学校
ふわふわした頭で、家を出る。駅に通じる道まで、坂道をくだっていく。その途中、ど真ん中に、アイツは立っていた。
高尾 照海。覚えてないくらい昔からの幼馴染みで、敵で、俺のボッチの原因だった奴。
デケぇ図体に着崩した制服。両手をズらしたズボンに突っ込んで、俺を睨み付けている。アイツは無言だった。俺も無視する。
「………」
「………」
奴の隣を抜けるとき、ふらついて肩が当たっちまった。痛い。…お前は壁か!
いつもなら掴みかかってきて、揺すぶってくる筈のアイツが何も言わなかった。何もしてこなかった。ただ、駅への道に出るまでの間ずっと、突き刺すような視線を背中に感じていた。
学校に着いたら、誰も彼もが俺を遠巻きにしている気がする。…まあ、誰も話しかけてこないのはデフォだから慣れてるさ。
中学の頃から、俺が誰かと話してると高尾の馬鹿が子分を引き連れて絡んでくるんだ。デカい不良がガンつけてきて、凄んで揺すぶられて怒鳴られたら、そりゃあ友達もクラスメイトも離れていくわ……。
それに加えて、冴島の葬儀での騒ぎは、『死にかた』の存在と共にすっかり知れ渡っているようで、囁きが耳に痛い。教室に入ったとき、一瞬だけ皆の会話が止まった。
けどそれはどうでも良い。
俺の目は、冴島の席の上に釘付けになった。白い花瓶と、活けられた菊…。
(クソッ、誰がこんな事しやがった!?)
体が勝手に動いて、どうやら俺は、大股で冴島の机に歩み寄ると、花瓶を叩き落としていたようだった。瀬戸物の割れる音に、今度こそ教室中が静まり返った。
「古賀ぁ、おまえさ、冴島殺しちゃったんだってぇ?」
大声で…。
大声で嗤ったのは、高尾の腰巾着の橘だった。こいつもクソ野郎だが、だったら俺は……?
急に吐き気が上がってきて、俺はトイレに駆け込んだ。間に合わなくて手洗いのボゥルにぶち撒ける。中になんて何も入ってないのに、胃液も逆流すんだな。
苦い…。
何か食い物が入っていたときの方が百倍マシだ。
流れる水音に意識を持ってかれそうで、俺は陶器のフチを持つ手に力を入れた。しばらくそうしていると、乱暴な足音と制止するような声が、数人の男子を連れてきた。
「オマエが古賀かぁ!!」
顔を上げる前に、胸ぐらを掴まれて殴られた。熱い。口の中も切れたかな、こりゃ…。
「やめろ、藪、よせって!」
「だって、コイツが、コイツが冴島を…!」
藪と呼ばれた奴は、冴島の友達らしかった。他の生徒が藪を引っ張って止めたので、それ以上は殴られなかった。藪の手が離れて、俺はそのまま床に尻餅をつく。
「やめろよ、こんなん。楽しみでクラスメイト殺すような殺人犯が、こんなにやつれてる訳ないじゃん!」
「だって、だってよ…!」
目の前で仲間割れする生徒たち。
ごちゃごちゃと…めんどくさい。
「殴りたきゃ殴れよ。冴島を殺したのは、俺だ」
「…やっぱりか、こいつ!!」
「やめろ! 落ち着け!」
騒々しくも男子生徒たちは退場していった。
藪って奴、泣きそうだった…。
冴島は、良い友達がいたんだな。俺にも紹介しとけよ。ホント、抜けてるんだから。
俺は立ち上がれなくなってしまったので、次にトイレに入ってきた可哀想な犠牲者に頼んで、先生か誰か呼んできてもらった。漏れそうだったらごめんな。保健室に連れていかれると、点滴が必要と言われてしまった。
また病院か…。
「その傷、誰にやられたんだ?」
聞かれると思った。
「知らない奴です」
どこのクラスか知らないし、知らない奴で良いや。冴島の友達だし、チクらないでおいてやる。
病院で説教された。
曰く、飯を食え。
無理。
右手への点滴を免れた俺は、スマホを確認する。俺のアプリの中には、『死にかた』がまだ入っている筈だ。……このアプリ、検索かけても見つけられない奴がいるのはどういう仕組みだ?
アプリを開く。
相変わらずキラキラしいトップだな。
キャンディー、マシュマロ、チョコレート、ラメ効果、ぶち撒けられたジャム………?
もしかして、いちごジャムじゃなくて、これ……。
「最っ悪な趣味だな。脳ミソ湯だってんのか」
思わず呟いてしまう。
『今日の死にかた占っchao!』というタイトルもサムいが、なんというか…。
ところで、chaoって何語だ。イタリアか?
検索バーに単語を入れ、サーチを押すと、ずらっと並ぶ結果。一番上に来たサイトの紹介文を読んでみると…
『chao/chau はイタリア語が語源のスペイン語の綴りです。 語義は「さようなら」です』
……………。
さようなら?
何に?
誰に?
死ぬ奴に?
寝てる状態で良かった。目眩がしても倒れずに済む。こんなに悪意が溢れたものには、なかなかお目にかかれないぜ…?
ホント、唾を吐きかける価値もないアプリだな。
こんなのを冴島にやらせた俺に猛烈に腹が立つ。
履歴の欄を見たが、冴島の名前は残っていなかった…。残念なような、ほっとしたような。
名前欄に、古賀 正芳と入れかけて…
「失礼します。点滴終わりましたね? 外しますよ~」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
俺は慌ててアプリを閉じた。