きていられないのですが、神はまだ幼い私に情けを下さったのでしょう。眼を失った私ですが『感覚』が私の眼を補ってくれました」

「......では見えるのですか?」

「『視える』というよりは『感じる』に近いです。黒の世界でモノや人の輪郭が白の線で見えるような感覚です」


 そこでマルタは席を立つ。


「着いて来て下さい。私がここにいる理由をお教えしましょう」




 マルタはヴィラン達を連れて教会の隠し扉から地下へと歩いていく。


「ここが、リルミネ小教会の最も重要な場所です」

「――ここは!」

「綺麗」

「なんと聖の魔力に満ちた場所だ」

「......ここは本当に地下なのか?」


 彼等が驚くのも無理はない。

 教会の地下である筈のそこは太陽の光が差し込んでるかのように明るく、魔力感知が出来る者ならばわかるが穢れの一切ない清らかな聖の魔力に満ちていた。

 地には幾つもの墓標、そして地面には白い花が一面に咲いている。

 この白い花は『聖花アリア』。初代聖女アリアの名が付いたここだけにしか咲いていない特別な花である。花言葉は『貴女達と共にいます』『祈り・願い』。

 マルタはしゃがみ、その花をゆっくりと撫でながら言う。


「......ここは通称『聖白の花園』。古くからは『聖地イズリア』とも呼ばれています」

「......! ここがかの『聖地イズリア』!? 女神の名を冠する場所ですか!」


 ボルドが興奮気味に叫ぶ。


「ボルド?」

「どういうこと?」

「聖地?」

「知らないのも無理はないです。ここは教会がずっと秘匿してきた聖なる地。私も古い文書でしか知らないのですよ。初代聖女の亡くなった場所であり、歴代聖女の眠る場所。リア聖教でも最も重要な場所ですからね。まさかこんな場所にあったとは!」


 マルタは首を縦に振り肯定の意を示す。


「本来ならばリーア大聖堂にあるべきなのでしょうが、その命を人々の幸せの為に使ってきたのですからせめて魂には静かで休まる場所を、と表には公表していないのです。そして彼女達の死後の世話をするのは次代聖女に任せ役目を終えた聖女。ですが、先代聖女が亡くなり、今代の聖女もまだ若い。故に聖女候補の唯一の生き残りであった私がここで彼女達の世話をしています。そしてこの近くの魔物の出る『恐れの山』に結界を張り、封じることも私の役目なのです」


 そう言って、マルタは先人達に手を合わせ、人々の安寧を祈った。




 勇者達が泊まりにきてから早7日が過ぎた。

 その間、何をするわけでもない。

 何時も通りの日常を過ごしていた。


 昼のお祈りも終わり、巡礼者達を子供達と共に見送る。

 だが、遠くでザワザワと騒いでいる声が聞こえた。

 どうしたのかとマルタが声のする方に顔を向けると、後ろからふっと小さな影が駆けていった。


「ソフィー!」


 マルタは足音で理解したが、影はソフィアだった。

 マルタはソフィアを追うために早歩きで向かっていく。


「――何で入れないのだ!」


 騒いでいたのは壮年の男だった。身なりはそれなりに良く、商人のようだった。

 後ろには剣や斧を持つ荒くれ者達を従えている。

 喚き散らしているのを遠くから巡礼者達が迷惑そうに見ているが、それを気にするでもなく、顔を真っ赤にしている。

 その商人と部下がリルミネ小教会の敷地の端にある門を通ろうとすると弾かれるのだ。まるで見えない壁が隔てているように。


 リルミネ教会の周囲にはマルタによって結界が張られている。

 それは通常時には効果を発揮しないが、一定の人物が侵入しようとするとその侵入を阻むのだ。

 結界が拒む人物は『悪意を持って入る人物』。

 つまりこの男達は悪意を持っているということだ。

 マルタはそれを遠くで見ているマリアを下がらせると男達に話しかける。


「......如何なさいました?」


 マルタの姿を見て教会の人間だと理解したのだろう。怒りを納め、ニヤリと笑う。


「いや、なに。ここに子供達がおるだろう? こんな辺鄙な場所にいては可哀想だ、と思ってな。隣国イエリカの特権商人であるこのフーリガン・バーフーダが引き取ってやろうと思ってきたのだ。感謝するが良い。」


 感謝しろ、と言う割には多分行われるのは人身売買だろう。


「ここは教会の管轄。そういうことでしたら本部の方に届け出てくださいませ。それに、貴方方に子供達を引き取って頂くとしても子供達がどういった境遇になるのかを私自身が納得しなければそういったことは拒絶してもよいと言われております。

 そのような用でしたらお帰り下さいませんか? ここは神を祀る神聖な場所です」


 マルタの拒絶と遠回しに「貴女方のしたいことは理解している」という意味を込めた言葉を理解したのか、男は不機嫌になる。


「......ちっ! 高いから使いたくはなかったが仕方ねぇ」


 男は忌々し気に舌打ちをすると懐から小さな鉱石を取り出した。

 その鉱石をフーバーは結界に投げつけると、ガラスが割れる様に結界が壊れてしまった。


「......『魔術殺し』を封じた石、ですか」

「フン! その通りだ......おい、こいつもだ。連れてけ」

「「へい」」


 そう言って男達は近づいてくる。

 一応防御の術を学んではいるが、マルタ自身で手一杯だ。

 マリアまでは守ることは出来ない。

 悩んでいる間に男がマリアに近づいて手を出そうとしたところに割り込んだ。


「子供達には手を出さないでください」


 男は突然割り込んだマルタに驚きながらも、睨んでくる。


「ならお前が代わりになるってことでいいんだな?」

「はい。私で良ければ」


 マルタは毅然と答える。男に腕を掴まれ、そのまま馬車に連れてかれそうになった。

 周囲からは悲鳴のような声が上がる......が、


「おねえちゃん......ヤダ、ヤダァ!!!! 何処にもいかないで!!!!」


 ソフィアが叫んだ瞬間、カッとその身体が光ったと思うと男達が吹き飛んだ。


「......まさか、この魔力......聖の魔力?」


 マルタは信じられなかったが、実際肌で感じた魔力は澄んだ聖を纏っている。

 聖女候補となる素養がソフィアにもあったのだ。

 マルタはこのままではソフィアが狙われると直感し、直ぐに結界を作りなおし、男達を小さな結界に閉じ込めた。


「な、なんだこの結界は!?」


 男が驚いている中、周囲で見守っていた巡礼者達が動くなら今だ、と言うように男達を取り囲む。暴力はしない。ただ、非難するような目でジッと見るだけだ。


「お帰り下さい。巡礼地でこのようなことはあってはならない事です」


 商人は巡礼者達の非難の眼に我慢できず、徐々に後ずさる。


「く......私が特権商人だという意味を教えてやる! 覚えておけ!」


 その言葉を最後に脱兎の如く馬車に乗り込みものすごい速度で帰っていった。

 巡礼者達は安堵の表情を浮かべていたが、マルタだけは嫌な予感がぬぐえなかった。


 あの男の持っていた『魔術師殺し』を封じた石......それは表では流通しておらず、それを所持出来るのは、教会の――異端審問官のみであるということだ。



 それから一週間後、昼の礼拝中。嫌な予感は的中した。

 扉が蹴破られ、紅いローブを纏った男達が剣を携えて入ってきた。

 礼拝中であり、礼拝堂には巡礼者や祈りに来た人々が大勢いたが、男達を見てザワザワと騒ぎだす。

 先頭に立った男が、それを止める様に剣を掲げてマルタの方に剣を突き付けて声を上げる。


「我等はリア聖教異端審問官! ――修道女マルタ! 貴様に異端の容疑がかかっている! 大人しく我々についてくるのだ!」


 異端という言葉に周囲は「嘘だ!!」や「情報の出所は何処だ!」と審問官に叫んだ。


「沈まれ! 情報は善意ある信用の高い人間が提供してくれた! 故疑う余地はない! その人間から、『この女は自身を聖女と名乗り、人々を騙して金銭を得ている』との申告があったのだ!」


 異端審問官は自信満々に言い切ると、マルタに武器を突き付け、その身体を縄で拘束する。


 この教会は結界が『悪意ある人間』を弾くはずだ。だが、彼等は入ることが出来ている。

 つまり()()()()()()()()のだ。

 高い信仰心と、その情報を心の底から信じ切っている故に、彼等には悪意など存在しない。


 周囲の人々は今にも飛び掛からんほどの怒りに震えていた。自分達が『聖女』と慕う――彼女が本当の聖女でなくとも――人間に対しての仕打ちである。許せるはずもない。


「――皆様、おやめください」


 だが、それを止めたのはマルタ本人だった。


「――神の見ておられる前で争いはなりません。さぁ、行きましょう」


 ゆっくりと、異端審問官に言われるでもなく自ら礼拝堂の出入り口へと歩いていった。

 人々には、出入り口から差し込む光によって、光の中へ消えていく様に映った。

 その光景は、人々にもう二度と、彼女が戻ってこないのではないか、神の御許へと昇っていってしまうのでは、と連想させたのだった。



 異端審問官の本拠地、異端審問会は、ルーア聖王国の隣、イエリカ王国の国境近くにある。

 そこに連れてこられたマルタは牢のような劣悪な環境で数日を過ごした後、異端審問会の審問場へと連れてこられていた。

 連れてこられたマルタの顔色は悪かったが、これから死ぬかもしれないというのに冷静なモノだった。

 異端審問官の長と思われる男が大袈裟な手振りで訴える。


「罪状は『聖女を騙った罪』......か。聖女は人々の希望、そして女神の遣いとして世界に豊穣と平和をもたらす存在。それを騙った罪は大きい!」

「「(まさ)しく! 正しく! 正しく!!」」

「よってこの者には罰を与えよう! 異端者に諸君らは何を望むか!」

「「死を! 死を! 死を!!」」

「宜しい! よって今この瞬間をもって......異端者に死を!」


 異端審問は教会所属で、教皇の直轄とはいえ、独立した権威を持っている。

 そして、異端審問会は一度決めたことを覆らせない。『疑わしきは罰せ』を忠実に行っており、歴史上審問官に異端視され、死刑になった人物は数えきれない。

 異端審問された時点で死刑は確定したようなものだ。


「異端者よ......死ね!」


 後ろから剣を持った審問官がマルタを斬りつける。


「......っ!」


 背を斜めに斬られ、マルタは床へと倒れこんだ。

 そこへ――


「その審問、待て!」


 立派な服を着た30歳程の人物が従者を連れて慌ただしく入ってきた。

 異端審問官の長は慇懃な態度で礼をした。


「おぉ、これはこれは教皇様。お久しゅう御座います。この度は何用ですかな?」


 リア聖教最高位たる教皇は血塗れで倒れているマルタに息を切らせながらもかけより、審問官達を眼光鋭く睨み付けた。


「マルタ! ――貴様等、一体何てことをしてくれたのだ!」

「何てこと......とは? 我々は聖女を騙る者を成敗しただけですが?」


 教皇の怒りにも審問官は首を傾げるばかりだ。


「教皇......様っ」


 そこでマルタが小さく呟いた。か弱い、今にも消え入りそうな声である。


「マルタ! ――済まない。私がいながら、こんなことになるとは!」

「教......皇様は、悪く...ありません。それよりも、ソフィーを......ソフィアが聖属性の魔力......を発現させました。彼女を、子供達を......お願いします」


 マルタの言葉に教皇は悟る。彼女がもう助からない、と。

 元々奇跡の代償に生命力が衰え、寿命が短く、身体も丈夫ではないのだ。

 その上この傷だ。聖属性の持ち主ならば治癒魔法が使えるが、聖属性の持ち主はここにはマルタ本人しかいない。


「っ!? ......あぁ、あぁ任せてくれ。子供達は必ず守る。安心してくれ」


 教皇がギュッと手を強く握ると、マルタは倒れた拍子に頭飾が取れ、晒された素顔で弱々しく笑うと眼を瞑る。


「子供達には申し訳ないですが、これで私、も......お願いします。私を聖地に眠らせて、下さい。彼女達と共にあの地で祈らせて下さい。人々の安寧を、未来の聖女達の幸福を......あぁ、漸く彼女達の元へ行けます」

「マルタ!!」


 教皇の呼びかけにも答えず、見えない眼で宙を見、手を伸ばす。

 まるでそこに誰かがいる様に、その誰かに語り掛けるかのように幼い少女のような無垢な笑顔を浮かべている。


「......迎えに来てくれたのですね、皆......あぁ、今行きま......す」


 そう嬉しそうに呟くと、彼女の身体から力が抜け、手が垂れさがった。

 死んだ。

 教皇はその事実を未だに受け入れられなかった。受け入れたくなかった。

 今代の聖女候補達の中で最も幼かったが故に昔から実の娘の如く可愛がってきた。

 彼女の身体への負担を思い、異世界よりユウナを召喚したのだ。

 それの結末がこれなど、許せるはずもない。


「......貴様等は彼女を殺した意味を理解しているのか」


 教皇はゆらりと立ち上がる。

 教皇の質問に対して、審問官達は首を傾げるだけだ。

 そうだろうとも。理解しているのならこのようなことをするはずがない。


「彼女が民衆に『聖女』と言われているのを我々教会が知らないとでも?」

「ならば何故彼女に何も言わなかったのですか?」

「我等が彼女を『聖女と言われるに相応しい』と判断したからだ。事実、ユウリを召喚しなければ聖女の名は彼女のモノになっていた。それをしなかったのは私ともう一人が彼女の身体の事を心配したからだ」


 その言葉に今更理解したのだろう。顔面蒼白になる。

 そこへ、更に扉を開けて入ってきた男がいた。


「殿下!? 何故ここに来たのですか!?」


 教皇に殿下と呼ばれた青年はルーア聖王国のユアン・ルーア第1王子。つまりはマルタが幼い頃に救った少年である。あれ以来病気もせず、寧ろ剣の腕は大陸中にすら響くほどだ。


「マルタが誘拐されたと聞いて黙っていられるか! マルタは!?」


 教皇は黙って視線を足元のマルタに移す。

 血の中に倒れているマルタを見てユアンは嗚咽を漏らしながら近づく。

 血で濡れるのも構わずにマルタを抱き上げる。


「ぁ、ああぁ......マルタぁ。なんで、こんな......」

「申し訳ない殿下......私が着いた時には既にマルタは......」


 教皇の言葉も聞こえないのか既に物言わぬマルタをきつく抱き寄せ、周囲を憚らずに慟哭する。


「俺はっ! まだこいつに何の恩も返してない! 俺の命を救い、俺がつらい時は黙って傍にいてくれた! 俺は、マルタにもらってばかりで、何も返してやれてない!!」


 喉が枯れる程に叫び、嗚咽を漏らす。

 教皇はユアンの肩を優しく叩き、慰めると、異端審問官の方に向いて言い放った。


「いくら私の直属とはいえ権力は独立している。その結果がこれならば異端審問官と言う存在自体の是非を問わねばなるまい!」


 その言葉に、異端審問官達は苦虫を噛んだような顔で俯くしかなかった。




 その後、マルタの死亡と異端審問官の暴走は教皇によって公表。異端審問会は解散となった。それと同時にマルタの葬儀がリルミネ小教会にて行われた。

 孤児院の子供達は勿論、教皇、現聖女ユウリ、ルーア聖王国王族、更には各国の王族や権力者、数多くの巡礼者が参列した。

 マルタは教会で葬儀が行われた後、聖女達の眠るイズリアの地に歴代聖女達と共に眠ることになった。正式な聖女でない者が埋葬されるのは歴史上初のことであり、彼女が教会にも認められていたかわかるだろう。


 その五年後、聖女としての役目を終えたユウリは元の世界へ戻り、ユアンは王位継承権を弟に譲ると巡礼者として旅立っていった。マルタのいなくなった小教会には新しい担当が着任したと、勇者旅記及び各歴史書には書かれている。






 リルミネ小教会、一人の女性が後ろに数人の従者を携えて立っていた。

 無造作に伸ばした儘の紫の髪を括ることもせず風に遊ばせ、同色の意志の強そうな鋭い眼をしている。

 女性にしては高身長で、風になびく旗が付いた槍と剣を携え、悠然と唇を歪めて苦笑いにも、相手を嘲笑(あざわら)っているようにも見える笑みで笑うその姿はどこか高圧的でミステリアスであり、鋭い刃物のように迂闊に近づけば問答無用で斬られそうな危ない雰囲気を漂わせている。


 女性は懐かしむような表情で教会の中に入ると、その儘本来であれば入ってはいけない地下、聖地イズリアへと入っていく。

 聖花アリアの咲く『聖白の花園』は定期的に掃除がされているのか墓石も埃一つない。


「......姉さん。久しぶりね。漸く帰ってきたわ」


 当代聖女――ソフィアは『マルタ』と書かれている墓石の前に立つと槍と剣を置き、片膝立ちの姿勢になってその鋭い眼を和らげて笑みを浮かべる。ソフィアがここを離れたのはもう10年も前になる。あの時の少女が、今では18歳になっていた。

 ソフィアはマルタが死んでから教皇に引き取られ、聖女候補として育てられ、数年前に正式に聖女として選ばれた。


「......言いたいことはいっぱいあるけど、いざとなると言葉って出てこないものね......」


 ソフィアは祈りの姿勢を取り、心の中でマルタや歴代聖女に語り掛けると、しばらくして眼を開ける。

 再び立ち上がった時にはソフィアの表情は再び苦笑いのような特徴的な笑みに戻っていた。

 其の儘槍を拾い上げ、扉まで歩いてからもう一度振り返る。


「そう言えば......私の寿命が削られてないのは姉さん達のお陰なのかしら? だとしたら感謝しないとね......ま、まだ完全に終わってないし、その分は()()()で返すわ」


 そう言って槍を背負いなおし、剣をカツンと叩く。

 武骨な鉄の塊が、カシャンと固い音を立てた。


 数年前から、様々な国や魔族達も巻き込んで大陸中に戦火が広がった中、武器を取って戦い、そして大陸に平和を齎した歴代唯一武器を手に取り戦う聖女。『戦場の聖女』、またの名を『戦乙女』――ソフィア・ダーク。

 大陸に平和を齎した彼女であるが、反乱勢力や野盗等の制圧や国々の立て直し、魔物の討伐等彼女にはまだやらなければならない事は多い。

 まだゆっくりする時間ではないのだ。

 ソフィアはもう1度笑うと、じゃあねと告げ、長い髪を揺らしながら扉を開けて去っていった。




 ソフィアが出ていき、誰もいなくなった聖地で、その後ろ姿を応援するかのように穏やかな優しい風が吹き、聖花アリアがその美しい白い花弁を揺らしていた。



前作も今作も、こんなに長いのは元々連載物として構成していたものだったのを「あれ? これ要約すれば短編位に短くなんじゃね?」と思い、短編にしたからです。


因みにですが、あらすじにもある様に前日譚というか、本編の前の話として作ったモノです。

本編として考えたのは......いつかやると思います。


誤字脱字や文章こうした方がいいよーとか、書き方の修正の方があれば言って下さるとうれしいです。


これ以降は連載モノをやりたいと思います。

よろしくお願いします。


前作短編 http://ncode.syosetu.com/n6426dm/

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― 新着の感想 ―
[良い点] クライマックス部分はとても感動出来ました。 この世界の神は聖魔法に代償を求めるのですね……。 ところで、『奇跡』と『奇蹟』が混在していましたが、奇跡は『不思議な出来事』で、奇蹟は『神などが…
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